京都地方裁判所 昭和45年(ヨ)199号 決定 1970年12月25日
申請人
檜村賢一
代理人
仲田隆明
樺嶋正法
被申請人
学校法人立命館
代理人
北川敏夫
ほか四名
主文
本件仮処分申請を却下する。
申請費用は申請人の負担とする。
事実
第一 当事者の申立
申請人は、「被申請人は申請人に対し、申請人が被申請人の設置する立命館大学産業社会学部を昭和四五年三月二一日に卒業したことを証する旨の記載のある同大学総長武藤守一および同学部長細野武雄作成名義の卒業証書ならびに申請人が同学部を卒業したことを証明する旨の記載のある同学部長作成名義の卒業証明書各一通を交付せよ。」との裁判を求め、被申請人は主文同旨の裁判を求めた。
第二 当事者の主張
一 申請の理由
(一) 被保全権利
申請人は、被申請人の設置する立命館大学産業社会学部の卒業式の行われた昭和四五年三月二一日までに同大学に四年間在学し、同学部において同大学学則所定の単位を履修してその試験に合格していた。同学則第八条には「大学に四年間以上在学し、所定の単位を履修してその試験をうけ、これに合格したものは学士と称することができる。」と規定している。これは卒業なる法律効果の発生要件を定めたものに他ならないから、被申請人は、同日同大学同学部を卒業した申請人に対して申請の趣旨記載の卒業証書および卒業証明書を交付すべき義務がある。
(二) 必要性
しかるに、申請人の請求にもかかわらず、被申請人は右卒業証書等を交付しないが、申請人が同年四月から就職するについてはこれを提出しなければ立命館大学産業社会学部の卒業者として採用され、または処遇されない不利益を受けるので、この著しい損害を避けるため被申請人に対して右証書等の交付を求める外はない。
二、被申請人の答弁並に抗弁
(一) 本案前の抗弁
(1) 卒業なる法律効果を取得するためには、四年間在学し所定単位を履修し、その試験に合格したのみでは足らず、立命館大学産業社会学部教授会の判定および同大学学長(立命館大学にあつては総長と称するが、以下学長と呼ぶ)の決定が必要である。後述のとおり被申請人は申請人に対して、申請人が未だ卒業と判定し決定される状態に立到つていないと判断し卒業保留の処置をとつているのであるが、卒業判定および決定は純粋に教学に関する事項であり、本来教授会および学長の教育的自由裁量に属するものであるから、そのいづれかの判定に対しては勿論、未だこれを決しない保留状態に於てはなおさら司法的審査は及ばないのである。
(2) 被申請人は本件仮処分申請事件の正当なる当事者でなく、被申請人たる当事者適格を欠く。すなわち、私立学校の経営と校務とは厳格に分離されており、校務に属する卒業証書等の発行交付は被申請人が設置している立命館大学またはその学長のみがなすことができ、被申請人にはその権限がない。
(二) 本案に対する答弁
申請人主張の申請の理由中、申請人が主張の時期に産業社会学部に四年間在学し、所定の単位を履修しその試験に合格していたこと及び学則第八条に主張の如き定めあることを認めるが、その余は争う。
(三) 抗弁
(1) 申請人は、学費を滞納し卒業保留中の者で、未だ卒業なる法律効果を取得していない。「卒業該当者が学費滞納のときは、卒業を保留し、三月末日付(第四九条による卒業該当者は九月末日付)で除籍する。ただし特別の事情があると認められる者については、翌年三月末日まで猶予することができる。」と規定する立命館大学教務事務取扱規則第一七条により、被申請人において昭和四五年三月末日付で除籍すべきところ、申請人の利益のため卒業を保留しているのである。すなわち、申請人は被申請人の設置している立命館大学学思寮に入寮していたけれども、申請人は昭和四三年一一月一日から昭和四四年一二月二五日までの一月金一、五〇〇円の割合の寮費、同年同月二六日以降にわたる少くとも一月金六、〇〇〇円の割合の賃料相当損害金(被申請人において右寮の閉鎖処分をしたので、申請人に対して退去命令が到着した日以降は損害金となる。)、これに附随する昭和四四年三月分以降にわたる電気料およびガス代、同年四月分以降にわたる水道料(以下「寮費等」という。)をそれぞれ被申請人に対して支払わない。しかして、立命館大学学費納付規程第一条第二項において「学費とは入学金・授業料・維持拡充費・実験実習料・謝恩基金その他をいう。」と定められており、寮費等は右条項にいう「その他」に該当する学費である。
