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京都地方裁判所 昭和37年(ワ)674号 判決 1968年11月22日

原告

米倉清三郎

ほか一二名

代理人

藤村英

被告

代理人

氏原瑞穂

ほか二名

主文

原告等の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実《省略》

理由

第一、はじめに

請求原因事実中、原告の地位および所有にかかる在外資産の点に関しては、原告等主張のとおりの事実であると仮定して検討することとする。

以下に認定する事実は、いずれも公知の事実である。

第二、南朝鮮関係について

一、原告等所有にかかる在外資産のうち、在南朝鮮分については、以下の経緯により、その所有権を喪失したものと解される。

(1)  ポツダム宣言受諾から軍令第三三号発出まで

昭和二〇年七月二六日ベルリン郊外ポツダムに会した連合国中、アメリカ合衆国、イギリス、中国、三国首脳は、日本政府に対し、直ちに全日本軍隊の無条件降伏を宣言し、右行動における日本政府の誠意について、適当且つ充分な保障の提供を求めるとともに、右以外の選択は、迅速且つ完全な壊滅あるのみであるという趣旨の条項をもつて結語されたポツダム宣言を発した。

これに対して、当初、黙殺する態度に出た日本政府も、遂に、スイス政府を通じて受諾方の申入れをなし、数次の住復を経た後、同年九月二日東京湾内軍艦ミズーリ号上で、いわゆる無条件降伏を宣する降伏文書に署名し、これによつて日本国の降伏条件が確定した。

これに基いて連合国は、日本政府が条項の誠実な履行を約したポツダム宣言第八項において引用するカイロ宣言中の、いわゆる朝鮮人民の奴隷状態に留意し、朝鮮を、自由、独立のものにする決意を有するとの条項を実現するため、朝鮮全域を軍事的に占領して、これを統治、支配し、同月二〇日総司令官指揮のもとに、南朝鮮地域を統治する朝鮮軍政庁が、アメリカ合衆国によつて樹立された。

朝鮮軍政庁長官アーノルド(A. V. AR-NOLD)は、同年一二月六日軍以第三三号を発出して、一切の在外資産を自ら所有、管理することとした。すなわち、

右在外資産に対する所有権は、同月二五日付をもつて、朝鮮軍政庁が取得し(is hereby vested in the Military Gov-ernment of Korea)、朝鮮軍政庁が該資産全部を所有する(is owned by the Military Government of Korea)。朝鮮軍政庁の許可なくして、該資産に侵入または占有し、移転または価値効用を毀損することは不法とする。(第二条の要旨。)

朝鮮軍政庁の指令のもとに、該資産を所有、管理、支配する保管者、管理者等は、それを保存、管理して、そのため規定事項を遵守しなければならない。(第三条の要旨。)

というものであつた。

(2)  米韓財産移転協定

アメリカ合衆国政府は、昭和二三年九月一一日大韓民国政府との財産移転協定により、右軍令第三三号によつて所有、管理された一切の在外資産の所有権を同政府に移譲した。

(3)  対日平和条約第四条(b)項

日本政府は、昭和二七年四月二八日発効の対日平和条約第四条(b)項において、南朝鮮にある「合衆国軍政府により、またはその指令に従つて行なわれた日本国および日本国民の財産の処理の効力を承認」した。よつて、前記軍令第三三号および米韓財産移転協定に基く財産処理の効力も、右条項により承認された。

二、(1) 軍令第三三号の法的性質については、これを敵産管理命令と解し、敵産管理人たる朝鮮軍政庁は、韓国民たる日本国民にかわつて敵産を管理しているに過ぎず、敵産処分後の代替物に対する最終的所有者は、依然、日本国民であることに変りがないとの見解がある。

しかし同令の真意は、前記占領政策の最終的目的である朝鮮の解放と独立を完遂するためには、在来の日本政府による統治、支配に係わりのある一切の政治的、経済的諸関係を一掃する必要があるものと認め、その政策遂行の一環として、戦勝国としての連合国が、戦敗国日本国に対し、南朝鮮への最終的移譲に到る迄の暫定的措置として、その管轄権内の在外資産を没収したところにあるものと考えられる。

