京都地方裁判所 昭和46年(ワ)415号 判決 1974年1月31日
原告
熊谷亮三
被告
松尾敬三郎
主文
被告は原告に対し金一、一一七、六一七円および内金一、〇一七、六一七円に対する昭和四六年四月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを六分し、その五を原告の、その余を被告の、各負担とする。
この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができ、被告は原告に対し、金八〇〇、〇〇〇円の担保を供して右仮執行を免れることができる。
事実
第一請求の趣旨
一 被告は原告に対し金七、二六九、五五五円およびこれに対する昭和四六年四月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決および仮執行の宣言を求める。
第二請求の趣旨に対する答弁
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求める。
第三請求の原因
一 (事故の発生)
原告は、次の交通事故によつて傷害を受けた。
(一) 発生時 昭和四三年二月一七日午後五時二〇分頃
(二) 発生地 京都府乙訓郡長岡町上新田一の四福寿荘前府道伏見柳谷高槻線道路上
(三) 加害車 小型四輪乗用自動車(京五む二九五六号)
運転者 被告
(四) 被害者 原告(加害車に同乗中)
(五) 態様 前記道路上で、加害車が進路前方の道路左端に停車中の小型四輪乗用自動車(京五ぬ六四六三号。運転者訴外八木章夫)に追突。
(六) 原告の傷害の部位程度と後遺症
原告は、本件事故により、頸椎挫傷、腰椎捻挫の傷害を受け、本件事故当日河合外科医院で応急処置を受けたあと、京都第二赤十字病院ほか八カ所の病院に入通院して治療を受けたが、昭和四六年三月六日現在なお頭痛、耳鳴、めまい、視野狭窄、視力減退、左上肢不全麻痺等自賠法施行令二条別表七級四号に該当する後遺症が残り、軽易な労務以外の労務に服することができず、将来全治の見込はない。
二 (責任原因)
被告は、加害車を運転して前記道路上を走行中、右手に自動車のハンドルを持ち、左手に布片を持つて自動車の窓硝子の曇りをふきつつ走行を続けたため、進路前方の道路左端に停車中の前記八木章夫運転の小型四輪乗用自動車に気付かず、同車に後方から追突したものであつて、本件事故は被告の前方不注視の過失によつて発生したのであるから、被告は、不法行為者として民法七〇九条により、本件事故によつて生じた原告の損害を賠償する責任がある。
三 (損害)
(一) 治療費、交通費、雑費 金九三、九一四円
(二) 休業損害 金二、〇五四、二一六円
原告は、本件事故当時、電機加工業を営み、一カ月平均金五五、三三三円(一日平均金一、八四四円)の収入を得ていたが、前記傷害のため事故当日の昭和四三年二月一七日から昭和四六年三月六日までの一、一一四日間休業を余儀なくされ、その間右収入を得られず、合計金二、〇五四、二一六円(1,844円×1,114日)の損害を蒙つた。
(三) 逸失利益 金二、三九〇、四二五円
原告は、前記傷害の症状が固定した昭和四六年三月六日以降も前記後遺症のため労働能力の五六パーセントを喪失し、この状態は少なくとも向後一六年八カ月間は継続する。なお、原告は、昭和四八年四月一日から長岡京市国民健康保険診療所で用務員として働き月収金四六、一〇〇円を得ているので、同日以降の損害についてはこの収入分を差引いたうえ原告の逸失利益の額を算出すると、その額は次のとおり金二、三九〇、四二五円になる。
{(55,333円×0.56)×25カ月}+{(55,333円-46,100円)×0.56×175カ月}=2,390,425
(四) 慰藉料 金二、九四〇、〇〇〇円
本件事故によつて原告が蒙つた精神的損害を慰藉すべき額は、前記傷害の部位程度と治療状況に鑑み入通院分として金一、六九〇、〇〇〇円、前記後遺症の内容程度に鑑み後遺症分として金一、二五〇、〇〇〇円が相当である。
(五) 損害の填補
原告は、本件事故による損害に関し、自賠責保険金一〇〇、〇〇〇円を受領したほか、被告から金一〇九、〇〇〇円の支払を受け、これを前記損害金の一部に充当した。
