京都地方裁判所 昭和42年(ワ)498号 判決 1970年2月24日
原告
西野良三
被告
相互タクシー株式会社
主文
一、被告は、原告に対し、金五〇万五、一九〇円およびこれに対する昭和四三年三月三一日より支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二、原告その余の請求を棄却する。
三、訴訟費用は、原告と被告との平等負担とする。
四、この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は、「被告は、原告に対し、金一一二万七、九六二円およびこれに対する昭和四三年三月三一日より支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決と仮執行の宣言とを求め、その請求の原因として、
「一、原告は、昭和三八年七月五日午後一時一五分頃、自動二輪車(ホンダカブ、以下甲車という。)を運転して京都市左京区岡崎通二条交差点にさしかかり、信号待ちのため停車していたところ、同交差点に進入した被告会社従業員清水博の運転する普通乗用車(以下乙車という。)と西濃運輸株式会社従業員尊田義孝運転の貨物自動車(以下丙車という。)との双方の過失による衝突事故のため、乙車の下敷となり、治療約一ケ年を要する頭部外傷変形性腰椎症の重傷を受けるに至つた。
すなわち、清水博は、右日時頃、乙車を運転して二条通りを時速約三五粁で西進し、見通しの悪い本件交差点にさしかかつたが、左右の安全確認を怠つたうえ、徐行することもなく、そのままの速度で本件交差点に進入した過失により、折から岡崎通を南進して本件交差点に進入した丙車に乙車を出合い頭に衝突させ、よつて、右のとおり、原告に傷害を負わせたものである。
二、被告は、タクシー運行を業とする会社であり、乙車の保有者であつて、清水博は、被告の従業員としてその業務執行中に本件事故を惹起したものである。
よつて、被告は、第一次的には自動車損害賠償保障法第三条により、第二次的には民法第七一五条により、訴外清水博が原告に加えた損害を賠償する義務がある。
三、本件事故により原告が受けた損害は、次のとおりである。
(一) 休業による損害 金六二万四、〇〇〇円
原告が昭和三八年七月六日以降昭和三九年七月五日までその勤務先である株式会社上島衣装店の勤務を休んだことによる一ケ月金五万二、〇〇〇円の割合による一二ケ月分の給料相当分の休業による損害は、合計金六二万四、〇〇〇円である。
(二) 本件事故のため、原告は、次の諸費用の支払を余儀なくされ、同額の損害を受けた。
1 入院するために必要な品物の購入費 金三、五八〇円
2 入院中の支出高 金三万〇、七四二円
3 自宅療養中に購入した物の金額金五、四〇〇円
4 附添看護料 金一万二、〇〇〇円
(一日金四〇〇円として三〇日分)
5 通院のためのタクシー代およびバス代 金二万五、〇四〇円
(三) 慰藉料 金一〇〇万円
原告は、一家の柱としてかつ上島衣装店の実質上の経営者として、その事業を遂行してきたのであるが、本件事故により一年間の休業を余儀なくされ、そのために実質上の経営者としての地位を退き、かつ昭和三九年一二月末をもつて退職するにいたつた。原告は、現在もなお頭部外傷後遺症と変形性腰椎症になやまされながら、その生活は最低生活ぎりぎりの域をさまよつている。
本件事故に加うるにこのような事情による原告の肉体的・精神的苦痛に対する慰藉料として金一〇〇万円が相当である。
(四) 弁護士費用 金八万円
原告は、法律にうとく、本件訴訟を自ら遂行できないため、昭和四二年四月二〇日、弁護士たる原告訴訟代理人に訴訟委任契約をなし、かつ京都弁護士会報酬規定の範囲内で、報酬として金八万円を支払う旨約した。
四、前項(一)ないし(四)の損害金合計は、金一七八万〇、七六二円となるところ、既に、西濃運輸株式会社より金四一万三、五〇〇円、被告より金二三万七、八〇〇円の弁済を受けたので、これを控除すると、その残額は、金一一二万九、四六二円である。
よつて、原告は、被告に対し、残額金一一二万九、四六二円のうち金一一二万七、九六二円およびこれに対する昭和四三年三月三一日から支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
