京都地方裁判所 昭和42年(行ウ)11号 判決 1976年9月10日
原告
上田一朗
右訴訟代理人
柴田玆行
外七名
被告
中京税務署長
北村政雄
被告
大阪国税局長
米山武政
右両名指定代理人
渕上勤
外七名
主文
被告らに対する本件訴えをいずれも却下する。
訴訟費用は被告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一、請求の趣旨
1 被告中京税務署長(以下、被告税務署長という)が原告に対して昭和四〇年九月一五日付でなした、原告の昭和三八年分、同三九年分の各所得税の総所得金額をそれぞれ金五三万八四四八円、金六〇万三五二八円と更正した処分のうち、それぞれ金三〇万円、金二七万七四〇〇円を超える部分を取消す。
2 被告大阪国税局長(以下、被告国税局長という)が原告に対して昭和四二年八月二五日付でなした、昭和三八年分、同三九年分の各所得税更正処分に対する審査請求についての裁決を取消す。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
二、請求の趣旨に対する被告らの答弁
1 原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一、請求原因
1 本件更正処分及び裁決の経過
原告は仕出し業を営むものであるが、確定申告期日に被告税務署長に対し、昭和三八年分、同三九年分の各所得税の総所得金額を金三〇万円、金二七万七四〇〇円であると確定申告したところ、同被告は昭和四〇年九月一五日付でそれぞれ金五三万八四四八円、金六〇万三五二八円に更正する処分を行ない、その頃原告にこれを通知した(なお、申告所得金額による昭和三八年分、同三九年分の各算出税額はそれぞれ金四〇〇円、零円であり、更正所得金額による各算出税額はそれぞれ金二万四四五〇円、金三万六六〇〇円である)。原告は、これを不服として昭和四〇年一〇月一四日同被告に対して異議の申立をしたところ、同被告は同年一二月一三日付でこれを棄却するとの決定をなし、その頃これを原告に通知した。原告は、さらにこれを不服として昭和四二年一月一三日被告国税局長に対して審査請求をしたところ、同被告は同四二年八月二五日付で棄却する旨の裁決をした。
2 本件更正処分の違法事由
しかし、本件更正処分は、以下のとおり、その手続に違法があり、かつ所得を過大に認定したものであるから違法である。
(一) 原告は全国商工団体連合会(以下全商連という。)傘下の京都府商工団体連合会(いわゆる京都府民主商工会。以下京都府民商又は民商という。)の会員であるが、被告税務署長は、全商連の組織破壊を目的として、京都府民商の会員である原告の所得調査を行なつて本件更正処分をなしたもので、同処分は憲法一四条、一九条、二一条一項に違反し、ひいては同法二五条、二九条にも違反することになるから、違法である。
(二) 本件更正処分は違法な調査に基づくもので違法である。
すなわち、被告税務署長は、税務調査をなすに際し、原告に対し事前通知をせず、質問検査権の行使に際し、調査の具体的必要性、理由を開示せず、また、原告の同意を得ずにいわゆる反面調査を行なつた違法がある。
(三) 被告税務署長は、原告に対する本件更正処分の通知書に、その理由を充分に付記しなかつたばかりでなく、原告がなした更正理由の開示請求にも応じなかつた違法がある。
また、本訴においても、本件更正処分をなした理由につきなんらの主張、立証がないから、その内容の当否を論ずるまでもなく本件更正処分は取消されるべきである。
(四) 原告の総所得金額は、前記各申告額どおりの金額であつて、本件更正処分のうち右金額を超える部分は、原告の所得を過大に認定した違法がある。
3 本件裁決の違法事由
本件審査手続には、以下のとおり違法事由があるから、本件裁決も違法である。
(一) 原告は被告国税局長に対し、行政不服審査法(以下審査法という。)二二条に基づき、原処分庁である被告税務署長の弁明書副本の送付方を請求したところ、被告国税局長は、被告税務署長に対して弁明書の提出を要求していないから右請求には応じられない旨回答してきた。しかし、被告国税局長としては、審査請求が期間徒過による不適法な場合とか、審査請求を全部認容する場合など特別な事由がある場合以外は、被告税務署長に対して弁明書の提出を要求すべきであつて、被告国税局長がこれをしなかつたことは同法条に反し違法である。
(二) 被告国税局長が被告税務署長に対して弁明書の提出を要求しなかつたため、原告は審査法二三条による右弁明書に対する反論書を提出する権利を違法に侵害された。
(三) 原告が、審査手続において審査法三三条二項に基づき被告国税局長に対し本件各更正処分の理由となつた事実を証する書類の閲覧を請求したのに対し、同被告が原告に閲覧を許可したものは確定申告書、更正決議書、異議申立書、異議申立決定決議書のみで、その各書類の表題だけからも明らかなように、いずれも右各更正処分の理由となつた事実を証明するものではなく、審査法三三条に規定する「書類」に該当しないものであることは明白である。本件各更正処分の理由となつた事実を証明する書類は、いわゆる所得調査書であつて、原告は同書類を閲覧することなくして有効適切な防禦を行なうことができないから、被告国税局長のなした右閲覧許可は違法な閲覧拒否と同一視されるべきである。
(四) 被告国税局長は、本件審査手続において、実質的審査がなんら行なわれないまま被告税務署長のなした前記の違法な更正処分をそのまま認容したもので、審理不尽の違法がある。
4 よつて、本件更正処分及び本件裁決はいずれも違法であるから、その取消を求める。<以下略>