(2) 卒業なる法律効果を取得するためには前述の如く、単に四年在学し、所定単位を履修しその試験に合格したことだけで足るものではない。更に教授会に於て卒業させるを相当とするとの判定を経て学長が卒業認定することを必要とするのである。そしてここに教育の特性が存するのである。
教育の目的は「人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として真理と正義を愛し、個人の価値を尊び、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期」することにあり(教育基本法第一条)、大学は「学術の中心として広く知識を授けるとともに深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用能力を展開させることを目的とする」(学校教育法第五二条)ものであるが、大学はかかる目的を達したと認められる学生に対して卒業を認めるものであつて、この目的が達せられていないと認められる者に対しては相当の期間卒業を保留する措置をなし得る。しかして、申請人の後記非行は申請人についていまだ教育目的が達せられていないことの徴表であり、これら非行は直ちに徴戒処分に値する悪質なものであるけれども、被申請人は教育的立場を尊重し、申請人に対し卒業の可能性を与えつつ自主的反省を期待して卒業保留という処置をとつているのである。要するに申請人は未だ卒業資格を取得していない。
申請人は単独または数人と共謀し、或は申請人が参加している立命館大学寮連合の構成員と共同し、さらには同大学全学共斗会議の構成員と共同して、(イ)立命館大学解体を呼号し、大学設備中とくに中川会館、存心館、恒心館等を実力をもつて徹底的に破壊し、(ロ)寮を解放区と宣言し、これを拠点として鉄パイプ、角材、ヘルメット等で武装して大学構内に押し入り、教職員および学生の研究、学習、労働する権利、さらには人身の不可侵、身体の不拘束等の基本的人権を侵害し、(ハ)これに批判的な行動をする寮生に対して暴力を振るい、傷害を負わせ、不当な退寮処分を行い、これらの寮生の生活権を侵奪し、(ニ)大学の許可を受けることなくほしいままに特定の学生を寮連合の名において不当に入寮させ、大学の寮施設たる性格を否定し、(ホ)寮費、水光熱費の不払いの宣言をして、これを実行し、被申請人に対し甚大な経済的損害を惹起させ、(ヘ)再三にわたる被申請人の寮費等の支払等の提案、催告についてこれを悉く拒絶し、(ト)寮生が卒業するに当り、被申請人が民主的なルールに基づく説得を行い、申請人らおよびその身元保証人の意見の聴取の機会を与え、寮費の支払いについても被申請人が十分な配慮をしていることを知悉していたにもかかわらずこれを拒否する等の言動をした。
三、抗弁に対する申請人の答弁並に再抗弁
(二) 本案前の抗弁に対して
(1) 裁判所は能力の判定等学校教育における教学上の問題には介入できない場合もあるが、本来卒業なる法律効果は学長の卒業認定を俟つて生ずるものではなく、卒業認定は生じた卒業なる法律効果を確認する形式的な行為に過ぎないのである。又教授会の判定も卒業のための前記要件を充足した場合にはごく形式的なものに過ぎず、機能的には単位不足者に対する救済会議の役割を果している程のものである。従つて卒業なる法律効果の有無を判断することは何ら教育的裁量権を侵すものではない。
(2) 学校法人と大学間の経営と教学との分離は内部的な問題に過ぎず、対外的に代表権を有するのは学校法人しか存在しないから、被申請人に本件についての当事者適格があることは言うまでもない。
(二) 本案の抗弁に対して。
