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京都地方裁判所 昭和37年(レ)79号 判決 1965年7月10日

控訴人 西田豊彦

被控訴人 長瀬栄吉

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

控訴人訴訟代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は、控訴人に対し、別紙目録<省略>記載の家屋(以下本件家屋という。)を明渡せ(無条件に明渡を求めえないときは、控訴人が被控訴人に金三〇〇、〇〇〇円を支払うことを条件として)。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被控訴人代理人は、主文同旨の判決ならびに被控訴人敗訴の場合の仮執行免脱の宣言を求めた。

控訴人訴訟代理人の正当事由による解約の主張事実およびこれに対する被控訴人訴訟代理人の答弁は、つぎのとおり附加、訂正するほか、原判決事実記載のとおりであるから、これを引用する。

原判決二枚目表六行目の「原告の家族は、」のつぎに、「本訴提起当時(昭和三七年四月一八日)、」を加え、同七行目の「祐吉」を「祐子」と訂正し、同一〇行目の「最近に至つて」を「その後」と訂正し、同二枚目裏七行目と八行目との間に、「その後、控訴人の家族は、二男の妻敏子およびその長男泰久(昭和三六年八月六日生)が加わり、さらに、昭和三七年一二月六日長男に二女順子が生れて、一〇人家族となつたものであるところ、控訴人は、被控訴人に対し、金三〇〇、〇〇〇円を支払うことを補強条件として、昭和三九年二月一九日の当審第四回口頭弁論期日に、新たな解約の申入れをした。よつて、無条件に明渡を求めえないときは、右金員の支払を条件として、本件家屋の明渡を求める。」を加え、三枚目表一〇行目の「使用しているもので、」のつぎに、「三〇〇、〇〇〇円程度の移転料の支払いを受けたからといつて、」を加える。

控訴人訴訟代理人は、賃料不払による解除の主張として、

「控訴人は、被控訴人に対し、昭和三二年六月、従来の賃料月額金二、二〇〇円が不相当となつたので、これを翌七月一日より月金三、〇〇〇円に値上げ方申入れた。

ところが、被控訴人は、昭和三二年九月二八日に同年一月から九月までの賃料を、一ケ月金二、二〇〇円の割合で弁済供託して以来、同割合で引続き弁済供託するのみで、増額分を支払わないので、控訴人は、被控訴人に対し、書面をもつて、昭和三二年七月分より同三六年一〇月分までの家賃不足金(月額金八〇〇円、五二ケ月分)合計金四一、六〇〇円を昭和三八年六月七日までに支払うべき旨の催告を発し、右書面は、同三八年六月四日被控訴人に到達した。ところが、被控訴人は、右不足金を支払わなかつたので、控訴人は、被控訴人に対し、同年八月二一日賃料不払を理由に契約を解除する旨の通知を発し、右通知は、被控訴人に即日到達した。

よつて、控訴人は、被控訴人に対し、本件家屋の明渡を求める。」と述べ、被控訴人の抗弁に対し、

「本件家屋が地代家賃統制令の適用を受ける家屋であること、控訴人が賃料増額の意思表示を撤回したことは、いずれも否認する。

本件家屋は、工場、仕事場の合計が一三坪二合五勺強であるから、統制に服さない。

工場北側の板間は、織物の材料を整理したり、織り上つた製品の整理をするための仕事台で、工場の一部である。仕事台を除いても、工場、道路、二階糸繰場を併せると、一一坪四合三勺になり、優に七坪を超えるものである。」

と答えた。

被控訴人訴訟代理人は、控訴人の賃料不払による解除の主張に対する答弁として、

「控訴人主張事実は、従来の家賃が不相当となつたとの点を除き、すべて認める。」と答え、抗弁として、つぎのとおり述べた。

「(一) 本件家屋は、地代家賃統制令の適用を受ける家屋であり、賃料月額金二、二〇〇円は、統制家賃月額をこえるものである。すなわち、本件家屋は、工場兼用の住宅であるが、工場部分は七坪未満である。なお、工場北側の板間は、居住部分として使用されているものである。

