京都地方裁判所 昭和42年(ワ)691号 判決 1976年4月16日
原告
井上誠
右訴訟代理人
奥村文輔
外二名
被告
株式会社住友銀行
右代表者
堀田庄三
右訴訟代理人
川合五郎
外一名
被告 国
右代表者法務大臣
稲葉修
右訴訟指定代理人
麻田正勝
外二名
主文
一 原告の主位的請求及び予備的請求を各棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
(当事者の求めた裁判)
原告
主位的請求の趣旨
1 被告国は原告が被告銀行に対して有する国幣七、七六八万円の現地特別措置定期預金(期間戦後払、無利息、昭和二〇年七月二一日預入)について、原告の払戻請求に対する支払を承認せよ。
2 被告住友銀行は右の承認があることを条件に原告に対し金一三九八万二四〇〇円を支払え。
3 被告らは各自、原告に対し金一九八〇万円及びこれに対する昭和四二年七月四日より完済まで年五分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決仮執行宣言。
予備的請求の趣旨
1 被告らは各自、原告に対し金三、三七八万二四〇〇円及びこれに対する昭和四二年七月四日より完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決、仮執行の宣言
被告ら
主文同旨の判決。
外に被告国は、原告勝訴の場合は担保を条件とする仮執行免脱宣言。
(請求の原因)
一、原告は昭和(以下に於て略す)二〇年七月二一日被告住友銀行上海支店虹口出張所から被告銀行京都支店あて、受取人を訴外井上シズと指定し国幣一一一万一一一二円(当時の日本円に換算して二〇万円、換算率一〇〇対一八)を振込送金した。
二、原告のこの送金目的は不動産(土地七五坪、家屋五〇坪位)を二万五〇〇〇円で購入する資金とするためであつた。被告銀行はこのことを熟知していた。
三、被告銀行はこの送金をおそくとも同年八月上旬頃迄に原告に支払うべきであつたのにその支払をしなかつた。
四、原告は被告銀行のこの債務不履行のため所期の不動産を入手できず、右不動産相当の損害を被つた。この不動産は現在の価格として二〇〇〇万円或は四八〇〇万円を下らない。この損害は特別事情に基づくものであるが被告銀行はこれを予見し得た。
五、当時中国から日本への送金は外国為替に関する法令で種々制限が加えられていたところ、被告国は特に乙一号証の条項に従い自由口送金としてこの送金を許したのであるから、これは被告国が原告のこの送金を保証したと解すべきである。
六、当時被告国は外国為替について全面的な管理を行つていたがその中から特に自由口送金として原告のこの送金を許したのであるから、本件のような支払拒絶事態を招かないようこの制度の周知徹底を指導すべき義務があつたのにこれを怠つた重大な過失のため原告は当時被告銀行より前記送金の支払を受けることが出来ず前記損害を被つた。
七、但し原告はその后三〇年一二月三日までの間に被告銀行より損害賠償の一部として二〇万円受取つたのでこれを除いた一九八〇万円がこの送金についての損害である。
八、次に原告は二〇年七月二一日被告銀行上海支店虹口出張所に国幣七七六八万円(日本円に換算して一三九八万二四〇〇円、換算率一〇〇対一八)を現地特別措置定期預金(番号自由口虹口一)とした。この預金は期間戦後払、無利息、大蔵省の承認なくして処分(引出、担保差入等)できない約定であつた。
九、被告国は二九年五月一五日、法律一〇六号金融機関の再建整備法の一部改正に関する法律三八条の四の六号で「在外勘定の経理に関し必要な事項は主務大臣が定める」と規定し、大蔵省銀行局長は同年六月一日付通牒一五〇二号の一でこの現地特別措置預金を在外勘定債務から除外した。
一〇、而して被告銀行は被告国の承認がないとして今日まで本件預金を支払つてくれないが、右の通牒は私有財産権を保障した憲法二九条に違反し無効であり、原告はこの違法な通牒のため被告銀行から本件預金一三九八万二四〇〇円の支払を受けられず、同額の損害を被つている。
