京都地方裁判所 昭和40年(ワ)135号 判決 1973年1月11日
昭和三八年(ワ)第九五二号事件(明渡事件)原告
同四〇年(ワ)第一三五号事件(参加事件)当事者参加人
大野欣子
外三名
右四名訴訟代理人
池田庨
昭和三八年(ワ)第九五二号事件(明渡事件)被告
同年(ワ)第九一〇号事件(登記事件)原告
新井重伯
昭和三八年(ワ)第九五二号事件(明渡事件)被告
三田とき子
外一名
右三名 訴訟代理人
東茂
昭和三八年(ワ)第九一〇号事件(登記事件)被告
葉室頼言
主文
一 昭和三八年(ワ)第九五二号事件(明渡事件)原告らの請求をいずれも棄却する。
二 昭和三八年(ワ)第九一〇号事件(登記事件)被告は、同事件原告に対し、別紙目録第一の土地(本件土地)および同目録第二の建物(本件建物)につき所有権移転登記手続をせよ。
三 参加人らと登記事件被告との間において、本件土地が参加人らの所有(持分、欣子は三分の一、他の参加人らは各九分の二)であることを確認する。
四 参加人らの登記事件原告に対する本件土地および建物所有権確認請求並びに参加人らの登記事件被告に対する本件建物所有権確認請求をいずれも棄却する。
五 訴訟費用のうち明渡事件被告ら(登記事件原告を含む)について生じた費用、これを二分し、その一を登記事件被告の負担、その余を明渡事件原告ら(参加人ら)の連帯負担とし、登記事件被告および明渡事件原告ら(参加人ら)について生じた費用は、各自の負担とする。
事実
第一 明渡事件
一 当事者の求めた裁判
1 原告ら、
(一) 被告新井重伯は原告らに対し、本件建物を明渡せ。
(二) 被告三田とき子、同三田つや子は、原告らに対し、本件建物のうち(1)および(2)の建物を明渡せ。
(三) 訴訟費用は被告らの負担とする。
(四) 仮執行宣言
2 被告ら
(一) 原告らの請求をいずれも棄却する。
(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。
二 当事者の主張
1 請求原因
(一) 本件建物(および本件土地)は、粟田口定孝の所有であつたが、大正七年一二月一八日芝山信豊が家督相続により取得し、昭和一三年四月一二日葉室頼言(登記事件被告)が家督相続により取得し、昭和三五年一二月一五日、頼言は、実父葉室直躬の大野良雄に対する債務の代物弁済として、本件建物(および本件土地)を大野良雄に譲渡し(昭和三八年一〇月一四日所有権移転登記経由)、原告らは、昭和三八年一二月二二日相続によりこれを取得した(持分、欣子は三分の一、他の原告らは各九分の二)。
(二) 被告新井重伯は、本件建物を占有し、同三田とき子、同三田つや子は、本件建物のうち(1)および(2)の部分を占有している。
(三) よつて、原告らは、本件建物所有権に基づき、被告新井重伯に対し本件建物の明渡、同三田とき子および同三田つや子に対し本件建物のうち(1)および(2)の部分の明渡を求める。
2 請求原因に対する認否
(一) 請求原因(一)の事実は争う。登記事件請求原因(二)記載のとおり、本件建物は被告新井重伯の所有である。
(二) 同(二)の事実は認める。
第二 登記および参加事件
一 当事者の求めた裁判
1 原告
(一) 被告は、原告に対し、本件土地および建物につき所有権移転登記手続をせよ。
(二) 参加人らの原告に対する請求を棄却する。
(三) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
(一) 原告の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
3 参加人ら
(一) 原告および被告と参加人らとの間において、本件土地および建物が参加人らの所有(持分、欣子は三分の一、他の参加人らは各九分の二)であることを確認する。
(二) 訴訟費用は原告および被告の負担とする。
二 当事者の主張
1 請求原因
(一) 本件土地は、男爵粟田口定孝の所有であつたが、定孝は三女粟田口綾子に贈与し、綾子は昭和一五年二月二七日原告に贈与した。
(二) 綾子は、大正三年、本件土地上にあつた定孝所有の別紙目録第三の一の建物(以下旧建物という)を取毀して、別紙目録第三の二の建物(以下綾子建築建物という)を建築し、昭和一五年二月二七日原告にこれを贈与し、原告は、昭和二三年頃綾子建築建物のうち(3)の(イ)の倉庫を除き、本件建物のとおり改築した。
(三) 仮に右(二)の主張が認められないとしても、原告は、昭和一五年二月二七日、綾子から綾子建築建物とともに本件土地の贈与を受け、以来二〇年間所有の意思を以て平穏且公然にこれを占有したので、昭和三五年二月二七日本件土地を時効により取得した。
