京都地方裁判所 昭和38年(ヨ)82号 判決 1964年6月19日
申請人 広瀬久男
被申請人 株式会社昭和産業相互銀行
主文
被申請人は申請人をその従業員として取扱い、かつ申請人に対し金五一四、五二二円及び昭和三九年三月二六日以降毎月二五日限り一日当り金一、二五八円の割合でその月分を支払え。
訴訟費用は被申請人の負担とする。
(注、無保証)
事実
申請人訴訟代理人は、「被申請人は申請人をその従業員として取扱い、かつ申請人に対し昭和三八年二月十一日以降毎月二五日限り金三八、二〇〇円を支払わなければならない。申請費用は被申請人の負担とする」旨の判決を求め、その理由として、
第一、被申請人は、従業員約六〇〇名を使用し、預金及び貸付等相互銀行業務を営む株式会社であり、申請人はその従業員であつて、かつ被申請人会社(以下会社ともいう)従業員を以て組織する昭和産業相互銀行従業員組合(以下組合という)の組合員であり、同組合中央委員の地位にあつたものである。
第二、被申請人会社は、申請人に対し、昭和三八年二月十一日付を以て、労働協約(以下協約という)第五五条第一号―就業規則その他の諸規定に違反し又は規律に違反した場合―に該当するとして協約第五六条第六号によつて諭旨退職を命じ、同月十二日右退職を通告した。
第三、しかしながら、右諭旨退職の処分(以下本件解雇という)は次の理由で無効である。
一、本件解雇は、労働組合法第七条第三号及び第一号の不当労働行為に該当し無効である。
すなわち、
本件解雇は、会社の昭和三七年十一月二九日付の「次長職を忠実に遂行することを命令する」旨の業務命令に違背しそれが協約第五五条第一号に該当するとしてなされたもの、そしてその次長職とは会社が同年十一月一七日付を以て発令したものであるが、
そもそも、右発令(以下本件昇格発令という)は、かねてから申請人の組合活動に脅威をおぼえ心よく思つていなかつた会社が、協約第六条により次長は非組合員となるところから、(イ)申請人を非組合員にして中央委員としての地位を失わせ、以て組合を無力化せんとしてこれをなしたもので、組合の運営殊に組合人事に支配介入した不当労働行為であるとともに、(ロ)申請人の組合活動をその意に反し阻止したもので同人に対する不利益処分としての不当労働行為であるから、いずれにしても無効というのほかなく、
このように、申請人に対する右昇格発令が不当労働行為として無効である以上、これを前提としている本件解雇は(右業務命令違反を問うまでもなく)不当労働行為として無効のものである。
なお、右の不当労働行為は次のような具体的諸事情から明かである。
1 申請人は、昭和三〇年一〇月から(ちなみに組合は同年七月に結成された)同三一年二月まで中央委員兼大野支部支部長、同三二年四月から同年十二月まで執行委員、同三三年四月から三五年五月まで書記長、同三七年五月から本件解雇まで中央委員の地位にあつたものであるところ、
2 本件解雇当時組合執行部は自主性を失い会社に迎合し、いきおい終始労働者の利益を守りつづけた申請人と会社及び組合執行部とは鋭く対立するに至つていた。すなわち、
(一) もともと、組合はその組織に会社経営陣の資本系列による権力抗争を多分に反映する傾きがあつたが、特に昭和三五年五月申請人が書記長の地位を退いたのち、代つて組合役員となつた加藤、大坪及び元組合員白川が、申請外幸福相互銀行(以下申請外銀行という)の資本を代表する外邨専務と結んで同申請外銀行の株式買占めに活動し、その結果同銀行の会社に対する支配権が確立してから、白川は一躍会社人事部長に、加藤、大坪はそれぞれ支店長に栄進するなど、会社、組合のなれ合い、組合幹部の御用幹部ぶりは甚しいものがあり、しかして本件解雇当時組合執行部は白川、大坪、加藤らと行動を共にした人々で占められ(岡波執行委員長もその一人であつた)、
かくて、会社経営陣におもねらず組合幹部にも遠慮しない申請人の存在は、その組合歴も相まつて、会社首脳部及びこれとつながる組合執行部にとつて目の上のこぶであつた。
ちなみに、本件解雇直后の二月二〇日、二一日に開かれた組合の上部団体である全国相互銀行従業員組合連合会(以下全相銀連という)第二九回中央委員会において第四号議案として申請人の不当解雇撤回斗争の件が提出され、一名を除き満場一致で可決されたのであるが、その一名が組合の代表であつたのであり、加うるに、二月二六、二七日に開催された組合の中央委員会では組合執行部の措置が批判され本件解雇処分撤回斗争が決定されている。
(二) そして、
(イ) 申請人が、右のような組合の在り方を正すべく昭和三七年五月の役員改選にあたり執行委員長に立候補を決意したところ、会社としては外邨専務において五月一日申請人に対し「管理職になつて業務に専念する意志はないか。その意志があれば、もうそのポストは用意してある」と申向けて、申請人が組合役員になるのを阻止しようとし、
(ロ) ついで申請人が五月十一日の組合定期大会で執行委員長に立候補し、立候補の趣旨説明の発言を求めたところ、組合委員長渡辺はその発言を認めないと強硬に主張し、結局申請人の発言が認められないまま投票となり、申請人は二七票対二一票の僅差で落選した。
(ハ) もつとも、申請人は前記外邨専務の申出をその場で拒絶し、また右落選にかかわらず中央委員に選出され、かつその落選が僅差によるものであつたので、会社及び組合幹部には依然脅威を感じさせる存在であつた。例えば、昭和三七年七月二五日の夏期一時金斗争に際し、臨時中央委員会で組合執行部が「組合要求の定例給与の一七〇パーセントプラス三、〇〇〇円に対し、会社から一三七パーセントの回答をえたから直ちに妥結したい」と提案したのに対し、申請人は労働者のために具体的斗争を経ないで冒頭から妥結することを非とし、その結果全員一致で右提案は否決されたことがある。(このとき、組合執行部は一三七パーセントで妥結する旨既に会社と了解をつけて居り、結局のところ一四〇パーセントで妥結したが、会社と組合執行部と申請人の対立の明かな場合である)
3 ところで本件解雇に至る経緯の内実は次のとおりである。
(一) 会社は、昭和三七年一〇月二九日人事異動の内容を発表し、河原町支店副長(以下単に副長という)であつた申請人を同支店次長(以下単に次長という)に昇格させる意向を示し、「組合中央委員の異動には予め組合の同意を要する」旨を規定する協約第五二条に基づき組合にその同意を求めた。
(二) 申請人及び申請人の属する組合河原町支部(以下河原町支部という)は、
(イ) 協約第五一条に―人事異動は組合と協議決定した基準により―行うと定めているのに、右人事異動については明確な基準が事前に協議決定されてないこと。
(ロ) 協約第六条の適用によつて、申請人が右人事異動により非組合員となり、そのため中央委員をやめざるを得ぬこととなること。ことに右異動では、次長が一四名から二三名に増え、組合員である課長代理及び副長で協約上は組合の同意を要する中央委員、支部長は全員非組合員化されるので、このような異動は昇格に名をかる組合人事への干渉であり、組合運動に対する支配介入であつて、不当労働行為であること。