(2) 元来、国際法上、いわゆる私有財産の尊重、不可侵の原則は、確立された慣習法規とされ、かりに、敵産管理人が敵国人の敵産を管理する場合においても、未処分財産の正当な所有者あるいは財産処分後の対価の最終的所有者は、なお敵国人であり、最終的な返還手続は、通常、平和条約によつて規律されるところによる。

前記軍令第三三号および米韓財産移転協定に基く処理は、右の国際法の原則に反し違法の原則に反し違法たるを免れない。

もとより、かような国際法違反の所為に対して、在外資産所有者は、アメリカ合衆国に対し、その国内法上行使しうる当該資産返還請求権あるいはこれに代るべき損害賠償請求権を取得するのであろうし(その訴訟上の追行は法的に不可能であるかも知れないが。)、他方、日本政府としても、一般に、個人が外国政府の違法処分によつて権利を侵害された場合、当該外国の国内法手続による救済が全然拒否されるか、あるいは救済が極めて不当な場合に、本国政府の立場から、これをもつて自国の固有の権利ないし利益を侵害されたものであるとして、これを理由に行使しうる、いわゆる在外国民に対する外交的保護権を、アメリカ合衆国政府に対して行使しうるはずである。

対日平和条約第四条(b)項は、日本政府が、右のごときいわゆる外交的保護権はもとより、当該資産所有者の有すべき前記各請求権をも、同時に放棄し、アメリカ合衆国に対するこれら各請求権を、国際法上消滅せしめたものと解される。

以上の経過を考えると、在外資産喪失の第一次的原因が、アメリカ合衆国政府による没収処分にあり、この日本政府による承認が、事後的、確認的なものに過ぎなかつたとは言え、日本政府の対日平和条約締結が資産所有者の自らの財産に対する一切の法的な手がかりを失わしめたものであることは否定できない。また、結果的にみると、これらの資産は、日本国が、戦争状態を終結し、連合国による占領統治から脱却し、新国実として発展するためという、いわば国家公共の目的を達成するための手段の犠牲に供されたものとも言い得るであろう。

しかしながら、アメリカ合衆国政府による右の財産処理は、連合国ないし南朝鮮の蒙つた戦争損害に対する日本政府の賠償責任を前提として、これが容易かつ確実な履行のためなされたものではなくて、南朝鮮における独立国家建設という名分の下になされたものであるから、右財産が、連合国に対する賠償のための引当になされたという原告等の主張はあたらない。賠償というなら、むしろ南朝鮮に対する賠償として考えるのが適当であろう。

(3)  一方、翻つて、降伏時およびその後の状況をみるに、ポツダム宣言受諾による無条件降伏後、引続いての連合国による強力な占領政策の遂行を受けて来た戦敗国日本政府としては、対日平和条約の締結にあたり、勝者連合国が、第四条(b)項を挿入して、国際法に違反する処分であるとの非難を回避し、違法性の瑕疵を治癒することによつて、事後的、形式的にこれを正当化するためになした要求を、拒否し得るだけの自由を持たず、これを承諾せざるを得なかつたものである。

この意味において、日本政府の対日平和条約の締結による前記財産管理の承認が、在外資産喪失の実質的原因をなしているとは言えない。

さらに、在外資産所有者の蒙つた損害は非常時における戦争災害の一種であつて、これを全く予想しない平時における憲法上の補償条項をもつて律することはできないものである。

それはむしろ、戦闘行動の遂行とともに、国家的規模において、必然的に発生した精神的、物質的諸損害状態と何ら本質的に異るところなきものであり、他の一般的戦争被害と同等の観点において、国民公平負担の原則に則つて、立法的に解決されるべき政策上の事柄に属し、対日平和条約との関連において考えるべき問題ではない。要するに、国の政治的責任ではあつても、法的責任には属さないものである。

従つて、憲法第二九条第三項を理由とする原告等の請求は理由がない。

第三、北朝鮮関係について

対日平和条約第二条(a)項は、朝鮮に対する一切の領土権を放棄することを宣明した、いわゆる領土条項であるから、この条項をもつて在外資産の喪失の根拠とするのはあたらない。北朝鮮にある在外資産の処理は、同条約第四条(a)項によつて、日本政府と「現にこれらの地域の施政を行なつている当局」との間の特別取極めの主題とされている。

