大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 昭和41年(む)22号 決定 1966年10月20日

被疑者 阪本光男こと徐相達

決  定 <被疑者氏名略>

右の者に対する傷害被疑事件につき、昭和四一年一〇月一八日京都地方裁判所裁判官がなした勾留請求却下の裁判に対し、京都地方検察庁検察官から適法な準抗告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件準抗告の申立はこれを棄却する。

理由

一  本件準抗告の申立の趣旨および理由は、検察官提出にかかる準抗告及び裁判の執行停止申立書に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

二  一件記録によれば、被疑者は、昭和四一年一〇月一五日午後八時〇分ごろ、京都市南区東九条南松ノ木町一三番地三共組宿舎(以下単に飯場という。)において、同僚の金栄天と賃金の分配について口論のすえ、手拳で同人の顔面を数回殴打し、その結果同人に対し全治療日数約三週間を要する頤部打撲傷等の傷害を負わせたとの事実に基づき逮捕されたものであること、右傷害行為に引続いて、被疑者は同僚の張佐得らと共に附近の飲食店に出かけて飲酒したのち飯場に戻つたが、同日午後八時五〇分ごろ、右飯場食堂において、賃金の分配に関して再び口論が始まり、張佐得が金栄天からガラスジヨツキで頭部を殴打されて負傷したこと、そこで被疑者は、出血の著しい張佐得を病院へ連れて行き手当を受けさせたうえ、同日午後九時五〇分ごろ飯場に立帰つたところを前記金栄天に対する傷害罪の準現行犯人として警察官に逮捕されたこと、右逮捕警察官は、被疑者を逮捕する前に被害者金栄天から事情を聴取し(金栄天も同日午後九時〇分ごろ、張佐得に対する傷害罪の現行犯人として他の警察官により逮捕されたもの)かつ飯場に立帰つた被疑者を職務質問した結果、自己の犯行を認めたので前記金栄天に対する傷害の罪を行い終つてから間がないと明らかに認められるものと判断したことなどの事実を認めうる。

三  ところで、被疑者の逮捕時には、同被疑者の金栄天に対する前記傷害行為の時から既に約一時間五〇分を経過しているが、その間の前記諸事情を勘案すれば、被疑者については刑事訴訟法二一二条一項にいう「現に罪を行い終つた者」とは認められないが、同条二項に定める「罪を行い終つてから間がないと明らかに認められるとき」に該当するものといわねばならない。しかしながら、同被疑者の身体又は被服に犯罪の顕著な証跡があつた事実は認められず、そのほか、同条二項一ないし四号のいずれかにあたる事実の存在を認めしめるに足る資料はない。そうすると、被疑者については、現行犯人ないしは準現行犯人として法の要求する要件を欠いていたにもかかわらず、これを準現行犯人として逮捕したのであるから、右逮捕手続は違法である。

四  而して、検察官から被疑者の勾留請求を受けた裁判官は、まず勾留請求の適法性を審査することができ、また審査しなければならない。そして、勾留請求が適法であるためには刑事訴訟法の規定する逮捕前置主義の趣旨に鑑み、逮捕手続が適法でなければならない。しかるに、被疑者に対する逮捕手続には前記の如く重大な瑕疵があり違法であるから、これに続く勾留請求も不適法である。それゆえ、勾留の理由ないし必要について判断するまでもなく、被疑者に対する勾留請求を却下した原裁判は相当であつて、本件準抗告の申立は理由がないからこれを棄却することとし、刑事訴訟法四三二条、四二六条一項後段により主文のとおり決定する。

(裁判官 橋本盛三郎 阿蘇成人 西川賢二)

準抗告及び裁判の執行停止申立書<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例