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京都地方裁判所 昭和44年(ワ)293号 判決 1973年9月07日

原告

吉田信一

吉田まつえ

みぎ両名訴訟代理人

村田敏行

水野武夫

被告

立石電機株式会社

みぎ代表者

立石一真

みぎ訴訟代理人

田辺哲崖

主文

被告は原告らに対し各金九四万円と、これらに対する昭和四一年四月一六日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は一〇分し、その九を原告らの、その一を被告の各負担とする。

この判決は原告ら勝訴部分に限り仮に執行することができ、被告は各金九〇万円の担保を供して仮執行を免れることができる。

事実

第一  請求の趣旨

被告は原告らに対し、各金一、〇〇〇万円あてと、これらに対する昭和四一年四月一六日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決と仮執行の宣言。

第二  請求の趣旨に対する答弁

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決。

第三  請求の原因事実

一  訴外亡吉田博一は次の事故によつて死亡した。

(1)  事故の日

昭和四一年四月一五日午前一時三〇分ころ

(2)  事故の場所

長岡京市下海印寺小字伊賀寺二〇番地被告会社中央研究所表門

(3)  事故の態様

吉田博一は、みぎ表門を出ようとして、鉄製自動扉と門柱の間に胸部をはさまれた。

(4)  吉田博一は、その場で即死した。

二  責任原因

被告会社は、表門にみぎ鉄製自動扉を設置して保存しているものであるが、この扉には、次の瑕疵があつたから、被告会社は、民法七一七条一項によつて賠償責任がある。

(一)  正門の自動扉は、鉄製パイプの扉で、門柱内にはめ込まれた電動モーターの作動によつて、レールの上を自動的に開閉できる仕掛になつている。

(二)  正門は、従業員のほか、一般人も通行するのであるから、通行者が、自動扉と門柱にはさまれることのないよう、自動扉に何か抵抗が加わつたときには、自動扉が、自動的に止まる安全装置が必要であり、被告会社が、電機メーカーである限り、それはたやすいことであつた。

(三)  そのような安全装置を設ける必要がないにしても、本件事故の原因になつた、正門の試験用スイッチを格納しておくスイッチボックスの蓋を施錠して、通行者が、試験用スイッチを勝手に操作して、自動扉を開閉しないようにしておくべきであつた。

(四)  本件事故のとき、吉田博一を救出しようとして試験用スイッチの開のボタンを押したが、自動扉は開かなかつた。このような緊急の際、開のボタンを押しても、自動扉が開かないのは、この扉が事故を予想し、これに対処できるようになつていなかつたといえる。

三  損害

(一)  吉田博一の損害

(1) 逸失利益

給与相当額 金八七五万九、〇七九円

賞与相当額 金四一六万八、四七〇円

退職金相当額 金九六万四、一三三円

その計算は、別表のとおり。

(2) 慰藉料

吉田博一は、昭和四〇年三月、早稲田大学第一理工学部電気工学科を卒業した二三歳の男子であることなど、諸般の事情を斟酌し、本件事故による精神的苦痛に対する慰藉料は、金三〇〇万円が相当である。

(3) 相続

原告らは、吉田博一の両親として、吉田博一のみぎ損害賠償請求権を、二分の一あて相続によつて承継取得したが、その額は、各金八四四万五、八四一円である。

(二)  原告らの固有の損害

原告らの本件事故による精神的損害に対する慰藉料は、各金三〇〇万円が相当である。

(三)  損害の填補

原告らは、被告会社から、金一〇二万七、三六〇円を受け取つたから、これを、みぎ損害に充当する。

(四)  弁護士費用

原告らの損害は、各金一、〇九三万二、一六一円になるが、原告らは、本件原告訴訟代理人に訴訟委任をし、各金七五万円(うち着手金二五万円)を支払うことを約束した。これが、原告らの弁護士費用の損害である。

四  結論

原告らの損害は、以上の合計である各金一、一六八万二、一六一円であるから、原告らは、被告会社に対し、各うち金一、〇〇〇万円と、これに対する本件事故の日の翌日である昭和四一年四月一六日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第四  被告会社の答弁と主張

一  請求の原因事実に対する認否

第一項は認める。

第二項の(一)の事実は認めるが、(二)ないし(四)の各事実は否認する。

第三項の損害額を争う。ただし、損害填補額と相続関係とを認める。

二  被告会社の主張

(一)  本件の正門は、午後一〇時三〇分閉鎖され、それ以後の開門は、本館受付の守衛室にある遠隔操作ボタンスイッチによつていた。

そうして、正門の試験用スイッチの操作は、社員に厳禁されていた。

吉田博一は、正式な残業命令がないのに居残つていたため、守衛に申し出て、遠隔操作ボタンスイッチによる開門の要請ができなかつた。そこで、吉田博一は、試験用スイッチを操作して出門をはかり、このスイッチの操作を誤り、自動扉と門柱にはさまれたものであり、被告会社には、なんらの責任がない。本件事故は、吉田博一の一方的過失による。

