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京都地方裁判所 昭和43年(わ)1252号 命令 1968年12月28日

被告人 甲野太郎

命  令 <本籍及び住居略><氏名略>

右の者は当裁判所昭和四三年(わ)第一、二五二号窃盗被告事件につき現在身柄勾留中のものであるが、そのことにつき、当裁判官は職権により次のとおり命令する。

主文

被告人についての本件勾留(昭和四三年一一月一二日に京都家庭裁判所裁判官のなした観護措置決定にして少年法四五条四号により勾留とみなされるもの)を取消す。

理由

一、一件記録を検討するに、被告人は少年であるところ「昭和四三年七月一五日、他二名と共謀のうえ、京都市中京区裏寺通「サロン歌麿」事務所において、張火旺所有の煙草八八個(時価六、四六〇円相当)を窃取した」として同年一一月一日逮捕(通常逮捕状の緊急執行)され、同月四日には京都地方裁判所裁判官の発布した勾留状に基づき五条警察署に勾留されたこと、その後同月一二日身柄勾留のまま京都地方検察庁検察官から京都家庭裁判所に事件送致され、同日同裁判所裁判官により少年法一七条一項二号の観護措置決定を受け京都少年鑑別所に収容されていたが、同月二五日に至つて同裁判所裁判官から罪となるべき事実ならびに刑事訴訟法六〇条一項二号、三号の事由等の告知手続を経たうえ身柄拘束のまま少年法二〇条に基づくいわゆる検察官への逆送決定を受けたこと、そこで検察官は、同日、七条警察署長に対して被告人を同警察署に収監されたい旨の収監指揮をなし、これに基づき被告人は爾後今日まですでに一ケ月にわたつて同警察署に身柄を拘束されていること(なお、検察官が同警察署を収監場所とする指揮をなしたのは、すでに同月二〇日同警察署長より検察官に対して余罪捜査の必要上被告人の身柄を同警察署へ移監してほしい旨の依頼がなされていたことによるものと思われる)、その間同年一二月三日には右窃盗の公訴事実に基づき京都地方裁判所に起訴せられたこと、同警察署に勾留されていた間、被告人は右被告事件とは別個のいわゆる余罪(いずれも窃盗の被疑事実と思われる)についての取調を受けてきたこと、その後同月二五日に至つて同警察署長から、京都地方検察庁検事正に対して、被告人についての捜査(前記余罪についてのそれと思われる)が終わつたので、被告人の身柄を同警察署から京都拘置所へ移監されたいとの依頼がなされ、これに基づき同日同検察庁検察官から当裁判官に対して同警察署長の依頼どおりの移監指揮をなすにつき当裁判官の同意を求める旨の請求がなされたこと、等の事実が認められる。

二、しかるに、少年法四五条四号によれば、同法二〇条の規定に基づくいわゆる検察官への逆送決定があつたときは、同法一七条一項二号の観護措置は勾留とみなされるのであり、しかも家庭裁判所裁判官が右措置のとられている事件について逆送決定をなす際には、あらかじめ刑事訴訟法六〇条所定の勾留要件についての確認をなし、なお少年審判規則二四条の二所定の手続をもなしたうえ右決定の告知をなすべきものとされ、現実にもそのような運用がなされている点に鑑みるときは、その段階において家庭裁判所裁判官によつて、「観護措置決定に指定した少年鑑別所」を以てその後における少年を勾留(少年法四五条四号によつて勾留とみなされるもの)すべき場所と定める旨の裁判がすでになされたものというべく、従つて、いわゆる逆送決定後における正当な勾留場所としては「観護措置決定で指定された少年鑑別所」であると解すべく、もしそれ以外の拘置監に少年の身柄を拘束するときには、検察官において裁判官の同意を受けて右少年鑑別所よりその他の拘置監への移監指揮をなさなければならないものと解される。

果してそうであるとすれば、本件被告人の場合については、同年一一月二五日のいわゆる逆送決定を受けた後に勾留さるべき場所としては「京都少年鑑別所」であつたと認められる。

もつとも、実務上は、逆送決定後において少年の身柄を拘束するについては、裁判官の同意を要しない収監指揮手続による運用が一般的に行われていると見受けられ、そしてそれは「すでに家庭裁判所の裁判官によつて少年法二〇条の逆送決定がなされた以上、同裁判官の移監の意思は明白であるから、少年の身柄を少年鑑別所から他の拘置監に移すにつき、あらためて移監指揮手続を要せず、収監指揮手続を以て足る」とする旨の法曹会刑事法調査委員会の昭和三二年三月二五日決議(法曹時報九巻四号一六二頁)等をその根拠とするもののようであるが、果して右決議にいうが如く「逆送決定があつた以上家庭裁判所裁判官の移監の意思が明白である」といいうるかどうかは大いに疑問というべく、前述したところによつてもすでに明らかな如く、むしろ「観護措置決定に指定された少年鑑別所」を以て爾後の勾留場所とし、それ以外の場所に少年の身柄を勾留すべき場合には検察官において移監指揮手続をとることを要するというのが、家庭裁判所裁判官の意思であると認められるのであるから、右決議は未だ以て右の如き実務的慣例を支持すべき法的根拠とは考えられない。

