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京都地方裁判所 昭和37年(ワ)1036号 判決 1964年9月16日

原告

右指定代理人

綴喜米次

ほか二名

被告

松原正信

被告

松原正夫

右両名訴訟代理人

加藤正郎

主文

原告に対し、別紙物件目録記載の土地につき、被告松原正信は別紙登記目録(1)記載の登記、被告松原正夫は同(2)記載の登記の各抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

原告代理人は、主文同旨の判決を求め、請求の原因として、

一、京都府知事は、昭和二二年一二月二日を買収の時期として、訴外太田光勝所有の別紙物件目録記載の土地(以下本件土地という)を、自作農創設特別措置法第三条第一項第一号に該当する農地として買収の上、同日を売渡の時期として、被告松原正信に売渡し、本件土地について、別紙登記目録(1)記載の登記がなされ、被告松原正夫のために登記目録(2)の登記がなされている。

二、しかしながら、本件土地はもと農地であつたが、戦時中訴外不二工業株式会社(訴外会社)がこれを軍需工場敷地として訴外太田光勝より借り受けて工場建物を建築していたところ、終戦直後訴外会社はその事業縮少に伴つて右工場建物を取り毀ち本件土地は、荒廃の状態のまま放置されていたものであつて、その後現在までいまだかつて耕作の目的に供せられた事実はなく、前記買収処分当時農地でないことは明白であつた。

しかるに、上狛町農地委員会は、本件土地が公簿上田と表示せられていたため、漫然これを農地として違法な買収計画を樹立したもので、これに基ずく自作農創設特別措置法の規定による一連の手続には明白かつ重大なかしがあり、従つて本件土地に対する買収、売渡の各処分は当然にその効力を有しないものである。

よつて、本件土地は、依然として訴外太田光勝の所有であつて、被告等は所有権を取得していないから、各登記の抹消を求める。」

と述べ、被告等の取得時効の抗弁に対し、

「抗弁事実は争う。被告正信は、訴外会社の重役であり、かつ上狛農地委員会の副会長であつたから、本件土地が買収処分当時農地でないこと、すなわち買収処分売渡処分が無効であることを知つていたか知らないことに過失があつたのであつて、占有の始め本件土地が自己の所有でないことを知つていたか知らないことに過失があつたものである。従つて、取得時効は完成しない。」

と答えた。

被告等代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

「原告主張の請求原因事実中第一項は認める。第二項中、訴外会社が、工場敷地として、農地であつた本件土地を、訴外太田から借り受けていたことは認めるが、その余の事実は否認する。すなわち、本件土地は埋立未了の空地であつたから、戦時中より訴外会社の工員がこれを野菜畑として耕作したり豚を飼育する等に使用していたものであつて、買収処分当時本件土地は依然として農地であつたから、買収、売渡処分に違法はなく、被告正信はその所有権を取得し、被告正夫は、昭和三三年一一月二五日被告正信からこれを買受けたので現にその所有者である。

よつて原告の請求は理由がない。」

と答え、抗弁として、

「仮りに、本件土地の買収、売渡処分が無効であつたとしても被告正信は、売渡通知書(昭和二三年一二月一日付)を受領した昭和二三年一二月上旬より以前である昭和二二年一二月二日(売渡の時期)から同年三二年一二月一日まで一〇年間、本件土地を所有の意思で平穏且公然に占有し、右占有の始め善意且無過失であつたから、昭和三二年一二月一日の経過と共に時効により本件土地の所有権を取得した。被告正信は本訴において右時効を援用する。」

と述べた。

証拠<省略>

理由

原告請求原因第一項の事実は、当事者間に争いがない。

そこで、本件土地が買収処分当時農地であつたか否かにつき判断する。

訴外会社が戦時中本件土地を軍需敷地として訴外太田光勝より借り受けていたことは、当事者間に争がなく、<証拠―省略>によれば、本件土地とこれに隣接する数筆の土地は、耕作の目的に供されていたが、昭和一七年頃、訴外会社に軍需工場敷地として賃貸され(訴外会社が離作料を小作人に支払つた)、訴外会社は、これを一括して地上げをし、用水路をつくつて、工場敷地としての形態を整え、一部に焼入場、火造物、倉庫、寄宿舎等を建造し、周囲にコンクリート塀又は板塀を廻らせていたこと、買収当時、本件土地は、建造物こそなかつたが、コンクリートや煉瓦が残つていて、一見して耕作の目的に供される土地ではなかつたこと、買収計画を立てた上狛町農地委員会は、公簿上本件土地の地目が田であつたところから、現状の確認を怠つて、農地として買収の手続を進めたこと、戦後訴外会社の従業員が本件土地を含む工場敷地の一部を耕して野菜を作つていたことがあるが、右は家庭菜園の域を出ず、しかも本件買収処分後である昭和二四年以降のことであることを認めることができる。右認定に反する被告松原正信本人の供述は採用し難い。