(二)  吉田博一は、就業規則七五条二項に違反して、勝手に試験用スイッチを誤操作した。これは、吉田博一の過失であるから、過失相殺の主張をする。

第五  証拠関係<略>

理由

一本件請求の原因事実中第一項の事実、第二項の(一)の事実は当事者間に争いがない。

二本件事故の態様について

みぎ争いのない事実や、<証拠>を総合すると、、次のことが認められ、この認定の妨げになる証拠はない。

(一)  被告会社の中央研究所は、昭和三五年ごろ設立されたが、被告会社が、自動制御装置のメーカーであるところから、正面表門に、電動式自動扉を設けた。

(二)  この自動扉は、表門の開口部、幅4.3メートルを開閉するもので、鉄パイプ製の長さ5.85メートル、高さ1.54メートルの鉄扉で、下部に車輪八箇がついていて、二条のレールの上を滑走する。その動力は、開口部東側の門柱の中にはめ込まれた四分の一馬力のモーターである。自動扉の速度は、一秒12.47センチメートルであるから、自動扉を開けたり閉めたりするのに、34.5秒が必要で、その力は、66.5キログラムである。従つて、大人四、五人が押えて、やつと動いている自動扉を停止させることができる。

この自動扉は、南方約七〇メートルの研究所本館守衛所のリモートコントロールスイッチで操作するようにしてあつた。

この開口部の西側門柱に、試験用スイッチボックスがあり、その中に上から、開、止、閉の三つのスイッチが取りつけられていた(添付図面参照)。

(三)  被告会社は、はじめのうちは、昼間でも、自動扉を閉め、出入者のあるたびに、前記リモートコントロールスイッチを操作して自動扉を開閉して出入者をチェックしていたが、そのうちに、正門の出入がはげしくなり、それでは、さばき切れなくなつた。

そこで、被告会社は、午後一一時から午前六時三〇分までの間は、自動扉で正門を閉鎖し、それ以外は、開けたままにした。

このように、深夜、自動扉が閉鎖されているときに、正門を通行するには、守衛に告げ、守衛にリモートコントロールスイッチを操作して貰つて出入する必要があつた。

しかし、被告会社の社員の中には、それがわずらわしいため、西側門柱にある試験用スイッチを自分で操作して出入する者や、自動扉を乗り越えて出入する者があつた。

試験用スイッチによつて操作すれば自動扉が開閉し、自由に出入ができることは、被告会社中央研究所の社員には周知のことであり、とりわけ、被告会社中央研究所の社員には、電気に専門の知識があるものが多いことから、そういえるのである。

試験用スイッチボックスは、以前から施錠されておらなかつたし、被告会社は、社員に対し、無断操作を禁じる趣旨の貼り紙をするなどして警告したことはなかつた。

(四)  吉田博一は、昭和四〇年早稲田大学第一理工学部を卒業し、中央研究所電子スイッチ研究室に所属していたが、昭和四一年四月一四日は、午後一〇時まで、残業する旨の届出をし、上司の許可を得て計量自動スイッチの製品化の研究を続けていた。

吉田博一は、この研究が急を要したので、午後一〇時以後も研究を続け、翌一五日午前一時すぎごろ、研究所から近い止宿先の寮に所用のため帰ろうとし、自分で、試験用スイッチボックスのスイッチを操作して自動扉を開けて外に出たのち、体の左上半身をいれて、スイッチボックスのスイッチを操作して自動扉を閉めようとしたところ、自動扉が十分開いていなかつたのに閉まりはじめ、自動扉と門柱との間に胸部をはさまれてしまつた。

この様子は、添付図面のとおりである。

(五)  このスイッチボックスのスイッチは、開から閉に押しても、開きつつある自動扉は閉まらず、開から止、それから閉に押してはじめて閉まるのである。開けるときも同様である。

(六)  本件事故の調査に当つた京都下労働基準監督署は、被告会社に対し、自動扉が種々のクラッチでどんな場合にでも開閉できるようにすることと、試験用スイッチボックスに施錠することを指示した。

三責任原因

(一) 本件の自動扉は、被告会社中央研究所の正面表門に設けられたものであるから、被告会社の設置、保存する土地の工作物である。

この土地の工作物である表門自動扉には、設置、保存上安全性が欠如していた。すなわち、

自動扉が、夜一一時から朝六時三〇分まで閉鎖されている間でも、被告会社の社員の中には、試験用スイッチボックスのスイッチを操作して出入する者があつた。

ところが、この自動扉は、大人が四、五人位で押さえなければ止まらないもので、自動扉に何か抵抗が加わつたとき、直ちに自動的に電流が切れて自動扉がとまる仕掛にはなつていなかつた。

