京都地方裁判所 昭和43年(ワ)619号 判決 1972年10月04日
原告
樋口健三外三名
右原告ら訴訟代理人
青木永光
被告
北山銘木協同組合
右代表者
岩井稔
被告
石川日出夫
右被告ら訴訟代理人
石田文治郎外四名
主文
一、被告らは、各自、原告樋口健三に対し金四七五万二、七〇一円、同樋口君栄に対し金四四七万七、一〇一円およびいずれもこれに対する昭和四二年八月一四日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二、原告樋口健三、同樋口君栄のその余の請求および同樋口由美子、同樋口敏夫の各請求を棄却する。
三、訴訟費用は、原告樋口健三、同樋口君栄と被告らとの間においては、同原告らに生じた費用の二分の一を被告らの連帯負担とし、その余は各自の負担とし、原告樋口由美子、同樋口敏夫と被告らとの間においては、全部同原告らの負担とする。
四、この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実《省略》
理由
第一、原告健三、同君栄の請求について
一、当事者間に争いのない事実
原告健三、同君栄は訴外亡樋口孝司(訴外人)の父母であること、訴外人が、昭和四二年八月九日午後零時三〇分ころ、国道一六二号線(通称周山街道)の杉坂口バス停留所から約三〇〇メートル南下した地点路上をモーターバイクで南方に向けて走行していた際、左側頭部挫傷を負い、その後死亡したこと、および右事故発生当時、被告らが事故現場付近路上の東側路肩の桜並木を杉丸太の乾燥場として使用していたことは当事者間に争いがない。
二、本件事故の原因
<証拠>によれば、訴外人が前記日時ころ国道一六二号線の東側を通つて南進し、本件事故現場を通過する直前、当時被告らが右現場付近路上の東側路肩の前記桜並木に乾燥のため立て掛けていた被告ら共有の杉丸太のうちの一本(長さ約一〇メートル、直径約一〇センチメートル)が、突然道路西側の電話架線(高さ約5.8メートル)上に倒れかかつて斜めに右国道をよぎり、訴外人の前方をふさぐ形となつたため、訴外人は急いでブレーキをかけるなどして衝突を免れようとしたが避けきれず、左側頭部を右丸太に激突させてバイクもろともその場に転倒して左側頭部挫傷等の傷害を負い、直ちに京都市右京区太泰の河端病院に収容されて開頭手術を受けたが、右傷害が原因で外傷性脳浮腫による循環呼吸中枢麻痺を惹起し、同月一四日午前八時ころ同病院で死亡したことを認めうる。右認定に反する証拠はない。
三、被告らの責任
<証拠>によれば、被告ら(被告組合の当時の代表理事は清水忠夫)はいずれも北山杉の主産地である京都市北区中川北山町において北山丸太の製造加工、販売等の業を営んでいるものであるが、本件事故発生の前々日である昭和四二年八月七日、かねて被告らが共同購入していた北山杉原木の加工作業を被告ら共同で開始することになり、被告組合の雇用する山林労務者小西伊三郎、被告石川の雇用する同堂下力および沢田利夫の三名に対し、原木を伐採、搬出し表皮を剥離したうえ、国道一六二号線沿いの桜並木に立て掛けてこれを乾燥させるよう命じたこと、右の命を受けた三名は、同日杉丸太原木三三本を山中から伐採して搬出し表皮を剥離した後、右堂下および小西の両名が右原木の乾燥場所として本件事故現場付近の通称「平竹」の桜並木を選定し、さらに被告組合の職員中川太吉、同被告の雇用する山林労務者今北庄一、同田尻兼彦の応援を得て右丸太の立て掛け作業を行なつたこと、右「平竹」の桜並木は国道一六二号線の東側路肩部分に道路に沿つて生立しており、道路の舗装部分の東縁から桜の木までの距離は約0.7メートルであること、右労務者らは、右桜並木のうちの二本に対し、この地区の慣行に従い、杉丸太を桜の木の枝の股の部分に立て掛け(杉丸太と地面との角度は約七〇〜八〇度)、杉丸太の先端部に残した枝と桜の木の枝とがからみ合うようにして丸太の転倒を防ぐ方法で、右三三本の杉丸太の立て掛けをしたこと、および右杉丸太のうちの一本が前記のとおり国道上に転倒して本件事故が発生したことを認めうる。
右事実によれば、本件桜並木は交通頻繁な国道一六二号線の路面からわずか0.7メートルほどのところに生立しており、しかも、杉丸太に残した枝と桜の枝とをからみ合わせるだけの方法で確実に杉丸太の転倒を防止しえないのであるから、被告らのような丸太製造加工業者は、その被用者に対し、杉丸太の乾燥作業を命ずるに当つては、乾燥場所として本件桜並木のような国道沿いの場所を避けるとか、止むを得ず右場所を使用する場合には、立て掛けた杉丸太を繩等で桜の木に結合するなどして、杉丸太が道路上に転倒する事故が生じないよう万全の措置を講ずることを指示すべき注意義務があるものと解するのが相当である。
しかるに、被告らは、これを怠り、漫然と従来の慣行的な方法で事足れりと軽信し、被用者に対し右の指示をしなかつたために、本件事故を招来したものである。したがつて、被告らは、本件事故につき過失があり、原告健三、同君栄に対し損害賠償の責任がある。
四、過失相殺の抗弁について