(六) 弁護士費用 金四〇〇、〇〇〇円
四 (結論)
よつて、原告は被告に対し、金七、二六九、五五五円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四六年四月三〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第四被告の主張
一 (請求原因に対する答弁)
(一) 原告主張の請求原因第一項中、(一)ないし(五)の事実を認め、(六)の事実は争う。
(二) 同第二項中、本件事故の発生につき被告に前方不注視の過失があつたことは認める。
(三) 同第三項中、(五)の事実は認めるが、その余の事実は争う。
二 (抗弁)
(一) 過失相殺
本件事故は被告がテレビの部品を購入するため加害車を運転して大阪に赴く途中で発生したものであるが、原告は被告の知人であり、当時大阪に行く用件があつたため被告に頼んで加害車に便乗していたもので、いわゆる好意同乗者であつたから、その損害については過失相殺の方法で相当額が減額されるべきである。
(二) 損害の填補
原告は、本件事故による損害に関し、その主張の填補額のほかに、自賠責保険金三四一、九七二円を受領し、また被告から治療費名儀で金八八〇、一八五円の支払を受けている。なお、原告は本訴請求外にも治療費金一、二二二、一五七円、コルセツト代金七、〇〇〇円の損害を蒙つているので、この額を原告の本訴請求分に加算したうえその総額について過失相殺の適用を求める。
第五抗弁事実に対する原告の答弁
一 被告主張の抗弁(一)の事実は争う。
原告は、昭和四二年六月頃取引先から受け取るべき下請加工賃の内金四、〇〇〇円を被告に費消横領されたため被告にその弁償を求めたが、被告は資力がないためその支払に代えて被告の乗用車に原告を乗せることを約束していた。また、原告は、本件事故前被告にテレビを貸与していたところ、被告がこれを破損しその弁償のためのテレビの部品を大阪まで探しに行くことになつた。そこで、原告は、本件事故当日、被告から大阪まで一緒についてきてくれと頼まれてやむなくこれに応じ、かつ前記の債務弁済に代えて加害車に同乗中、被告の前記過失によつて本件事故が発生したもので、いわゆる好意同乗中の事故ではない。
二 同(二)の事実は不知。
第六証拠関係〔略〕
理由
一 (事故の発生と責任の帰属)
原告主張の請求原因第一項(一)ないし(五)の事実並びに本件事故の発生につき被告に前方不注視の過失があつたことは、いずれも当事者間に争いがない。
そうすると、被告は、本件事故につき、不法行為者として損害賠償責任を負わなければならない。
二 (原告の傷害の部位程度と後遺症)
〔証拠略〕を総合すると、次の事実が認められ、この認定を左右するにたる証拠はない。
(一) 原告は、本件事故により、頸椎挫傷の傷害を受け、次のとおり入通院して治療を受けた。
昭和四三年二月二〇日関西医科大学付属病院通院
同日から同年四月一日まで京都第二赤十字病院通院
同年二月二七日川井外科医院通院
同年三月二八日加茂川病院通院
同年四月一日城北病院通院
同月二日から同年九月五日まで同病院入院
同月六日から昭和四四年一月二九日まで同病院通院
同年二月五日から同月九日まで京都桂病院通院
同月一〇日から同年七月一九日まで同病院入院
同月二〇日から昭和四五年一月二二日まで同病院通院
昭和四三年一二月一三日から昭和四四年二月四日まで串田耳鼻咽喉科医院通院
昭和四三年一一月五日から同月六日まで遠坂眼科医院通院
同年一〇月二九日から昭和四五年四月一日まで京都大学医学部付属病院通院
同年二月六日から昭和四六年三月六日まで京都府立医科大学付属病院通院
(二) 原告は、本件事故直後、頸部痛、右上肢のしびれ感を訴えていたが、以後日を追うに従つて自覚症状が加重多様化し、昭和四三年三月頃から後頭部痛、嘔気、左足冷感等、同年四月頃から身体の脱力感、左上肢疼痛、腰痛、同年九月頃から眩暈、耳鳴、眼痛、複視、頸性頭痛、昭和四四年二月頃から左手のしびれ感、手のふるえ、昭和四五年二月頃から頭重、肩こり、肩痛、左下肢痛をそれぞれ訴え、治療効果は殆んどなく、昭和四六年三月六日現在においても以上の諸症状の殆んどが残存している。