(1) 学費滞納の抗弁事実中、立命館大学教務事務取扱規則および同大学学費納付規程中に被申請人が主張するような内容の規定があることは認めるが、その余の事実は否認する。寮費等は学費には該らない。すなわち、学費とは学生と学校法人との間に締結された在学契約から直接発生するものに限られるのであつて、在学契約とは別個であり、一般の下宿契約と性質を同じくする寮入居契約から生ずる寮費等が学費であるとは到底言うことができない。また、申請人は滞りなく寮費等を申請人の入居している学思寮委員会に支払つているが、寮における寮生の自主性の確立の問題等についての被申請人のかたくなな態度から、右寮委員会において寮費等の不払斗争を行つているに過ぎない。
(2) 非行による卒業保留の抗弁事実中、申請人が寮連合に所属していたことは認めるが、その余の事実は否認する。申請人は被申請人が主張するような非行をしたことはない。立命館大学の学則等には教育目的を達しない場合に卒業を保留できる旨の規定は全く存しないし、そもそも教育基本法の掲げる教育の目的は教育の達すべき理想であつて、現実には四年以上在学し、単位を履修して試験に合格することによつて、この目的は達せられたというべきである。
(三) 申請人の仮定再抗弁
(1) かりに寮費等が学費に該当するとしても立命館大学寄宿舎規程第一五条によれば寮費は寮生より寮長に支払い、寮長はこれを学生部を経て経理課に納付することになつている。申請人は昭和四五年二月分までの寮費を寮長に支払いその領収証も受取つているから弁済ずみである。
(2) 然らずとしても少額の滞納であり、しかも申請人と同様に寮費を滞納していた磯辺俊夫については、被申請人に対して後日それを支払うという約束をしたのみで、被申請人は同人の卒業を認定している事実もあるので、申請人のみを卒業保留とすることは権利の濫用であつて許されない。
四、仮定再抗弁に対する被申請人の答弁
再抗弁事実を否認する。
理由
第一まず、被申請人の本案前の抗弁について判断する。
一、被申請人は学生の卒業認定についてはその設置する立命館大学産業社会学部教授会および同大学学長の教育的自由裁量に属する事項であるから、裁判所の司法的審査に親しまないと主張する。
右主張の当否は別として、本件に於てこれを本案前の抗弁とすることは誤つている。即ち卒業なる法律効果発生の要件事実については後に検討するところであるが、卒業証書の交付が卒業なる法律効果発生の要式行為に当るとは解せられず、卒業なる法律効果が生じたことを前提として卒業証書等交付請求権が生ずるものと解すべきであるから、卒業認定に関して司法審査が及ばず、その結果卒業なる法律効果が発生したことが認められず、引いて卒業証書等交付請求権が認容し得ないこととなつても、それは右請求権の存在が認められないからであつて、右請求権の存否に対し司法的審査が及ばず、本件仮処分申請自体が不適法であるという理由からではない。
二、次に被申請人は、私立学校の経営と校務とは分離されているので、本件の正当なる当事者は立命館大学またはその学長であつて、被申請人は被申請人たる当事者適格を欠くと主張する。
学校法人は学校の設置者として大学を管理し経費を負担し、教育作用は教員に委ねられ、学生の入学、卒業等が教授会の議を経て学長により定められ(学校教育法施行規則第六七条)、成績、在学、卒業等の証明が学部長名でなされる(立命館大学教務事務取扱規則第四三条)こととされているが、経営と教育との分掌は教育の純粋性を保持し充分な教育作用を発揮せしめるための考慮から出た学校法人と学校間の内部的規制に過ぎず、対外的法律関係に於てまでさような要請あるものとは解されない。学校が学校法人より独立して権利能力なき社団としての実質を具えているか否かは別として、屋上屋を架し法律関係を複雑化せしめることとなり、学校又は学長が本件申請につき正当な被申請人適格を有するとの見解は採りえない。
第二本案について
一、申請人は卒業なる法律効果を取得したことを前提として卒業証書等の交付を求めているのであるが、卒業なる法律効果発生に関して如何なる法律要件を必要とするかについて当事者間に見解を異にするので、ここにこれを整理して置かねばならない。
(1) 学校教育法第六三条第一項は「大学に四年以上在学し一定の試験を受けこれに合格した者は学士と称することができる」と定め、立命館大学学則第八条にも同旨の規定がある。卒業なる法律効果取得のため更に他の要件を必要とするか否かはさて措き、右に規定する要件は明らかに必要不可欠のものである(以下これを積極要件と呼ぶ)。