(ハ) とくに、申請人については、前記記載の事情からして、昇格はこれによつて非組合員としその組合活動を不可能ならしめる不当労働行為であること。
を理由に昇格に反対であつた。
(三) そこで、申請人及び河原町支部は、十一月五日に岡波執行委員長に対し右のような理由で異動には反対する旨を申達し、同意を会社にするについては執行部の独断でなく必ず下部討議に付し自主的に決定するよう要望した。しかるに、前記のように会社と一体の組合執行部は、右要望を無視し下部討議に付することなく、十一月一七日会社に対し協約第五二条の同意を前記異動について与え、そのため即刻同日付で本件昇格が発令されるに至つた。
(四) そして、申請人が、会社に対しては右発令の撤回を、組合に対しては右同意の撤回を求めているうち、
十一月二九日に至り、会社は申請人に「次長職を忠実に遂行することを命令する」旨の業務命令を通告し、
十二月一六日には、会社は申請人の処分を前提として組合に賞罰委員会の開催を申入れ、これに対し組合幹部は組合員である申請人を守る意思はなく、十二月一三日の中央委員会でも会社の発令があつた以上申請人は組合員でなく従つて中央委員でないとし(なおこれに先立ち十一月二九日その補欠選挙を行つている)、かくてその后若干の迂余曲折ののち、翌昭和三八年二月七日に賞罰委員会が開催されたが、翌二月八日組合は―賞罰委員会が、協約第五三条により、会社組合同数であるので、組合が反対すれば不当な処分は絶対に不可能であるにかかわらず―申請人の処置についてこれを会社に一任し、そのため申請人は会社から協約第五五条第一号、第五六条によつて諭旨退職とされることになり、こうして二月十一日本件解雇の発令をみるに至つた。
二、本件解雇は、前記のとおり協約第五五条第一項に該当するとしてなされたものであるところ、申請人には右条項に該当するところがないから、本件解雇は無効である。
けだし、協約第五五条第一号は「就業規則その他の諸規定に違反し又は規律を乱した場合」と規定しており、就業規則第六条(服務規律)第一〇号は、「職場の転換又は職種の変更を命ぜられたときは、正当な理由なくして之を拒むことはできない」と規定しているが、申請人には本件昇格発令を拒む正当な事由がある。すなわち、前記のとおり右発令については、協約第五一条に「人事異動は事前に組合と協議決定した基準によつて行う」と定められているにかかわらずその基準の協議決定がなく、同発令は一方的に申請人を組合から排除するものであるので、申請人はこれに対し異議を述べたのであり、該異議については適切な処置がなさるべく、従つて申請人には右異議が適切に処理されるまでの間本件昇格発令を拒否する正当な理由があるからである。
なお、会社は右のとおり組合と異動基準を協議して居らずしかも申請人の異議をかえりみないでいるのであるから、全く一方的に申請人の組合活動を排除したものであり、その点で本件解雇は不利益処分としての不当労働行為にあたり無効である。
三、本件解雇は協約第五三条所定の手続に違反してなされたものであるから無効である。
1 協約第五三条は、「従業員の懲戒は賞罰委員会の判定を経なければならない」と定め、懲戒委員会規定は、賞罰委員会は「会社、組合それぞれ同数の四名でこれを構成し、組合側は中央執行委員会が指名する」(第四条)としているが、更に組合規約では「右委員の選出は必ず中央委員会に附議しなければならない」(第三四条第五号)ことになつている。
しかるに、本件解雇を審議した賞罰委員会を構成した組合側委員はいずれもその選出につき中央委員会に附議されておらず、従つてなんら組合を代表することのない単に賞罰委員を僣称したものに過ぎないから、このような組合側委員らの参加した右賞罰委員会は有効に構成される道理がなく、その決定は無効であり、つまるところ本件解雇は適式に賞罰委員会の判定を経ていないから無効である。
2 懲戒委員会規定第八条には「本人に弁明の機会を与え、又諮問の必要が生じたときは関係人を呼出して調査する」旨定められているが、本件解雇では賞罰委員会は申請人を出頭せしめ弁明の機会を与えるなどして居らず、この点においても本件解雇は無効である。
四、本件解雇は解雇権を濫用してなされたものであるから無効である。
前記のとおり、本件解雇は、申請人が会社の「次長職を忠実に遂行することを命令する」旨の業務命令に違背することを理由とするものであり、他方協約第五六条には、訓戒、譴責、出勤停止、減俸、降職、諭旨退職、懲戒解雇の七種類の懲戒を定めているが、
そもそも、
(イ) 申請人は本件昇格の発令をうけるまで副長の職にあつたものであるところ、
(ロ) 会社においては職務規定上「副長」と「次長」との職務内容を明確にして居らず(申請人が前記業務命令が発せられてから支店長に次長職と副長職の具体的内容及び両者の差異をただしたが答えは得られなかつた)、従つて右両者は職務内容を同じうし次長は一種の身分名と考えられ、
(ハ) 申請人は右業務命令のあつた昭和三七年十一月二九日以降はもちろんのこと、本件昇格発令の同月一七日以降も職場を放棄することなどなく、従前以上に支店長を助け会社業務に精勤して居り、
結局、申請人は次長職発令以降実質的には次長職の遂行にかけるところがなく、
従つて、会社が仮に申請人に懲戒事由ありとするにしても、極刑に等しい諭旨退職の必要は毛頭なく、もともと申請人は次長昇格を望んでいないのであるから、その希望どおり降職すれば―申請人在職中昇給させないなど―十分で出勤停止、減給の処分でも相当であろうし、これからすると会社があえて申請人を企業外へ放逐する諭旨退職処分にしたのは、処分権、解雇権の濫用であつて、公の秩序に反し申請人の生活を無視するものとして許されず、無効であるといわなければならない。
第四、右のとおり本件解雇は無効であるから、申請人は会社を相手どつて会社従業員たる地位確認の本案訴訟を提起すべく準備中であるが、
申請人は、資産収入なく、自己の労働による賃金を唯一の生計の資とする労働者であり、家族には妻(昭和七年生)、長男(昭和三一年生)、次男(昭和三四年生)、父(明治三一年生)、母(明治四二年生)があつて、いずれも申請人の扶養すべき被扶養者であるから、右訴訟の本案判決の確定に至るまでその地位を仮に定めて生活を保全する緊急の必要性があるところ、申請人が本件昇格の直前の三箇月間の平均賃金は月金三八、二〇〇円であり、かつこれまで毎月二五日限りその支払をうけていたものであるので、
ここに申請人の現在の危険を避け、その生活を保全するため申請趣旨どおりの裁判を得るため本件申請に及んだ。
と述べた。(立証省略)
被申請人訴訟代理人は、「申請人の本件仮処分申請を却下する。申請費用は申請人の負担とする」との判決を求め、申請理由に対する答弁として、
一、申請の理由第一、第二、について。
同項記載の事実は全部認める。
二、申請理由第三、について。