被告らは、訴外人が本件事故現場に差しかかる以前から杉丸太が電話架線上に転倒していたのであり、訴外人はこれを現認して衝突を避け得た筈であると主張する。証人中田隆弘の証言は、右主張に一部副うが(もつとも同証人は、杉丸太が国道側に傾いて桜の枝にひつかかつていたと述べている)、証人寺田好美、同柴田稔の各証言に照らして採用できず、他に右主張事実を認めうる証拠はない。むしろ、前記二において認定したとおり、訴外人が本件事故現場を通過する直前に杉丸太が倒れかかつたものであり、訴外人においては何らの過失もなかつたものと認めるのが相当である。
五、損害
1 訴外人の損害
(一) 得べかりし利益の喪失
<証拠>によれば、訴外人は原告健三、同君栄の長男であり、本件事故当時満一八歳であつたこと、訴外人は、中学卒業後昭和四〇年四月より、父のあとを継ぐべく山林労務者としての修業を始め、吉田造林に常雇い(日給制)として雇われて杉の下刈、枝打、伐採等の作業に従事するかたわら、右吉田造林の仕事のない時は、この地区の一般の山林労務者がそうであるように、他の山林業者に臨時雇いとして雇われ、北山杉の人造絞り巻きの作業(出来高払い)に従事していたものであること、訴外人が本件事故に遭遇する直前の一年間(昭和四一年八月一日から同四二年七月末日まで)における同人の収入は、別紙のとおり金六六万一、一一〇円を下らないことを認めうる。右認定に反する乙第一、二号証、証人橋本与左衛門、同山本徳次郎の各証言、被告石川日出夫の供述は、前掲各証拠に照らして採用し難い。
厚生省作成の第一一回生命表によれば一八歳の男子の平均余命が五〇・九一年であることは当裁判所に顕著であり、これに前記山林労務者の作業内容をも合わせ考えれば、訴外人は、本件事故に遭遇しなかつたとすれば、少くとも満五八歳に達するまでの四〇年間、山林労務者として毎年前記金六六万一、一一〇円を下らない収入を得ることができたものと推認しうる。右の収入を得るのに要する生活費等の必要経費は、経験則によれば、各期間を通じて収入の五割を越えないと認められる。
そこで、訴外人の得べかりし利益を、複式(年毎)ホフマン式計算方法により、民法所定の年五分の割合による中間利息を控除して、本件事故時現在の一時払い金額(現価)に換算すると、つぎのとおり金七一五万四、二〇二円となる。
(二) 慰藉料
本件一切の事情を考慮すれば、本件事故により訴外人の受けた精神的、肉体的苦痛を慰藉すべき額は、金一〇〇万円をもつて相当とする。
(三) 相続
原告健三、同君栄は訴外人の両親であるから、同原告らは、訴外人の死亡により、各二分の一宛の法定相続分に応じて訴外人の右(一)、(二)の損害賠償請求権を相続した(各金四〇七万七、一〇一円)。
2、原告健三、同君栄固有の損害
(一) 原告健三の支出した費用
(1) 入院治療費
<証拠>によれば、原告健三は、昭和四二年八月一四日前記河端病院に対し、訴外人の本件事故による入院治療費として、金七万五、六〇〇円を支払つたことを認めうる。
(2) 葬儀費用
弁論の全趣旨により原告健三が支出したものと認められる葬儀費用のうち、本件事故と相当因果関係ある損害として被告らに請求しうる葬儀費用額は、金二〇万円と認めるのが相当である。
(二) 原告ら固有の慰藉料
本件一切の事情を考慮すれば、本件事故により原告らの受けた精神的苦痛を慰藉すべき額は、各金五〇万円をもつて相当とする。
六、弁済等の抗弁について
1 被告らが、訴外人死亡の際、原告らに対し、香典として金二〇万円を交付したことは当事者間に争いがない。
被告両名が原告両名に対し香典として交付した金二〇万円は、その金額等から考えて、被告両名の原告両名に対する本件事故に因る損害賠償債務の一部弁済(各金一〇万円)としての効力があるものと解するのが相当である。
2、被告らは、原告健三が訴外人の死亡により、生命保険金二〇〇万円を受領している旨主張するが、生命保険金は不法行為による死亡に基づく損害賠償額から控除すべきではないと解するのが相当である(最高裁昭和三九年九月二五日第二小法廷判決民集第一八巻第七号一五二八頁参照)。
第二、原告由美子、同敏夫の請求について
被害者が生命侵害を受けた場合に、固有の慰藉料請求権を取得する親族は、原則として民法第七一一条に規定する被害者の父母、配偶者および子に限られ、その余の親族は、被害者との間に実質的にみて右の者らと同視しうるだけの特段の事情の存する場合に限つて、同条の類推適用により固有の慰藉料請求権が肯認されるものと解するのが相当である。訴外人の妹弟である右原告らと訴外人との間に、右特段の事情を認めえないから、右原告らの本訴請求は、理由がない。
第三、結論
以上によれば、被告らは、各自、不法行為に基づく損害賠償として、原告健三に対し金四七五万二、七〇一円、同君栄に対し金四四四七万七、一〇一円の各金員およびこれに対する訴外人死亡の日である昭和四二年八月一四日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
よつて、原告健三、同君栄の本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、同原告らのその余の請求および原告由美子、同敏夫の本訴請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条第一項但書を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(小西勝 舘野明 鳥越健治)