(2) 学校教育法施行規則第六七条は「学生の入学、退学、転学、休学、進学の課程の終了及び卒業は教授会の議を経て学長がこれを定める」と規定、立命館大学学則第一一条には、「学生の入学、卒業、その他学生の身上に関する事項」を教授会の審議事項の一つと定めている。他方学校教育法第一一条、同法施行規則第一三条では学長に学生に対する懲戒権として退学その他の処分をなし得ることを規定している。立命館大学学則第二五条、立命館大学教務事務取扱規則第一七条では、授業料その他学費納入義務あること、「卒業該当者が学費滞納のときは卒業を保留し三月末日付で除籍する」等のことを定めている。
右各規定によれば、学生が前記積極要件を具備した場合であつても、(イ)授業料その他学費を滞納したときは卒業を保留せられることあり、(ロ)懲戒処分として卒業認定を受け得ない場合もあることが明らかである。卒業なる法律効果を取得するためには右(イ)、(ロ)の事由は存在してはならない事項である(以下これを消極要件と呼ぶ。)
(3) 以上によれば、卒業なる法律効果は単に積極要件の充足を条件として発生するものでないことは明白である。又消極要件特に懲戒事由の存否についての判断は教育的自由裁量として教授会や学長の自主的判断に委ねらるべき性質のものであるから、卒業なる法律効果の発生については右消極要件に該当する事実なしとする判断と表裏をなす学校機関による積極的卒業認定により生ずるものと解すべく、積極要件の存在及び消極要件の不存在を条件として発生するものとも解されない。即ち卒業なる法律効果は(1)積極要件の存在、(2)消極要件の不存在、(3)教授会の卒業判定を経て学長のなす卒業認定―卒業なる法律効果を生ぜしめる形成的意思表示―の充足によつて発生するものというべきである。
二、卒業なる法律効果の発生要件を右の如く把握するとすれば、積極要件が存在し消極要件の不存在な時は学生は学校に対し、卒業なる法律効果を生ぜしめる学長の形式的意思表示を求める権利(以下これを卒業認定請求権と呼ぶ)を有するものといわねばならない。
学生と学校との入学に始まり卒業に終る在学関係は、学校設置者の公私を問わず、教育作用が国家及び社会の形成者としての国民の知識、人格の育成に関する重大な公益的関心事であるから、学校についての人的物的作用的な制度の側面に関し多くの公法的規制が設けられてはいるが、基礎的には対価を支払い、これらの営造物を利用し卒業を終局目的とする在学契約としての性質を失うものではないから、公法的側面を強調するとしても、学生に積極要件が充足し、消極要件の不存在が言いうるに拘らず、なお卒業認定の意思表示をなすことを拒否し得るものではないと考えるべきであると共に、卒業認定を不可とする消極要件なしと判断される限り、これと表裏をなす卒業認定をなすべきことが義務づけられても何ら不都合はないと考えられる。かようにして積極要件が存在し、消極要件が不存在であるときは学生は卒業認定請求権を有し、学校はこれに対応する義務を負うものというべきである。学校がかようにして卒業認定を義務づけられると解釈しても、学校が積極要件のうち、例えば試験の合否についてなした判定、或は消極要件殊に懲戒処分の当否について判断を加えることではないから、何ら教育的自由裁量を侵すものではない。そして卒業認定請求権を構成する要件事実のうち、積極要件の充足については卒業認定を求める学生に、消極要件の存在は学校に主張立証責任があるものと見るべきである。
三、以上の法律関係を念頭に置いていま本件について考察するに、申請人が被申請人の設置する立命館大学学長より卒業認定の意思表示を受けていないことは申請人の主張自体より明白である。とすれば申請人が前記積極要件を充足している事実については当事者間に争いはないが、卒業なる法律効果を未だ取得していないのであるから、卒業によつて生じる卒業証書等交付請求権は発生しておらず、申請人主張事実からすれば前項に考察した如く、申請人に消極要件の不存在が認められるとするならば、卒業認定請求権を有すると言い得るに過ぎない。そこで本件に於ける被保全権利を右卒業認定請求権として、この権利の存否について考察しなければならない。
