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京都地方裁判所 昭和44年(ワ)1403号 判決 1973年2月23日

原告 稲村五男

右訴訟代理人弁護士 柴田茲行

<ほか四一八名>

被告 日本国有鉄道

右代表者総裁 磯崎叡

右訴訟代理人弁護士 高野裕士

右指定代理人 丹羽照彦

<ほか二名>

主文

被告は原告に対し金五〇万円とこれに対する昭和四四年五月三日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は四分し、その三を原告の、その余を被告の各負担とする。

この判決は原告勝訴部分にかぎり仮に執行することができ、被告は金三〇万円の担保を供して仮執行を免れることができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告訴訟代理人

(一)  被告は原告に対し金一〇〇万円とこれに対する昭和四四年五月二日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  被告は原告に対し、東京都と大阪市で発行する朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、京都市で発行する京都新聞の各朝刊社会面の下段突出広告欄に、「謝罪広告」の四字は四号活字、宛名と被告の表示は五号活字、その他は六号扁平活字をもって各一回次の謝罪広告をせよ。

「鉄道公安職員小川薫、堤清作等が、昭和四四年五月一日午後一〇時三〇分頃、翌二日のストライキに備え、国鉄労働組合の委任を受け、京都駅で弁護活動中の貴殿に対し、いいがかりをつけ、公衆の面前ではがいじめにし、京都鉄道公安室まで不法に連行し、同所においては逆さにつるし上げ捜査室一号取調室に押し込め施錠し、二日午前一時五二分頃まで三時間余にわたり監禁する等の犯罪を犯したことは、貴殿に対する重大な人権侵害並びに弁護活動の妨害であるばかりでなく、元来労働運動に介入してはならない鉄道公安職員を使っての国労の正当な組合活動に対する弾圧であります。

よって、ここに深く反省し陳謝致します。

日本国有鉄道

右代表者総裁 磯崎叡」

(三)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決と第一項について仮執行宣言。

二、被告国鉄代理人

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二、当事者の事実上の主張

一、原告訴訟代理人主張の本件請求の原因事実

(一)  原告は、京都弁護士会所属の弁護士であり、被告国鉄は、日本国有鉄道法にもとづき設立された公法人である。

(二)  原告は、訴外国鉄労働組合(以下国労という)が、昭和四四年五月二日計画実施したストライキに際し、国労の委任を受け、その争議対策、弁護活動に従事するため、同月一日午後六時頃から、京都市下京区東洞院塩小路下る被告国鉄の京都駅構内にいた。

(三)  原告は、同日午後一〇時三〇分頃、同駅四号ホームで、鉄道公安職員らが、国労の斗争ビラを無断ではがしているのを目撃して抗議したところ、被告国鉄の鉄道公安職員の責任者である京都鉄道公安室副室長訴外小川薫、同室警務主任訴外堤清作は、直ちにその場で、部下十数名を指揮して原告を取り囲ませた。

同訴外人らは、原告が、国労弁護団と墨書したタスキの着用により、国労の委任を受けた弁護士であり乗客ではないことを知悉しながら、切符をもっていないことに藉口し、原告に対し、「鉄道営業法一八条で逮捕する」と怒号して、七、八名の鉄道公安職員とともに、原告の両脇を抱きかかえ、後から取り押えるなどして原告の身体を拘束して不法に逮捕した。

同訴外人らは、原告の身体を拘束したまま、前記ホームから東陸橋を経て約三〇〇メートル離れた同駅東口広場東詰にある京都鉄道公安室まで、原告を連行した。

同訴外人らは、さらに、同公安室階段上り口附近で、原告の手足をつかみ、逆さにつるし上げるなどして、同公安室二階捜査室一号取調室にかつぎ込み、同取調室入口を施錠し、同公安室の建物出入口全部を封鎖して、同年五月一日午後一〇時四〇分頃から同月二日午前一時五〇分頃までの間、原告を不法に監禁した。

(四)  鉄道営業法一八条の規定には罰則がない。従って、同条は、原告逮捕の根拠にならない。

同法四二条には、無札乗車客に対する鉄道係員の退去強制規定がある。しかし、この規定が、鉄道公安職員の強制捜査権限としての逮捕の根拠にはならない。これらの規定は、いずれも、旅客に対するもので、争議中の職員および組合関係者に適用されないことは明らかである。

