京都地方裁判所 昭和46年(行ウ)2号 判決 1972年3月31日
原告 轟寿代
被告 城陽郵便局長 ほか一名
訴訟代理人 上野至 ほか四名
主文
本件各訴をいずれも却下する。
訴訟費用中原告と被告との間に生じた分は原告の負担とし、補助参加人と被告との間に生じた分は補助参加人の負担とする。
事実
第一当事者の申立
一、原告の申立
「被告城陽郵便局長は、原告を切手類売さばき人に選定せよ。被告城陽郵便局長が原告のためになした切手類売さばき所設置承認特別上申に対する被告大阪郵政局長の不承認処分を取消す。被告らは連帯して原告に金一、〇〇〇円を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決を求める。
二、被告らの本案前の申立
原告の被告城陽郵便局長に対し原告を右売さばき人に選定することを求める訴、及び、被告大阪郵政局長の右不承認処分の取消を求める訴をいずれも却下するとの判決を求める。
三、被告らの本案に対する申立
原告の被告らに対し連帯して金一、〇〇〇円の支払を求める請求を棄却するとの判決を求める。
第二当事者の主張
一、請求原因
1 (右不承認処分の経過)
原告は、夫である補助参加人と共同で、昭和四五年六月以来肩書住居地において日用品文房具等の小売業を営んでいるものであるが、同月一五日、被告城陽郵便局長に対し、原告を郵便切手類の売さばき人(以下売さばき人という。)に選定するよう申請したところ、同被告は、同年七月一〇日、時期尚早を理由に右申請を却下し、その旨書面で、原告に通知した。そこで、原告は同被告に対し、同月二五日頃、同被告が原告の居住区域に郵便切手類の売さばき所(以下売さばき所という。)を設置するにつき、被告大阪郵政局長の承認を求める旨の特別上申を同被告宛になすよう申請した。しかるに、被告城陽郵便局長は、同年一一月二日、被告大阪郵政局長から右特別上申につき不承認の通知を受けた旨書面で原告に通知した。
2 (被告城陽郵便局長の売さばき人の選定義務)
被告城陽郵便局長は、原告から郵便切手類売さばき所及び印紙売さばき所規則(以下規則という。)五条による売さばき人になりたい旨の申込書の提出を受け、審査の結果、原告が売さばき人の資格を有するものと認めたのであるから、郵便切手類売さばき所及び印紙売さばき所規程(以下規程という。)五条一項により原告を売さばき人に選定する義務がある。
3 (被告大阪郵政局長の右不承認処分の違法性)
(一) 郵便切手類売さばき所および印紙売さばき所に関する法律(以下法という。)二条、規則二条は、所轄集配郵便局長を売さばき人の選定等に関する事務執行者と定め、規則三条により、同局長に売さばき所を設ける場所を決定する権限が与えられているのであるから、同局長が郵便差出箱の設置場所から五〇メートルを越える区域(郵便局又は郵便局前に設置してある郵便差出箱の設置場所から五〇メートル以内の区域を除く。)に売さばき所を設置する場合、所轄地方郵政局長の承認を要する旨規定した規程三条一項二号は、合理的理由がなく違法なものである。従つて、同号の規定に基づいてなされた被告大阪郵政局長の右不承認処分(以下本件不承認処分という。)は違法である。
仮に、同号が違法な規定でないとしても、これは、単に、売さばき所の位置、売さばき人の氏名を報告する手続について定めた規定と解すべきであるから、地方郵政局長は、特段の事由がない限り集配郵便局長が前記特別区域に売さばき所を設置するについて承認を与えなけばならないところ、本件には不承認とすべき特段の事由はない。従つて、本件不承認処分は違法である。
(二) 仮に、(一)の主張が認められないとしても、本件不承認処分は、何人も郵便の利用について差別されない旨規定した郵便法六条に違反した違法な処分である。
(三) 仮に、規程三条一項二号に基づき地方郵政局長が行なう承認または不承認の処分が自由裁量行為であるとしても、被告城陽郵便局長が地元民のために売さばき所の設置の必要性を認めて、被告大阪郵政局長に対し、その設置方承認を求める上申をなした本件においては、本件不承認処分は、明らかに裁量権の踰越であり、違法な処分である。
4 (逸失利益填補賠償請求権)
被告らは、遅くとも昭和四五年一一月二日までに原告を売さばき人に選定できたにもかかわらずそれをしない。従つて、原告は被告らに対し、法七条三項に定められた手数料相当の月額金五〇〇円の割合による逸失利益填補賠償金を判決確定の日まで請求することができる。
よつて、原告は、被告城陽郵便局長に対し原告を売さばき人に選定すること、被告大阪郵政局長の本件不承認処分の取消、被告らに対し前記逸失利益填補賠償金のうち、前記手数料二か月分に相当する金一、〇〇〇円の連帯支払をそれぞれ求める。
二 被告らの本案前の主張
1 売さばき人の選定の訴について