しかも、自動扉が動いているとき、試験用スイッチを閉から開、開から閉に操作しても、開閉できず、一度、止のスイッチを押さないと開閉できないため、とつさの事故の場合、自動扉を開閉することができないものであつた。

このようにみてくると、被告会社の社員が、試験用スイッチを勝手に操作しないようにスイッチボックスの施錠を完全にしなかつた点、社員が試験用スイッチを勝手に操作して、自動扉にはさまれたような場合、自動的に電流が遮断される装置をつけておかなかつた点、試験用スイッチの操作を簡単なものにしなかつた点で、本件自動扉には、設置、保存の瑕疵があつたわけである。

ここで、注意すべきことは、本件自動扉が設置されたときは、昼間も閉鎖してリモートコントロールスイッチで操作していたが、それが、昼は開けたままにし、午後一一時から閉鎖されることに変つたことである。従つて、被告会社としては、自動扉の用途が変つたことに留意し、深夜閉鎖中にも、以前と同様の装置の電動式自動扉が必要であるかどうかを吟味し直す必要があつたわけである。そうして、深夜でも、やはり自動扉によつて閉鎖しておく必要があるのなら、社員が、試験用スイッチを作動させていることに気づき、その安全対策を講ずるべきであつた。そうして、その方法は、試験用スイッチボックスに施錠をするか、自動扉に何らかの抵抗が加わつたとき自動的に電流が切れる安全装置をつけることである。このようなことは、被告会社が、自動制御装置のメーカーであることから、たやすいことであつた。

被告会社は、電機のメーカーであるため、一般には利用されないような電動式自動扉を、表門に設置したのであるから、その安全性については、十分な配慮が必要であつたとしなければならず、上記のような安全性を具備するように、表門の自動扉の設置保存を要求することは、被告会社に酷なことを強いることにならない。

(二)  しかし、本件事故の原因は、吉田博一の試験用スイッチの誤操作によるものであるから、これは、吉田博一の過失として、損害額算定の際斟酌しなければならない。

当裁判所は、吉田博一のこの過失を、六割と評価する。

四損害額

(一)  吉田博一の損害

(1)  逸失利益

金三八七万三、九〇五円

死亡時の年令 二三歳

就労可能年数 三七年

<証拠>によると、吉田博一が勤務していた被告会社の停年は、六〇歳であることが認められる。

死亡時の月収 金二万八、三二〇円

<証拠>によつて認める。

年間賞与 金九万三、〇〇〇円

<証拠>によつて認める。

生活費控除 二分の一

{28,320円×12月)+93,000円}×0.5×16.7112(37年のライプニツツ係数)=3,616,637円

なお、原告らは、吉田博一は、定期昇給することを前提に、逸失利益を算出しているが、被告会社で勤務を継続した場合、吉田博一がどのように昇給するのかが的確に認められる証拠がない。甲第一二号証の八頁によつても、吉田博一がどれに該当するのか判らない。なぜならば、吉田博一は、被告会社に就職してまだ一年にしかならないからである。

退職金の逸失利益

吉田博一の退職時の賃金がいくらかは正確に判らないが、死亡時の金二万八、三二〇円を下らないからこれによる。

28,320円×43.3(55歳で退職一時金が支給されるから((甲12号証の56頁)勤続32年で計算)×0.5(生活費控除−退職一時金を給料の後払いとするとき,生活費を控除する必要がある)×0.2098(32年のライプニツツ係数)=257,268円

吉田博一の逸失利益は、以上の合計金三八七万三、九〇五円になる。

(2)  慰藉料 金一〇〇万円

本件に顕われた諸般の事情を斟酌し、吉田博一の精神的損害に対する慰藉料は、金一〇〇万円が相当である。

(3)  相続

原告らが、吉田博一の両親であることは、当事者間に争いがないから、原告らは、吉田博一のみぎ損害賠償請求権を相続によつて承継取得したもので、その額は、各金二四三万六、九五二円である。

(二)  原告ら固有の損害

各金一〇〇万円

本件に顕われた諸般の事情を斟酌すると、原告らの精神的苦痛に対する慰藉料は、各金一〇〇万円が相当である。

(三)  過失相殺と損益相殺

原告らの損害は、以上の合計金三四三万六、九五二円であるが、前記割合による過失相殺と、損益相殺をすると、各金八六万円(千円以下切捨)になる。

3,436,952円×0.4−513,680円=861,100円

(四)  弁護士費用

<証拠>によると、原告らは、本件原告訴訟代理人に訴訟委任をし、着手金として金五〇万円を支払つたことが認められるところ、本件事故の損害として被告会社に負担が求められるのは、各金八万円が相当である。

五むすび

原告らは、各金九四万円と、これに対する本件事故の日の翌日である昭和四一年四月一六日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを被告会社に請求できるから、原告らの本件請求をこの範囲で正当として認容し、民訴法八九条、九二条、一九六条に従い主文のとおり判決する。

(古崎慶長)

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