(五)  もともと、鉄道公安職員は、鉄道犯罪についてのみ捜査権限があり、争議行為に介入し、これを弾圧することは、職権濫用行為である。

(六)  原告は、弁護士として、その業務を遂行中、前記鉄道公安職員の違法な逮捕、監禁にあい、原告の名誉は著しく毀損された。

この原告の精神的損害に対し、被告国鉄は、国家賠償法一条一項により賠償しなければならない。

(七)  むすび

そこで、原告は、被告国鉄に対し、慰藉料として、金一〇〇万円と、これに対する四四年五月二日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めるとともに、原告の名誉回復のため請求の趣旨(二)記載の内容の謝罪広告をするように求める。

二、被告国鉄代理人の答弁と反駁

(一)  原告の本件請求の原因事実中(一)は認める。

(二)  同(二)は不知。ただし、国労が、ストライキを計画実施したことは認める。

(三)  同(三)の事実は全部否認する。

鉄道公安職員である小川薫らは、原告を逮捕、監禁したことはない。

業務対策要員である訴外沖格らが、五月一日午後一〇時三〇分頃、四号ホームに停車中の音戸二号の列車車体から、国労がはった斗争ビラをはがしていたところ、赤シャツを着用し第一法律事務所の腕章を巻いた男が、執拗にこれを妨害するので、小川公安官がそれを制止し、この状況を他の鉄道公安職員が採証していたところ、原告は、「何をするのだ」などとわめきながら、採証中の鉄道公安官訴外樋口捨衛、同上野善策の前に立ちふさがり、カメラのレンズの前で手を上下させたり、体あたりして、カメラを肩で押し上げた。続いて、原告は、赤シャツの男を制止しようとしていた小川公安官の前に立ちはだかり、小川公安官の制止行動を妨害した。

原告が、執拗に公務執行を妨害するのに不審をいだいた小川公安官は、原告に切符の呈示を求めたところ、原告は、その呈示をしなかったし、住所氏名も明らかにしなかった。

そこで、小川公安官は、京都鉄道公安室まで任意同行を求めた。原告は、取調べの根拠を説明するよう求めたので、同公安官は、鉄道営業法一八条(乗車券呈示義務)、同法二九条(無賃乗車)、同法三七条(鉄道地内へ妄りに立入ること)に違反していることを説明したところ、原告は、任意同行に同意した。

そうして、小川公安官は、原告とともに東陸橋に上ったところ、国労の組合員に取り囲まれ、組合員の一人である訴外西田敏彦から暴行を受けた。そこで、小川公安官は、西田敏彦を公務執行妨害罪で逮捕したが、この混乱のため原告を見失なった。

同公安官は、その後間もなく、駅東改札口附近で原告に出あったので、再度同行を求めたところ、原告は、改札口を突然脱兎のように走り抜けた。

同公安官は、そこにいた鉄道公安職員をして、原告を止めさせ、前記公安室まで任意同行した。

小川公安官は、原告を、刑法九五条(公務執行妨害)、鉄道営業法三七条によって現行犯逮捕ができたが、原告が、国労弁護団と墨書したタスキをかけていたため、弁護士であるかも知れないと考え、原告の名誉のため現行犯逮捕を差し控え、任意同行をしたのである。

原告は、公安室に行ってからも、任意に二階に上ったもので、鉄道公安職員が、原告の手足をつかみ逆さにつるし上げたことはない。

原告は、二階に上ってからも、住所氏名を明らかにしないばかりか、何故取調べができるのかなどとわめきちらし、二階捜査室を歩きまわり、机をけるなどして全く傍若無人に振舞った。

鉄道公安職員の方で、五月二日午前〇時二〇分頃、原告の氏名が判明したので、帰えるよう原告に促したが、原告は、「西田と一緒でなければ帰えらん」と言ってそのままそこに留り、同日午前一時五〇分頃、他の弁護士とともに、同公安室を退出した。従って、鉄道公安職員は、原告を不法に監禁したことはない。鉄道公安職員は、原告から氏名を明らかにしてもらいたかったのに、原告は、前記のとおり傍若無人に振舞ったため氏名の取調べすらできなかった。

(四)  国労は、法律でストライキが禁止されているし、列車に斗争ビラをはることは違法であり、正当な組合活動といえない。従って、被告国鉄が、業務対策要員を使って、このビラをはがすことは当然である。これを、赤シャツの男が妨害したのである。原告は、この妨害行為に対し、制止することをしないで、むしろこれに加担した。国労が、そのようなことまでも原告に委任した形跡はない。原告が、このようなビラはがしに対する妨害行為に加担したり、採証を妨害する行為は、弁護士としての活動を逸脱している。しかも、原告は、自ら氏名を名乗ってその責任を明らかにしようともしなかった。もし、原告が、氏名を明らかにし、弁護士として適切な方法と態度で弁護活動を行なっていたなら、小川公安官は、切符の呈示を求めなかった筈である。