(1) 申請理由第三、一、について。
本件解雇が不当労働行為であるとの申請人の主張事実はこれを争う。ただし、協約第五五条第一項の規定が申請人主張どおりのものであることは認める。本件解雇は、会社が申請人を河原町支店次長に任命する旨発令したところ、申請人がその発令に服さないので、会社においては同人に対し次長職を忠実遂行すべきことの業務命令を発したのであるが、申請人はその業務命令にも服さず、かくて賞罰委員会の議を経て、正当にこれをなしたものである。
(イ) 申請理由第三、一、1について。
同項記載の事実のうち、申請人が昭和三七年度の組合中央委員であつたことは認めるが、その余の点は不知。
(ロ) 申請理由第三、一、2について。
同項記載事実は争う。(同項記載の事実のうち、組合の内部事情に関する点は不知、会社に関する点は否認する。)
(ハ) 申請理由第三、一、3について。
右のうち、(一)について。
同項記載の事実は認める。
右のうち(二)について。
同項記載の事実は不知。
右のうち(三)について。
同項記載の事実のうち、申請人主張の申請人の次長昇格の発令があつたことは認めるが、会社と組合執行部とが一体であつたとの点は否認し、その余の点は不知。
右のうち(四)について。
同項記載の事実のうち、会社が申請人主張のとおりの業務命令を発しかつ組合に賞罰委員会の開催を申入れたこと、賞罰委員会が開催され同委員会の結論に基づき本件解雇がなされたこと、以上の事実は認めるが、その余の点は争う。
(2) 申請理由第三、二、について。
同項記載事実のうち、協約第五五条第一号及び就業規則第六条に規定されているところが申請人の主張するとおりであることは認めるが、その余の事実は争う。
(3) 申請理由第三、三について。
(イ) 申請理由第三、三、1について。
同項記載事実のうち、協約第五五条第一項及び懲戒委員会規定第四条の規定が申請人主張のとおりのものであることは認めるが、その余の事実は争う。
(ロ) 申請理由第三、三、2について。
同項記載事実のうち懲戒委員会規定第八条の規定が申請人主張のとおりのものであることは認めるが、その余の点は争う。会社は申請人に弁明を求めるべく昭和三七年十二月一四日同人を呼出したが同人は出頭せず、同年十二月二五日及び翌三八年二月六日の両日には申請人は会社の呼出に応じ弁明をしている。
(4) 申請理由第三、四について。
同項記載事実のうち、本件解雇の理由が申請人主張どおりであること、申請人が本件昇格発令をうけるまで副長の職にあつたこと、及び協約第五六条に申請人主張のとおりの懲戒の種類が定められていることは認めるが、その余の点は争う。(イ)次長と副長とは、ともに支店長の代行機関ではあるが、権限の範囲を異にし、殊に副長には決裁権がなく、その代行権についても副長は支店長の職務中の特定のものに範囲を限られている。(従つて副長が限られた範囲内で次長と同じ職務を行うことがありうるが、もちろんその場合にも、両者の権限が同一であるとか、ないしは責任が同一であるとかいうことはありえない。)そして会社の職制によると、次長、副長は所属長(支店長)の職務を先順位に基づいて代行するとされて居り、代行の順位においても両者は異る。従つて、申請人の「会社の支店における副長と次長との職務内容は不明確であり、申請人が、従来どおり会社の業務に精勤している限り、あえて次長職に就く業務命令に服さなくても支障はない」との主張は、独自の見解にすぎない。(ロ)そもそも人事権は経営権の一部であり、会社は人事異動につき協約第五一条に則り組合の同意の下に申請人の次長昇格を発令したところ、申請人は組合員にとどまり組合活動を続けたいという一事でもつてこれを拒んだのであり、このような申請人の恣意が許容されるとすれば、他の者もこれにならうであろうし、かくては会社の人事権の円滑な行使は期待し得なくなる。そして有機的に動いている企業体においてルールの遵守こそその構成員の最大の責任でなければならないから、ルールの反則者たる申請人を「論旨退職」に処したのは当然のことで、なんら解雇権の濫用には当らない。
三、申請理由第四について。
同項記載事実のうち、申請人主張の家族関係、資産並びに収入状態は不知、仮処分の必要性は否認する。
と述べた。(立証省略)
理由
一、当事者間に争のない事実
被申請人会社が従業員約六〇〇名を使用し預金及び貸付等相互銀行業務を営む株式会社であり、申請人がその従業員で、かつ被申請人会社従業員を以て組織する昭和産業相互銀行従業員組合の組合員であつて昭和三七年度中央委員の地位にあつたものであること。被申請人会社が昭和三七年一〇月二九日人事異動の内容を発表し、「組合の中央委員の異動には予め同意を要する」旨を定めた協約第五二条に基づき、河原町支店副長の申請人を同支店次長に昇格させるについて組合に同意を求め、組合が十一月一七日に同意を与え、同日申請人を河原町支店次長に任ずる旨の本件昇格発令があつたこと。ところが、申請人が右発令に服しないので、会社は同月二九日同人に対して「次長職を忠実に遂行することを命ずる」旨の業務命令を発し、翌三八年二月十一日付で右業務命令違背を協約第五五条第一号に該当するとし協約第五六条第六号に則つて諭旨退職の処分をしたこと。右処分は、会社から賞罰委員会の開催を昭和三七年十二月六日に申入れて、その判定に基づいてこれをなし、かつ翌三八年二月十二日に申請人に通告したこと。協約第五五条第一号には懲戒の基準として「就業規則その他の諸規定に違反し又は規律を乱した場合」を掲げ、同第五六条第六号には懲戒の種類として、訓戒、譴責、出勤停止、減俸、降職、諭旨退職、懲戒解雇を挙げていること。就業規則第六条第一〇号には「職場の転換、又は職種の変更を命ぜられたときは、正当な理由なくして之を拒むことはできない」と、協約第五三条には「従業員の懲戒は賞罰委員会の判定を経なければならない」と、懲戒委員会規定第四条には「同委員会は会社、組合それぞれ同数の四名で構成され、組合側は中央委員会が指名する」と、また同規定第八条には「本人に弁明の機会を与え、又諮問の必要の生じたときは関係人を呼出して調査する」と各規定されていること。以上の事実は当事者間に争がない。
二、本件解雇の効力
(一) 不当労働行為の成否。
1 本件昇格発令までについて。
(1) 各項后尾括弧内記載の証拠により次の事実が認められる。
(イ) 申請人が、昭和三〇年一〇月から同三一年二月まで中央委員並びに大野支部支部長、同三二年五月から十二月まで中央執行委員、同三三年五月から同三五年五月まで書記長を歴任し、同三七年五月から中央委員の地位にあつたものであること。
組合は、昭和三〇年九月頃昭和産業相互銀行従業員組合(第一組合)として発足し、同三一年同銀行労働組合(第二組合)が、その后同銀行職員組合(第三組合)が、それぞれ第一組合から分裂し、同三四年十二月に右各組合が現在の組合(統一組合)に統一されたもので、申請人は第一組合に所属していたこと。(証人野口豊、同大坪六郎、同畑重夫の証言、申請人本人尋問の結果。ただし申請人が昭和三七年度の中央委員であつたことは前記のとおり当事者間に争がない。)