一一、よつて原告は主位的に、前記一の送金についての被告銀行の債務不履行と被告国の保証債務の不履行又は被告国の責に帰すべき事由により原告に損害を与えていることを理由に被告両名に各自一九八〇万円及びこれに対する本件訴状送達日の翌日より完済まで年五分の遅延損害金の支払及び前記八の現地特別措置預金につき被告国に対してはその払戻しの承認を、被告銀行に対しては右の承認のあることを条件に一三九八万二四〇〇円の支払を求め、予備的に被告両名に対し各自、前記送金と現地特別措置預金との合計三三七八万二四〇〇円及びこれに対する本件訴状送達日の翌日より完済まで年五分の遅延損害金の支払を求める。<以下省略>
理由
第一原告送金に係る請求について
一原告が二〇年七月二一日被告銀行上海支店虹口出張所から同銀行京都支店にあて受取人を井上シズと指定して国幣一一一万一一一二円(当時の日本円に換算して金二〇万円換算率一〇〇対一八)を振込送金したことは原告と被告銀行間では争いがなく被告国との間では弁論の全趣旨によりこれを認めることができる。右の事実に<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。
1 さきの太平洋戦争の末期において、戦争の激しさが増すにつれ中国大陸におけるインフレーシヨンが進み、当時の公定換算率である一〇〇対一八の割合で中国から日本へ送金すると中国でのインフレーシヨンが日本へ波及する虞があつたため日本政府は対日送金を規制し個別的許可制をとつていたが二〇年五月二四日大蔵省外資局長は現地の実情と一般の要望を考慮し、通牒蔵外管第六〇八五号により従前の個別的許可制の外に現地当局の承認ある場合は差当り一ケ月三〇万円を限度とし送金額の六九倍の現地通貨建現地預金をなすことを条件として、内地に於て個別的許可を受けることなくして送金をなしうる、いわゆる自由口送金制度を設け被告銀行等にその旨通牒を発した。
この場合銀行は自由口送金取扱報告書を大蔵省外資局宛て提出するを要し、その備考欄には送金資金の使途等を記載する様指示されていた。
原告は従前上海で貿易商を営んでいたが現地召集を受けたので右の制度に基づき現地当局の許可を受け二〇年七月二一日被告銀行上海支店虹口出張所から、同銀行京都支店あて受取人を井上シズと指定して国幣一一一万一一一二円当時の日本円に換算して金二〇万円を振込送金した。
2 この送金方法は前記虹口出張所の所長福間某が原告に一番安全だと教えたもので同出張所は右送金の手続につき正、副の報告書を作成し、副報告書は原告に手渡された。原告はこれを原告の妻で当時京都市北区の原告の兄酒井新一方に在住していた井上シズ宛郵送し、同年七月下旬同人に到達した。そこで原告の兄嫁である酒井みねがその頃から終戦に至るまで数回にわたり右副報告書と井上シズの印を持参して被告銀行京都支店に右送金額の支払を求めたが同支店では従前井上シズや酒井みねと取引がなく正報告書が送られて来ていないためといつてその支払を拒否した。原告がこの送金をした目的は原告及び原告の家族居住用の土地付家屋(土地七五坪、家屋五〇坪位、当時の価額にして二万五〇〇〇円程度のもの)の購入資金にあてるためであつた。
3 こうして被告銀行が支払を拒否しているうちに日本は敗戦を迎え、二〇年九月二二日付連合国軍最高司令部覚書「金融取引の統制に関する件」に基づく同月二七日付大蔵省外資局長通牒蔵外第一五一号が発せられ本件振替送金を含む外国為替の支払が全面的に禁止されたため二〇年秋原告の兄の酒井新一がこの支払を求めに行つた時も被告銀行はその支払に応じなかつた。ただその後引揚邦人に対しては差当り一〇〇〇円の範囲内において右取引停止規制が緩和されたので、二一年一月一七日被告銀行は井上シズに対し一〇〇〇円を支払つた。(この点は当事者間に争いがない)
4 原告は二一年三月二〇日過ぎ帰国して被告銀行に対し右の振込送金の支払を求めたところ、同銀行は「正報告書が到着したらそれに基づき支払うことになるが未着だつたので支払を拒否した、その後終戦となり大蔵省令で支払えなくなつた」と説明した。これに対し原告はこの送金は終戦前に送つたもので終戦前に原告の姉が何回も請求に来ているのだから大蔵省令の適用はない、起算日を遡らせて支払つてくれと要求したが被告銀行は決算期を一回経過しているので原告の要望に答えられないといつて支払を拒否した。但しその後間もなく被告銀行は原告の立場を考え、支店長の権限で現金勘定で二〇万円、封鎖預金勘定で三〇万円の計五〇万円を無担保で貸付けた。これはその後原告が正規の利子を払つて返済した。