第三、証拠関係≪省略≫

理由

一、当事者間に争いのない事実

原告が、京都弁護士会所属弁護士であり、被告国鉄は、日本国有鉄道法にもとづいて設立された公法人であること、国労が昭和四四年五月二日ストライキを計画実施したこと、原告が、同月一日午後一〇時三〇分頃、被告国鉄の京都駅四号ホームで、被告国鉄の鉄道公安職員訴外小川薫に切符の呈示を求められたこと、原告は、同日午後一〇時四〇分頃から翌二日午前一時五〇分頃まで、京都鉄道公安室にいたこと、原告は、当日国労弁護団のタスキを着用していたこと、以上のことは当事者間に争いがない。

二、前記争いのない事実や、≪証拠省略≫を総合すると次のことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

(一)  原告は、昭和四三年四月弁護士の登録をし、京都第一法律事務所に入った。

(二)  国労は、昭和四四年五月二日始発時から一二時間、ストライキをすることを計画し、原告ら弁護士に対し、前日午後六時からストライキが終了するまで、被告国鉄の京都駅構内と駅周辺で、弁護士の立場から、ストライキの指導、助言、被告国鉄の不当なストライキ介入行為や労働組合と組合員の法律上の権利に対する侵害行為の監視、防止、抗議、および交渉などの弁護活動を行なうことを委任した。

(三)  そこで、原告は、同月一日午後八時頃、京都駅構内組合事務所前の鉄道クラブ内に設けられた国労弁護団本部に行った。そこには、原告のほかに八名の弁護士が集まっていた。

原告は、京都駅構内に入るため、改札口を会釈しただけで通ったが、これまで、国労弁護団の弁護士らは、春斗などで、前記委任事務を処理するため、同駅構内に立ち入る際、乗車券や入場券を購入したことはなかった。

原告は、国労弁護団本部で、国労弁護団と墨書したタスキを受け取り、背広上衣の上に肩からかけた。原告は、当日、弁護士バッジはつけていなかったし、同上衣の下には、薄肌色のスポーツシャツを着ていた。

(四)  被告国鉄は、同日午後一〇時二分、四号ホーム七番のりばに、京都始発同日午後一〇時五八分の音戸二号(広島行急行列車)を据え付けた。同列車の客車の横腹には、国労が、向日町運転所で春斗のビラを多数貼っていた。そこで、被告国鉄の京都地区対策本部は、発車までにこれをはがし取ることを、業務対策要員に命ずるとともに、同日午後一〇時一五分、京都鉄道公安室副室長であった前記小川薫に対し、業務対策要員のビラはがし作業を組合員が妨害しないよう警備し、妨害があれば排除するよう命じた。

(五)  そこで、鉄道公安官の制服を着用していた小川公安官は、部下七名(いずれも制服着用)とともに、東陸橋を渡って四号ホームに行った。そのとき、業務対策要員約一〇名は、東陸橋東階段附近に停車中の音戸二号の五号車から後部(東側)一一号車まででビラはがし作業中であったので、小川公安官は、公安官を一名あて列車に配置して警備につかせた。

このとき、組合員は、四号ホームにはおらず、約四〇名位の組合員が、三号ホームで座り込み、そこから、「ビラはがしやめろ」「公安帰れ」と大声で抗議していた。当時、三号ホームから、四号ホームは丸見えであった。

音戸二号には、すでに、乗客は乗り込んでいた。

(六)  業務対策要員である訴外沖格が、音戸二号の六号車でビラはがしをしていたところ、赤シャツを着て第一法律事務所と墨書した腕章を巻いた二〇歳位の男(同法律事務所の事務員訴外西某)が、そばにより、「なぜビラをはがすのだ」と抗議しながら、沖格の体を押したりなどしてそのビラはがし作業の邪魔をした。そこで、小川公安官は、この男を制していた。その場面を、京都鉄道公安室の採証係をしている鉄道公安官訴外樋口捨衛、同上野善策らが、写真撮影をしようとした。