五、本件事故は、清水博と尊田義孝との共同不法行為であり、右責任は、不真正連帯債務であるから、被告主張のように、免除の絶対的効力はない。したがつて、被告には、過失の割合という意味での負担部分のいかんにかかわらず、西濃運輸株式会社が弁済した分を控除した全損害につき、賠償の義務がある。
被告が、原告に対し、金二三万七、八〇〇円の弁済をなしたことは認めるが、右金額を超える金二四万五、五〇〇円の弁済をなしたとの被告主張事実は否認する。」
と述べた。
被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、
一、原告主張請求原因事実のうち、原告主張の日時、場所において、乙車と丙車とが衝突したこと、被告はタクシー運行を業とする会社であり、乙車の保有者であること、清水博が、被告の従業員としてその業務を執行中に、本件事故が発生したこと、以上の事実は認めるが、その余の事実は否認する。
二、本件事故は、尊田義孝の重大な過失によつて惹起されたもので、清水博に過失はない。
清水博は、本件事故の日時頃、乙車を運転して時速約三五粁で二条通を西進し、本件交差点にさしかかつたとき、同交差点では南北の岡崎通の通行車両は一時停止を規制され(一方東西の二条通は岡崎通より交通量が多く主幹道路であるため一時停止の必要がない。)、その標識があり、交差点北側には南行の小型自動車が中央線と東側との中間に一時停車して乙車の西行を待避している状態であつたので、清水博は、一寸減速して時速約三〇粁で同交差点に入つたところ、丙車が同交差点で右のように一時停止の標識が設置してあるにもかかわらず、一時停車せず、時速六〇粁以上の高速度で突然右停車せる小型自動車の西側を南に飛出して丙車の左前角を乙車の右側後方ドアーとフェンダに衝突させたものであつて、清水博に過失を認めえない。
また、本件交差点は交通整理の行われていない交差点であるから(当時同交差点には信号機は設置されていなかつた。)、道路交通法第三五条第一項により、丙車は、先に同交差点に入つた乙車の進行を妨げてはならないのに、乙車を無視した尊田義孝の一方的過失にも、本件事故が起因することは明らかである。
仮に乙、丙車が同時に本件交差点に入つたものであるとしても、道路交通法第三五条第三項により、尊田義孝は、左方の道路から同交差点に入ろうとしていた乙車の進行を妨げてはならないのに、これを無視した同人に過失があることは明らかである。
清水博としては、小型自動車が一時停車して乙車を避譲しているのを確認したので安心して西進したのである。
右の次第で、本件事故は、尊田義孝の重大な過失に起因するもので、清水博には過失はない。
三、仮に本件事故につき清水博に過失があつたとすれば、本件事故は、尊田義孝との過失の競合により惹起されたこととなるから、右両名、したがつてまた乙、丙車の保有者である西濃運輸株式会社と被告とは、本件事故による原告の損害の賠償につき、連帯債務を負担することとなるところ、原告は、西濃運輸株式会社との間で、本件事故につき、同会社から金四一万三、五〇〇円を受領することで調停が成立し、その弁済を受け、その余の請求を免除した。
したがつて、被告は、原告に対し、民法第四三七条により、右免除の効力を受けるものである。
四、被告は、原告に対し、既に金二四万五、五〇〇円を支払つている。」
と述べた。〔証拠関係略〕
理由
一、原告主張の日時、場所において、乙車と丙車とが衝突したことは当事者間に争いがない。
〔証拠略〕を総合すると、原告は、昭和三八年七月五日午後一時一五分頃、甲車を運転して岡崎通を北進し、京都市左京区岡崎通二条交差点にさしかかり、同交差点南詰で一時停車し、同交差点を直進しようとしていたところ、前記争いのない、同交差点における乙、丙両車の衝突事故のため、乙車が右転回して左斜前方に滑走し、甲車に乙車を衝突させて甲車を転倒させ、よつて原告は、頭部外傷二型、左側頭部、頭頂部挫擦傷、四肢擦傷、右肩胛骨々折、骨盤打撲症等の傷害を負つたこと、そのため、原告は、事故当日より約一ケ月間、外傷が治るまで入院し、退院後も約一ケ年通院して治療を受けたこと、以上の事実を認めうる。
