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京都地方裁判所 昭和38年(ワ)484号 判決 1965年1月21日

主文

原告の第一次請求を棄却する。

被告は原告に対し、原告から三〇〇万円受領と引換えに別紙目録記載の店舗を明渡せ。

被告は原告に対し、昭和三五年一月一日以降右店舗明渡済迄一ケ月二万五〇〇〇円の割合の金員を支払え。

原告のその余の金員支払を求める部分を棄却する。

訴訟費用は全部被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、第一次請求として、被告は原告に対し、別紙目録記載の店舗を明渡し、昭和三五年一月一日以降同三六年九月三〇日迄一ケ月二万五〇〇〇円、同年一〇月一日以降右店舗明渡済迄一ケ月四万九〇〇〇円の割合の金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を、右第一項前段の予備的請求として、被告は原告に対し、原告より三〇〇万円を受領すると引換えに別紙目録記載の店舗を明渡せ。との判決を求め、その請求の原因として

一、別紙目録記載の建物店舗(以下本件店舗と言う)は原告の所有(登記簿上は被告の言う通り原告の所有となつていないがそれは便宜のためのもので事実上は原告の所有である)であつて、原告はこれを昭和二八年八月一日被告に賃貸し、その後更新して最終は昭和三二年一二月三一日期間を二ケ年賃料を一ケ月二万五〇〇〇円と定めて賃貸した。ところが原告は右期間満了前適法な更新拒絶をしなかつたから、右期間満了後は期限の定めのない賃貸借となつたところ、原告は昭和三四年一〇月三〇日付翌被告に到達の書面を以つて被告に対し右賃貸借契約解約の告知をし、右解約には次のような正当事由があるから、昭和三五年四月三〇日限り賃貸借契約は解約となつた。

二、右に言う正当事由とは、こうである。

(1)  本件店舗は昭和三年頃前所有者訴外大沢商会が当時自転車販売の目的で、いずれ本建築に改築するつもりで一時仮設的に木造鋼板葺として急造したものであつて、すでに耐用年数も過ぎ腐朽破損甚だしく、これを修繕するとすると新築するに等しい費用を要するから、原告としては早急に改築の必要に迫られている。

(2)  原告は不動産会社であつて、本件店舗は京都市内屈指の繁華街にあり近時地価昂騰し、前記のような賃料を得る程度では原告としては採算が合わない、原告としては、本件店舗の明渡を受けて、その跡に高層ビルを建設するか、或は他の適当な不動産と交換して収益を揚げなければならない。

(3)  そも本件店舗は、もともと一棟の建物を三つに間仕切りにした中央部の部分であつてその北端の部分約四二坪余は訴外株式会社上海に、南端の部分約一〇〇坪を訴外交通公社に賃貸していたが、交通公社からは昭和三五年一月明渡を受けたので、その部分を取毀し現在空地となつており、株式会社上海に対しては明渡訴訟を提起し一審に於て原告勝訴となり目下控訴審に於て審理中である。原告は被告に対しても本訴提起前明渡を求め、被告の移転先として数ケ所と交渉しその中本件店舗に近い河原町通りに面した模型飛行機屋との交渉がまとまつたので原告は被告にこれを提供したが、被告がこれを拒んで現在に到つている次第である。従つて原告は現在ビル建築ができず切角交通公社から明渡を受けた跡地の高価な土地一〇〇坪余を遊ばせている状態である。

(4)  前記のように原告は北端の一戸の明渡を受けると共に被告に本件店舗の明渡を受け、これとすでに空地のままに放置してある南端の部分とを併せて、ここに高層ビルを建築しようとするものであつて、これは原告のための個人的見地からばかりでなく前記のように場所が市内一等の繁華街であることに鑑みるときは何時倒壊するかも判らない本件店舗を放置しておくより保安衛生都市美化等公益的見地からしても、土地利用方法として勝れているものであるから、原告に於て本件店舗の明渡を求める必要性が被告の本件店舗の必要性より一層強いものと言うことができる。

三、そこで第一次請求として、以上の理由によつて、被告に対して本件店舗の明渡を求める次第であるが、仮りに前記二の事由が解約の正当事由とするに足らないとすると、原告は予備的に本訴に於て被告に対し立退料として三〇〇万円を提供するから、前記二の事由にこの立退料の提供を追加することによつて、原告の解約告知には正当事由があるものと思料する。よつて、予備的請求として被告が右三〇〇万円を原告より受取ると引換えに本件店舗の明渡を求める。