(ロ) 組合が右のように分裂を重ねたのは、主として、当時の上田社長の第一組合に対する支配介入に一部組合員が反撥したことによること。(証人大坪六郎、同渡辺照夫の証言。証人野口豊の証言中右認定に反する供述部分は措信しない。)
(ハ) ところで、昭和三五年三月頃から当時の組合執行委員大坪六郎が中心となり、他に組合委員長加藤信一、副委員長渡辺照夫、白川喜代三、菅沼某等が相はかつて、社会党出身の椿参議院議員、社会党大阪府連の顧門である多々羅某を介して申請外幸福相互銀行系の資金源を獲得し、同年五月頃までの間に会社の株式三〇〇万株のうち一一〇万株を六、〇〇〇万円で買占めることに成功し、右大坪等の外現組合委員長岡波泰造を含めた一〇名の者が、いずれも右株式のうち一、〇〇〇株づつについて株主名義を取得し、その后大坪、加藤、菅沼が支店長に、白川が人事部長に昇進したこと。(証人大坪六郎、同白川喜代三、同野口豊の証言、申請人本人尋問の結果。)
(ニ) これより以前の昭和三四年六月二四日頃外邨富喜雄が申請外銀行の支店長をやめて被申請人会社に入社し、爾来専務取締役の地位にあること。
他方、右大坪等の株式買占めをしたグループの中から歴代の委員長が選ばれ、この歴代委員長はいずれも前記の一、〇〇〇株の株主名義を有していること。(証人野口豊、同外邨富喜雄、同大坪六郎、同渡辺照夫の証言。)
(ホ) その后昭和三七年五月、申請人は組合役員改選にあたり、「組合執行部が卒先して株式買占めに奔走するようでは、組合はやがて自主的組合として資本の側に対する正しい姿勢をとり得なくなるのではあるまいか」と危惧したのが動機で、執行委員長に立候補し、五月七日大要「組合は一部特定の人のものであつてはならず、民主的に運営さるべきであり、会社は最近組合を軽視しがちであるので、対立関係にある労資の正常な関係が必要であると考えて立候補する」旨の声明書を発し、五月十一日役員選挙に先立ち立候補趣旨説明の発言を求めたが、委員長渡辺照夫が不要であると主張し、暫時その可否について論議がかわされた后、結局申請人の発言が認められないまま投票がなされ、対立候補の岡波泰造が二七票、申請人が二一票で、申請人は落選したこと。(申請人本人尋問の結果によりその成立の認められる疎甲第五号証、証人竹盛祐造、同中村幸義、同畑重夫、同岡波泰造、同渡辺照夫の証言、申請人本人尋問の結果。)
(ヘ) 申請人の立候補届出の前日である五月一日外邨専務が申請人に対し管理職について銀行のために業務に専念する気はないかと申向け、申請人は既に立候補の決意が固つていたので引続き組合運動をやりたいことを理由に拒絶したこと。
なお、外邨専務は昭和三五年夏(申請人が書記長退任后)申請人に対し大野支店に次長又は副長として転勤してほしく、そうすれば本店の課長に転進させると申入れたが(副長は組合員資格を失わないが、次長及び本店課長は必ず非組合員になる筋道になつている)、申請人はこれを拒絶したこと。(申請人本人尋問の結果、証人外邨富喜雄の証言中右認定に反する供述部分は措信しない。)
(ト) 昭和三七年七月二五日頃夏期一時金斗争の進め方について臨時中央委員会が開かれ、組合執行部から経営者の回答は定例給与の一三七パーセントでこれは限度に近いからその線で妥結したいとの意向が示され、これに対し主として申請人等から執行部の意向は安易な妥協的態度であるとの批判がなされ、結局満場一致で右執行部の意向は否決され、中央斗争委員会が設置されて更に会社との交渉が進められ、一四〇パーセントで妥結するに至つたこと。(証人畑重夫、同岡波泰造(一部)の証言、申請人本人尋問の結果、証人岡波泰造の証言中右認定に反する供述部分は措信しない。)
(2) ところで、
申請人の「大坪等の株式買占めは外邨専務と連携してなしたものである」との主張については、
証人野口豊の証言、申請人本人尋問の結果にこれにそう供述部分があるがにわかに措信しがたく、
却つて、証人大坪六郎、同白川喜代三、同渡辺照夫、同岡波泰造の証言によると、
(イ) 前記の大坪等の株式買占めは、当時会社が上田社長の乱脈な経営にわざわいされて業績があがらないばかりか欠損を続け、そのままにしておくと従業員の生活が危険にさらされる虞があつたので、従業員の利益を守るには経営者陣の刷新をはかるのが焦眉の急務だとしてなされ、(ロ)このような緊急事情から、同人等は買占め資金の出所を意に介さず、ただ組合員として執るべき正道でないので上部団体である全相銀連と相談して支持を得、また本来ならば組合として事に当るところを有志を募つて株式買占めの実現に乗出し、(ハ)外邨専務と連携したようなことはなく、資金の出所が明かになつたのは同年十一月頃で、この頃までは全相銀連も株式買占行為を是認しており、他方前記一、〇〇〇株づつの株主名義は専ら株主総会に備える名義を貸しただけのものであつたこと。
を認めることができる。
(3) 前記(1)(ロ)及び(ニ)前段の認定事実からして、「申請外銀行が株式買占完了にともない会社に対する支配権を確立したこと、外邨専務が右銀行資本を代弁する者であること、大坪、加藤、菅沼、白川の昇進が株式買占めについての論功行賞の意味を持つものであること、」を推認するにかたくない。
(4) しかし、以上は申請人の「申請外銀行の会社に対する支配権確立后、前記大坪等は会社から優遇され、爾来組合幹部の会社との一体化ないし御用幹部ぶりは甚だしいものがあり、組合の純粋性を貫く申請人と組合幹部及び会社とは鋭く対立していた」との主張を裏づけるに足りるとはなしがたい。そして証人中村幸義、同野口豊の証言、申請人本人尋問の結果中右主張にそう供述部分はにわかに措信しがたく、他に右主張を裏づけるに足る疎明はないところ、
かえつて、証人大坪六郎、同渡辺照夫、同小島順、同岡波泰造、同白川喜代三、同野口豊(ただし前記措信しない部分を除く)の証言、申請人本人尋問の結果(ただし前記措信しない部分を除く)によると、
(イ) 前記株式買占めに主導的役割を果した大坪等は、それ以前から当時の上田社長、その弟の上田専務ないしその一派が組合に支配介入しないしはこれに協調するとして従来組合活動を推進していたばかりでなく、右上田一派の勢力打倒のための企業活動を第二、第三組合を基盤として共に展開してきたグループであつたこと。
(ロ) そこで株式買占めを機として組合内では、右大坪等のグループ従つて又元第二、第三組合員が主導権を握り、右グループの中から歴代委員長が選ばれることともなつたが、(なお歴代委員長が前記一、〇〇〇株の株主名義を有しているのはこのためである)、昭和三五年末頃から全相銀連が次第に株式買占行為に批判的となり、ひいて右グループを中核とする執行部とも意思の疎通を欠くようになつたこと。
(ハ) ところで、申請人は野口全相銀連書記長と親しく、かつ元第一組合員であつたところから、組合の主流からはずれていたばかりでなく、上田一派に属していたと目されていたこと。
