京都地方裁判所 昭和44年(ワ)1060号 判決 1972年7月17日
原告
香山惣平こと李容承
被告
島山こと姜三千夫
ほか一名
主文
被告らは各自原告に対し、金五四四、二六五円および内金四九四、二六五円に対する昭和四二年九月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを五分し、その三を原告の、その余を被告らの、各負担とする。
この判決は、原告勝訴の部分に限り、かりに執行することができる。
但し、被告らが原告に対し、各金四五〇、〇〇〇円の担保を供するときは、それぞれの右仮執行を免れることができる。
事実
第一請求の趣旨
一 被告らは各自原告に対し、金一、四一九、〇二〇円およびこれに対する昭和四二年九月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決および仮執行の宣言を求める。
第二請求の趣旨に対する被告らの答弁
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決および(予備的に)仮執行免脱の宣言を求める。
第三請求の原因
一 (事故の発生)
原告は、次の交通事故によつて傷害を受けた。
(一) 発生時 昭和四二年九月二四日午後八時五五分頃
(二) 発生地 京都市左京区一乗寺梅ノ木町五九番地先北大路通路上
(三) 加害車 普通乗用車(京五わ九五八号)
運転者 被告姜三千夫
(四) 被害者 原告(足踏自転車に乗車中)
(五) 態様 前記北大路通を北から南へ横断中の原告操縦の足踏自転車に、同通を西進してきた加害車が衝突
(六) 右事故により原告は昭和四三年六月二〇日まで入院通院を要した頭部外傷第Ⅱ型、左腓骨骨折、頭部挫創、両膝両下腿足挫創挫傷等の傷害を受けた。
二 (責任原因)
被告らは、それぞれ次の理由により、本件事故により生じた原告の損害を賠償する責任がある。
(一) 被告姜三千夫は、自動車運転者として遵守すべき制限速度遵守義務並びに前方注視義務を怠り、毎時六〇粁以上の速度で漫然加害車を運転した過失により、前記北大路通を北から南へ横断中の被害者に全く気付かず、本件事故を惹起したものであるから、不法行為者として民法七〇九条の責任
(二) 被告サンコー産業株式会社は、その所有に係る加害車をいわゆるドライブクラブの営業の目的に常時使用していたものであるが、本件事故当時被告姜三千夫に対し加害車を一定の賃料と運行条件のもとに短期間賃貸して自己のため運行の用に供し、加害車につき運行支配と運行利益の実を有していたものであるから、自賠法三条による責任。
三 (損害)
(一) 休業損害
原告は、事故当時、協栄建設株式会社に雇われ一カ月平均金六〇、〇〇〇円以上の収入を得ていたが、本件事故のため昭和四二年九月二五日から昭和四三年六月二〇日項までの間休業を余儀なくされ、その間の収入金四一〇、〇〇〇円を得られず同額の損害を蒙つたが、内金一九〇、九八〇円については自賠責保険から支払を受けたので、これを差引いた残額二一九、〇二〇円の支払を求める。
(二) 慰藉料
原告の本件傷害による精神的損害を慰藉すべき額は、前記の諸事情のほか、本件事故後長期にわたつて原告が就労しえなかつたことによる原告一家の経済的困窮、現在および将来にわたる原告の労働能力の低下等の諸事情に鑑み、一、〇〇〇、〇〇〇円が相当である。
(三) 弁護士費用
被告らは右損害につき任意の弁済に応じないので、原告は弁護士たる本件原告訴訟代理人にその取立てを委任し、弁護士費用として右損害金の二割に相当する金員を支払うことを約した。そこで、とりあえず内金二〇〇、〇〇〇円の支払を求める。
四 (結論)
よつて、原告は被告ら各自に対し、金一、四一九、〇二〇円およびこれに対する事故発生の日の翌日である昭和四二年九月二五日から支払ずみまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第四被告姜三千夫の主張
