京都地方裁判所 昭和44年(ヨ)245号 判決
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〔判決理由〕第一、申請人が昭和四二年一〇月三日旅客運送を業務とする被申請人会社に、バス運転手として雇傭され、会社高槻支所に勤務してきたことは当事者間に争いがない。
第二、会社は抗弁として懲戒による諭旨解雇を主張し、会社より申請人に対し職歴詐称を理由に、昭和四三年一一月二六日付をもつて諭旨解雇する旨の意思表示を同月二一日なしたここと、及び申請人が会社に採用されるにあたり提出した履歴書に被申請人主張のとおり真実と相違する職歴記載があつたこと、並びに被申請人主張のとおり賞罰規程に履歴詐称を懲戒事由とする規定が存在することは、申請人に於いて認めているところである。
してみると、申請人は会社に入社するに当り自己の職歴を偽つたことに間違いなく、後述のとおり、この詐称がなければ雇用されなかつたであろうことが認められるから、賞罰規程第二四条第五号にいう「履歴を偽り……雇傭されたとき」に該当し、諭旨解雇又は懲戒解雇を以て処分さるべき場合に当る。
第三、そこで、申請人の各再抗弁について検討する。
一、懲戒権の濫用
申請人は懲戒処分は雇用契約成立後の労働者の反企業秩序行為に対する制裁であるから、雇用契約締結時に於ける経歴詐称の如きは本来懲戒権の対象とはならず、経歴詐称が懲戒事由たり得るのは、それが雇入れ後も企業秩序に対する具体的実害を及ぼしている場合に限られるとの見解を述べている。
しかしながら、企業内の経営秩序の規制は、雇入れられた労働に対して向けられるのみでなく、雇入れに当つても企業の要請に従つて必要とする労働を選択し、不要ないし好ましくない労働を企業に受入れないという仕方によつてなされるのであるから、労働力の評価に必要な経歴について虚偽の事実を告知して、企業にその評価選択を誤らせ、不要ないし好ましくない労働として受入れを拒否さるべきところを雇用されたときは、その後において経歴詐称による実害が生じたか否かを問うまでもなく、それ自体企業秩序を乱したものと解すべきである。
そこで本件について考察するに、前記争いなき事実によれば、申請人が昭和四二年一〇月三日採用されるにつき会社に対して提出していた履歴書には、昭和二三年四月頃より昭和二六年四月頃迄の間に勤務した高橋製パン、西陣製パン、昭和二八年三月頃より昭和三〇年三月頃迄勤務した宅間商店、昭和三〇年三月頃より昭和三一年九月頃迄勤務した京連タクシー、昭和三二年九月より同年一一月迄勤務した被申請人会社、昭和三二年一一月頃より昭和三五年一〇月頃迄勤務した滋賀通運、昭和三五年一〇月頃より昭和三六年四月頃迄勤務したミナミタクシー、昭和三七年一月頃より昭和四〇年七月頃迄勤務した関西タクシー(元ライトタクシー)、以上の各職歴を記載せず、竹之内運送店の勤務期間が昭和二六年五日頃より昭和二八年三月頃迄であるところ、これを昭和二五年三月より昭和二九年五月迄と記載し、以上のような職歴の不記載のため昭和二九年一〇月より昭和四〇年七月迄約一一ケ年もの長期に亘り大建工業有限会社へ勤務した旨(申請人本人尋問の結果によれば、昭和三五年頃から三六年頃迄同社に勤務した旨述べているが、その頃はミナミタクシーに勤務していたこと前記のとおりであるからこの供述は疑わしいが)虚偽の職歴を記載したのである。申請人は、滋賀通運、関西タクシー(元ライトタクシー)の不記載については、申請人がそれら各社において活発な組合活動をしたことが発覚すれば、採用されなくなるおそれがあつた。又被申請人会社については、採用取消となつたときは職歴とはいえず記載しなくともおかしくない。仮りにそうでなくても採用されることを欲している者に、嘗て採用取消となつたことの記載を要求することが無理である等弁明するが、いづれも首肯し得ない。
以上申請人が昭和四二年一〇月採用されるに当り提出していた履歴書の職歴には、僅かに竹之内運送店(それも勤務期間の誤あり)と昭和四〇年八月以降勤務してきた丸徳商事有限会社の記載が真実であるに止まり、その余はすべて虚偽であつて、前記の如く数々の職歴の記載を違脱せしめている状態では、被申請人側において履歴書の提出を求めた意味は没却されたに等しく、本件経歴詐称を軽視することはできない。
真実を表明したならば被申請人会社に採用してもらえないかも知れないと危惧していたことは申請人の自認するところである。<証拠>によれば、会社は申請人を採用して約六ケ月後の昭和四三年三月下旬頃に至つて、昭和三二年八月二日付の申請人の履歴書が会社にあることに気付き、種々調査の末、申請人が昭和三二年九月に会社に採用されたが同年一一月の三ケ月目には採用取消となつていることの外前記のとおり数々の経歴詐称の事実を発見し、昭和四三年六月には賞罰規程による賞罰委員会の開催を要請し懲戒手続を践まんとしたが、諸種の事情により延引したこと、申請人の先の入社は当時の人事部長の紹介を得てのことであるのに採用取消となつたのは当時にも好ましくない事情(右証人らによれば経歴詐称、申請人本人の供述によれば試雇三ケ月の期間中に二回程運転事故があつたとのこと)があつたこと、会社としては懲戒処分として解雇相当の意向であつたが、委員会審議の結果は諭旨解雇(賞罰規程第二四条の懲戒処分のうち懲戒解雇より軽度のもので、期間を定めその期間内に退職を申出た場合は任意退職の扱いをなし、申出なときは懲戒解雇とするが退職金を支給する)としたことが認められ、これらの事実よりすれば、本件各経歴詐称の事実がなかつたとすれば雇用されなかつたであろうことが推測し得る。