四、そして、被告は昭和三五年一月一日以降約定の賃料の支払をしてないから、原告は被告に対して右の日以降前記解約迄一ケ月二万五〇〇〇円の割合の延帯賃料と、その翌日以降昭和三八年六月九日迄右約定賃料相当額、その翌日以降本件店舗明渡済迄相当賃料額一ケ月四万九〇〇円の割合の損害の支払を求める。

と述べた。

立証(省略)

被告訴訟代理人は、原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求め、答弁として

一、本件店舗は原告の所有ではなく、訴外株式会社大沢商会の所有であり、その敷地は訴外大沢善夫の所有である。

しかし被告が原告から原告主張日時その主張の約定で賃借したこと、原告からその主張のように更新拒絶をしなかつたことは認める。

従つて原被告間の右賃貸借契約は前賃貸借と同一条件の期間二ケ年の賃貸借として更新したものであるから、解約告知の許されないものである。

二、仮りに原告主張の通り期日の定めのない賃貸借になつたとするも、原告から原告主張日時その主張通りの解約告知のあつたことは認めるけれども、到底正当事由はないから、解約の効果は生じない。

即ち、(1)原告は近時地価が昂騰して採算が合わないと言うがこれは事実に反する。本件店舗並に敷地は原告の所有ではなく、仮りに原告の所有であるとしても、原告は昂騰した価格で入手したものではないのに約定賃料は昂騰した時価を基準として定めたもので決して原告に不利なものではない。(2)原告からその主張の移転先の提供のあつたことは事実であるが右は訴外人の所有家屋であつて被告の営む果実小売商の店舗としては間口が狭過ぎ不適当なものであつたから被告はこれを拒つたのである。(3)被告は本件店舗で果実小売商を営むものであることは前記の通りであるが、被告には十数年に亘つて築き上げたしにせがあるから、被告が今本件店舗を明渡して他に移転することは営業上甚大な損害を被るものである。なぜなら他に新たに店舗を設け現在に匹敵する収益を挙げることは到底不可能であるからである。また原告の提供する移転料三〇〇万円では他で現在のような店舗を確保することは不可能のことである。

と述べた。

立証(省略)

理由

一、原告が本件店舗を少くとも原告主張日時以降被告に賃貸していること、そして改めて昭和三二年一二月三一日期間を二ケ年とし、家賃を一ケ月二万五〇〇円と定めて賃貸借契約を結んだこと、しかし原告は右期間満了前適法な更新拒絶の意思表示をしないまゝ期間が満了したことは当事者間に争がない。

そうすると原被告間の賃貸借契約は右期間満了後は期間の定めのない家賃を一ケ月二万五〇〇円とする賃貸借契約に更新されたものと言わねばならない。被告のこの点に関する主張は採用しえない。

二、ところで原告が昭和三四年一〇月三一日被告に到達の書面で賃貸借契約の告知をしたことは当事者間に争のないところであるが、右解約告知は、前段認定の事実から明かなように、未だ昭和三二年一二月三一日結んだ賃貸借契約の期間中になされたものであることは明かであるから、右解約告知に正当の事由があるかを判断する迄もなく効果を生じえない。

三、しかし、原告は更新拒絶を理由とする本訴請求訴訟を昭和三八年六月五日提起し、更に昭和三九年六月一一日受付の準備書面を以つて請求原因を解約告知を理由とする本件店舗の明渡請求に変更し同準備書面は同年六月十五日迄には被告に到達していること、しかも被告は本件口頭弁論終結迄解約告知を原因とする主張を維持していることは当裁判所に明らかなところであるから、原告は右準備書面を以つて黙示の解約告知をしているものと推断することができ、本訴の請求原因として右の解約告知の主張も含まれるものとみるべきである。

四、そこで右解約告知に正当事由があるかを検討する。

(1)  被告が原告から、少なくとも昭和二八年八月一日以降本件店舗を賃借していることは前段認定の通りであつて、被告本人尋問の結果によると、被告は右認定の日よりも以前である昭和二三年五月以降本件店舗で当時訴外大沢商会が経営するストアーの売場を売上歩合で借り果物小売商を営んでいることが認められる。