法二条にいう売さばき人の選定そのものは、事業主たる国の内部における意思決定にすぎず、売さばき人と国との間における業務委託契約によりはじめて両者間に対外的法律関係を生ずるものであるから、売さばき人の選定は行政処分ではなく、他方、国が売さばき人を選定し、業務委託契約を締結するのは、公共性を有する郵便業務の利用者である公衆の利便のためであり、売さばき人になろうとする者あるいは売さばき人の利益を直接保障するためではないから、同人らの受ける利益は反射的なものにすぎず、法は、売さばき人になろうとする者に直接売さばき人に選定するよう要求する権利や業務委託契約締結権を与えたものではないといわなければならず、さらに、仮に、売さばき人の選定が行政処分であるとしても、国民は、売さばき人の選定公告がなされてはじめて売さばき人になりたい旨の申込ができるにすぎないところ(法二条三項、規則四条)、本件ではいまだ売さばき人の選定公告がなされていないので、このような段階でなされた原告の前記売さばき人になりたい旨の申込は、適法な申請ということができず、たかだか被告城陽郵便局長の職権発動を促す請願にすぎないから、いずれにしても、原告の被告城陽郵便局長に対し原告を売さばき人に選定することを求める訴は、不適法として却下すべきである。
2 本件不承認処分取消の訴について
被告大阪郵政局長の被告城陽郵便局長に対する本件不承認処分の通知は、行政内部における行為であり、行政処分ではないから原告の本件不承認処分の取消を求める訴は、訴の対象を欠き、不適法として却下すべきである。
三 被告らの本件に対する主張
前叙のとおり、本件においては、原告の権利あるいは法律上保護された利益の侵害はありえないから、原告の被告らに対し連帯して金一、〇〇〇円の支払を求める訴は理由がない。
四、被告らの本案前の主張1に対する補助参加人の反論
売さばき人の選定公告は、売さばき人になろうとする者の申込を受けるためになされるものであるから、本件のように既に申込がなされている場合には必要がない。仮に、それを行なう必要があるとしても、それがなされていない瑕疵は、被告城陽郵便局長の故意または過失に起因するもので、原告にはその点に関し何ら責に帰すべき事由がない。
従つて、原告の前記申請は適法な申請である。
五、被告らの本案前の主張2に対する原告の反論
本件不承認処分があつたことを原告に通知した被告城陽郵便局長作成の書面<証拠省略>には、「申込」、「不承諾」という文言ではなく、「特別申請」、「不承認」という文言が使用され、さらに、本件不承認処分は、原告に対し書面<証拠省略>をもつてなされている。従つて、本件不承認処分は、単なる被告大阪郵政局長の意向を知らせたものではなく、行政処分に該当するというべきである。
第三<証拠省略>
理由
一、売さばき人の選定の訴について
原告の被告城陽郵便局長に対し原告を売さばき人に選定することを求める訴は、行政庁に対し行政処分についての作為を求める訴であるところ、右訴が行政事件訴訟法三条一項にいう「行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟」の一種として認められるのは、特にそれを認める法律の規定が存在する場合、及び、行政庁が一定の行為をなすべきことが法律上覊束されていて、行政庁の第一次的判断権を留保する必要がなく、しかも行政権の違法な行使により国民が回復し難い損害を被りまたは被る危険が切迫していて、他に救済方法を求めることができない場合に限られるものと解すべきである。
これを本件についてみるに、法二条一項、二項、四項、規則二条、規程五条一項によれば、集配郵便局長は、郵便切手類を売りさばくのに必要な資力及び信用を有する者(法人の場合には営利を目的としない法人)のうちから売さばき人を選定し、右有資格者が二人以上あるときは、抽せんにより売さばき人を選定しなければならないが、集配郵便局長の売さばき人の資格に関する判断は、右規定の仕方及び判断の対象となる事項の性質に鑑みると、法律上覊束されていて裁量の余地のないほど明瞭であつて、集配郵便局長の第一次的判断権を留保する必要がないものということはできず、他に集配郵便局長に対し売さばき人の選定を求める訴を提起できる旨の特別規定もないから、仮に、売さばき人の選定行為が行政処分であるとしても、被告城陽郵便局長に対し原告を売さばき人に選定することを求める訴は、不適法として却下を免れない。
二、本件不承認処分の取消の訴について
規程三条一項二号によれば、集配郵便局長は、郵便差出箱の設置場所から五〇メートルを越える区域(郵便局又は郵便局前に設置してある郵便差出箱の設置場所から五〇メートル以外の区域を除く。)に売さばき所を設置する場合、所轄地方郵政局長の承認を受けなければならないが、地方郵政局長が集配郵便局長に対してなす右承認あるいは不承認は、単に上級行政庁から下級行政庁に対してなされる行政庁内部の意思表示にすぎず、当該行為によつて国民に対し直接法律上の効果を及ぼすものでないから、抗告訴訟の対象となるべき行政処分ではない。従つて、原告の本件不承認処分の取消を求める訴は、不適法として却下を免れない。
三、金員の支払を求める訴について
原告の被告らに対し連帯して金一、〇〇〇円の支払を求める訴は、国家賠償法に基づく損害賠償請求の訴と解せられる。そうだとすると、右訴に関する訴訟は、行政事件訴訟ではなく、民事訴訟であるところ、行政庁は私法上の権利義務の主体とはなりえず、民事訴訟において当事者能力を有しないから、行政庁である城陽郵便局長及び大阪郵政局長を被告とした右訴は、不適法として却下を免れない。
四、よつて、本件各訴をいずれも却下することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九四条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 東民夫 梶田寿雄 飯田敏彦)