(ニ) 組合内には元第一組合員と第二、第三組合員との対立が統一后も底流として存続し、全相銀連の株式買占めに対する批判的態度がきびしくなるに及んでからは、従前の上田派対反上田派という感情的要素も右対立につけ加わり―申請人が純粋の組合活動家であるからということではなくて(ちなみに申請人には、顕著な組合活動の事跡の見るべきものはない)―組合執行部と申請人との間も逐次対立的なものとなつてきたこと。
(ホ) さて右株式買占めは、大坪等のグループの意図は別として、結果的には申請外銀行資本の会社支配に奉仕して居り、この点同人等は間接的ながら会社を利したのであつて、従つて前記のとおり大坪、加藤、菅沼、白川の昇進は論功行賞的意味を持つものであるが、他面右グループは直接には従業員(実質的には組合員)擁護のため株式買占めをなしたもので、(買占后全相銀連から批判もうけ)、むしろ会社に対し組合としての明確な一線を画していたのであり、そして他にも同人等と同様の昇進をなしたものがあつたばかりでなく、それぞれの昇進期が必ずしも同一でなかつたところから、同人等は当該昇進を論功行賞として受取つて居らず、結局のところ会社の側だけの論功行賞措置にとどまつていること。
(ヘ) もつとも、右グループのうちその后管理職について非組合員となつた者は、当然のことながら昭和三六年一〇月頃から職務上の関係でおのづと外邨専務と相結ぶことになつていること。
(ト) 従つて、元第二、第三組合員を主軸とする執行部は、右の非組合員となつた買占グループのうちのものとも親しく、かつまた元第一組合員ないし上田派に対する潜在的な反感または全相銀連に対する反発ということもあつて会社と協調しやすい素因を内包していたものではあること。
(チ) しかしながら、執行部が労働組合ないし組合員として自主性を失つたりしたことはなく、前記認定の夏期一時金斗争の際には一三七パーセントの線で妥結したいと提案し極めて会社と妥協的であつたが、これは団体交渉の結果その線が最後的なものと思量したからだけのことであり、また申請人が前記のとおり立候補趣旨説明の発言をなし得なかつたのは、大会の決定がこれを許さなかつたからにすぎず、その誘因としての渡辺照夫の発言とても同人が組合内の主派反主派の反目ないし申請人を上田派と目しての対立感情から―申請人においては声明書で、声明に名をかりその実、株式買占グループの行為を曲解し、執行部が会社と一体化しているとの偏見の下に、組合主流派を攻撃しており―そのような政治的意向は開陳させるべきでないとしたためで、別に会社が執行部と一体となつて申請人の選挙運動を妨害したり、またはその落選を策したものでないこと。
(リ) いわば、組合執行部と申請人との対立は、元第一組合員対元第二、第三組合員ないし上田派対反上田派の対立として潜在していたところ、株式買占めに対する全相銀連の批判がきびしくなるに従つて表面化し、そして前記昭和三七年五月の申請人の委員長立候補を契機に明確な形をとり、この頃から、執行部に対する反定立としての申請人の組合活動が前記夏期一時金斗争の際に見られるようにやや活発となつてきたこと。
(ヌ) 従つて会社にとつて申請人は、―なるほど会社が外邨専務を介し申請人に対し管理職就任を勧誘して居り、これは同人の組合活動の阻止と認められるけれども、―その勧誘も柔軟性に富んだ誘引程度のものであつて―顕著な組合活動家として脅威を感じさせる目の上のこぶ的な存在ではなかつたこと。
が認められる。
2 本件昇格発令及び本件解雇について、
(1) 本件各証拠を検討すると、次の事実が各項后尾括弧中記載の証拠によつて認められる。
すなわち、
(イ) 会社は昭和三七年一〇月二九日人事異動の内容を発表し、「組合の中央委員の異動には予め組合の同意を要する」旨定めた協約第五二条に基づき組合に対し同意を求めた。(前記当事者間に争のない事実。)
(ロ) 組合は申請人及び申請人の所属する河原町支部に右同意について意見を求め、
河原町支部は、組合員を非組合員化する特に役員任期中の異動には反対であるとし、
申請人は、同月三〇日頃「協約所定の人事異動の基準についての事前協議なしになされた異動内容の発表は協約違反であり、組合役員六名にのぼる異動昇格は組合に対する支配介入であり、申請人は中央委員として任期中であり今後も組合活動を続けたい」ことを理由に昇格を拒絶する旨書面で答えた。
こうして、執行部が同意については組合として統一見解が妥当であり申請人を除く他の五名については本人が同意しているから六名全員の同意をするのが筋道だとするのに対し、同支部は組合活動の見地から六名全員について同意すべきではないとして、数次の折衝にもかかわらず調整がつかず、結局のところ翌十一月一五日に執行部が「同支部の言分は原則的に正しくその意向を汲むから処置をまかせてほしい」と申入れ、同支部が「執行部はその指導性を発揮して支部の意向を反映して処置をしてほしい」と応じて、折合つたが、翌十六日執行部は当時の同支部長竹盛祐造に「『六名中一名は不同意にする、六名全員不同意にする、六名全員同意にする』という三つの方法があるが、いずれになつても執行部にまかせるか」と意向を確かめ、竹盛は、前記のとおり話合のあつたこととて、右三者のいずれをとるかを執行部にまかせる旨返答したところ、執行部は、同支部の昇格反対の意向は折衝過程での経過的なもので、最終的には処置を一任されたと受取り、中央委員会の議を経て、翌一七日申請人を含む六名の昇任について同意する旨会社に回答した。(証人竹盛祐造、同中村幸義、同森賢士、同岡波泰造(一部)の証言、申請人本人尋問の結果。ただし組合が十一月一七日会社に同意をしたことは前記のとおり当事者間に争のないところである。証人岡波泰造及び同野口豊の証言中右認定に反する供述部分は措信しない。)
(ハ) そこで同一七日会社は申請人を河原町支店次長に任ずるとの本件昇格の発令をなした。(前記当事者間に争のない事実。)
(ニ) その頃河原町支店長から次長昇格の辞令が申請人に伝達され、同人は三、四日后右辞令に「中央委員として任期中であり、今后も組合活動を続けたいから発令を取消してほしい」旨記載した書面を添えこれを会社に送りかえした。(証人白川喜代三の証言、申請人本人尋問の結果。)
(ホ) こうして申請人が右発令に服しないので、十一月二九日に至り会社は申請人に「次長職を忠実に遂行することを命令する」旨の業務命令を通告した。(前記当事者間に争のない事実。)
(ヘ) その后(i)申請人が依然次長職につかないので、(ii)会社は十二月六日組合に対し賞罰委員会の開催を申入れ、(iii)同月八日頃から同委員会が開かれ、一旦停頓して昭和三八年二月七日再開され、同日組合側は申請人の処分を会社側に一任し、その結果、(iv)申請人は会社から協約第五五条第一号、第五六条によつて諭旨退職とされ、二月十一日本件解雇の発令を見るに至つた。
