京都地方裁判所 昭和40年(ワ)206号 判決 1970年1月28日
原告
X
代理人
高梨平三郎
被告
Y
代理人
木村健次
主文
被告は原告に対し金一〇〇万円及びこれに対する昭和四〇年三月二三日から右支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は原告において金二〇万円の担保を供するときは仮に執行することができる。
事実
<省略>
理由
一原告が××市××中央病院に看護婦として勤務中、昭和三四年七月ごろより歯痛治療のため同市O歯科医院に通ううち同医院に歯科医として勤務中の被告と知り合い、爾来同人と交際するに至つたことについては当事者間に争いがない。
二そこで原告は、被告と内縁関係(婚姻予約)にあつたと主張するのでこの点について判断する。
<証拠>を総合すると、原告は被告と交際開始後いわゆる恋愛関係に陥り被告の求婚に対し、家庭が貧困であるからとして一時はこれを拒否したが、被告の貧困など意に介しないから是非結婚してほしいとの言を信じて、被告と結婚することを約束し、昭和三五年三月ごろから同年六月ごろまでの間、市内旅館二階の一室において同年七月ごろ被告が現住所に歯科医院を開業してからは同所で事実上の夫婦生活を営んでいたこと、同年八月ごろ、原告は被告の子を流産したこと、その後引続き同所に同棲していたところ昭和三六年九月ごろ原告は被告の子を懐胎したが、原告の要求により昭和三七年一月、○○○市内の病院において、中絶手術をしたこと、その後、原告は被告から同居を拒否され○○市日赤病院等で、看護婦として勤務していたが、同三七年九月頃、被告は原告の両親宅を訪れ、同人らに対し、「是非とも原告が自分のところへ戻つてくれる様取計つてくれ、今度帰つてくれれば直ちに結婚式を挙げ、正式に妻として婚姻届をする。」というので、原告は両親からこのことを聞き、同月二七日ごろ再び被告の元へ帰り、翌三八年二月、被告から追出されるまで同居生活をつづけ、その間、昭和三七年一一月ごろ原告は被告の子を懐胎したことを認めることが出来る。
以上の認定に反する<証拠>は前掲証拠に照らして信用することができない。他に右認定を覆えすに足る証拠はない。以上の認定事実によれば、原告と被告とは昭和三五年三月ごろから同三八年二月頃まで(その間別れ別れの生活をした時期もあつたが)実質的に夫婦共同生活をしてきたものと認められるので原、被告間には婚姻の予約があつたものと認めることが出来る。
三ところで、原告は、被告が原告に対し同居に耐えられない侮辱虐待を加え、右同棲期間中、他に愛人をつくり、原告を一方的に追放し本件婚姻予約を一方的に解消せしめたものであると主張するので、この点について判断する。
原告が被告の願いにより昭和三七年九月頃から再び同居生活を始めたことは前記認定のとおりである。そして<証拠>を総合すると、原告と被告とは右同居以来比較的順調に日を送り、被告及び実兄も一時は原告と正式に挙式し入籍することも考えていたが、そのうち被告は原告が創価学会に入会し、その信仰のため家事を顧みない傾向にあることを知り、被告は、右信仰が円満な家庭生活の妨げとなるので、これをやめるよう勧告し、実兄も、もしやめないときは、被告との正式な結婚も出来難い旨意見した。これに対し原告は、信仰をやめると言明はしたが、依然として信仰をつづけていた。
そのうち昭和三八年二月一六日、たまたま被告は原告の箪笥の中に創価学会の軸物を発見し原告がいまだに、被告に内密で信仰を継続していることに激怒し、遂に原告を追出すに至つたこと、原告はやむなく郷里に帰り同年八月一二日、○○○市立病院で被告の子である女児を分娩したことが認められる。
原告の、被告は前期原告との同棲期間中、愛人をつくつたとの主張については、原告本人尋問の結果以外には証拠はなく、<証拠>に照らすと右原告本人尋問の結果のみでは、右主張事実を認定し難い。
原告はその後、昭和三八年一一月京都家庭裁判所に被告を相手方として前記女児の認知と慰藉料請求の調停申立をし右調停は不調に終つたこと、被告が同年一二月一七日、訴外K子と婚姻し、その届出を了したことについては当事者間に争いはない。
以上の事実によると、被告は原告との婚姻予約を正当な理由なく、破棄したものというべく、婚姻予約不履行の責任を免れることは出来ない。
被告としても、一旦は、原告と婚姻することを心に決めていたが、再三にわたる勧告にもかかわらず原告が創価学会の信仰をやめないことが直接の原因となつて、遂に原告との婚姻を拒否するに至つたことは前記認定のとおりであり、この点につき、原告が今少し、被告及び兄の勧告に素直に従つていたら、このような結果も生じなかつたのではないかとも思われ、このような破局を招いたにつき原告に責任なしとは言い切れない。しかしながら被告との同棲以来、流産、中絶、同居拒否等不安定な生活を送つてきた原告が、信仰により精神的な救いを得ようとしたことには無理からぬところもあり、又、信仰の自由は憲法にも保障されたところであつて、信仰の故をもつて、婚姻予約を破棄することは正当な理由ありと認め難い。従つて被告は婚姻予約不履行を原因として、これによつて蒙つた原告の損害を賠償すべき義務があるといわねばならない。
四そこで原告の蒙つた損害について考える。
前認定の如き原、被告が同棲して別れるに至るまでの経過をみると、被告は原告が家庭の貧困を理由にその求婚を一時拒否したにかかわらず、これを意に介せずとして敢えて原告との同居生活に入つたにもかかわらず、その後妊娠中絶を要求し、或は同居を拒否する等し、遂には信仰をやめないことを理由に、当時、原告が妊娠していたにかかわらずこれを追出すに至つたものであること、その同棲期間も相当長期であること、被告は歯科医師であるので、原告は被告と結婚出来れば、或程度経済的にも安定した幸福な生活をなし得たであろうと推定されるにかかわらず、その期待は裏切られ、しかも実家は貧困であるので子供一人をかかえて将来自分一人で生活の資を稼がなければならない境遇におかれたこと、更に原告はすでに年令的にも所謂婚期を逸し、しかも子供をかかえて、将来新たな結婚の機会も非常に乏しいと推測されること、以上の事情に照らしてみると被告の本件婚姻予約不履行により原告の蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料としては原告の請求額金一〇〇万円は決して高額に過ぎるとは認め難い。
もとより原告が信仰を捨てなかつたというかたくなな態度が、被告の不履行を招く原因をなしたことは前認定のとおりであつて、この点につき原告にも多少の責任なしとしないが、当時の原告の精神的不安の状態は前認定の事実に徴して、容易に理解し得るところであつて、その救いを求めるため信仰に走つたとしてもあながちこれを非難することも出来ない。そして原告のこのような行動を考慮しても右金額をもつて高額にすぎると認めることは出来ない。
五よつて、原告の金一〇〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和四〇年三月二三日から右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴請求は全部正当としてこれを認容する。
そこで訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を各適用し、主文の通り判決する。(久米川正和)