以下被申請人が抗弁する各消極要件事実の存否について判断する。
学費等滞納を理由とする卒業保留について。
卒業該当者が学費を滞納したときは卒業を保留し、三月末日付で除籍する(立命館大学教務事務取扱規則第一七条)との定めあることは前記のとおりである。そして立命館大学学費納付規程第一条によれば、「学費とは入学金、授業料、維持拡充費、実験実習料、謝恩基金その他をいう」と定義している。
(1) 被申請人は寮費は右規定の「その他」に該当すると主張するので、この点について考察する。
学生と学校との間の在学関係は、学校の人的物的施設を利用して教育を受け、これに対して対価を支払うと言う契約関係であるから立命館大学学費納付規程に定める学費と言うのも、右在学契約関係より生ずる対価一切を含むものと解すべきである。ところで右規程に定義する学費の名目的区分に必ずしも絶対的意味があるとは考えられないが、対価と言つても授業料等の如く教育に対する直接的な意味合を持つと思われるものもあり、謝恩基金等の如くそうでないものもある。学校設置者は営利法人ではなく利益追及を目的として学校を設置するものではないが、それだけに収支相償ない教育施設が維持存続されるに足る経済的基礎の合理性、いわば経済的自足性を具える必要があることは言うまでもない。
学校教育法第三条、同施行規則第六六条に基づく文部令二八大学設置基準第三七条第五項によれば、大学は「なるべく講堂、体育館及び寄宿舎を備えるものとする。」旨定め、学校教育法施行規則第四条第一項第九号は「寄宿舎に関する事項」を学校の学則中に記載しなければならない旨規定し、学校制度に関する公法的規制として、寮の設置を必要不可欠のものとはしていないが、これを設置することが期待されている。被申請人に於てもこの要請に従つて寄宿舎を設置し、立命館大学寄宿舎規程を設け第三条「寄宿舎は、本大学の教育精神に則り、学生生活の援護をなすと共に、共同生活をなすことによつて寮生の人格の完成と社会生活の訓練を期することを目的とする。」、第二条「寄宿舎は、学生部の所管に属し、大学院、大学の学生を入寮せしめる。」、第六条「入寮希望者は、所定の入寮願を学生部長に提出することを要する。」、第七条第一項「入寮は前条の手続を終えた者の中から入寮詮衡委員会を開いて選定し学生部長がこれを許可する。」、第一〇条「入寮年限は本学学生の身分を保有し得る期間とする。ただし本学学生の身分を喪失した者は一ケ月以内に退寮しなければならない」等と定めている。
また、被申請人提出の被申請人財務部財務課長太田好一の陳述書によると、昭和四一年度から昭和四三年度までの間における寮維持費は全寮費収入の数倍ないし一〇倍近くにも達し、その不足分は被申請人の経常収入(主として学生の納付金)から補填され、毎年相当額にのぼる寮建設費の償還もすべて右経常収入より支出されていることが認められる。
これらの事実からすれば、寄宿舎は学生たる身分を有する者のみを対象とし、これに居住の場を得せしめて教育的環境の保持を図る目的のもとに公法的要請に基づき設置されるものであつて、教育作用がそこで直接行なわれる場所ではないが、学校の教育的設備の内に含まれるものと解すべきであり、又寄宿舎の維持管理についても学校の一般経常収入に多く依存し比較的低額の寮費とし学生に対し生活援助的意味合を持つているものと言うべきである。かような性質からみて寄宿舎の入居関係を単にいわゆる下宿契約と同視することは明らかに誤りである。これが全寮制を採つている場合を想定すれば、その費用が在学契約に基づく対価の中に含まれるにふさわしいことが容易に肯けよう。しかしこのことは全寮制を採らない場合であつても、同一であつて、寄宿舎を利用する学生との間では在学契約(直接的には入寮願、それに対する許可と言う契約関係によることは勿論であるが)に基づく対価と解して差支えがない。ただその徴収方法について、寮費以外の学費は額が一定しており納期は学期の初めとされているので、水道、光熱費等を含み額が一定せず、従つて後日払を適当とする寮費とは自ら異ならざるを得ないが、この点の相違は入寮生と学校との間で寮費が在学契約に基づく対価的性質を有していることを否定する充分な理由とはなし得ない。