一般に雇用契約において労働が人的信頼関係の基礎の上に評価されることはいう迄もない。被申請人主張の如く多くの物的人的施設を擁し、しかも一車毎に企業目的を担つて多数乗客を輸送する極めて公共性の強い企業に在つては、技術的能力の高さと共に企業の秩序維持のため人的信頼を特に強調さるべきは当然であり、前記のとおりの本件経歴詐称は右諭旨解雇とするに相当と解され、懲戒権の濫用であるということはできない。
二、思想、信条を理由とする差別
<証拠>中には、申請人が京阪電車内の共産党細胞会議に出席したこともあり、もと全自交の役員として活躍していた共産党員であるとの噂が京阪自動車労働組合の乾部らの間に取沙汰され、申請人に対し申請人の入社時に紹介者柳森(右組合中央委員)は共産党より離脱しているのなら組合に対して離党証明を出すよう促した事実があり、右組合の執行部が申請人の共産党員か否かについての立場を問題としていたことがあること、申請人の本件懲戒手続に対する右組合の態度決定のため開かれた組合大会において組合幹部のうちより、会社は申請人を共産党員だとして処分はできないから、表向は経歴詐称で責問するだろう等の考えが述べられたことが認められるが、これらの点から会社の諭旨解雇が思想、信条を理由としてなされたと断定することはできない。この点については右各供述は、共産党員であることに対し批判的であつた組合執行部の推測を多分に持込んでいるものと思われる。そして他に会社が申請人が共産党員なるが故に本件懲戒処分をなしたとの疎明はない。
三、不当労働行為
<証拠>によれば、申請人が前記滋賀通運およびライトタクシー(後に関西タクシーとなる。)に勤務していた頃、それぞれの職場で労働組合を結成し、役員として中心的立場できわめて活発な組合活動をしていたことが認められる。しかしながら、<証拠>に照らし、申請人の右活動を会社において了知していたことを認めるに足る疎明は見当らないし右各証言ならびに本人尋問の結果によれば、申請人は会社に入社後三ケ月の試雇期間を経過して、自動的に京阪自動車労働組合員となつたが、組合員として会社との交渉に当つたとか、労働組合内部で然るべき活動をしていた形跡も認められない。
してみると、本件懲戒処分が、会社が申請人の入社前の職場における組合活動および会社における現在並びに将来の組合活動を嫌悪危惧してなしたものとはとうてい考えられない。
四、解雇手続違背
前出疎乙第二号証賞罰規程によれば、懲戒処分に際し、本人に顛末書の提出を求め(同第三〇条)、賞罰委員会で必要とあらば、本人その他関係人の審問がなされる(同第三二条)ことを定めている。右は、本人に重大な不利益を及ぼす懲戒処分にあたり、事案の真相を明らかにし、本人に弁明の機会を与え、当該処分に過誤なきを期するための手続を保障したものと解されるところ、本件懲戒手続に際し、申請人本人に顛末書の提出が求められていないこと、賞罰委員会で申請人の審問がなされていないことは、当事者間に争いがない。
しかしながら、<証拠>によれば、本件解雇は次のような手続を経てなされたことが認められ、この認定に反する疎明資料は採用できない。
第一回賞罰委員会(昭和四三年一〇月七日開催)は、会社から事案の説明がなされた後、同委員会で申請人本人を審問することにかえて、労使双方の委員がそれぞれ申請人から直接事情を聴取することを決定した。右決定にもとづき、会社は同月一五日申請人を呼び出し事情聴取と正しい履歴書の提出を求めたところ、申請人は職歴省略の事実を認めたが、履歴書の提出については、労働組合にはかつたうえ態度を決定する旨述べた。一方、組合側委員は、同年一一月一五日組合本部において開催された中央委員会に申請人を呼び出し、事情聴取を行ない、組合側の態度決定について討論を重ね、二度にわたる採決の結果、多数決により解雇処分もやむを得ないとの結論に達した。翌一六日、第二回賞罰委員会が開催され(右開催日についての証人尾崎三木夫の証言部分は右認定に反し措信できない。)、右各事情聴取の経緯の報告があり、審理されたところ、委員の全員一致により経歴詐称を理由とする本件解雇が決定されたものである。
以上の次第で、会社は申請人に対し履歴書の提出を求め、労使双方の委員が、それぞれ申請人から事情聴取し前記賞罰規程の趣旨とする申請人に対する弁明の機会は十分に与えられたものと解され、本件解雇に手続違背ありとは認められない。
第四、結論
以上のとおり申請人の各再抗弁は採用し得ず、申請人は諭旨解雇により雇用契約上の地位を喪失したものというべきであるから、申請人の本件仮処分申請は、被保全権利を欠きその余の点について判断するまでもなく失当である。よつて本件申請を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(林義雄 山田敦生 羽渕清司)