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京都地方裁判所 昭和44年(わ)468号 判決 1971年10月28日

被告人 飯嶋憲雄

昭二三・四・二六生 会社員

主文

被告人は無罪。

理由

一、本件公訴事実は、左記のとおりである。

被告人は、昭和四四年五月二三日関西各大学全学共闘会議および反戦青年委員会主催のもとに、傘下学生ら約一、〇〇〇名が「学園闘争勝利全関西労学総決起」を標榜し、京都市左京区吉田本町所在の京都大学正門から同市東山区円山町所在の円山公園まで集団示威運動を行なうにあたり、京都府公安委員会から「道路上でジグザグ行進、うず巻き行進など一般の交通秩序を乱すような行為をしないこと」という許可条件を付けられていたのに、右条件に違反して、同デモ隊が同日午後八時五二分ころから同市左京区東大路通一条交差点などにおいて、ジグザグ行進を行なつた際、同日午後八時五二分ころから約五分間にわたり、右一条交差点から同区東大路通近衛交差点附近までの間において、同デモ隊の第一梯団約一〇〇名の先頭列外で、同隊列先頭列員がスクラムのささえにするため横に持つた竹竿を握つて引張り笛を吹くなどして同梯団のジグザグ行進を誘導し、もつて前記許可条件に違反した集団示威行進を指導したものである。

二、そこで、右事実について調査するに、(証拠略)を総合すると、以下のとおりの事実を認めることができる。

(1)被告人は、立命館大学法学部学生として、昭和四四年五月二三日夜行なわれた公訴事実記載の集団示威運動に参加したこと、

(2)これより先、京都府公安委員会は、同月二〇日辻元茂から右集団示威運動について許可申請を受け、同月二二日「集会・集団行進及び集団示威運動に関する京都市条例(昭和二九年条例第一〇号、以下これを単に「条例」と略称する。)六条一項本文によりこれを許可したが、それと同時に同条項但し書に基づき同項三号掲記の「道路上でジグザグ行進……を行ない、……など一般の交通秩序を乱すような行為はしないこと」等の条件をつけたこと、

(3)被告人は、同月二三日午後八時五二分頃から五分間位、右の集団示威運動参加者中の第一梯団約一〇〇名が五列縦隊になり、同市左京区東大路通り一条交差点より東大路通り近衛交差点に至るまでの間の東大路通り路上を南進中、右一条交差点において先ず東側の南行車道から同所中央部の南北にわたって、敷設されている市電軌条西側の北行車道に進出した後、転回して若干南へ斜めに東側の南行車道に引き返し、次いで同所から南方一五〇メートル位の間七・八回にわたり、南行車道から市電南行軌条に跨つて幅約一〇メートルの波を打たせてジグザグ行進をなし、さらにその南方一〇〇メートル位の間四・五回に亘り、南行車道上を幅五、六メートルの波を打たせてジグザグ行進をした際、右集団示威運動について前記の条件が付せられていることを知りながら、同人らと互いに意思相通じ、同梯団先頭の前に立つて同人らと対面し、先頭五名が各自横に構え持つた長さ約二メートルの角材を自らも両手で握り、後退しながらこれを引張るなどして右ジグザグ行進を誘導し、その間右集団示威運動の警戒指導に出動していた京都府警察本部警備部警備課その他管下警察署の警察官から、警備広報車内より川端警察署長名で再三にわたり、ジグザグ行進は許可条件に違反するから中止し直進するよう警告を受け、また被告人自身も同様の警告を受けたが、これに従わなかつたこと。

以上のとおりであつて、この認定に牴触する証人安藤正信及び同新尾博司の各供述記載は、証人沢田進の供述記載、司法警察職員作成の前顕各書面及び現認報告書謄本の各記載に対比し措信できない。また被告人は当公判廷において右行進についての許可条件を知らなかつたと供述しているが、被告人は、当時再三にわたつて警察官から、ジグザグ行進を中止し直進するよう警告を受けていることが記録上認められるので、被告人が当初前記許可条件を知らなかつたとしても、遅くとも右警告を受けた時点以後はこれを知っていたことが明らかであるから、右供述は前記認定の妨げとならず、他に同認定を左右するに足りる証拠はない。そして、右に認定した事実によれば、被告人は、略々本件公訴事実どおりの態様で、第一梯団のいわゆるジグザグ行進を誘導して指導したことが認められる。

三、ところで、本件公訴事実の訴因とするところは、要するに、前記集団示威運動については、条例六条一項但し書に基づく京都府公安委員会の「ジグザグ行進など一般の交通秩序を乱すような行為をしないこと」という許可条件が付されているのに、被告人がこれに違反してジグザグ行進を誘導した、というのであり、そして、それがすなわち条例九条二項により処罰されるべきものであるというにある。なるほど、右に認定した事実によれば、被告人の本件行為は、確かに右の許可条件に違背していることが明らかであるから、一応該罰条に触れるかの如き形式を具備しているけれども、当裁判所は、以下の理由により、右の程度では未だ条例の予定する犯罪の構成要件に該当しないものと判断する。