以上認定事実によれば、本件買収計画樹立当時より、本件士地は農地でなかつたのであるから、これを農地としてなした京都府知事の買収処分は、成立の当初から客観的に明白かつ重大なかしある違法な処分として、当然無効の処分であり、右処分を前提とする被告正信に対する売渡処分も又効力を有しないものである。

つぎに、被告等の取得時効の抗弁につき判断する。

<証拠―省略>によれば、被告正信は、戦時中訴外会社が訴外太田から本件土地を借り受けた当時、訴外会社の労務、厚生部長であり、本件土地の買収、売渡処分当時、訴外会社の重役であつて、右処分当時、本件土地の状況を十分知つており、かつ、右処分当時、上狛町農地委員会の副会長をしていたことを認めることができる。通常の場合自作農創設特別措置法による農地売渡処分を受けた者が、処分の効果として土地所有権を取得したと信じたことについて、過失がなかつたと認めるのが相当であるが、その売渡処分に当然無効の事由があつて、処分の相手方においてその処分の有効性に疑念を抱くのを当然とするような特別の事情のある場合は、そのように信じたことについて過失があつたものと認めるのが相当である。

これを本件についてみるに、上記認定の事情の下において、仮りに、被告正信が、売渡処分後、売渡処分により本件土地所有権を取得したと信じて本件土地を占有したものとしても、そのように信じたことについて過失があつたものと認めるのが相当である。(仮りに、被告等主張のように、被告正信が、売渡処分手続完了前に、本件土地を自己の所有と信じて占有を始めたとすれば、その占有の始、自己の所有と信じたことに、なおさら過失があつたものと認められる。)

よつて、一〇年間の占有では、被告正信は本件土地の所有権を取得しえず、被告等の取得時効の抗弁は理由がない。

そうだとすれば、被告正信から被告正夫に対する所有権の移転もその効力がない。

ところで、不動産につき、甲、乙、丙と順次所有権が移転したものとして順次所有権移転登記がなされた場合において、各所有権移転行為が無効であるとき、真実に符合しない、乙より丙への所有権移転登記、甲より乙への所有権移転登記は、順次その抹消登記をなすべきであり、その抹消登記をなすべき事由の消滅しない限り(例えば、その後丙が甲より所有権を取得すれば、抹消登記をなすべき事由は消滅する)、乙より丙への所有権移転登記の当事者である乙は、丙に対し、乙より丙への所有権移転登記の抹消登記請求権を有する、と解するのが相当である(最高裁判所昭和三六年四月二八日第二小法廷判決、民集一五巻四号一二三〇頁参照)。

けだし、乙から丙への所有権移転登記の抹消登記をなすべき場合、乙は、抹消登記をなすべき所有権移転登記の一方の当事者であるから、その抹消登記をするについて利益を有する限り、他方の当事者である丙に対し、抹消登記請求権を当然有するものと解すべきところ、乙は、甲より乙への所有権移転登記の抹消登記をなすべき義務を履行する前提として、登記手続上、まず、乙より丙への所有権移転登記の抹消登記をしていつたん乙名義にする必要があるので、乙より丙への所有権移転登記の抹消登記をするについて利益を有するからである。

設例の場合、甲も、所有権に基いて、丙に対し、乙より丙への所有権移転登記の抹消登記請求権を有するが、このことは、乙の丙に対する抹消登記請求権を肯定する結論は妥当である(例えば、真実の所有者甲へ登記名義を回復させるについて、乙が協力的であり、丙が協力的でない場合、乙の丙に対する抹消登記請求権を肯定すれば、乙は、丙を訴えて勝訴判決を受け、甲に対する抹消登記義務を履行することができるし、それによつて、甲も、丙を訴える必要がなくなり、利益を受ける。)

それゆえ、本件のように、不動産につき、甲、乙、丙、丁と順次所有権が移転したものとして順次所有権移転登記がなされた場合において、各所有権移転行為が無効であるとき、乙は、丙に対し、乙より丙への所有権移転登記の抹消登記請求権を有し、丙は丁に対し、丙より丁への所有権移転登記の抹消登記請求権を有し、乙は、丙を代位して、丙の丁に対する抹消登記請求権を行使しうる、と解すべきである。

よつて、原告の請求は正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官小西勝 裁判官松浦豊久 堀口武彦)

物件目録<省略> 登記目録<省略>

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