5 被告銀行では、振替送金があつた場合仕向店に正報告書が到達してから支払う取扱いであるが、その正報告書が到着しなくても口座を有している受取人で副報告書により送金の事実が確かめられれば支店長等の違例事項取扱権限でその支払をすることもある。本件の場合被告銀行が電信照会等で本件の送金事実の確認をした事実はない。
6 その後二九年五月一五日になり法律一〇六号で金融機関再建整備法一部改正に関する法律が施行されたので被告銀行は原告に対し三〇年三月一一日付で未払送金為替の確認と優先支払額の支払通知をなし、その頃四万九〇〇〇円の優先支払をなし更に同年一二月三日在外債務確認計上額残額一五万円、確認額に対する利息相当額四九四八円計一五万四九四八円を支払つた。(以上の金員の支払いについては当事者間に争いがない)
以上のごとく認められこの認定に反する証拠はない。
二以上の認定事実によると原告のこの二〇万円の振替送金は自白に送金として許され現地当局の承認を受け正規の送金をなしたもので被告銀行京都支店としては当然その支払をなすべきものであつたといわねばならない。
而して銀行の内部に於て、振替送金の支払には正報告書と副報告書とを照合して支払い、正報告書未着の場合は支払を拒否しうる内規が存在するのは送金の事実と受取人を確認するためであり正報告書が仕向店に送達される時間と副報告書で受取人に送達される時間との間にさして差がなく正報告書の到達まで支払を拒否してもさほど支払の遅延はないということにあると理解されるが、本来同一銀行支店相互間の振込送金においては銀行は振込を受けた時から受取人にその支払をなす債務を負つているのであるから、正報告書が不着ないし遅延した場合でも銀行としては受取人が副報告書を提示して支払を求めればその確認を行い正当な理由なくして送金の支払を拒否しえないと解するのが相当である。本件送金当時被告銀行京都支店では前記のように当該支店に口座を有している受取人であれば副報告書を提示して支払を求めれば未だ正報告書が到着していない場合でも支店長の権限で副報告書に間違いのないことを確めて支払をなしうる制度があつたのであるから、本件についても酒井みねが副報告書を提示して支払を求めた時銀行としては電信照会などの方法より副報告書の真否を確認して支払うべきであつたものというべく、その確認を行わず正報告書未着の故をもつて送金の支払を拒絶したことは失当であつたといわねばならない。又正報告書未着の間は全く支払をしないという商慣習があるという証拠はない。
いわんや原告の方は終戦前に於て数回にわたり被告銀行にその支払を求め、又二〇年八月一五日から二〇年九月二七日の支払禁止までの間には四十三日間もあり、日本の敗戦とともに中国との間の郵便は杜絶し(このことは公知の事実である)正報告書が送られて来る可能性は一段と少くなつたのであるから被告銀行としてはその支払についてもつと配慮が必要であつたのにその努力の跡がないのであるから本件は被告銀行の責に帰すべき事由による履行遅滞後に生じた履行不能といわねばならない。
しかしわが民法四一九条は金銭債務の不履行については不可抗力を以て抗弁となし得ない反面その損害額は法定利率又は約定利率によるものを支払えば足ると定めており、その後の二九年以降ではあるが被告銀行が原告に対し本件の債務の残り一九万九〇〇〇円を利息とともに支払済であること前記説明のとおりであるから被告銀行の債務はこれによつて履行されたものといわねばならず、これを以て損害賠償の一部だつたと解することはできない。
尤も民法四一九条の解釈については一部少数説で民法四一六条二項の適用を認めよというものもあり事情変更の原則の適用という考えもあり戦後の日本のような貨幣価値の下落の多い時代には傾聴すべきものを含んでいるが通説、判例のとるところでないので当裁判所はこれをとることはできない。被告銀行が無担保で五〇万円を融資したことがその一部の償いをしたと解すべきであろう。