そもそも、条例制定の目的は、その一条において明示するとおり、「集会、集団行進又は集団示威運動」(以下これらの行為を単に「集団行動」と総称する。)が公衆の生命、身体、自由又は財産に対して直接の危険を及ぼすことなく行なわれることにあるところ、集団行動に随伴する危険発生の蓋然性ある諸行動、殊に本件のジグザグ行進は、従来しばしば集団の気勢を高揚し、かつ団結の強弱を誇示するため用いられてきたが、他面これが参加者らを興奮させて無思慮・無分別な行動に走らせる蓋然性を多分に包蔵しているので、これに対処するため、条例がその規制を行なつているものと考えられるが、その対象たる集団行動は、元来憲法二一条によつて保障されている国民の基本的人権の一である表現の一手段であつて、最大限に尊重されなければならない性質のものであり、さればこそ、これにつき許可申請があつた場合にも、その実施が公衆に前記のような危険を及ぼすと明らかに認められるときは別として、その蓄然性を推認し得るに過ぎない場合には、公安委員会は必ずこれを許可しなければならないことになつているのである(条例六条一項本文)。このように条例の目的、内容を憲法二一条の規定に照らして考えると、条例が処罰の対象としている、集団行動における主催者、指導者らの行為は、それが単に許可条件に違背したというだけでは足らず、それが秩序を乱し、あるいは暴力を伴う等して、公衆の生命、身体、自由又は財産に対して直接の危険を及ぼすようなもの、すなわち、法益侵害の具体的な発生をその要件とするものと考える。けだし、条例の規定をかく厳格に解釈することこそ、その制定の趣旨にも合致するものというべく、もしも、これを緩やかに解釈し、許可条件に違背したこと即条例違反になるというような解釈に甘んじるときは、憲法二一条により保障された表現の自由を侵害する結果ともなつて到底是認できないからである。

また、他面この事は、道路交通法の規定との関係からも十分肯定されるものと考える。すなわち、同法は道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図ることを目的として制定され(同法一条)、その目的に従つて種々な規制がなされているが、就中、七七条一項において道路の使用許可を受けなければならない場合を例示する(一号ないし三号)とともに、それ以外にも公安委員会に必要な定めをなし得ることを委任し(四号)、七八条においてその許可手続を規定し、さらに七七条二項以下においてこの許可手続のあつた場合における所轄警察署長のとり得る必要措置等を規定しており、京都府公安委員会は、右七七条一項四号の委任により所轄警察署長の許可を受けなければならない場合として、京都府道路交通規則(昭和三五年京都府公安委員会規則第一三号)一四条三号において「集団行進を例示しているところ、条例が規制の対象としている集団行動も亦一般に道路を使用して行なわれる(条例二条)から、条例が前記のような単なる許可条件に違背する行為についても規制の対象としているものと解すると、京都府道路交通規則一四条三号の規定と全く同趣旨の規制を行なつていることになり、(なお、条例が主催者、指導者らをその対象としているのに対し、道路交通法がその対象者を限定していないので、その点において両者間に差異があるけれども、そのことだけでは特に以上の判断を変える根拠とはならない。)しかも、右の道路交通法違反についての罰則が三月以下の懲役又は三万円以下の罰金となつている(同法一一九条一項)のに対し、条例違反においては六月以下の懲役もしくは禁錮又は三万円以下の罰金となつていて(条例九条二項)、恰も条例が法律たる道路交通法の特別法の如き関係に立つことにもなるので、これは、条例が「法令に違反しない限りにおいて」制定することができるとされている、地方自治法一四条一項の規定に違反するものと言わなければならない。蓋し、「法令に違反しない限りにおいて」とは、同一事項について、他の法令が規定している総ての場合をいい、従つて、他の法令が既に規定している事項については、もはや条例においてこれと同じ内容の事項を規定することも、許されないものと解するからである。されば、両者は、右の理由により、同一事項について併存することはできないものと言わざるを得ない。

四 そうすると、ジグザグ行進が条例違反の構成要件を充足するためには、それにより公衆の生命、身体、自由又は財産に対して直接危険を及ぼすおそれのあるものでなくてはならないところ、これを本件についてみるに、被告人の誘導したジグザグ行進は、前記認定の人数、速度、振幅、時間、距離、態様の程度であって、比較的穏やかなものであつたと認められるうえに、前記証拠によれば、当時交通量が余り多くなかつたので、本件行進に際し、一条交差点付近で北行市電一台及び自動車数台が約一分間停止したに止まり、記録を精査しても、これにより特に公衆に対して直接危害を及ぼすようなおそれのあつた事実は認められない(なお、本件のジグザグ行進は、既に認定したとおり比較的穏かであつたから、道路交通法が規制の対象としている一般交通に著しい影響を及ぼすような態様であつたと認めることにもいささか疑問があり、かつ集団行進のための道路使用について、同法及び京都府道路交通規則による許可手続を経ている事実も記録上認められず、従つて、その許可条件としてジグザグ行進禁止の付されていることも認められないから、これについて被告人に対し道路交通法一一九条一項一三号による刑責を負わせることもできない。)。

五  してみると、被告人の本件行為は、条例違反の構成要件を充足していないことが明らかであつて、結局犯罪の証明がないことに帰着するから、被告人に対して刑事訴訟法三三六条後段に則り無罪の言渡しをする。

よつて主文のとおり判決する。

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