ところで、この問題の解決にあたつては、当面、昭和四〇年一二月一八日成立の日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約(以下日韓条約という。)および財産および請求権に関する問題の解決ならびに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定(以下日韓協定という。)を検討する必要がある。

先ず。日韓条約第三条において、「大韓民国政府は、国際連合総会決議第一九五号(Ⅲ)に明らかに示されているとおりの朝鮮にある唯一の合法的な政府であることが確認され」ている。すなわち、同決議は、昭和二三年五月南朝鮮において行なわれた総選挙によつて、同年八月一五日大韓民国政府が成立した結果、その報告に基き、採択されたものであり、同政府の基本的性格、特に、南朝鮮に「有効な支配および管轄権をおよぼしている合法的な政府(大韓民国政府)が樹立されたこと」および「この政府が朝鮮における唯一のこの種の政府であること」を宣明したものであつて、日韓条約第三条は、この趣旨を確認したのである。

もとより、同条項は、同条約の適用領域を明らかにしたものではないし、朝鮮全域をその領土とする大韓民国憲法の当該条規を認めたものでもない。要するに、同条約は、北朝鮮との関係について全く触れるところがないのである。

次に、日韓協定第二条3において、同協定により処理される財産、権利および利益は、「この協定の署名の日に他方の締約国の管轄の下にあるもの」に限定されている。すなわち、この趣旨は、前記国際連合決議第一九五号(Ⅲ)によつて明らかに示されているように、大韓民国政府の有効な支配および管轄権が北朝鮮におよんでいないことを前提として、同政府が実効的に主張し得る範囲内の財産、請求権に関してのみ処理することにある。

従つて、北朝鮮所在の在外資産については、未だ取極めが締結されておらず、未解決の状態にある。

なお、ソ連軍により、本件の在外資産が接取されたか否かについては、明確になし得ないが、かりに、ソ連軍により接収が行なわれたとしても、日ソ両国は、日ソ共同宣言第六項後段において、今次戦争の結果として生じたすべての請求権を、相互に放棄したものであり、同宣言の締結に基く日本政府の在外資産所有者に対する賠償責任は、すでに南朝鮮関係において論述した趣旨と同一であつて、日本政府は何らの法的責任を負うものではない。

第四、旧満州関係について

対日平和条約は、第二五条において、「ここに定義された連合国の一国でない、いずれの国に対しても、いかなる権利、権限または利益も与えるものではない。また、日本国のいかなる権利、権限または利益も、この条約のいかなる規定によつても前記のとおり定義された連合国の一国でない国のために減損され、または害されるものとみなしてはならない。」と定めて、条約の一般原則を確認すると同時に、他方、同条約第二一条において、中華民国に対し、同条約第一四条(a)2の利益を受ける権利、すなわち、在外資産の処分権限を認めた。これによつて、中華民国は、右権利を享受する旨の意思表示をなすことによつて、これを取得し得るものと解される。そして、昭和二七年八月五日発効の日華条約が右意思表示に該るものと考えられるが、同条約第一一条によれば、戦争状態の存在の結果として生じた問題は、対日平和条約の相当規定、すなわち、同条第一四条(a)2(1)に従つて解決されることになつている。

ところで、日華条約の適用領域について、同条約交換公文第一号によると、「中華民国政府の支配下にあり、または今後入るすべての領域に適用がある。」とされている。しかるに、同条約締結時以降の諸情況を見るも、旧満州が同条約の適用領域内にあるものと解することはできない。

従つて、旧満州所在の在外資産については、未解決の状態にある。

第五、損害賠償請求権について

原告等は、日本政府が、対日平和条約(第四条(b)項)および日ソ共同宣言締結にあたり、原告等の有する請求権を放棄することによつて、これを消滅させたことを目して、国内法上国家公務員たる日本全権団の故意または過失による職務上の違法行為を構成し、国家賠償法第一条に該当する旨主張するもののようであるが、同条約等の締結は、前記のとおり、戦勝国たる連合国の要求に対し、日本政府としては、これを拒否し得る自由意思を有せず、唯、事後的、形式的に承諾せざるを得なかつた状況下にあつたのであるから、日本全権団による承認行為を評して、故意、過失による違法な公権力の行使ということはできないものである。

第六、結語

以上によつて明らかなとおり、被告その余の主張について判断する迄もなく、原告等の本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。(久米川正和 高橋史朗 大藤敏)

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