(七)  一方、原告は、国労弁護団のタスキをかけ、弁護士のバッジをつけていた弁護士訴外渡辺哲司、同夏目文夫とともに、東階段から四号ホームにおりて、この状況を見、原告と渡辺哲司は、直ちに樋口公安官の前に立ちはだかり、「なんで写すのか」と抗議して、同公安官の写真の撮影を困難にした。原告は、弁護士渡辺哲司とともに、「ビラをはがすな、不当労働行為じゃないか」と執拗に抗議をはじめたので、小川公安官をはじめ他の公安官は、原告と渡辺哲司を取り囲み、口々に、「弁護士が何だ」「弁護士はだまってろ」「職務をやっているのだ、邪魔しないでくれ」とやり返えしていた。樋口公安官が、この情景を撮影しようとして、カメラのライトを向けたので、原告と渡辺哲司とは、「なぜ写すのだ、肖像権の侵害だぞ」と抗議し、両者(原告、渡辺哲司と公安官ら)とも興奮して互いに言い合い、騒然たる状態に陥った。

このとき、小川公安官は、原告と渡辺哲司に対し、「切符を持っているか」と質問したので、原告は、「我々は組合の委任を受けた弁護士だ。なぜそんなことを言うんだ」と応答したが、小川公安官は、これを聞きいれず、「切符を持ってないのか、持っているなら出せ」と原告らに迫った。原告は、「弁護士に向って失礼なことを言うな」と答えている間に、渡辺哲司と引きはなされ、これに伴って原告らを取り囲んでいた公安官の輪も二つになった。その横で、弁護士夏目文夫が、公安官と「弁護士の顔写真をとるのは違法だぞ」とやりあっていた。

原告は、小川公安官から、掌を上にして手を突き出し、何辺も切符を見せるよう迫られたが、これを拒み、小川公安官が、今度は名前を名乗るよう求めたが、それも峻拒し続けていたところ、小川公安官は、大声で、「切符を持ってないな、鉄道営業法一八条で逮捕する」と叫ぶと同時に、左手で原告の左腕をつかみ、原告を東階段の方に向きかえらせ、原告を抱きかかえるようにし、他の四、五名の公安官は、原告の横と背後を囲んだ。

小川公安官は、原告を、京都鉄道公安室に連行しようとし、原告を、その場から引き立てて行った。原告は、このとき、連行されまいと「何をするのだ、放せ」といいながら、足を踏んばったが無駄であった。

(八)  原告が、このように逮捕されたのは、同日の午後一〇時三〇分頃であったが、この有様は、停車中の音戸二号の旅客が、窓から顔を出して見ていた。しかし、その数は正確には判らない。

前述した三号ホームの組合員も、この有様を見、直ちに東陸橋に上ってスクラムを組み、「先生を返えせ」と叫びながら、原告を奪還しようとした。

(九)  小川公安官は、原告とともに東陸橋に上り、そのスクラムを突破して進もうとしたが、この組合員のスクラムに妨げられ、原告を放してしまった。

この混乱の最中、小川公安官は、組合員の訴外西田敏彦を公務執行妨害罪で現行犯逮捕し、鉄道公安職員訴外西川新六に引きついだ。

原告は、東陸橋上で、この混乱を見まもっていたところ、弁護士訴外小林義和から、組合員が一人逮捕され京都鉄道公安室に連行されたことを聞知し、同弁護士に続き、東陸橋から同公安室に行くべく、東陸橋を東改札口に向けて駈けおりた。

(十)  小川公安官は、このとき、原告の姿を発見し、原告が逃走するものと速断し、「逃げるぞ、逃げるぞ、パクれ」と東改札口に向かって叫んだ。

原告は、東改札口を走り出たとき、そこにいた鉄道公安官訴外堤清作ほか五、六名の公安官に取り押えられ、同公安室に連行された。その時間は、同日午後一〇時四〇分頃である。

このとき、一般乗客が、この再逮捕連行の有様を見ていたが、その数は判然としない。

(十一)  小川公安官は、部下を指揮して、抵抗する原告をかつぎ上げ、その足を先にして同公安室二階に連行し、捜査室一号取調室に入れて外から施錠した。

(十二)  原告は、小川公安官によって、約五分後、同取調室から外に出され、同取調室の前の折たたみ椅子に座らされた。この原告の前に、小川公安官は、他の二名の公安官とともに立ちはだかり「切符を見せろ」といいながら、原告の背広上衣の右ポケットに手を入れようとした。原告は「身体検査をする権利があるのか」といいながら、右手でポケットの口を押えた。