ところで、〔証拠略〕を綜合すると、本件事故現場である前記交差点は、南北に通ずる岡崎通りと東西に通ずる二条通りとが交差する十字路であり、同交差点附近の岡崎通りと二条通りの道路の幅員は、さして異ならないこと、同交差点の見通しは悪く、特に岡崎通りを南進して同交差点に入る際における二条通り東方から西進する車両ならびに二条通りを西進して同交差点に入る際における岡崎通りを南行する車両との相互間の見通しは、民家の塀に妨げられて非常に悪いこと、本件事故当時、同交差点に信号機の設置はなく、同交差点は、交通整理の行われていない交差点であり、南北に進行する車両に対してのみ一時停止の道路標識が設置されていたこと、西濃運輸株式会社従業員尊田義孝は、昭和三八年七月五日午後一時一五分頃、同会社の業務に従事して、同会社所有の丙車を運転して岡崎通りを南進し、右交差点にさしかかつた際、同方向に先行していた自動車が同交差点にさしかかり一時停車したので同自動車の右斜後方で一旦停車し、同自動車が発進し同交差点を左折するのと同時に発進し、同交差点直前で一時停止することなく、時速約二〇粁で同交差点に入り、直進しようとしたが、折から左方の二条通りから乙車が西進して来るのを左斜前方約一八米に認めながら、安易に優先して進行しうるものと軽信し単に警笛を吹鳴したのみで漫然加速し直進したため、出合い頭に乙車の右側後部に丙車の左前部を衝突させたこと、清水博は、右日時、二条通りを時速約三五粁で西進し、右交差点にさしかかつた際、折から右方の岡崎通りから南進して来た自動車が同交差点で一時停止しているのを右斜前方約一五米に認めたが、他に左右から進路に進出する人車がないものと軽信し、その後左右の安全確認をすることなく、漫然同速度で直進して同交差点に入り、右のとおり、先に同交差点に入つた丙車が進路に進出するのを右斜前方約四米に迫つて初めて発見し、これを避けえず、右のとおり、出合い頭に乙、丙両車が衝突したこと、以上の事実を認めうる。右認定に反する〔証拠略〕は採用し難く、他に右認定を動かしうる証拠はない。
以上認定事実からすると、原告の負つた前記傷害は、乙、丙両車の衝突事故に起因するところ、乙、丙両車の衝突事故は、尊田義孝と清水博の次の過失により惹起されたものというべきである。すなわち、本件交差点は、交通整理も行われておらず、左右の見通しも悪いうえ、特に、南北に進行する車両には一時停止の道路標識が設置されているのであるから、尊田義孝は、同交差点に進入する直前に一時停止をすることは勿論、最徐行し左右の二条通りから進行してくる自動車の動静を見究めて進行し、これと出合い頭の衝突事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠つた過失があり、一方清水博は、同交差点を通過する際、道路交通法四二条所定の徐行をして、左右の岡崎通りから進行してくる人車の状況を見究め、交通の安全を確認して同交差点に進入し、もつて出合い頭の衝突事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠つた過失があつたというべきである。
二、被告がタクシー運行を業とする会社であり、乙車の保有者であること、清水博が、被告の従業員としてその業務を執行中に、乙、丙両車の衝突事故が発生したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。
よつて、被告は、西濃運輸株式会社等と共に、自動車損害賠償保障法第三条に基づいて、乙、丙両車の衝突事故のため、原告が負つた傷害により生じた損害を、賠償する責に任ずる。
三、本件事故により、原告に生じた損害は次のとおりである。
(一) 〔証拠略〕によると、本件事故当時、原告は、株式会社上島衣装店に勤務し、一月金四万七、〇〇〇円を下らない収入をえていたこと(なお、右給料の外、原告が一月金二、三万円の祝儀等をえていた旨の同証人の証言部分、原告本人の供述部分は採用し難い。)、原告は、本件事故により、昭和三八年七月六日以降昭和三九年七月五日まで右勤務先の勤務を休み、一ケ月金四万七、〇〇〇円の割合による一二ケ月分の給料相当分の休業による損害として、合計金五六万四、〇〇〇円の損害を蒙つたこと、以上の事実を認めうる。