一方、他覚的所見は、右前腕部、大後頭三叉神経部、上腕神経叢部等の圧痛と一時的に頸部運動障害がみられたほかはこれといつた異常所見はなく、脳波検査は正常でレントゲン検査の結果も頸椎等に格別の変化は認められていない。そして、右他覚的所見も前記治療に伴い次第に軽くなつてきたが、反面自覚症状は右のとおり次第に多様化する傾向がみられた。
以上のような症状経過から、京都第二赤十字病院、京都桂病院、京都府立医科大学付属病院の各医師は、原告の愁訴には多分に心因的な要素が含まれているとの判断のもとに治療にあたつており、ことに京都桂病院医師は、原告に就労をすすめる一方、右の判断の当否を検査によつて明らかにしようとしたが、原告の協力を得られなかつたためその検査を行うことができず、また原告には社会復帰の意欲もみられなかつた。
以上の認定事実に、〔証拠略〕によつて認められる原告の右傷害の発生事情、すなわち右傷害は原告が時速約三〇粁で走行中の加害車の後部座席に同乗中、その進路前方の道路上に停車中の小型四輪乗用自動車の後部に加害車の前部が追突した衝撃によつて発生したものであることを併せ考えると、原告の右傷害の程度はさほど重症とは認めがたく、むしろ原告の自覚症状中には心因性のものが多分に支配し、それが日時の経過とともにますます顕著化してきた疑いが強い。すなわち、原告の右傷害そのものは右認定の治療によつて他覚的所見の軽快とともに次第に快方に向かい、事故後一年を経過した頃には自賠法施行令二条別表一四級九号に該当する後遺症を残して症状固定の状態に至つたものと認めるのが相当である。
三 (過失相殺の主張について)
〔証拠略〕によると、原告と被告は大学生時代の同級生で、本件事故は被告が加害車を運転して大阪方面にテレビの部品を買いに行く途上で発生したものであるが、その際原告も大阪方面に赴くべく加害車に同乗していたことが認められ、これに反する証拠はない。
被告は、原告がいわゆる好意同乗者であつたことを理由に、これを過失相殺の事由として賠償額の算定につき斟酌すべきであると主張するが、右認定の同乗自体をもつて過失相殺における過失とみることは到底困難であるから、被告の右主張は採用しがたく、右認定の事情は慰藉料額算定の一事情としてこれを斟酌するに止める。
四 (損害)
(一) 治療費、交通費、雑費 金六〇、三三四円
(1) 治療費 金六、九八四円
〔証拠略〕によると、原告は、前記傷害のため、昭和四三年一一月五日から同月六日までの遠坂眼科医院における治療費として金四、二一四円、同月一一日と同月一五日の京都大学医学部付属病院における治療費として合計金二、三二〇円、同年一二月一三日から同月一七日までの串田耳鼻咽喉科医院における治療費として金四五〇円の各支払を余儀なくされたことが認められ、これに反する証拠はない。
なお、〔証拠略〕によると、原告は昭和四四年一〇月九日以降も京都大学医学部付属病院に通院して治療費の支払をしていることが認められるが、右は前記傷害の症状固定後に残存した心因性の疑いの濃厚な症状に対する治療に要した費用であるから、未だこれをもつて本件事故と相当因果関係のある損害と認めることはできない。
(2) 通院費 金二二、二七五円
〔証拠略〕によると、原告は、前記傷害の症状が固定した昭和四四年二月一七日頃までの間における関西医科大学付属病院、京都第二赤十字病院、加茂川病院(〔証拠略〕によると、同病院への通院日数は一日と認められ、それ以上の日数通院したことを認めるにたりる的確な証拠はない)、城北病院、京都大学医学部付属病院、京都桂病院への各通院に伴い合計金二二、二七五円の交通費の支出を余儀なくされたことが認められ、これに反する証拠はない。
なお、症状固定後に残存した原告の症状は心因性の疑いが極めて強く、その治療に伴う通院交通費と本件事故との間に相当因果関係を肯認することは未だ困難であるというほかない。
(3) コルセツト代 金一四、五〇〇円
〔証拠略〕によつて認める。
(4) 雑費 金一六、五七五円
〔証拠略〕によると、原告は、前記入院に伴い昭和四四年二月一七日までの間に、日用品の購入費、その運搬交通費、電話料金その他の雑費として合計金一六、五七五円の支出を余儀なくされたことが認められ、これに反する証拠はない。