ところで、(v)協約第五三条は「賞罰委員会は会社、組合、それぞれ同数の四名で構成され……る」と規定して居り、(vi)従つて組合側が反対すれば、処分は不可能である。
なお、(vii)右組合側委員は同年二月八日申請人を諭旨退職に付する旨したためた決定文書に署名捺印している。(成立に争のない疎甲第十一号証、証人白川喜代三、同岡波泰造の証言、申請人本人尋問の結果。ただし(ii)(iv)(v)の点は前記のとおり当事者間に争のない事実であり、(vi)の点は条理上明白である。)
(ト) ひるがえつて、昭和三七年十一月二八日に、申請人外一名の中央委員につき欠損が生じたとしてその補充選挙が行われ、十二月十三日に開かれた中央委員会では申請人を中央委員として認めず、却つて昇格発令によりその資格を喪つたものとしていた。(証人野口豊、同中村幸義、同岡波泰造の証言。)
(チ) ところで、昭和三八年二月二〇日開催された全相銀連中央委員会で第四号議案として本件解雇につき不当解雇撤回斗争の件が提出され、組合の代表者である岡波(態度留保)を除き全員一致で可決され、
そしてまた、同年二月二六、二七日に開催された組合中央委員会では、本件解雇に反対し、(i)四月一日まで申請人を原職副長にもどす、(ii)四月一日以降は次長職に昇任することを確認する、(iii)この間は自動的に組合員にもどる、(iv)中央委員資格については復職しないものとする、との具体的方式を定め、強力に本件解雇撤回斗争に取組むことと決定された(証人野口豊の証言によりその成立を認めるに足る甲第四号証、証人野口豊、同中村幸義、同畑重夫、同岡波泰造の証言。)こと、以上の事実が認められる。
しかしながら、以上のすべては、それだけでは「会社が昇格発令したのは、組合に対する支配介入、また申請人に対する不利益処分として不当労働行為であり、従つてまた本件解雇も不当労働行為である。組合執行部は、会社の右不当労働行為に協力したものである」との申請人の主張を裏づけるに足らず、その他に右主張を証するに足る疎明はない。
(2) そして却つて次の事実が、各項末尾括弧中記載の証拠によつて認められる。
すなわち、
(イ) 組合執行部は本件昇格発令までの間、(なるほど会社と協調しやすい素因を内包はしていたが、)会社と一体となつたりあるいは御用幹部となつていたりしたことはないこと。(前記認定事実。)
(ロ) 会社は、従来その業績が芳しくなく、加うるに昭和三五年停年制がしかれて約六〇名が退職しうち役職が三二名でその地位が未補充のままであつたので、その空位をふさぐとともに事業の推進をはかろうとして前記人事異動を行うことにし、定期の人事異動は毎年五月に行われるのであるが、昭和三七年一〇月、一人当り資金量二、〇〇〇万円達成を目途とし(当時一人当り資金量一、八〇〇万円)、勤務年数九年以上現職の役職一年以上に該当する者のうち特に成績のよいものという基準を立て、協約第五一条に従いこの基準について組合側と協議した上、主として課長代理から課長心得ないし課長へ、副長から次長への計三二名に及ぶ人事の異動を発表したこと。そのうちに組合員の資格を失うことになる者が二三名に及ぶが、会社としては以上のような次第で(なお結果的には会社は昭和三八年末総資金量一一五億円、一人当り二、〇三〇万円の資金量に達した)、別に組合の活動阻害を意図したわけではなく、事業遂行の必要のため相当の考慮をつくして異動に踏み切り、組合との関係はその同意をまつこととしたまでのものであつたこと。そして、申請人が右異動の対象になつたのは、たまたま右基準をみたして居り、河原町支店長から次長の増員の要望があつて、なるほど同支店としては次長が二名となり(副長がなくなるが)他の支店で同様の例もあり別に職制についての内部規定にもふれないとされたがためであること。(証人白川喜代三、同外邨富喜雄、同岡波泰造の証言。)
(ハ) 組合執行部は、申請人の昇格を組合が同意しても、なんら組合活動に実質的支障を来たすことはないとしていたもので、なるほど、この見解のよつてきたるところは、―一般的にいつて、組合員の非組合員化特に役員任期中のそれは組合として望ましいことではなく、具体的には本人が昇格を希望してないならば前記認定のような会社の事業目的からは組合として本人の意思に反してまで同意しなくてもよいともいえるであろうから―組合の権威主義的考慮、ことに、前記認定のような執行部と申請人との間の対立に胚胎する。むしろ申請人を組合外におくにしかずとする意識が作用したことを否みがたいが、そしてまたその見解を貫くために一部執行委員が策動しているが、該見解は自主的判断に基くものであり、会社とはかかわりのない組合内部の権力斗争が背景に存するに過ぎず、しかもその権力斗争は、爾后申請人の昇格同意の是非等をめぐつて長い間くり返され、執行部が全相銀連と妥協する趣旨で右見解をひるがえしたことはあるが(后期(b)参照)その他は終始正当性を主張し続けていること。(証人中村幸義、同竹盛祐造、同岡波泰造、同森賢士の証言。前記認定事実。)
を認めることができる。
従つて以下は専ら組合執行部と申請人その他との内部関係のことに関するが、右に附帯して、なお次の事実が認められる。
(a) 賞罰委員会で、組合側委員として業務命令違反の点を争つているばかりでなくその内には昇格の同意に反対のものも参加しており、会社側委員も、組合内部意向としての非組合員化反対それ自体は正しいと認めて居り、かつ又組合側委員が会社に申請人の処置を一任し、そして同人の諭旨退職の処分書に署名捺印したのは、昇格についての同意が組合の決定としてなされているのでこれを覆すべきではなく、事ここに至つたのは申請人の責であるとしたからだけのことであること。(証人中村幸義、同岡波泰造、同白川喜代三の証言。)
(b) 昭和三八年二月二〇日開催の全相銀連中央委員会において第四号議案について検討された問題点はいずれも組合内部の事柄を主眼とするものであつたこと。
そして、昭和三八年二月二六、二七日の組合中央委員会における決定について、岡波を始めとする執行部は、内心ではこれを全相銀連の組合に対する組織介入の結果に外ならずとし、執行部が会社と連携していると取扱われたこと及び右介入に憤懣を禁じ得ず、全相銀連と妥協する趣旨で一応右決定に従つたものの、その后長く組合内は執行部の見解に同調するものと、昇格同意に反対するものとが相対峙し、執行部が必ずしも孤立するに至つたものではないこと。(証人中村幸義、同岡波泰造(一部)、同野口豊(一部)、同竹盛祐造の証言。前記認定事実。右証人岡波泰造及び同野口豊の証言中右認定に反する供述部分は措信しない。)
を認めることができる。
(二) 協約第五五条第一号該当の有無等。
1 協約第五五条第一号が「就業規則その他の諸規定に違反し又は規律を乱した場合」と規定し、就業規則第六条第一〇号が「職場の転換又は職種の変更を命ぜられたときは、正当な理由なくしてこれを拒むことができない」と規定していること、は前記のとおり当事者間に争がない。