(二) 〔証拠略〕によると、原告は本件事故により、昭和三八年七月五日より同年八月一日まで入院し、(1)入院するに際し、品物の購入費として金三、五八〇円を支出したこと、(2)入院中の諸雑費、退院時の医者に対する謝礼等として金三万〇、七四二円を支出したこと、なお、原告の右入院期間中、附添看護人の附添看護を必要としたところ、原告の妻が右附添看護をなしたこと、(3)原告は、退院後、自宅療養中、傷がいたむため、ボンボンベッド、座椅子を購入し、金五、四〇〇円を支出したこと、(4)原告は、退院後も、約一ケ年通院により治療を受け、その通院費として金二万五、〇四〇円を支出したこと、以上の事実を認めうる。
しかし、右支出金額のうち(4)の金二万五、〇四〇円は、本件事故による損害として認容すべきであるが、(1)の金三、五八〇円および(3)の金五、四〇〇円は、本件事故による損害として認容し難く、また(2)の金三万〇、七四二円については、そのうち、入院一日につき金一五〇円の割合による雑費として合計金四、二〇〇円および退院の際の医者に対する謝礼金二、〇五〇円、以上合計金六、二五〇円のみが本件事故による損害というべく、その余は本件事故による損害として認容し難い。
次に、原告は、前認定のとおり、入院期間中附添看護人の附添看護を必要としたものであるところ、原告としては、原告の妻による附添看護に対し、何ら出捐してはいないが、原告の妻による附添看護がなければ、附添看護に必要な入院期間の二八日間、職業附添人を雇い、同人に対し、附添料の支払義務を負担した筈であるというべく、したがつて、職業附添人の二八日分に相当する附添料は、本件事故による損害と解すべきである。そして、原告の右入院当時、職業附添人の一日の附添料が金四〇〇円を下らないことは公知の事実であるから、附添費としての本件事故による損害は、金一万一、二〇〇円となる。
したがつて、本件事故による諸費用として、原告は、結局、以上合計金四万二、四九〇円の損害を蒙つたものというべきである。
(三) 前認定の本件事故の態様、原告の傷害の程度、原告の入院および通院による治療期間、その他本件における諸般の事情を考慮すると、原告の慰藉料は金五〇万円が相当である。
四、以上検討したとおり、本件事故による、原告の損害は、前項(一)の休業損失金五六万四、〇〇〇円、同(二)の諸費用金四万二、四九〇円、同(三)の慰藉料金五〇万円の合計金一一〇万六、四九〇円となるところ、右損害金のうち、原告が、西濃運輸株式会社より金四一万三、五〇〇円、被告より金二三万七、八〇〇円の各弁済を受けたことは、原告において認めるところであるから(なお、被告は、原告に対し、金二四万五、五〇〇円を弁済した旨主張するが、金二三万七、八〇〇円を超える金額の弁済については、これを認めうる証拠はない。)、これを控除すると、原告の損害は、結局、金四五万五、一九〇円となる。
五、被告は、「西濃運輸株式会社と被告とは、本件事故による原告の損害の賠償につき、連帯債務を負担するところ、原告は、西濃運輸株式会社との間で、本件事故につき、同会社から金四一万三、五〇〇円を受領することで調停が成立し、その弁済を受け、その余の請求を免除したから、被告は、民法第四三七条により、右免除の効力を受ける。」旨主張する。
しかし、西濃運輸株式会社と被告とは、原告に対し、民法第七一九条による共同不法行為者の責任を負うところ、同条の被害者保護の趣旨を考慮すると、共同不法行為者の責任は、不真正連帯債務と解するのが相当であるから、民法第四三七条の適用は、排除されるというべきである。
したがつて、共同不法行為者の一人につき、免除の事由が生じたとしても、これにより、他の共同不法行為者に免除の効力が及ぶことはないから、被告の右主張は、それ自体失当である。
六、原告は、以上検討のとおり、被告に対し、金四五万五、一九〇円の損害賠償請求権を有するところ、原告本人の供述によると、原告は、自ら訴訟を遂行しえないため、訴訟の提起と追行を弁護士たる原告代理人に委任し、着手金として金三万円、報酬として金八万円を支払う旨契約した事実を認めうるが、本件訴訟に至るまでの経緯、本件事案、原告の請求金額およびその認容額等を勘案すると、本件事故と相当因果関係のある損害として被告に負担さすべき弁護士費用は、金五万円をもつて相当と認める。
七、以上の次第で、原告の本訴請求は、被告に対し、金五〇万五、一九〇円およびこれに対する本件事故発生の日の後である昭和四三年三月三一日より支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 寒竹剛)