なお、原告が昭和四四年二月一八日以降に支出した諸雑費は、前記傷害の症状固定後における出費として、前同様の理由により、本件事故との間に相当因果関係を肯認しがたい。
(二) 休業損害 金六三六、〇〇〇円
〔証拠略〕によると、原告は、本件事故当時、株式会社日産電機製作所から電機加工を請負い、一カ月平均金五五、三三三円の加工賃収入を得ていたが、これより原告の負担すべき経費を差引くとその純益は一カ月平均金五三、〇〇〇円位であつたこと、原告は本件事故後身体の不調を訴え続け、昭和四七年頃まで就労せずその間右収入を得られなかつたことが認められ、これに反する証拠はない。
右認定事実に前記認定の原告の傷害の部位程度と治療状況を併せ考えると、原告が右傷害のため休業を余儀なくされた期間は本件事故の翌日である昭和四三年二月一八日から昭和四四年二月一七日までと認めるのが相当であり、したがつてその間に得られなかつた右収入の合計金六三六、〇〇〇円(53,000×12)が本件事故によつて生じた原告の休業損害額である。
(三) 逸失利益 金三〇、二八三円
前記認定の原告の後遺症の内容程度に照らすと、原告は、昭和四四年二月一八日以降も右後遺症のため労働能力の五パーセント程度を喪失し、この状態は少なくとも同日以降一年間は継続したものと認めるのが相当である。
そこで、右認定の労働能力喪失割合とその継続期間並びに前記認定の収入額に基づき、原告の逸失利益の右同日における現在価値をライプニツツ方式によつて算出すると、その額は次のとおり金三〇、二八三円になる。
(53,000×12)×0.05×0.9523≒30,283
(四) 慰藉料 金五〇〇、〇〇〇円
前記認定の本件事故の発生事情、原告が加害車に同乗するに至つた経緯、原告が受けた傷害の部位程度と治療状況、後遺症の内容程度、その他諸般の事情を総合すると、本件事故によつて原告が蒙つた精神的損害は金五〇〇、〇〇〇円をもつて慰藉するのが相当であると認められる。
五 (損害の填補)
原告が本件事故による損害に関し、自賠責保険金一〇〇、〇〇〇円を受領したほか、被告から金一〇九、〇〇〇円の支払を受け、これを前記損害金の一部に充当したことは、当事者間に争いがない。
なお、〔証拠略〕によると、原告は、右金員のほかにも、本件事故による損害に関し、自賠責保険金三四一、九七二円および被告からの弁済金八八〇、一八五円の各支払を受けていることが認められるが、これらの金員が右損害中の本訴請求分に充当されるべきものであることを認めるにたりる証拠はない。
そうすると、右当事者間に争いのない既払分の合計金二〇九、〇〇〇円を前記認定の損害額の合計金一、二二六、六一七円から控除した残額金一、〇一七、六一七円が原告において被告に支払を求めうる金員である。
六 (弁護士費用)
〔証拠略〕によると、原告は、被告から前記損害金の任意の支払をえられなかつたので、やむなく弁護士である本件原告訴訟代理人に本件訴えの提起と追行を委任し、着手金および報酬の支払を約したことが認められ、これに反する証拠はないが、本件事案の内容、審理の経過、認容額に照らすと、右弁護士費用については金一〇〇、〇〇〇円をもつて本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。
七 (結論)
そうすると、原告は被告に対し、金一、一一七、六一七円およびこれより弁護士費用を控除した内金一、〇一七、六一七円に対する一件記録上訴状送達の日の翌日であること明らかな昭和四六年四月三〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めうる(なお、弁護士費用については、既にその現実の支払がなされたことの主張立証がないので、これにつき遅延損害金を認容することはできない。)ので、原告の本訴請求を右限度で認容し、その余は理由なく失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行およびその免脱の各宣言につき同法一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 谷村允裕)