2 右就業規則第六条第一〇号は、使用者の人事権について、正当の事由ある場合に限り従業員が職場の転換又は職種の変更命令を拒みうるとして、これを制限したものに外ならない。従つて、その正当事由とは客観的に理解さるべきであり、主観的なものでは足りないことは明かであろう。
そこで右の見地に立つて考えてみるのに、
(1) 申請人が、「本件人事異動は事前に組合と基準が協議決定されておらず、一方的に申請人を組合から排除するものである」と考えて、人事異動に対して異議を述べたにしても、異議を述べたことだけでその異議が処理されるまでの間本件昇格発令を拒む正当の事由があるとはなしがたい。けだし該異議はそれだけでは申請人の主観的見解の表明にとどまるからである。
(2) ところで、
成立の争のない疎甲第一号証の二によると、協約第五一条が「人事異動は組合と協議決定した基準によつてこれを行う」旨定めていることが認められるが、
右協約の条項は基準を作ることについてだけ組合との協議決定にかからしめている趣旨のものであることが、右事実自体から明かであり、
しかるところ、前記(一)2(2)、(ロ)、記載のとおり、会社と組合とは本件人事異動についてその基準を協議決定して居り、仮に右基準が厳正なものでないにしても、―前記認定のとおり、それは一応の必要性に基礎づけられた合理性を具備して居り―右条項の要件を本件人事異動は充足していると解せられる。
(3) してみると、申請人の異議は本件昇格発令を拒否するに足る正当の理由を備えているとなすことができないし、また本件人事異動が事前の協議決定を経ず一方的に申請人を組合から排除したものであるともなしがたい。
3 従つて、「申請人の異議が昇格発令を拒む正当理由を有すること」ないしは「会社の本件人事異動が申請人の異議をかえりみず同人を組合から一方的に排除したこと」を前提とする申請人の本件解雇無効の各主張は爾余の点の判断をまつまでもなく、これを採用しがたい。
(三) 協約第五三条違反の有無等。
1 賞罰委員会における申請人の弁明の機会の存否。
「申請人が賞罰委員会に出頭せしめられたこともなく弁明の機会を与えられたこともない」との主張については、証人中村幸義の証言、申請人本人尋問の結果にこれにそう供述があるが、にわかに措信しがたく、他に右主張を裏づけるに足る証拠はないところ、
却つて、証人岡波泰造、同白川喜代三の証言によると、昭和三七年十二月八日頃から同年十二月二五日までの間に開かれた賞罰委員会では弁明の機会を与えるため申請人を呼出したが同人が出頭しなかつたことを、認めることができる。
(もつとも申請人の主張するところは「適正に構成せられた賞罰委員会で、申請人は弁明の機会を与えられていない)との主張と解せられないでないが、この点は以下に併せ考察する。)
2 賞罰委員会の構成の適否等。
(1) 協約第五三条に「従業員の懲戒は賞罰委員会の判定を経なければならない」と定めまた懲戒委員会規定第四条に「懲戒委員は会社、組合同数の四名づつで構成し、組合側は中央委員会が指名する」と定めていることは、前記のとおり当事者間に争がない。
(2) その記載方式及び趣旨から真正成立の認められる疎甲第一号証の一によると、組合規約第三四条第五号に「……賞罰委員会の……委員の選出は中央委員会に付議しなければならない」と定められていることを認めることができる。
(3) 証人中村幸義、同岡波泰造の証言によると、賞罰委員会を構成した組合側委員につき、中央委員会でその選出の決議を経ていないことをうかがうにかたくない。
(4) しかしながら、賞罰委員会委員選出の手続違背がすべて直ちに同委員会の決定を無効ならしめるとすることは些か早急のそしりを免れないであろう。けだし、右委員会は、もともと処分が会社、組合のいずれかだけによつて一方的に行われないため双方の意向が参酌さるべきものとして設けられるものであるから、右手続違背がこの委員会設置の趣旨目的に反する場合は格別、そうでなければ、該手続の瑕疵にかかわらず、同委員会の決定を有効と解して差支えないからである。
そこで、この見地に立つて考えてみるのに、
(イ) 証人白川喜代三、同岡波泰造、同畑重夫、同中村幸義の証言、申請人本人の尋問の結果(ただし、証人畑及び中村並びに申請人本人については、いずれも后記措信しない部分を除く)によると、
(A) 昭和三七年十二月八日頃から数回にわたり申請人が業務命令に服さないことを理由に賞罰委員会が開催され審理が行われたが結論が出ず、その后京都地協、河原町支部、上部団体、申請人等五者が数回にわたり協議した結果、右賞罰委員会が苦情処理委員会に切りかえられ、同委員会で審理を続けたが、(なお昭和三八年一月一五日地労委からの勧告があり、また同月二九日中央委員会が開かれ申請人の異動について協議されたが結論がでなかつた。)解決を見ないまゝ、昭和三八年二月七日賞罰委員会が開かれ、同日組合側は申請人の処分を会社に一任し、翌八日申請人の処分が決定されたこと。
(B) ところで、右のとおり昭和三七年十二月八日頃賞罰委員会が開催されてこれが同年十二月二五日頃苦情処理委員会に切りかえられるまでの間、同委員会においてその弁明をきくため申請人を呼出したが、同人が出頭しなかつたこと。
前記苦情処理委員会はその構成員を右賞罰委員会とほぼ同じうしていたものであるところ、申請人は苦情処理委員会に出席して「中央委員として在任中であり今后も組合活動を続けたいから次長発令はうけがたい」と供述したこと。
ひるがえつて、右賞罰委員会の組合側委員は組合三役によつて決定され、本件昇格についての同意につき反対の見解ないし申請人には業務命令の違反はないとの見解を持つ者が出席し、申請人が右苦情処理委員会で陳述したと同じ事情を会社側に伝え論議を交わしたこと。
ところで、岡波委員長は、懲戒委員会規定(第四条)と組合規約(第三四条第五号)とで賞罰委員会委員の選出方式に若干の喰違があるので、昭和三八年一月二九日の中央委員会で右喰違についての了解を求めたこと。
昭和三八年二月七日及び二月八日の賞罰委員会組合側委員は岡波が指名し、同委員会では申請人の呼出もせず申請人が出頭して弁明したこともなく、既に申請人の弁明は従来の経過でつくされているとしていたこと、
を認めることができる。証人畑重夫、同中村幸義の証言、申請人本人尋問の結果中右認定に反する供述部分は措信しない。
してみると、賞罰委員会の組合側委員の選出が中央委員会の議を経ていないにしても、
形式的には、右岡波に対する了解によつて、中央委員会は賞罰委員会の組合側委員が正規の組合側委員であることを―議決による選出方式によらなかつただけで―承認していた筋合であり、実質的には、賞罰委員会は申請人に弁明の機会を与え(申請人の陳述を徴したとはいえないけれどもその陳述内容を詳知していたものであり)会社組合双方の意見を十分調整して処分を決定したもので、つまるところ、賞罰委員会制度本来の趣旨からすればこれにふさわしい構成を備え組合側委員も構成員として欠けるところのなかつたものというべきであり、