一 (請求原因に対する認否)
第一項のうち(一)ないし(五)は認める。(六)の傷害の事実は認めるが、部位程度は不知。
第二項の(一)は否認する。
原告は、夜間で付近に照明もなく、暗い前記北大路通を、無灯火の自転車に乗つて突如加害車の通路前方に飛び出し横断しようとしたもので、被告姜としては、かような横断者のありうべきことは予見不可能であり、また右状況のもとで事故の発生を未然に回避することは不可能であつた。すなわち本件事故は、当時飲酒していた原告が前方左右の安全を確かめず無灯火の自転車に乗つて突如右道路の横断を開始した過失によつて発生したものであつて、被告姜は無過失である。
第三項のうち(一)(二)は否認する。
二 (抗弁)
本件事故の発生につき、仮りに被告姜に過失があつたとしても、原告の前記過失も右事故の発生に寄与しているのであるから、賠償額の算定につき、これを斟酌すべきである。
第五被告サンコー産業株式会社の主張
一 (請求原因に対する認否)、
第一項のうち(一)ないし(五)は認める。(六)の傷害の事実は認めるが、部位程度は不知。
第二項の(一)は不知。同(二)のうち被告サンコー産業株式会社がその所有に係る加害車をいわゆるドライブクラブの営業の目的に常時使用していたこと、および本件事故当時被告姜三千夫に加害車を賃貸していたことは認める。
第三項の(一)のうち、原告が自賠責保険から金一九〇、九八〇円の支払を受けたことは認め、その余は不知。同(二)は争い、同(三)は不知。
二 (抗弁)
原告は、自転車を操縦し無名道路を南進してきて前記北大路通に入り同通を南へ横断しようとしたものであるが、加害車が進行してきた北大路通は幅員約二一・三米で、幅員約四・七五米の右無名道路に比して明らかに広いから、原告としては優先順位にある加害車の進行を妨げてはならないのに、道路交通法三四条三項に違反した右折方法で、しかも斜め横断をして加害車の進路を妨害し、その結果本件事故の発生をみるに至つたもので、本件事故原因に占める原告の過失割合は相当に大きいから、賠償額の算定につき、これを斟酌すべきである。
第六被告らの抗弁事実に対する原因の認否
被告らの抗弁事実は、すべて争う。
第七証拠関係〔略〕
理由
一 (事故の発生と態様)
原告主張請求の原因第一項(一)ないし(五)の事実は当事者間に争いがない。
そして、右争いのない事実に、〔証拠略〕を綜合すると、前記北大路通はそのほぼ中央部分にグリンベルトが設置された幅員二〇米前後の道路であるが、被告姜三千夫は、加害車を運転し、目的地である八瀬方面に向かう前に食事をとるべく適当な飲食店を物色しながら制限速度毎時五〇粁を超過する毎時六〇粁近い速度で北大路通を西進してきたこと、一方原告は、自転車を操縦し、本件事故現場に近接する交差点から北方に通じる無名道路を南進して北大路通に至り、まず同通東行車道を南に横断して道路中央付近に達し、グリンベルトが長さ約一一・九米にわたつて途切れている部分の西端付近で自転車を停めて西行車道東方に目を配つたところ、東方数百米と思われる地点に西進車両のライトの明かりがみえたが、同車が接近する前に同通を南に渡り切れると即断し、再び自転車のベダルを踏んでその後は西進車両に注意を払うことなく、同通西行車道をほぼ南西方向に斜め横断を開始したこと、原告は、当時自転車の発電ランプを点灯していたが、北大路通の中央付近で一旦停止したため右ランプが消え、再び同所から横断を開始した際には右ランプは消えたままか或いは僅かに点きはじめたばかりの状態にあつたこと、被告姜は、前記運転状況のもとに本件事故現場付近に達し、原告が自転車に乗つて北大路通中央付近グリンベルトの切れ目から右のように西行車道を横断しはじめたのを右斜前方約一〇米の近距離にはじめて発見し、急停車の措置を講じたがおよばず、加害車の右前部と原告操縦の自転車の左側面後方部分とが衝突し、原告は右自転車諸共同所付近に転倒したこと、なお前記グリンベルト上には植込みがなされていたが、その高さはグリンベルト自体の高さを加えても、事故当時せいぜい四〇糎余であつたし、また当時本件事故現場付近が相当に暗かつたとはいえ、北大路通は同所付近において直線状をなし他に視界を妨げる障碍物もなく、被告姜は、右当時、原告の操縦する自転車との衝突を回避するための適宜の措置を執りうるだけの十分な余裕ある距離を置いて、事前に右自転車を加害車の前照灯の明かりの中に捉えることが可能であつたことが認められ、〔証拠略〕中右認定に反する部分は措信せず、他に右認定を覆えすにたる証拠はない。