(2)  そして成立に争のない甲第二号証証人下岡健三、同鈴木倫吉(第一、二回)の各証言並に検証の結果を総合して考えると、本件店舗は、もと訴外日本交通公社が賃借し南に隣接していた部分と、現在飲食店上海が使用し北に隣接する部分とを併せた一棟の鉄板葺の建物を間仕切りした中央の部分であつて、右一棟の建物は昭和二、三年頃訴外大沢商会が自動車の販売店舗として建てその店舗として使用していたもので当時その店舗の必要が急であつたので、急造であるため建築用材も仕様も市街地の建物として極く粗末なもので当時訴外大沢商会としては長年月これを使用する積りではなく、比較的短期間の使用目的のもとに建てたものであること、その敷地は訴外大沢善雄個人のものを大沢商会が借りたものであること、大沢商会と言うのは色々な部門があり、また子会社とか所謂傍系会社等があり、原告もその一つで昭和二八年六月設立された不動産の売買賃貸、投資等を目的とする会社であつて、大沢商会は終戦後本件店舗を含む一棟の前記建物で、T、Oサービスストアーなる別会社を作つて物品の販売をし、その店舗の一部を前認定のように被告に貸していたが、原告会社が設立されると共に改めて原告が被告に本件店舗部分を前認定のように賃貸するようになつたこと、その際原告に於ては天井の補強或は柱の根接ぎ等をしたけれども、相当朽廃していたこと、従つて原告としては長期間の賃貸する積りはなく、いずれ近い中に改築するなりして他の使用方法を考えていたので期間を二ケ年とし、期間満了の際にはこれを更新して来て冒頭に認定したように最後には昭和三二年一二月三一日の契約となつたこと、ところが原告会社では昭和三四年八月前記建物(交通公社、被告、上海に貸している一棟)を取毀してその跡え近代的高層ビルを建てて大沢商会系統の諸会社によつて使用する計画ができ夫々賃借人にその明渡しを交渉の結果訴外交通公社は昭和三五年に明渡したので、その部分の建物を取毀して現在空地としておるが、訴外上海には明渡訴訟を提起し事件は目下控訴審に系属中であること、更に被告に対しては原告に於て色々移転先のあつせん等をして明渡を求めたが、妥結に到らず現在に及んでいること、これがため原告としては切角訴外交通公社から明渡を受けた部分は市街地の中であるのに空地のまま遊ばせていること、本件賃貸借契約に於ては店舗としてのみの使用の定めであること、被告は本件店舗の他にも店舗を持つていること、本件店舗は鉄板葺で壁はベニヤ板張りで付近の建物に比較して余りに粗末なもので早晩建て直す必要のあるものであること、等を認めることができる。

(3)  そして(1)に認定した事実並に被告本人尋問の結果によると被告としては本件店舗で相当長期間営業しているので、それ相当のしにせが付いて本件店舗を明渡すことは可なりの損失を被るものと認めることができる。

(4)  以上認定の事実に本件店舗の位置が京都市の中心部の繁華街に在ることの当裁判所に明かな事実を併せ考えると、本件店舗の明渡をすることによる原被告の利害には甲乙をつけ難い。それ故原告の無条件の解約告知には正当の事由がないものと言わねばならないから、原告の第一次の明渡請求は理由がない。

(5)  次に原告が前記準備書面を以つて予備的に被告に対し所謂立退料三〇〇万円を提供したことは当裁判所に明かなところであつて、叙上認定の事情に原告が右立退料を提供することを加えて判断すると、いささか原告の解約告知に歩があるものと認められるから、右立退料三〇〇万円の提供を以つてする原告の解約告知には正当の事由があるものであつて、これを理由として本件店舗の賃貸借契約は六ケ月後であるおそくとも昭和三九年一二月一四日迄に解約の効果を生じたものとなる。それ故原告の本件店舗の明渡の予備的請求は正当であるから認容する。

五、そうすると、原告に対し被告は昭和三五年一月一日以降同三九年一二月一四日の右解約迄約定の一ケ月二万五〇〇円の賃料を支払わねばならないし、その翌日以降明渡済迄右賃料相当の損害金を支払わねばならないことは明かである。原告は解約後の損害額は一ケ月四万九〇〇〇円が相当であると主張し、成程成立に争のない甲第三号証によると、本件店舗の賃料は昭和三六年一〇月当時一ケ月四万九〇〇〇円位が相当であることが認められるけれども、原告は本件店舗の明渡を受けて後は取毀すのであるから、原告が被告の明渡遅延によつて被る損害は右のような他に賃貸して得る利益をもとにしては算定しえないものであり、さりとて原告が明渡を受け本件店舗取毀して前認定の計画を実行することの後れることにより原告の被る損害を算定する資料はないが、少くとも従前の約定賃料位の損害があるものと認めるから、これを超える原告の請求は棄却すべきである。

六、よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条第九五条を適用し主文の通り判決する。

別紙

目録

京都市中京区河原町三条上る丸屋町四一〇番地の二地上

家屋番号同町一六番の二

一、木造亜鉛鋼板葺二階建店舗の内

階下 床面積二七坪一合四勺の部分

(但し、飲食店「上海」の南に隣接する部分)

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