京都地方裁判所 昭和42年(ワ)955号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕原告ら主張の請求原因第一項(七)のうち、訴外山下善彦が原告ら主張の病院に通院加療していたこと、および同訴外人が原告ら主張の日時頃ガス自殺をしたことは、当事者間に争いがない。
そこで、右訴外人の本件事故による受傷と右自殺との間の因果関係の存否について検討する。
右争いのない事実に、<証拠>を綜合すると、訴外山下善彦は、本件事故によつて受けた鞭打ち症の治療のため、昭和四一年六月二六日から同年八月六日まで相馬外科病院に、同年六月三〇日から同年九月二〇日まで京都大学医学部付属病院に、同年八月二二日から同年九月一九日まで右原整骨院に、それぞれ通院したこと、その間、同訴外人は、頭痛、背部痛、右腕のしびれ、倦怠感、食欲不振、不眠、発熱等の諸症状を訴え、同年八月頃からこれらの自覚症状が次第に悪化する傾向が感じられたため、本件事故により背骨や背髄に何らかの損傷を生じたものと自ら思い込むとともに、頭痛のため脳内出血を起して倒れるのではないかという危惧の念を抱くに至り、再起の希望を失なう一方、一家の主柱でありながら身体の不調のため家業に専念できないことを気に病んだ揚句、これらの身体的精神的苦痛に堪え切れず前記自殺を遂げるに至つたこと、他方、同訴外人を診察した医師の診断によれば、同人外人の受傷の程度はいわゆる鞭打ち症としては中等度のものであり、また、右自殺の数日前まで同訴外人の傷病の治療にあたつていた石原接骨師は同訴外人が神経質な性格の持ち主であるとの印象を抱いていたことが認められ、右認定を左右するにたる証拠はない。
右事実によれば、本件事故と右自殺との間に、前者がなかつたら、後者もなかつたであろうといういわゆる条件的な関係が存在することは否定できないが、右傷害の部位程度等に照らしてみても、右訴外人の自殺が本件事故によつて通常生ずべき結果とは考えられないし、被告らにおいて右自殺という特別の事情を予見しえたものと認むべき証拠もないから、本件事故と右訴外人の自殺による死亡との間には相当因果関係があるものとは認められない。<中略>
本件事故と訴外山下善彦の自殺による死亡との間に相当因果関係の認められないこと前記説示のとおりであるから、同訴外人は、本件事故と相当因果関係にたつ前記傷害による逸失利益の損害についてのみ被告志方佐登美、同永井基多男の両名に賠償を求めうるにすぎない。
ところで、右訴外人は、自殺することによつてその後自己の収入を得る可能性を失なつたのであるから、もはや填補さるべき逸失利益の損害は現存しなくなつたとして、右自殺以後の逸失利益につき右被告両名の賠償責任を否定すべきものと考える余地がある。しかしながら、一般に、将来の損害の評価にあたつては、より蓋然性の高い額を算出するための資料として、すでに明らかとなつたすべての後発的事情をも適宜斟酌すべきものと解されるが、本件の場合のように、被害者の自殺による死亡と加害者側の責に帰すべき不法行為との間に、条件的な関係にしろ原因結果の関係が認められる場合には、公平の見地から、被害者の逸失利益の算定にあたり右自殺という後発的事情はこれを斟酌しないのが相当であると思料される。
そうすると、右被告両名は、本件事故による傷害の結果生じた右訴外人の逸失利益の損害については、右後発的事情の存否にかかわらず、なおこれを賠償すべき責任があるといわなければならない。
(谷村充裕)