以上学校の一般経常収入よりの支弁に依存し、副次的教育設備としての寮の利用に対する対価は、前記学校経営の維持管理についての経済的自足性よりしても授業料等に類する費用として徴収して然るべきものであつて、これを前記学費納付規程に言う「その他」に該当するものと解する。(全寮制の場合であつても、寮費は前記のとおり光熱費等を含むためそれ以外の学費と別異の徴収方法をとることになるであろうことが考えられる。まして一部の学生との間での寮利用関係に過ぎない立命館大学の場合右徴収方法の相違と共に寮費を学費の定義中に明記することを適当としなかつたことが窺える。)
(2) 次に寮費滞納の有無について考察する。
前記寄宿舎規程及び申請人の入寮する学思寮規約によれば、寮費には月額所定の舎費の外電灯、ガス、水道料の実費及び食費を含むのであるが、このうち食費は学校を経由せず寮委員会より生協に支払うこととなつており、舎費及びガス、電灯、水道費を合せた寮費は、寮長が毎月二五日迄に当月分を集めて毎月末迄に学生部を経て経理課に納付することと定められており、申請人提出の申請人昭和四五年三月三〇日付および同年八月一日付の各陳述書、領収書によれば申請人はその規定どおり学思寮の寮長の属する寮委員会に対して、昭和四五年二月分まで毎月金一、五〇〇円の寮費および水光熱費の実費を支払つていたことが認められる。(なお、被申請人提出の「ご通知」と題する書面によれば、被申請人は昭和四四年一二月二三日付で寮の一時閉鎖と寮生の退去を求める通告を出したことは明らかであるけれども、それより後もなお寮にとどまつた者に対する損害金が少くとも一月金六、〇〇〇円であることの疎明はないので、退去命令が申請人に到達した日以降の損害金もそれ以前の寮費と同額であると認められる。)そして前記申請人の属する寮連合と被申請人との間に寮における寮生の自主性の確立等の問題から紛争が起り、この解決のため寮委員会において昭和四三年一一月以降の舎費、電気料、ガス代については昭和四四年三月以降、水道料については同年四月以降の分につき被申請人に納付していないことは申請人の明らかに争わないところであり、被申請人提出の大谷良一の陳述書によれば、申請人は寮委員会が右寮費等を被申請人に対して納付しないことを知りながら寮連合の一員として右斗争を支持し、これを右寮委員会に支払つていたことが明らかであり、前記寄宿舎規程によつても寮委員会への納付は学校への弁済の一過程であつて、未だ弁済を了したとは解し得ないから申請人は右期間の寮費等を被申請人に対して支払つていないといわざるを得ない。
(3) なお申請人は極めて少額の滞納額であり、また他に寮費を後日納付するという約束をしたのみで卒業を認定された者もいるので、申請人についてのみ卒業を保留するのは権利の濫用であつて許されないと主張する。しかし、前記のごとき滞納額が一概に少額であるとは言い難く、又なるほど申請人提出の磯辺俊夫の陳述書によると、同人は昭和四五年三月末日、滞納寮費金二万六、〇〇〇円につき経済的事情により全額を一時払にできず、金一万円を即時に支払つたけれども、残額金一万六、〇〇〇円は「滞納克服書」という書面を提出して後日必ず支払うことを約して猶予を求めたところ、被申請人はこれを認めて卒業を認定した事実が認められるが、申請人については滞納額の一部についての支払いもなく、後日必ず支払いをする旨の「滞納克服書」も提出していないのであつて、かような具体的事情に即して適宜の取扱をしたからといつて申請人の卒業を保留することが権利の濫用になるということはできない。
四、して見れば、申請人は学費を滞納している者であり、これに対する被申請人の卒業保留は理由のあることであるから、申請人の非行を理由とする卒業保留処分なるものの性質、その当否について判断するまでもなく、申請人は被申請人に対し卒業認定請求権を有しないものというべく、被保全権利を欠くから本件仮処分申請は理由がない。
よつてこれを却下することとし、民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり決定する。(林義雄 蒲原範明 山田敦生)