京都地方裁判所 昭和44年(ワ)1485号 判決 1971年9月09日
原告
片月久美子
外二名
代理人
稲村五男
同
渡辺馨
被告
正垣武
代理人
谷口義弘
坂元和夫
谷口忠武
主文
原告らの各請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実《省略》
理由
被告が、昭和四三年五月一五日午後一時二〇分頃、京都市伏見区向島町二五番地付近路上を、自己所有の軽四輪貨物自動車を自己のため運転して西進中、自車前部を原告久美子に衝突させたことは当事者間に争いがない。
そこで、被告の前記抗弁について考察する。
原告久美子が右衝突の直前右道路南端のブロック塀の上から飛降りたことは当事者間に争いがないから、この事実を前提として、<証拠>を総合すると、右の被告が西進した道路はアスファルト舗装道路でその南端に高さ1.2米のコンクリートブロック塀があつたこと、被告は、右塀の下に子供が二人ぐらいおり、塀の上にも子供が二、三人おり、そのうち原告久美子は塀の上に坐つているのを認めながら、その塀から約一米の間隔を保ち、時速約一五粁に減速して西進したところ、突如その進路上へ原告久美子が塀の上から飛降りたこと、被告は、その時自車の左前方の死角にあたるところへ黒いものが降りてくるのを感じ、右にハンドルを切るとともに急ブレーキを踏んだが、自車の左前部が原告久美子の左頭部あたりと衝突したこと、その際道路上には被告運転車による5.25米のスリップ痕が印せられたこと、当時被告運転車には構造上の欠陥や機能の障害はなかつたこと、をそれぞれ認めることができ、また、<証拠>によれば、原告久美子は、原告保明と同満記の子であつて、当時四歳一〇か月であり、原告満記の許しを得て菓子を買いに出た帰途自宅から二、三〇米離れた路上で右衝突に遭遇したことを認めることができる。
<証拠>には、原告久美子は右ブロック塀の後ろから出てきて自動車に当つた旨の四歳の幼児の供述記載があり、原告満記本人尋問の結果中には、原告久美子は塀の上から飛降りたのではない旨右衝突直後語つた旨の供述があるけれども、これらは前記の前提となる争いのない事実と矛盾するものであるから、採用することはできず、他に右認定に反する証拠はない。
右認定の事実によれば、高さ1.2米のコンクリートの塀の上に坐つている五歳ぐらいの幼児が通行車両を無視し、または気づかないで、突然約一米の間隔を越えて、通行車両の進路上に飛降りるかも知れないことは、通常何人も予測し得ないところであるというべきであるから、右飛降りに備えて右の坐つている幼児の動静を終始注視し、さらに減速徐行すべき業務上の注意義務を被告に課するのは酷に失するというべきであり、従つて、それらの注意を尽すことなく時速約一五粁のままで進行し、進路に降りてきたものを感じてハンドルを右に切るとともに急ブレーキを踏んだ被告の行為には注意を怠つたところはなかつたと解すべきである。なお、前認定のスリップ痕の長さによれば、被告車の時速は一五粁を稍越えていたのではないかとも考えられなくはないけれども、前認定のような状況では真実一五粁であつてもやはり衝突は避けられなかつたものと考えられる。
そして、原告久美子に対しふだんから通行車両についての危険性を銘記させ、一人で買物に出さないようにするなど監護上の義務を充分尽さなかつた点において、右衝突につき原告保明および同満記に若干の過失があつたと解すべきであり、被告運転車に欠陥や障害のなかつたことは前認定のとおりであるから、被告は前記衝突に起因する損害を賠償すべき義務を負わないといわなければならない。
そうすると、原告らの本訴各請求は、損害の点を考察するまでもなく、理由がないから、これらを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九五条八九条九三条一項本文を適用して、主文のように判決する。(東民夫)