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京都地方裁判所 昭和47年(む)9552号 決定 1972年8月17日

主文

本件準抗告の申立を棄却する。

理由

一、本件申立の趣旨および理由は、弁護人提出の準抗告申立書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

二、当裁判所の判断

(一)  検察官提出の各証拠によれば、被疑者は、昭和四七年八月八日午前三時四〇分頃京都市中京区押小路通神泉苑西入地先路上において、ボンネットを開けて駐車中の普通乗用自動車(京五五は八七〇七号)と、その西隣に駐車中の普通貨物自動車(京四い四〇九号)との間にしゃがんでいて右乗用自動車のエンジンの調子を検する風を装っていたこと、右貨物自動車は、そのガソリンタンクからポリ容器に、手動式ポンプを使ってガソリンを抜き取られている状態にあったこと、同車は被疑者とは関係のない運転者藤原小三郎の保管にかかる全京運輸株式会社の所有であって、その際ガソリン約一七リットルが抜き取られていたこと、右乗用自動車は、その自動車検査証が清田祐一郎名義になっていて、被疑者は右清田から同車を借り受け使用中であると述べたこと、同車のガソリン保有量は、被疑者が充分あると云いながら、実際はそのガソリンタンクの指針が殆ど零に近い数字を示していたこと、当時現場付近には被疑者のほか一、二名の者がうろついていたが、何時の間にかその場から立ち去ったこと等の諸情況が認められ、これらを総合すると、被疑者が、本件被疑事実について、その罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるものと認められる。

(二)  そこで、刑事訴訟法第六〇条第一項各号に該当する事由の有無について判断する。

1  前掲各証拠によれば、被疑者は、警ら中の警察官に現行犯逮捕され、その際、本件犯行の用に供されたポリ容器、手動式ポンプ等も押収されたことが認められ、本件犯行の外形的事実については、概ね明らかにされている。しかしながら、前記普通乗用自動車は、前記のように被疑者の所有ではないこと、本件犯行当時現場付近に居てその共犯と推測される者の住所、氏名やその所在等が未だ明らかでないこと、被疑者は、逮捕時に警察官に対し本件犯行を否認し、その後、捜査官ならびに勾留質問の際の裁判官に対し、本件犯行など一切について黙秘の態度を続けていること等の事実が認められ、これらの諸事情を前記(一)の諸情況に照らし合わせて勘案すると、被疑者が、右共犯者および前記普通乗用自動車の所有者らと通謀のうえ、本件犯行について罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるものと認められる。

なお、被疑者は、刑事訴訟法上いわゆる黙秘権、供述拒否権が認められている。これは憲法第三八条に由来し、被疑者は、自己の利益不利益を問わず、終始沈黙しまたは個々の質問に対し供述を拒否することができるものとされているのである。

しかしながら、被疑者が自己の犯罪事実等について、終始黙秘しまたは供述を拒否する態度を示したときは、その供述態度等が、他の証拠と相俟って、ときに罪証隠滅の存否を決するうえでの判断資料となりうる場合のあることは免れ難いところである。そして、これをその資料に供したからといって、弁護人が主張するように、法が被疑者にいわゆる黙秘権等を認めた趣旨にもとるものとは解せられない。

2  前掲各証拠および当裁判所の調査によれば、被疑者は、肩書住居に妻信子と居住していることが推認され、同女から、被疑者を充分監督することを確約する旨の身柄引受書が提出されているものの、被疑者は、現在、別件で保釈中でありながら無許可で制限住居を離れたうえ、昭和四七年七月末頃(被疑者は同年八月三日、四日頃と述べている)肩書住居に移転し、同年八月一日に開かれた別件の公判にも出頭しなかったことが認められるので、これらに被疑者の供述態度その他前記諸般の事情を総合して考察すると、被疑者が逃走すると疑うに足りる相当な理由があるものと認められる。

(三)  以上のような理由により、勾留の必要もあるものと認められるので、被疑者を勾留した原裁判は相当であり、弁護人の準抗告の申立は理由がないから、刑事訴訟法第四三二条、第四二六条第一項によりこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 橋本盛三郎 裁判官 田中明生 飯田敏彦)

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