したがつて、控訴人の賃料増額申入れは、その効力がない。

(二) 仮りた、本件家屋が賃料の統制に服さぬ建物としても、控訴人は、本件訴状において、現在家賃は月額二、二〇〇円である旨主張しているので、控訴人の賃料増額申入れは、本件訴状が被控訴人に送達されたことにより、遡及的に撤回された。

(三) 仮りに、以上が認められないとしても、被控訴人は、本件家屋が統制賃料に服する家屋であると信じていたものであつて、賃料額に争があり、最終的に裁判所の判定により適正賃料が明らかとなれば、その差額につき何時でも追加支払の意思および能力を有している。賃料額未確定の段階において、被控訴人が一応現行賃料の弁済供託を続けているかぎり、その差額の不払を理由に、控訴人が契約を解除することは 許されないものといわねばならない。

よつて、控訴人の請求には応じられない。」

証拠<省略>

理由

被控訴人が控訴人から本件家屋を期間の定めなく賃借して来たことは、当事者間に争がない。

(正当事由による解約について)

控訴人は、正当事由があるとして昭和三六年五月一七日右賃貸借契約を解約する旨の意思表示をしたと主張するのであるが、その正当事由の存否に関する当裁判所の判断は、つぎのとおり附加、訂正するほか、原判決理由記載と同一であるからこれを引用する。

原判決四枚目裏三行目の「弁論の全趣旨」を削り、「当審における検証の結果」を加え、同五行目の「四帖半」を、「三畳、六畳の」と訂正し、五枚目表一行目の「最近に至り」を、「その後」と訂正する。

よつて、控訴人の右解約の意思表示によつては、本件賃貸借契約は終了しない。

つぎに、昭和三九年二月一九日の金員支払を条件とする控訴人の解約申入に関する正当事由の存否について判断する。

成立に争のない甲第三号証および控訴人本人の当審供述(第一回)、被控訴人本人の当審供述によれば、昭和三九年二月一九日以降当事者双方の家族構成は、控訴人の場合、その主張どおり一〇人となり、被控訴人の場合、妻キクエが死亡したため七人となつたが、その家屋使用状況は昭和三六年の解約について判断した事情とほぼ同様であることを認めることができ、他に反する証拠はない。

そうだとすれば、以上の事実関係のもとにおいては、右事情に加えて右家族構成の変化を考慮してみても、被控訴人が本件家屋を明渡すことによつて受ける不利益は、控訴人が右明渡を受けないことによつて受ける不利益にくらべて著しく大であり、被控訴人が、いわゆる移転料の性質を有する金三〇〇、〇〇〇円の支払を受けたところで、被控訴人の住居、営業の移転の困難さが、容易に好転するとは認められず、右金員の提供は、いまだ、本件賃貸借契約を解除することができる程度の補強条件とはなりえないといわなければならない。

(賃料不払による解除について)

控訴人の賃料不払による解除の主張事実は、従来の家賃が不相当になつたとの点を除いて、当事者間に争がない。

当審鑑定人吉村次郎の鑑定の結果によれば、昭和三二年七月頃本件家屋の従来の賃料月額金二、二〇〇円は、土地、建物価格の上昇に照し、不相当に低廉となつたこと、控訴人が申入れた一ケ月金三、〇〇〇円の額は、当時の相当額の範囲内であることを認めることができ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

そこで、被控訴人の抗弁について判断する。

(一)  地代家賃統制令の適用の有無について。

控訴人本人の当審供述(第二回)、被控訴人本人の当審供述の一部、当審鑑定人菊地一郎の鑑定の結果および当審における検証の結果によれば、本件家屋のうち、被控訴人が営む織物業の事業用部分の面積は、階下機織作業場(北側にある板間もその一部と認める。)七坪六合四勺、作業場横の通路面積の二分の一(通路は居住用と兼用と認められるから、事業用部分は二分の一に評価する。)一坪六合六勺、階上糸繰作業場兼寝室の二分の一(居住用と兼用であるから、階段部分も含めて事業用部分は二分の一に評価する。)一坪七合、以上合計一一坪であることが認められる。