小川公安官は、原告をその場に残して二階捜査室から退出したが、同室の扉は閉められ、出入口の南側のソファーに鉄道公安官三名が、出入口の北側の折りたたみ椅子に鉄道公安官二名が、それぞれ座って、原告の同室からの退出を阻止した。この状態は、翌二日午前一時五〇分頃まで続いた。

三、以上認定の事実から、次のことが結論づけられる。

(一)  鉄道営業法一八条は、「旅客ハ鉄道係員ノ請求アリタルトキハ何時ニテモ乗車券ヲ呈示シ検査ヲ受クベシ」と規定している。従って、この規定の対象は、旅客である。

ところで、原告は、国労弁護団の弁護士であって、旅客ではない。このことは、原告が、小川公安官に対し、国労から委任をうけた弁護士であると告げたことと、原告が、国労弁護団と墨書したタスキをかけていたことから、小川公安官にも、充分判っていた。しかも、同条には、なんら罰則がない。

それだのに、小川公安官は、同法一八条により原告を逮捕できると考え、原告を逮捕したのであるから、これは、小川公安官の重大な過失であるといわなければならない。

なお、原告が、同法二九条(無賃乗車)に違反するものでないことは、原告が、前述のとおり旅客ではないことから明白であるし、同法三七条に違反するものでもない。そのわけは、同条は、「停車場其ノ他鉄道地内ニ妄ニ立入リタル者ハ十円以下ノ科料(当時の罰金等臨時措置法四条三項、二条二項により五円以上一、〇〇〇円未満とされる)ニ処ス」と規定しているから、正当の理由で立ち入ったものは同条の取締りの対象にならない。原告は、国労の委任をうけて委任事務を処理するために京都駅構内に正当に立ち入ったものであることは前に認定したとおりである。

もっとも、国労は、ストライキをする準備をしていたのであるから、原告が国労からうけた委任事項は、公共企業体等労働関係法一七条の争議行為の禁止規定に違反するものであるとの反論があり得よう。

しかし、同条は、国労など公共企業体等労働組合の争議行為の制限を規定したもので、争議行為を全面的に否定し、これを禁止する規定ではないと解するのが相当である(最判昭和四一年一〇月二六日刑集二〇巻九〇一頁参照)。従って、この反論には賛成できない。

(二)  原告は、小川公安官によって、一般公衆や、三号ホームの組合員の面前で、なんら法律の根拠がないのに逮捕されたもので、この逮捕は違法であるとともに、原告は、このため、弁護士としての名誉を傷つけられ、精神的苦痛を受けたことは明らかである。

(三)  事の起こりは、原告の属する京都第一法律事務所の事務員である赤シャツの男が、沖業務対策要員のビラはがし作業を妨害したことにある。

ところで、組合員が、要求事項を記載したビラを、被告国鉄の列車などに貼りつける行為が、正当な争議行為に該当するかどうかは、貼られた場所やその方法などによってきまると解するのが相当である。そうして、ビラ貼りが、正当な争議行為の範囲であると判断されれば、民事上(労働組合法八条)、刑事上(同法一条二項)の責任を問われることのない効果を伴なう。

本件の列車に対する国労のビラ貼り行為が、正当な争議行為に該当するかどうかの判断はしばらくおく。

本件のビラ貼り行為が、仮に正当な争議行為であるとしても、そうだからといって、被告国鉄が、列車に貼られた国労の斗争ビラをはがすことが一切できないものと速断してはならない。

被告国鉄が、国労との間で、列車の斗争ビラを貼ることを許容する旨の協約を締結していない限り、列車に貼られた斗争ビラの撤去を国労に要求することができ、場合によっては、被告国鉄が自らこれをはがすことができるとしなければならない。それは、被告国鉄が列車の所有権者であることからくる当然の帰結である。

このように観てくると、組合員でも弁護士でもない前記赤シャツの男が、沖業務対策要員の身体を押したりなどして、列車のビラはがし作業を妨害することは、どんな理由によっても許されないものである。従って、これを制止した小川公安官の行為、それを写真撮影しようとした樋口公安官の行為は、正当な職務の執行である。

被告国鉄が、このように列車のビラはがしをすることは、原告が抗議するような不当労働行為に該当しないことはいうまでもない。なぜなら、労働組合法七条一号ないし三号に規定する使用者の不当労働行為のいずれにも該当しないからである。