二 (被告らの責任原因)
右に認定した事実によると、加害車を運転していた被告姜三千夫は、本件事故につき、自動車運転者として遵守すべき前方注視義務を、飲食店を物色して沿道側に注意を配つていたため怠つた過失を犯し、そのため本件事故を惹起したものであるから、本件事故につき不法行為者として損害賠償責任を負わなければならない。
次に、被告サンコー産業株式会社がその所有に係る加害車をいわゆるドライブクラブの営業の目的に常時使用していたこと、および本件事故当時被告姜三千夫に加害車を賃貸していたことは、当事者間に争いがない。
そして、右争いのない事実に、〔証拠略〕を綜合すると、被告サンコー産業株式会社は、いわゆるドライブクラブを営なみ、一般的約款、自動車借受契約、同契約の細則等によつて賃貸料金、使用時間、使用方法等につき定型的かつ詳細な定めをなし、その違反に対し厳しい制裁と諸種の責任加重を定めるとともに、賃貸中の故障の修理を原則として同会社の負担としていたこと、本件事故当時同被告は被告姜三千夫に対し前金二、〇〇〇円を徴して加害車を貸与していたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
右事実によると、被告サンコー産業株式会社は、日常加害車をひろく不特定多数人の利用に供しうる状態において管理し、約款もしくは借受契約等において明示した自己の意思によつて借受人による加害車の運行を時間的空間的に相当程度制御していたものであり、かつかような営業形態からその賃貸期間もおおむね短期間であつたと推認されることに照らすと、同被告は、本件事故当時の被告姜三千夫による加害車運転中においても、依然として加害車に対する運行支配を保有していたものというべく、また右認定のとおり加害車の貸与につき所定の賃料を徴することによつて、加害車の運行による利得を収めていたものであるから、その運行利益もまた被告サンコー産業株式会社に帰属していたものといわなければならない。
そうすると、被告サンコー産業株式会社は、右加害車賃貸中に生じた本件事故につき運行供用者として賠償責任を免れえない。
三 (原告の過失と過失割合)
さきに第一項において認定した事実によると、被害者である原告も、本件事故発生について、夜間のため接近してくる車両との距離およびその速度を判定するのが困難な状況にあつたのに、その車両の動静を注視せず、かつその接近前に横断を完了できる余裕があるか否かを十分確認しないまま、あえて斜め横断を試みた過失を犯し、その過失が本件事故発生の一因となつていることが認められる。
そして、本件事故が自転車と自動車との衝突事故であり、その運行に伴う危険性の度合いの相違から、自動車運転者により重い交通法規上の注意義務が課せられるべきことをも併せ考えると、その過失割合は、原告二・五に対し被告七・五と認めるのが相当である。
四 (傷害)
原告が本件事故のため傷害を受けたことは当事者間に争いがなく、この事実に、〔証拠略〕を綜合すると、原告は、本件事故のため頭部外傷第Ⅱ型、左腓骨骨折、頭部挫創、両膝両下腿足挫創挫傷の傷害を受け、事故当日の昭和四二年九月二四日から同年一一月一八日まで根本病院に入院し、同月一九日から昭和四三年六月二〇日まで同病院に通院したこと、右傷害のうち左腓骨々折は安静固定を終了したのちも骨癒合が悪く完全治療に比較的長期間を要したが、その余の傷害は右入院期間中に治癒したこと、原告は、右退院後昭和四三年三月末までは毎月二〇日間以上右病院に通院したが、昭和四二年一二月頃歩行可能となつたのち、昭和四三年三月末頃担当医師の許可を得て亡母の法事を営むため約一カ月間訪韓し、同年四月中は右病院に一日通院したのみであつたこと、しかし、右訪韓を終えてからは、同年五月中に一六日間、同年六月中に一九日間それぞれ同病院に通院したことが認められ、右認定を覆えすにたる証拠はない。