被控訴人本人の当審供述中認定に反する部分は採用せず、他に右認定を覆えするに足る証拠はない。

そうだとすれば、本件建物は、地代家賃統制令(以下統制令という)施行規則第一一条に規定する併用住宅に該当しないので、統制令の適用は受けないものといわねばならない。

したがつて、被控訴人の抗弁(一)は理由がない。

(二)  控訴人の賃料増額申入れ撤回の有無について。

控訴人の当審供述(第二回)によれば、訴状の請求原因中の「現在家賃金は月二、二〇〇円となつています。」との記載は控訴人代理人が誤つて記載したことが認められ、訴状送達によつて被控訴人主張の撤回行為があつたものとは認められない。

したがつて、被控訴人の抗弁(二)も理由がない。

してみると、控訴人の賃料増額申入れは有効であつて、本件家屋の賃料は、昭和三二年七月一日以降月額三、〇〇〇円に増額されたものである。

(三)  契約解除の効力について。

被控訴人本人の当審供述、検証の結果および弁論の全趣旨によれば、被控訴人は、賃料増額の意思表示を受けた頃(昭和三二年六月頃)および増額分支払の催告を受けた頃(昭和三八年六月四日)、本件家屋がすでに統制令の適用外になつていたことを知らず、従来の賃料月額二、二〇〇円が統制額を上まわつていたことから、増額請求に応ずる必要はないと考えて、従来の賃料額の弁済供託を続け、特に、催告を受けたときは、坪野米男弁護士方に相談に赴いたところ、同弁護士は、本件家屋の事業用部分は七坪未満であると解して、被控訴人に対し、本件家屋は統制令の適用があるから、増額分支払の催告に応ずる必要はない旨説明し、被控訴人は、その意見にしたがつて、裁判で額が決つてから支払えばよいと考えていたこと、本件家屋に対する統制令適用の有無は、法律専門家にとつても容易でない判断事項であることを認めることができる。

控訴人本人の当審供述(第二回)中右認定に反する部分は採用せず、他に以上認定を左右するに足る証拠はない。家屋の賃貸借において、催告期間内に延滞賃料が弁済されなかつた場合であつても、賃貸人賃借人相互の信頼関係の破壊にあたると認めるに足りない特段の事情があるときは、右賃料不払を理由とする賃貸借の解除は信義則に反し許されないものと解すべきであり、本件のように、増額請求額(相当額)より弁済供託された従前の賃料額を差引いた額の賃料催告に対し、賃借人が催告期間内に延滞賃料を支払わなかつたことが、賃借人の不誠意または支払能力のないことによるものでなく、賃借家屋に統制令の適用があり、賃貸人の賃料増額請求が無効である、と判断したためであり、そのように判断したことを非難できない事情(弁護士の意見に従つて、賃借家屋に統制令の適用あり、と判断したこと。本件賃借家屋に対する統制令の適用の有無は、法律専門家にとつても容易でない判断事項であること。)があるとき、信頼関係の破壊にあたると認めるに足りない特段の事情があると解するのが相当である。

したがつて、控訴人の本訴請求は、失当であつて、棄却を免れない。

ところで、特定の家屋に対する特定の賃貸借契約に基づく明渡請求権は、実体法上単一の権利である、と解するのが相当であるから、賃貸借契約に基づく家屋明渡請求訴訟において、数個の賃貸借契約終了原因が主張されても、数個の攻撃方法が主張されたにすぎないものと解すべきである。

それゆえ、本件のように、控訴人が第一審において、賃貸借契約終了原因として、正当事由に基づく解約のみを主張し、請求棄却の判決を受け、控訴審において、賃貸借契約終了原因として、賃料不払による解除を追加主張し、右主張がいずれも理由がないとき、単に控訴棄却の判決をすべきである。

よつて、本件控訴を棄却し、控訴費用の負担について、民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小西勝 石田恒良 堀口武彦)

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