そうすると、原告が、執拗に、ビラはがし作業に対し、不当労働行為に当ることを理由に、これに抗議し、樋口公安官が写真を撮影するのに対し、肖像権の侵害になることを理由に、これに抗議したことは、被告国鉄の業務対策要員や鉄道公安官に対する説得の域をこえたもので、原告は、この点で行きすぎがあったとしなければならない。

小川公安官が、原告に対し、名前を名乗るよう求めたのに対し、原告は、冷静さを失い、その要求を峻拒したが、原告としては、国労弁護団の一人として切符がなく入構していること、自分が京都弁護士会の稲村五男であることを名乗って小川公安官の疑問をとき、事態を収拾するべきであった。

以上のことは、原告の慰藉料算定の際、原告側の事情として斟酌される一事由による。

(四)  原告は、前記のとおり小川公安官によって違法に逮捕され、東陸橋まで連行されたが、そこで、一時釈放され、東改札口のところで小川公安官の命令で、再び鉄道公安官に逮捕され、京都鉄道公安室に連行されたわけで、この再逮捕が法律の根拠にもとづかない違法のものであることは、前に述べたとおりである。

この再逮捕が、数は判然としないが、公衆の面前でなされたのであるから、原告は、弁護士としての名誉を毀損され、身体の自由を拘束されたもので、このため、精神的苦痛を受けたことは、多言を必要としない。

(五)  原告は、同公安室の二階捜査室にかつぎ上げられ、小川公安官によって、一号取調室に五分間監禁された。そうして、原告は、同取調室から出されて、小川公安官に再び切符の呈示を求められ、ポケットに手を突っ込まれそうになった。しかし、小川公安官には、原告を鉄道営業法一八条、二九条、三七条で逮捕することはできないし、その取調べをするため、原告をこのように取り扱う権限のなかったことは、前述のとおりである。

原告は、昭和四四年五月二日午前一時五〇分頃まで同公安室二階捜査室から自由に出ることができなかったわけであるから、原告の再逮捕から釈放までの違法な逮捕と拘束(監禁)により、精神的苦痛を受けたことは明らかである。

(六)  小川公安官の原告に対する違法行為は、業務対策要員のビラはがし作業警備中になされたものである。

鉄道公安職員の警備活動は、鉄道公安職員基本規程(昭和三九年四月一日総裁達一六〇号)四条によるもので、これは、鉄道公安職員の職務に関する法律により、特別司法警察職員として犯罪捜査活動をする場合と区別される。

ところで、国家賠償法一条一項の公権力の行使とは、国又は公共団体の作用のうち、私経済作用と同法二条の営造物の設置管理行為をのぞく、そのほかの一切の作用を指称すると解するのが相当であるから、被告国鉄の鉄道公安職員の警備行為は、被告国鉄の公権力の行使に当るとしなければならない。

そうすると、被告国鉄は、小川公安官が警備活動の執行について、原告に加えた違法行為に対し、国家賠償法一条一項によって損害賠償義務があることに帰着する。

四、原告の損害

(一)  本件に顕われた諸般の事情を斟酌し、原告の精神的損害に対する慰藉料は、金五〇万円が相当である。

(二)  謝罪広告の請求について

国家賠償法四条によって準用される民法七二三条によって、謝罪広告が求められるのは、不法行為の被害者が、謝罪広告を加害者に命ずることを必要とするほど名誉が毀損され、それがなお回復しておらず、これを命ずることが有効かつ妥当である場合であると解するのが相当である。

本件で、原告が侵害された利益は、身体の自由であるとともに、弁護士としての名誉と信用の失墜である。

しかし、この小川公安官の違法な逮捕拘束は、三時間二〇分の短時間であり、この逮捕に続いて原告が勾留されたり、裁判を受けたわけではない。そうして、本件発生後すでに約四年になろうとしていること、原告にも前述した落度のあること、その他前記認定の諸事情を勘案したとき、原告が、前述した慰藉料のほか、謝罪広告を求めなければ、その名誉の回復ができないほど、その名誉の毀損があったとすることはできないし、原告の名誉は、被告国鉄から慰藉料を受け取ることによって回復されるとしなければならない。

以上の理由により、謝罪広告の請求は排斥する。

五、むすび

原告は、被告国鉄に対し、金五〇万円と、これに対する本件不法行為の日の翌日である昭和四四年五月三日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めることができるから、原告の本件請求をこの範囲で正当として認容し、これをこえる部分を失当として棄却し、民訴法八九条、九二条、一九六条に従い主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 古崎慶長 裁判官 谷村允裕 飯田敏彦)

<以下省略>

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