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京都地方裁判所 昭和35年(行モ)2号 決定 1960年4月16日

申立人 株式会社岡田紙店

被申立人 中京社会保険出張所長

主文

被申立人が申立外みかど印刷株式会社に対する滞納処分として昭和三四年二月一六日差押えた別紙物件目録記載の物件に対する公売処分の執行はこれを停止する。

理由

申立人は主文同旨の裁判を求め、その理由として、被申立人は別紙物件目録記載の物件に対し、右物件が申立外みかど印刷株式会社の占有にかゝるところから、これを右申立外会社の所有と誤認し、同申立外会社に対する健康保険並に厚生年金保険の保険料及び延滞金の滞納処分として昭和三四年二月一六日差押処分をした然しながら右物件は申立人の所有である。即ち昭和三〇年九月一六日申立人は右申立外会社に対する同日までの売掛代金残額八六三、五七五円につき、同年九月以降毎月末日限り完済まで金一〇、〇〇〇円以上宛の支払を受くべき旨約し、同時に当時右申立外会社所有であつた右物件を担保のため信託的にその所有権の移転を受けかつ占有改定の方法により右物件の引渡を了し、申立人は右申立外会社に対し右物件を無償でその用法に従い使用収益させるため貸渡した。なお右申立外会社が右債務不履行の場合は当然右使用貸借契約は消滅し、右申立外会社は即時右物件を申立人に返還すべく、かつ申立人は右物件を任意に処分してその売得金を債務の返済に充当することが出来る旨併せ約し、その旨の公正証書が作成された。而して右申立外会社は右約旨に反し右債務金の履行を厘毫もなさないうちに、昭和三五年三月一〇日に至り京都地方裁判所において破産宣告を受けた。よつて申立人は前記約旨に則り右申立外会社の破産管財人に対し右消費貸借契約の消滅を理由に右物件の返還を求めんとするものである。かくて被申立人の差押にかゝる本件物件は申立人の所有たること明白である。但し前記公正証書に物件の表示として菊版八頁印刷機二台と表示したのは六頁活版印刷機二台の誤記であり、活字及び込物全部約二、〇〇〇貫と表示してあるのは右公正証書作成当時その表示どおり存在したが該活字等はその後鋳替により約一、〇〇〇貫に減量しているけれども物の同一性を失つたものではない。そこで申立人は被申立人を相手方として昭和三五年三月二二日当裁判所に対し右違法の差押処分の取消を求める訴を提起したが、被申立人は差押にかゝる右物件を近く公売せんと企図しており、その公売処分の執行により第三者がこれを取得しその後該物件が転々と移転することになれば、後日においては物件の同一性の認識が著しく困難もしくは不能となり、被申立人に対する将来の損害賠償請求が至難となり、遂に申立人は償うことのできない損害を蒙ることになるのであるから、これを避止するため緊急の必要があるので、被申立人が申立外みかど印刷株式会社に対する滞納処分として昭和三四年二月一六日差押えた右物件に対する公売処分の執行の停止を求めると謂うのであり、かつ疏明として疏第一乃至第三号証を提出した。

本件強制執行停止申請事件につき被申立人は意見書を提出し、申立人提出の疏第三号証によると申立外みかど印刷株式会社の取締役福波小三郎は、前掲公正証書に物件の表示として菊版八頁印刷機二台及び同六頁印刷機一台と表示したのは六頁活版印刷機三台の誤記でありその内訳は黒田鉄工所の製作にかゝるもの二台、大仲鉄工所の製作にかゝるものと一台であると証明しているが、本件差押にかゝる物件中活版印刷機は申立人主張のとおり六頁活版印刷機三台であり、差押調書によると、右六頁活版印刷機は内一台は奥田鉄工所の、内一台は黒田鉄工所の、内一台は大中製作所の各製作にかゝるものであることが記録されており、差押当時立会つた右福波小三郎からも右差押につき何ら異議がなかつたのであるから、右証明書(申立人提出の疏第三号証)は甚だ信憑性に欠けるものといわざるを得ず、申立人は右申立外会社から担保のため信託的に譲渡を受けた活版印刷機と差押にかかる活版印刷機との同一性を便宜的に主張しているに過ぎず、両者は全く別異のものと考えられる。又差押にかかる活字については右申立外会社代表者からの回答によれば、右公正証書作成当時(つまり信託的譲渡契約当時)から殆んど入替つているとのことであるから、被申立人の差押にかゝる活字約一、〇〇〇貫と右申立外会社が申立人に担保のため信託的に譲渡した活字及び込物全部約二、〇〇〇貫とは同一性がない。よつて本件強制執行停止申請は理由がないと主張する。