(四) 原告は、昭和三八年八月一七日、本件土地および建物につき、処分禁止の仮処分決定を得て、同月一九日、右仮処分登記がなされた。
(五) よつて、原告は、本件土地および建物の所有権に基づき、被告に対し、本件土地および建物について所有権移転登記手続を求める。
2 被告および参加人らの請求原因に対する認否並びに抗弁
(一) 請求原因(一)の事実のうち本件土地が定孝の所有であつたことを認め、その余は争う。
(二) 同(二)および(三)の事実は争う。
(三) 原告は本件土地占有について所有の意思がなかつた。
(四) 本件土地は華族世襲財産法による世襲財産設定認可のあつた土地である。
3 参加請求原因
参加人らが本件土地および建物の所有権を取得した経過は明渡事件請求原因(一)記載のとおりである。
4 抗弁および参加請求原因に対する原告の認否
本件土地が定孝の所有であつたことを認め、その余の事実は争う。
第三 証拠<略>
理由
一(本件土地および建物の所有権者の認定)
本件土地がもと粟田口定孝の所有であつた事実は、当事者間に争いがない。
明渡事件被告(登記事件原告)新井重伯(以下、単に新井重伯という)は、「粟田口定孝が粟田口綾子に本件土地を贈与した。」と主張するけれども、この点に関する新井重伯本人の供述(第一回)は採用し難く、他に右事実を認めうる証拠はない。
<証拠>弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実を認めうる。
(1) 本件土地上には別紙目録第三の一の建物(旧建物)があつたが、大正三年、男爵粟田口定孝(当時住吉神社神官)の三女粟田口綾子が、宮中から退官して京都へ帰り、旧建物に居住することになり、旧建物は、当時定孝の渡辺某に対する債務の担保に提供され、渡辺が占有していたので、綾子は、母の実家の奥村クマから借りた金一万一千円を渡辺に支払つて、渡辺を退去させた後、旧建物を取毀して、別紙目録第三の二の建物(綾子建築建物)を建築し、その所有権を取得した。新井重伯は、昭和一五年二月二七日、綾子から、綾子建築建物の贈与を受けその所有権を取得し、その後、昭和二三年頃、綾子建築建物のうち(3)の(イ)の倉庫を除き、本件建物のとおり改築した。
(2) 定孝および妻孝は、大正元年一二月二日、子爵芝山孝豊の二男信豊(大正元年八月四日生)と養子縁組をし、大正七年一二月一八日定孝死亡により信豊が家督相続をし、本件土地所有権を取得した。
信豊は、実家の家督相続をするため、昭和一三年三月一八日、葉室直躬の二男頼言(昭和六年九月一五日生、登記事件被告、以下、単に頼言という)と養子縁組をした上、昭和一三年四月一二日隠居し、その後、実父母と養子縁組をし、実家の家督相続をした。
頼言は、昭和一三年四月一二日、信豊の前記隠居により、家督相続をし、本件土地所有権を取得した。
本件土地および当時既に取毀された前記旧建物について、大正八年一二月一五日、家督相続による信豊への、昭和一三年七月二二日、家督相続による頼言への各所有権移転登記がなされた。昭和三五年法律第一四号による登記簿と台帳の一元化により、現在、右建物登記の表題部は、別紙物件目録第二のとおりとなつている。(なお、本件土地について、華族世襲財産法による世襲財産設定認可のあつた事実を認めうる証拠はない。)
(3) 新井重伯は、昭和一四年一月、綾子建築建物に、綾子の事実上の養子として、綾子と同居し、綾子を扶養することになり、翌一五年二月二七日、綾子から明治天皇の御下賜品、綾子建築建物等とともに、本件土地の贈与を受けた。その際、新井重伯は、前記家督相続による信豊への所有権移転登記の登記済証(乙第二四号証)の交付を綾子から受け、綾子から、「定孝が信豊を養子としたのは、爵位承継のみを目的としたものであつて、本件土地も綾子の所有である。」と告げられたので、これを信用し、綾子建築建物等とともに、本件土地も自己の所有となつたと信じて平穏且公然に本件土地の占有を開始し、以来、本件土地の公租公課を支払い、綾子の扶養を綾子死亡(昭和三〇年)まで継続し、本件土地の右占有状態を二〇年以上継続した。新井重伯は、昭和一五年暮、信豊が頼言を養子にした等の事実を知り、昭和一六年二月頃、頼言の後見人葉室直躬(当時東京在住)を訪問し、新井重伯が綾子から本件土地等の贈与を受けた事実を告げたが、葉室直躬は、これに対し異議を述べなかつた。その後も、葉室直躬(昭和三五年、京都の下鴨神社宮司となる)および頼言は、新井重伯に対し、本件土地所有権を主張したことはなかつた。下鴨神社信徒谷口某が、昭和三八年七月頃、新井重伯に対し、本件家屋の明渡の要求をした。そこで、新井重伯は、昭和三八年八月一七日、本件土地および建物につき、所有権に基づく所有権移転登記請求権を保全するため、頼言を相手方として、譲渡、質権抵当権賃借権の設定その他一切の処分を禁止する旨の仮処分定を得て、同月一九日、右処分登記がなされた。