尚原告は本件振替送金に際し取扱銀行は取扱報告書を大蔵省外資局に提出すべきこととされ、その備考欄には送金資金の使途等を記載のこととされていたから被告銀行は原告の本件送金が家族居住用の土地付家屋購入資金に当てることを目的としていることを了知していたと主張し原告本人は当時その送金目的を書いて出したとこれに副う供述をなしているが仮りに右取扱報告書に右金員の使途が記載され被告銀行が本件送金の使途を了知していたとしても、それはその当時の不動産の価格によるものであることを知つていたに止まりその後の日本国内のインフレーシヨンを予知していたとは考えられずその使途によつてこれは送金の券面額以上の価値を持たせることはできない。従つて、送金当時当該金員で如何なる程度の不動産を購入したとしても、その送金額が購入予定の不動産の価値の変動に応じて変動するという原告の主張は採用できない。
ただ被告銀行が本件債務を完済した三〇年一二月三日当時に支払つた利息は前記のごとく四九四八円に過ぎず、これは一九万九〇〇〇円に対する年五分の遅延損害金としては少額に過ぎるが、この遅延損害金は原告がこの請求をなし得た前記三〇年一二月三日の翌日から起算し一〇年を経過した四〇年一二月三日の経過とともに時効によつて消滅したから原告のこの部分の請求を認めることもできない。消滅時効は法律上認められているのであるからその援用が信義則により許されないということもできない。
三次に被告国の責任につい考察する。
被告国が当時中国から内地への送金につき制限を行い、その制限に伴う許可を行つていたこと、これによつて原告の二〇万円の振替送金が許可されたことは前記認定のとおりであり、これの許可に伴い、当該送金者たる原告と被告銀行との間に直接の債権債務関係が発生するのは当然であるがこの許可のため被告国が当該送金の支払を保証したとか外国為替制度を法律でもつて設定した以上当然に包括的に国は個々の具体的送金につき支払保証したことになるわけのものではないからこの点に関する原告の主張は採用しえない。
次に原告は被告国が本件のような自由口送金を許しておきながらその周知徹底を欠いたため被告銀行が当時その支払に応ぜず原告に損害を与えたという。
確かに被告銀行が当時原告の振替送金をすぐ支払わなかつたのは正報告書の未着という形式的理由の外に果してこんな二〇万円もの自由口送金が許されるのかという疑問をもつたのでないかと思われる節があるが、こうした送金方法が定められた場合、被告国はその通知を送金を取扱う銀行の代表者に対してなすをもつて足りるといわねばならず、<証拠>によると被告国は本件自由口送金制度について大蔵省外資局長通牒を以て被告銀行代表者に通知していることが認められること前記のとおりであるからこれを周知徹底せしむべき責任は当該銀行にあると解するのが相当である。そして個々の具体的送金に際し、当該支店間の連絡不充分等の理由により支払を受け得ない場合は当該銀行の債務不履行責任が問題となるのみで、これを国の監督行政上の過失による不法行為責任の問題とみることはできず、この点に関する原告の主張は理由がない。
第二原告の現地特別措置預金に係る請求について
一請求原因八の事実は原告と被告銀行間には争いがなく(但し換算率については争いがある)、請求原因九の事実と同一〇の事実のうち被告国の承認がないとして被告銀行が原告にこの預金の支払をしていないことは本件全当事者間に争いがない。
<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。
1 前記のごとく、一八年四月以降中国大陸に於て流通していた儲備券と日本円との換算率は儲備券百元に対し一八円であつたが、その後儲備券の流通する地域は猛烈なインフレーシヨンに見舞われ、敗戦時に於ける上海の物価は儲備券建で一一年当時平均の一二〇〇倍に達し前記換算率は実際と大きな差があつた。日本政府は中国に於けるインフレーシヨンが内地に波及するのを防止するため中国から日本への送金を厳重に制限し、又貿易その他の関係からやむを得ず為替関係が発生する場合には名目的な為替相場はそのまゝ維持しつつ為替調整の措置を講じて対処していた。