そこで審査するに、申立人提出にかゝる疏第二号証(公正証書)、申立人会社代表者岡田良一審尋の結果を綜合すると、昭和二九年六月七日申立人は申立外みかど印刷株式会社に対する売掛代金残額の回収確保のため右申立外会社の所有にかゝる活版印刷機四台(その内訳は四六半印刷機一台、菊版八頁印刷機二台、同六頁印刷機一台)及び活字、込物全部約二、〇〇〇貫を譲渡担保の目的とすることを約しその旨の公正証書を作成したこと、但し右契約に関係したのは当時の申立人会社代表者岡田弁三であるため現代表者岡田良一としては右譲渡担保の目的とした物件を確認していないこと、その後昭和三〇年九月一六日申立人は右申立外会社との間に申立人主張のような売掛代金残額の回収確保のための公正証書(疏第二号証)を改めて作成し、担保のため信託的に譲渡を受けた物件の表示として右公正証書に(一)活版印刷機械四台、その内訳は四六半印刷機一台、菊版八頁印刷機二台、同六頁印刷機一台(二)活字及び込物全部約二、〇〇〇貫と表示したが、当時申立人会社代表者岡田良一は担保のため信託的に譲渡を受けた活版印刷機械四台を現物につき確認しなかつたこと、しかし同人としては当時右申立外会社が四台の活版印刷機械を使用していることを知つておりこの活版刷機械四台全部を担保物件としたものであつて、その内訳は右申立外会社の取締役福波小三郎の言うとおりに公正証言に表示したものなること、その後右申立外会社は右四六半印刷機一台を申立人の承諾のもとに他に移転し代りに別の印刷機機一台を据え付けたが、他の印刷機械三台は現在に至るも右申立外会社内に存在しており、この四台が被申立人より差押を受けたものであること、従つて被申立人の差押えた物件中申立人主張の活版印刷機三台(別紙記載のもの)は右公正証書の表示にかゝわらず申立人が右申立外会社より担保のため信託的に譲渡を受けた物件であること、又活字及び込物は申立人会社代表者岡田良一において右公正証書作成当時活字屋に数量を評価させた結果約二、〇〇〇貫あるとのことであつたので右公正証書にその旨表示したのであつて、その後約一、〇〇〇貫に減少しているのは一部右申立外会社が処分したかも知れないが殆んどは前の活字を鋳直した結果減少したものであつて、担保のため信託的に譲渡を受けた活字及び込物と現に存在する活字及び込物とは同一性があることが認められる。もつとも中京社会保険出張所徴収課長川村俊春審尋の結果によると、被申立人が差押えた活版印刷機三台並に活字と申立人が右申立外会社より担保のため信託的に譲渡を受けた活版印刷機三台並に活字との間に同一性を欠き両者は別異のものと疑われないではないが、右両者が同一のものなりや別異のものなりやは結局本訴たる差押処分取消訴訟において口頭弁論を経て確定されるべき問題であり、かつ右両者が同一のものなること即ち本件差押物件が申立人の所有であることが一応認められる以上、これが同一のものでないとして、換言すれば本件差押物件が申立外みかど印刷株式会社の所有であるとして、被申立人が右差押物件に対する公売処分を執行するにおいては、申立人が償うことのできない損害を蒙ることは明らかである(勿論この場合違法公売処分に対し国家賠償法による救済は認められ、又国或は地方公共団体に損害賠償金支払能力が充分認められるが、この一事を以て申立人に償うことのできない損害が発生しないとは言い難い)。しかして右差押物件に対する公売処分が何時にても執行し得る段階に至つていることは右川村俊春審尋の結果によつても明らかであるから、申立人の本件申請を理由ありと認め、行政事件訴訟特例法第一〇条により主文のとおり決定する。

(裁判官 増田幸次郎 奥田英一 川口公隆)

(別紙目録省略)

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