理由
一請求原因1の事実(本件更正処分及び裁決の経過)は、原告が被告国税局長に対して審査請求をした年月日の点を除き、当事者間に争いがない。
二そこで、まず被告らの本案前の主張につき判断するに、被告税務署長が、昭和五一年五月二六日付で本件更正処分を全部取消す旨の再更正処分(以下本件再更正処分という)を行ない、その頃これを原告に通知したことは当事者間に争いがなく、右事実によれば、本件更正処分は本件再更正処分により消滅し、本件裁決も同時に失効したというべきであるから、本件更正処分及び本件裁決の取消を求める本件訴えは、いずそもその利益を喪失し、却下を免れない。
三なお、本件再更正処分は法定申告期限から五年を経過した後になされていることが明らかであるところ、国税通則法七〇条二項一号によると、減額更正についても法定申告期限から五年を経過する日まですることができると規定され、その日以降は減額更正することができない趣旨と解されるので、本件再更正処分は右規定に牴触するのではないかとの疑問がある。
そこで、この点について検討するに、租税法は、租税法律関係を早期に安定させるため、賦課権についていえば除斥期間を設け、原則として三年の期間経過によつて更正、再更正等の処分はなし得ないものとしている(国税通則法七〇条一項)。他方、租税法は、税負担が適正であつて、これを国民の間に公平に配分することも一つの目的としており、そのために種々の規定を設けている。そして、ここで問題とする減額の再更正も、更正処分の誤りが判明したとき税務署長が自ら是正するものであるから、この範疇に入るものであるが、減額の再更正は実質上更正処分の取消であつて、納税者にとつて有利な処分であるから、その行使について期間制限を設けることは納税者にとつてむしろ不利益になる。
したがつて、租税法律関係の早期安定と税負担の適正公平とをどのように調和させるかは一つの問題であるが、右国税通則法七〇条二項一号はこのような二つの要請を調整するため、納税者が、過大な課税処分を受けたとしても、これについて争わないままある程度の期間を徒過した場合には、かかる納税者の態度に鑑み、税負担の適正公平を図ることよりもむしろ租税法律関係の早期安定を図る要請を優先させ、右のとおり争いのないままある程度永続した事実状態を確定的なものにまで高めて課税処分の安定を図ることとし、税務官庁における資料の保存期間が通常五年であることをも考慮して、減額の再更正については法定申告期限から五年の除斥期間に服するものとしたと解するのが相当である。なお、期間制限の結果、その期間経過後はたまたま減額を求める資料を保存している者が保存していない者に比べて有利な地位に立つということはなくなり、統一的な税務行政が期待されることにもなるであろう。
そして、国税通則法七〇条二項一号の趣旨が右のようなものである以上、更正処分について被処分者がこれを争い、適正な処分を求めるべく更正処分の取消訴訟を提起しているときは、租税法律関係の早期安定を図る要請は後退し、適正な処分を求める利益が優先すると解するのが相当であり(訴訟手続において顕れた資料によつて右更正処分を是正すべきことが判明したときは、減額再更正をなすのがむしろ課税庁の義務であるともいえる)、またそのような場合には、税務官庁が右処分に関する資料を訴訟に備えて保存しているのが通常であり、それに、訴訟手続において顕れた資料によるときは課税庁の恣意的な取扱いがなされるという虞もないし、課税処分をめぐつて既に紛争状態が生じているのであるから、期間制限を定める際に斟酌された永続した事実状態等は存せず、したがつて、もはや減額更正により法的安定性が害されるわけではないともいえる(なお、申告額通りに減額再更正される場合には、新たに紛争の生じる余地もない)。そうだとすると、国税通則法七〇条二項一号の規定は、同規定の趣旨に照らし、右のような場合に課税庁が課税処分の一部取消(減額再更正)をすることについてまで期間制限を設けたものと解することはできない。
また、右の点を国税通則法七一条一号との関連において検討しても、同法条は、判決による原処分の異動に伴つて異動を生ずる国税につき更正する場合に、同法七〇条の期間制限に服さなくともよい場合のあることを規定しており、右規定は、例外規定の性格を有するものではあるけれども、判決により原処分を取消すことについては、税負担の適正公平を図るためなんらの期間制限がないことを当然の前提としているものであるから、たとい課税庁が訴訟係属中に原処分の誤りに気づきこれの減額再更正を必要だと判断するに至つた場合にも、右例外規定に該当しないとの一事によつて、除斥期間経過後は再更正を許さず、判決により原処分が取消されるまで待たなければならないとすることは、あまりにも硬直した法解釈であるとの譏りを免れまい。
してみると、本件減額再更正処分は、本件取消訴訟が係属中になされたものである(しかも、原告の申告額通りに減額再更正されたものである)から、国税通則法七〇条二項一号の規定に違反した違法無効なものであるということはできない。
四よつて、原告の被告らに対する本件訴えはいずれも不適法としてこれを却下することとし、訴訟費用の負担については、本件訴えが不適法になつたのは、本訴提起後相当期間経過した後の本件口頭弁論終結の直前になされた再更正処分により訴えの利益を喪失するに至つたことによるものであつて、右時期までになされた原告の訴訟行為は、権利の伸張及び防禦に必要なものと認めるのが相当であるから、民事訴訟法九〇条後段、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(上田次郎 孕石孟則 松永真明)