従つて組合側委員の選出方法に右のような手続上の瑕疵があるからということだけでは、賞罰委員会の決定の無効を招来するとはなしがたい。
よつて申請人の主張は採用しない。
(四) 懲戒解雇権濫用の有無。
1 本件昇格発令に対し申請人がこれに服さず、更に昭和三七年十一月二九日会社が「次長職を忠実に遂行することを命ずる」旨の業務命令を発したにかかわらず、申請人が依然次長職をうけずそのため会社が申請人の次長職拒否を協約第五五条第一号に該当するとし、協約第五六条第六号に則つて諭旨退職の懲戒処分に付したこと、上記認定のとおりである。
2 ところで、
(1) 成立に争のない疎甲第十二号証、証人白川喜代三、同外邨富喜雄、同中村幸義の証言(ただし証人白川、同外邨の証言については后期措信しない部分を除く)、申請人本人尋問の結果と、当事者間に争のない「申請人が本件昇格発令まで副長の職にあつた」事実とを合せると、
(イ) 申請人は本件昇格発令まで副長の職にあつたものであること。
(ロ) 申請人は、「次長職はうけないが、次長の職務はとる」との立前で、次長と副長との職務内容が同一であることを理由に、本件昇格発令后も又右業務命令后も従前どおり副長の職務を遂行していること。
(ハ) 右のように申請人が次長職につくことを拒否しているのは、引続き組合員として組合活動をなしたく、次長職につくと組合員資格がなくなるためであること。
(ニ) さて次長と副長とについては、被申請人会社職制第五条に「……支店には支店長、次長、副長、課長を置き……所属長が欠員又は事故あるときは、次長、副長及び課長は先順位に基き所属長の職務を代行する」と定められている他にその職務内容の明確な区別がなく―会社内で所属長(支店長)の職務を代行するについて次長は包括的な代行権があり副長は個々的な事項についての代行権しかないような取扱をしているようであるけれど、それはただ右職制のような代行順序の下にあつては通常(次長の長期の欠員や事故のない限り)副長の職務代行がおのづから個々的事項に限定されるからだけのことと考えられる―、従つて代行の順位の差異、これに伴う責任範囲の差異は存するが、具体的な職務内容は同一であつたこと。
(ホ) そして、申請人には、本件昇格発令后も右業務命令のあつた后も、副長の職務の遂行には欠けるところがなかつたこと。
以上の事実を認めることができ、証人白川喜代三、同外邨富喜雄の証言中右認定に反する供述部分は措信しない。
(2) してみると、申請人の本件昇格発令違反ないし業務命令違背につき同人を企業外に放逐する退職処分によつて懲戒することは相当でないと解せられる。
けだし、(イ)本件人事異動に、これをなす必要性と合理性の存したことは前記認定のとおりであるが、その必要性ないし合理性がさして高度のものでないことが前記(一)、2(2)、(ロ)の認定事実自体から明かであり、右認定のように次長と副長の職務代行権限の順位及びこれに附帯する範囲内での処理事項に差異があるだけで具体的な内容上の相違は存しないのであるから、申請人の次長職発令拒否ないし次長職を遂行すべきことの業務命令に対する違背による会社の生産性昂揚に対する不寄与は、なるほど債務不履行たることは疑なく従つて契約解除原因には当るであろうけれども、経営者からの一方的制裁である懲戒の対象としては、さまで非難するに当らないものといわなければならないし、(ロ)申請人の昇格発令ないし業務命令違背は企業の秩序保持義務違反に当るけれども、右(イ)の会社の生産性昂揚に対する不寄与の点を捨象すると、前記(一)2、(2)、(ロ)の認定事実自体から本件人事異動は一応の必要性の上に立つ合理性を以てその基準としこれにつき組合と協議を経たものであること、換言すればその基準は精細ち密でないものをかなり含むことが明かであり、従つて右認定のとおり組合員たる地位にとどまり組合活動をすることを希望している申請人が、一方的に組合から本件人事異動によつて排除せられるとするのは(前記認定のように正当の事由を具備しているとはなしがたいけれども)あながち経営秩序を理由もなく無視しているとして責められないものを含んで居り、右義務違反の問責についてたとえ他戒の意味を含ませることが必要であるにしても、この点は十分に考慮せられなければならないところ、(ハ)協約第五六条は前記のとおり、懲戒処分として、訓戒、譴責、出勤停止、減俸、降職、諭旨退職、懲戒解雇の七種を定めており、右(イ)(ロ)の事情の存在からすれば、例えば降職の処分をなす(もつとも、この場合申請人を副長の職におくことは他戒の目的を達し得ないであろうから、課長ないしそれ以下の職にまで降職することにはなる)ことなどにより申請人に対する懲戒の目的を十分に達し得べく、懲戒処分として申請人を企業外に放逐することは客観的に見て相当な範囲を逸脱しているといわなければならないからである。
3 しかるところ、懲戒は経営秩序の維持及び生産性の昂揚という目的のために許された制裁であり、従つてその目的に即応する客観的な相当範囲内のものに限らるべく、その限界を超えたものは無効のものといわなければならないから、結局のところ、本件解雇は懲戒権の限界をこえこれを濫用してなされた無効のものと認められる。
三、申請人の従業員たる地位の確認の利益と賃金請求権。
本件解雇が右のような理由で無効である以上、申請人と会社との間の労働契約は有効に存するものというべきである。ところで申請人本人尋問の結果によると、申請人の次長昇格前の賃金は三八、二〇〇円、次長昇任后のそれは三八、三〇〇円、賃金支払日は毎月二五日であつたことが認められるから、申請人が解雇される前三箇月間、すなわち昭和三七年十一月十一日から同三八年二月一〇日までに支払をうけた賃金の総額は(次長発令の昭和三七年十一月十七日で十一月分を日割計算し)、一一五、七九六円であり、これをその期間の総日数九二で除すると、申請人の平均賃金は一、二五八円である(以上につき円未満は四捨五入)ことが認められる。従つて申請人は被申請人会社に対してその従業員としての地位の確認を求める利益を有するとともに、本件解雇の日以降の右平均賃金相当の賃金請求権を有する。
四、仮処分の必要性。
申請人本人尋問の結果によれば、申請人は本件解雇により以后失職し、妻、子供二人、父母等扶養すべき家族をかかえているため、全相銀連から生計費を借入れて辛うじて生計をまかなつている現状にあることが認められ、右のような状態が早急に好転するとは考えられないから、本案判決確定まで待つていたのでは、著しい不利益をうけることが明かであり、本件仮処分の必要性は優に肯定することができる。
五、結論。
よつて本件仮処分申請は、申請人が被申請人会社に対しその従業員たる地位の保全と一日あたり一、二五八円(すでに履行期の到来した昭和三九年三月二五日までの分は計五一四、五二二円となる)の割合による賃金の支払を求める限度で正当として認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 鈴木辰行 菅浩行 川村フク子)