五 (損害)
(一) 休業損害
〔証拠略〕を綜合すると、原告は、本件事故当時まで数年来幾度か勤務先を変えながら日給三、〇〇〇円ないし四、〇〇〇円を得て土木工事の土工として働き、少なくとも一カ月平均六〇、〇〇〇円の収入を得ていたところ、本件事故の翌日である昭和四二年九月二五日から昭和四三年六月二〇日頃まで全く働きに出なかつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
ところで、前記認定の傷害の部位程度、治療経過、その間の原告の挙動並びに右原告の職種等に照らすと、原告は、昭和四二年九月二五日から昭和四三年三月末頃までは土工として稼動することができず、その間一カ月当り金六〇、〇〇〇円宛、合計三六〇、〇〇〇円を本件事故のため失ない、同年四月中は自己の都合で訪韓中であつたため失なつた利益はなく、同年五、六月は三分の二程度の労働能力を回復し働く意思があれば一カ月金四〇、〇〇〇円程度の収入を得ることができ、従つてその間一カ月当りその差額の金二〇、〇〇〇円宛、合計金四〇、〇〇〇円を本件事故のため失なつたものと認めるのが相当であり、結局原告が本件事故によつて蒙つた休業損害の総額は金四〇〇、〇〇〇円とみるのが相当である。
そして、原告が自賠責保険から右休業損害の内金として金一九〇、九八〇円の支払を受けたことは、原告の自認するところであるから、これを差引いた残額二〇九、〇二〇円が原告において被告ら各自に支払を求めうる金員である。
(二) 慰藉料
前記認定の本件事故の態様、傷害の部位程度、原告本人尋問の結果によつて認められる右治療期間中の原告の生活状況その他諸般の事情を綜合すると、本件事故によつて原告が蒙つた精神的苦痛は、金四五〇、〇〇〇円をもつて慰藉するのが相当である。
六 (過失相殺)
本件事故の発生につき原告にも過失があり、その割合を原告二・五、被告七・五と読むべきことすでに認定したとおりであるから、右過失を斟酌し、原告の前記認定の損害額の合計金六五九、〇二〇円の七五パーセントに相当する金四九四、二六五円が被告ら各自において原告に対し賠償すべき原告の損害である。
七 (弁護士費用)
〔証拠略〕によれば、原告は、被告らが原告の右損害額につき任意の支払をしなかつたので、やむなく弁護士である原告訴訟代理人に本件訴訟の提起および追行を委任し、着手金および成功報酬として認容額の二割に相当する金員を支払う旨約したことが認められるが、本件事案の内容、審理の経過、認容額等諸般の事情に照らすと、本件事故と相当因果関係ある損害として原告が被告ら各自に負担を求めうる弁護士費用の額は、金五〇、〇〇〇円と認めるのが相当である。
八 (結論)
そうすると、原告は被告ら各自に対し、金五四四、二六五円およびこれより弁護士費用を控除した金四九四、二六五円に対する本件事故発生の日の翌日である昭和四二年九月二五日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めうる(右弁護士費用については、原告においてこれを支払つたことの主張立証がないので、右遅延損害金を付加することはできない。)ので、原告の本訴請求を右限度で認容し、その余は理由がないから失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行および同免脱の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 谷村允裕)