2 被告国は二〇年五月二四日付で前記のように大蔵省外資局長通牒により所定額の現地通貨建現地預金(これを現地特別措置預金と呼んだ)をなすことを条件とする自由口送金制度を設定した。この預金の所定額は当時北支よりの送金については送金額の四九倍、中南支よりの送金については送金額の六九倍と定め、右所定額の割合は情勢の推移に応じ適当に改訂すべきこととされていた。右預金は無利息で外資局の承認なき限りその払出、譲渡又は担保見返りとなすことを得ず、その支払は戦後払とされた。又この預金を受入れた銀行はその預金額を外資金庫に無利子で預入することと定められた。
3 原告はさきに判断した二〇万円の自由口送金のためその条件とされた現地通貨建預金として、二〇年七月二一日被告銀行上海支店虹口出張所に国幣七七六八万円を現地特別措置定期預金(番号自由口虹口一)した。この定期預金証書には期間戦後払、無利息、かつ本預金は大蔵省の指示に依るものにして同省の承認なくしては処分(引出、担保差入等)をなし得ずと記載されていた。(この点は原告と被告銀行間では争いがない)
4 被告国は二〇年八月一三日付大蔵省外資局長通牒蔵外管第七七一二号を以て日支間の送金につき従来の許可又は自由口送金の際の条件としていた特別措置の現地通貨建現地預金制度を廃止しこれを所定割合の調整金を徴収する制度に変更して即日実施したがその調整金として北支は送金手取額の五〇倍、中南支は送金手取額の七〇倍と定め、それまでの現地通貨建現地預金はこれを解除しないのを原則とした。
5 当時被告銀行京都支店外国為替係長であつた大久保孝一も上海からの送金については現地が猛烈なインフレーシヨンになつていたから或る程度の倍率の儲備券を調整金として大蔵省に供託することによつて送金ができると理解していた。
<証拠>は訴外志形種吉が二〇年六月一二日三菱銀行上海支店に預金した国幣七八八〇万円の預金証書であるがこれは年利三分五厘、期間六ケ月とありこの分は三九年一〇月一二日三菱銀行が右訴外人に二四〇〇対一の換算率で元利金(税引後の手取五万〇六七六円)が支払われた。但しこの預金は送金に伴うものではなかつた以上のごとく認められ、これに反する証拠はない。
二以上の認定事実によるとこの現地特別措置預金は、預金という名称は付けられていたがその実質は被告国が主張するように為替換算率調整金であつたと認めるのを相当とする。このことはこの預金が送金に伴う中国のインフレーシヨンの内地波及を防止するために強制的になされたものであること、預金を伴う自由口送金制度設定の三ケ月弱後、本件預金後僅か二三日目には明確に調整金制度に変更されていて形式上も預金でなくなつたこと、その預金態様が期間、利子、財産的処分性等に於て通常の預金と著しく異なることなどの諸事情によつて裏付けられ、当時の原告もこういう性質のものであることを理解していたと推認されるからである。
尤も<証拠>には「期間戦後払」とあり当時の日本人は日本がその直後に迎えたような敗戦を予想することができなかつたのが一般であり、戦争もいつかは終るものであることは経験則上明らかであるから、戦後払を敗戦後払と解することも可能ではあるが想像以上の惨敗を招いた先般の戦争で全財産を没収され帰国せねばならなかつた大部分の同胞の立場との公平上から被告国が政策として叙上のような性格をもつ本件預金を返還しないと定めたのもやむを得なかつたといわねばならず、これを以て財産権の保障を定めた憲法二九条一項に違反するということはできない。財産権は同条二項により法律で公共の福祉のために制限することができるし、その法律で被告国は在外勘定債務から除外したのだからである。従つて被告国のこの行為を以て不法行為を構成するものということはできず、又被告国の承認がない限り被告銀行がその引出に応じ得ないことは当初の約定にあることであるから被告銀行の行為を失当ということはできない。従つてこれが被告らの責に帰すべき事由により原告に損害を与えているものとはいえない。
第三結論
よつて原告が被告らに対し前記第一の送金による損害賠償を求める請求及び同第二の現地特別措置預金につき被告国の承認とこの承認を条件とする被告銀行の支払を求める主位的請求及びこれが認められない場合に対する予備的請求は叙上説明のごとく何れも理由がないのでこれを棄却することとし訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(菊地博 佐々木寅男 亀川清長)