三、ところで、法は勾留という身柄拘束措置をなすについては裁判所または裁判官の司法的判断に基づくことを要求しており、ことにどの場所に勾留されるのかの点についても裁判所または裁判官の司法的判断に基づかなければならない旨法定しており(刑事訴訟法六四条一項、二八〇条一項、三項、刑事訴訟規則八〇条一項)、従つて被疑者または被告人の側からみれば、裁判所または裁判官の司法的判断に基づく勾留場所以外においては勾留されることのない権利を享有しているものというべく、しかも右権利は日本国憲法三一条によつて保障せられた基本的人権の一部をなすものであると解されるところ、本件被告人は同年一一月二五日の検察官の収監指揮に基づいて七条警察署に勾留されてから爾来今日に至るまですでに一ケ月余の間同警察署において勾留を続けられているものであり、その間に裁判官の同意に基づく「京都少年鑑別所」から「七条警察署」への検察官の移監指揮がなされた形跡は全くみあたらないのであるから、検察官の右収監指揮ならびにこれに基づくその後の七条警察署における勾留は、法律上の根拠なき場所に被告人の身柄を拘束することにより、右の如き被告人の基本的人権を侵害してきた違法な措置であつたと断ぜざるをえない。

四、なお、本件検察官としては、前認定の如く七条警察署長から余罪捜査の必要上、被告人の身柄を同警察署へ移監指揮してほしい旨の依頼がなされていたことに伴いたゞ漫然と前記の如き誤まつた実務的慣例に従い、その結果七条警察署への収監指揮をなしたにすぎずして、右指揮がことさらに被告人を不利益な場所に勾留しようとの意図の下になされたものでないことは十分に推認しうるところであるが、仮にそうであつたとしても、被告人が正当なる勾留場所である京都少年鑑別所とはその収容環境等の相当異なつた七条警察署において、しかも一ケ月余にもわたつて違法な勾留措置を受け続け、その享有する基本的人業を侵害されてきたというその結果の点は何ら救済されるわけのものではないから、この被告人の違法勾留問題は、検察官に他意がなかつたという一事のみを以て、不問に付してしまつてよい事柄であるとは到底認めることができない。

五、いま当裁判官は、検察官より現に七条警察署に勾留されている被告人の身柄を京都拘置所へ移監することにつき同意を求められていること、前認定のとおりなのであるが、ここで当裁判官が検察官の右移監指揮に対して同意を与えることは被告人が前述の如き違法措置を受けその基本的人権を侵害されてきたことを事後的に承認する結果となり、さりとて検察官の右移監指揮に対して同意を与えないというのでは、右の如き基本的人権の侵害を伴う七条警察署での違法勾留を今後もなお続けていくことに了解を与える結果となるのであり、被疑者または被告人の勾留措置に対して司法的抑制を加え、もつて被疑者または被告人に与えられた基本的人権の享有を確保していくべき立場にある裁判官としては、右のいずれの措置をもなすことができないというべきである。

そこでかかる事態の解決方法につき、さらに検討してみたのであるが、一件記録によつてうかがわれる本件被告人の生活歴、非行歴、現在の生活環境、年令等の諸事実に照らすときは、いまここで被告人の身柄拘束を解くにおいては「逃亡のおそれ」ということが予想されるのであるから、「逃亡のおそれ」を以て勾留理由の一としている法の趣旨からすれば、いま被告人の身柄拘束を解くことは妥当ではないと思われるのであるが、前認定の如く基本的人権を侵害されてきた被告人の立場を救済し、かつまたそのような基本的人権の侵害を伴うが如き違法措置をなしてきた関係国家機関に対する司法的抑制の実効性を確保していくためには、右の如き「被告人が逃亡するかもしれない」という不利益は甘受してでも敢えてここで被告人の身柄拘束を解くということ以外には適切にして有効な措置が考えられないとの結論に達したものである。よつて、刑事訴訟法八七条一項、九一条一項を準用し被告人に対する本件勾留を取消すべく、同法九二条二項但書、二八〇条一項、三項を適用のうえ、職権により主文のとおり命令する。

(裁判官 栗原宏武)

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