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京都地方裁判所 昭和38年(わ)72号 判決 1964年1月30日

被告人 南出和正

昭一三・六・一五生 自動車運転者

主文

被告人は無罪

理由

本件衝突事故の発生地点は京都市中京区烏丸四条交叉点上る西側(北行用)市内電車用停留所安全地帯の北端を去る約五、一米の箇所であつて右交叉点は京都市内において最も交通頻繁なる場所の一つであることは当裁判所に顕著なことであり、右発生時刻も昭和三十七年一二月一四日午前八時三〇分頃で所謂朝の通勤ラツシユ時に当つている。

当時右安全地帯には市電が一台停車中であり、乗降客が相当多勢おり更に同安全地帯北方の軌道沿いに詳細は不明であるがかなりの佇立者があつたこともこれを認めることができる。

かゝる場合自動車運転者が右安全地帯側方を北方に向け通過するに当つては安全地帯及びこれに連なる佇立者中より時に車道に乗り出す者があり得ることに鑑み、前方注視を厳重にするは勿論歩行者の安全のため徐行すべきことも亦明らかである(道路交通法七一条四号)。

司法警察員作成の実況見分調書、被告人の司法警察官並に検察官に対する各供述調書によると被告人は相手方古川禎一が車道に急速に乗り出してくるのを発見すると即時急制動を掛け、僅か一、一五米進行して衝突し、その後これ亦僅か一、六五米進行して完全に停車している。この事実よりみると被告人に前方注視に欠くるところがあつたとは到底認め得ないし又制動処置に適切を欠いたとも認めることはできない。(当時左側には単車が進行中であり、左方へハンドルを切ることはできない。)問題は徐行に欠くるところがあつたか否かである。右衝突地点は安全地帯側方ではないが、これを去る五米余の地点であり前記の如く軌道沿いに佇立者のあることよりすればなお徐行すべきは明らかである。鑑定人新開治も指摘するとおり制限速度の二分の一、或は四分の一でも衝突事故の発生はあり得ることであるから本件当時被告人自動車の速力が制限時速四〇粁の半分二〇粁以下でなかつたことから直ちに徐行義務違反とも云えないし、二〇粁を三粁乃至五粁超えたことのみをとらえて徐行していなかつたと云うのも的確な根拠を欠く。具体的状況に応じ一面高速運転機関であるタクシーの使命をも考慮し、社会通念により決するの外はないが、当裁判所の検証の結果、証人井上利則の証言、鑑定人新開治の鑑定の結果、被告人並に右古川の当公廷における各供述等に徴し、右場所、右時刻、右状況下における徐行速度は時速二〇粁乃至二五粁と認定する。然らば右地点を時速約二二粁(弁護人提出の弁護士会長の照会に対する京都陸運事務所主任検査官の回答書)及至二五粁(被告人の検察官に対する供述調書)にて進行した被告人には徐行義務として責むべきものはない。

次は相手方が急速に車道に乗出してくるのを予見し得たのではないかと云う点である。一般的にはかゝることは予見し得ると云い得るが、後記の如き本件の具体的状況下では運転者にこれを予見して運行すべしと要求することはできない。これを要求して(徐行すべしと云うので)は該箇所の交通は著しく停滞し高速機関、歩行者双方にとり重大な支障を来す虞があると認められる。ただし右安全地帯が事故等により異常に混乱し、右異常が明らかに運転者に知得せられる場合は別論であるが、如何にラツシユ時と云へ多数人が各自交通秩序を守り電車の乗降待をして規律を維持している時にかゝる極端に異常な行動をとる人の予見を強うることはできない。即ち被告人には具体的にかゝる事態の発生は予見義務の範囲には屈しない。

被告人は安全地帯に接近し過ぎたが、被告人の自動車は安全地帯より三〇糎離れて進行した。一見近寄り過ぎるとも見られる。しかしこれでは実況見分調書によると軌道からは二、一米離れて進行していることになり法の要求する一、五米を超えており(道路交通法三一条)、違法ではないし、又当裁判所の検証中も右間隔を以て通行する多くの自動車を認めたし、二〇数回の無事故表彰を誇る証人(自動車運転者)井上利則も右間隔を以てする運転は決して異例でないとしている事実に徴しこの点を責むこともできない。

本件発生の原因は一に相手方にある。相手方古川が急速に車道に乗出した地点は安全地帯の先約五米の佇立者の中からである。かゝる地点における横断は同人にとつては下車した車輛(南行)直後の横断であり、又至近に(安全地帯の南端に)横断歩道あることよりして共に許されないのみならず、その時期においても車輛進行の時であつたので、現に被告人自動車の直前に(約五米の間隔にて)一台の自動車が進行した直後のことであり、信号機に全く介意することのない横断は極めて異常な事例であり、自ら身を危険に曝したと云うべきである。

結局被告人には犯罪の証明は充分でないから刑事訴訟法三三六条により無罪の言渡をする。

(裁判官 柳田俊雄)

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