(4) 頼言は、昭和三五年一二月一五日、実父葉室直躬の大野良雄(頼言の姉の夫)に対する債務の代物弁済として、本件土地および建物を大野良雄に譲渡し、前記仮処分登記後の昭和三八年一〇月一四日、本件土地および建物につき、頼言から大野良雄への所有権移転登記がなされ、大野良雄は昭和三八年一二月二二日死亡し、明渡事件原告ら(参加人ら、欣子は妻、良興、良隆、美喜子は長男、二男、長女)が遺産相続をした。
以上の事実を認めうる。<証拠>のうち、上記認定に反する部分は採用し難く、他に上記認定を覆すに足る証拠はない。
二(本件建物に関する請求に対する判断)
上記一の(1)の認定によれば、本件建物は新井重伯の所有であり、明渡事件原告ら(参加人ら)が本件建物の所有権を取得した事実を認めえない。
よつて、登記事件原告の本件建物所有権に基づく同事件被告に対する本件建物所有権移転登記手続請求を正当として認容し、明渡事件原告らの本件建物所有権に基づく同事件被告らに対する本件建物明渡請求並びに参加人らの登記事件原告および被告に対する本件建物所有権確認請求を失当として棄却する。
三(本件土地に関する請求に対する判断)
上記一の認定によれば、新井重伯は、昭和一五年二月二七日、所有の意思を以て平穏且公然に本件土地の占有を開始し、以来その占有状態を二〇年間継続したものであるから、昭和三五年二月二七日、民法一六二条一項により、本件土地所有権を取得したものと認めうる。
上記一の認定によれば、参加人らも本件土地所有権(持分、欣子は三分の一、他の参加人らは各九分の二)を取得したものと認めうる。
XがY所有土地を時効取得した後、Yが右土地をZに譲渡し、XがYに対する処分禁止の仮処分を得て、右処分登記がなされた後、YがZへ所有権移転登記をした場合、Xが、Yに対し、所有権移転登記手続を請求する訴訟に、Zが、独立当事者参加し、XおよびYに対し、右土地がZの所有であることの確認の請求をするとき、(1)、XのYに対する土地所有権移転登記手続請求を認容し、(2)、ZのYに対する土地所有権確認請求を認容し、(3)、ZのXに対する土地所有権確認請求を棄却するのが相当である。けだし、(A)、YからZへの所有権移転登記は、XのYに対する処分禁止の仮処分の登記後になされたものであるから、Zは、土地所有権取得をXに対抗することができず(最高裁判所昭和三〇年一〇月二五日第三小法廷判決、民集九巻一一号一六七八頁参照)、(B)、仮処分債権者Xの被保全権利の実現として、YからXへの所有権移転登記がなされたときは、Xは、土地所有権取得をZに対抗することができるが(最高裁判所昭和四五年一月二三日第二小法廷判決、裁判集民事九八号四三頁参照)、YからXへの所有権移転登記が未だなされていないから、Xも土地所有権取得をZに対抗することができず、結局、現在、実体法上、土地所有権がX、Zに相対的に帰属しているのであり、上記の解決は、実体法上の権利関係どおりの解決であり、相矛盾する解決ではないからである。
本件は、右設例のZの相続人が独立当事者参加した場合である。
よつて、登記事件原告の本件土地所有権に基づく同事件被告に対する本件土地所有権移転登記手続請求を正当として認容し、参加人らの登記事件被告に対する本件土地所有権確認請求を正当として認容し、参加人らの登記事件原告に対する本件土地所有権確認請求を失当として棄却する。
訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九二条ないし第九四条を適用し、主文のとおり判決する。(小西勝)
物件目録
第一 土地(本件土地)
京都市上京区室町通武者小路下ル小島町五四七番地
宅地 一六五坪五四
第二 建物(本件建物)
京都市上京区室町通一条上ル小島町五四七番地
家屋番号同町二三番
(1) 木造瓦葺二階建居宅
一階 五〇坪三〇
二階 二四坪一〇
附属建物
(2) 1 木造瓦葺平家建 一五坪三〇
(3) 2 木造瓦葺平家建 三坪八〇
(4) 3 土造造瓦葺二階建
一階 七坪五〇
二階 七坪五〇
第三 本件建物建築以前に本件土地上に存した建物
一 粟田口定孝所有のもの(旧建物)
第一号
木造瓦葺二階建本家二七坪八合一勺
内二階 三坪
第二号
木造瓦葺平家建離れ 三坪五合
木造瓦葺平家建便所 五合
木造瓦葺平家建便所 五合
二 粟田口綾子建築のもの(大正三年ころ。綾子建築建物)
(1) 木造瓦葺二階建本家二七坪九合五勺
二階 二四坪四合五勺
附属木造瓦葺平家建湯殿・便所
三坪八合(うち湯殿一坪六合)
(2) 木造瓦葺平家建離屋一五坪三合六勺附属木造瓦葺平家建便所 五合
(3) (イ) 土蔵造木造瓦葺二階建倉庫
七坪七合
二階 七坪七合
(ロ) 附属木造瓦葺平家建玄関
七合五勺