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京都地方裁判所 昭和47年(行ウ)134号 判決 1976年12月10日

京都市右京区梅津中倉町二五番地の三

原告

加藤春枝

右訴訟代理人弁護士

坪倉一郎

右訴訟復代理人弁護士

山名隆男

京都市右京区西院上花田町一〇番地

被告

右京税務署長

信免

右指定代理人

細井淳久

高須要子

新見忠彦

三上耕一

北野節夫

上野旭

今福三郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1  被告が原告に対し昭和四六年五月六日付でなした、原告の昭和四四年分贈与税につきその取得財産の価格を七〇〇万円とする決定を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二、請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1  被告は昭和四六年五月六日付で原告に対し、昭和四四年分贈与税につき取得財産の価格を七〇〇万円とする決定(以下、本件決定処分という)をなし、その頃これを原告に通知した。

原告は右処分を不服として昭和四六年六月一六日被告に対し異議の申立をしたが、被告は同年七月三〇日これを棄却する旨の決定をなし、翌日これを原告に通知したので、原告はこの決定を不服として更に同年八月一八日国税不服審判所長に対し審査請求をしたが、同審判所長は昭和四七年五月一八日これを棄却する旨の裁決をなし、同年六月一三日その裁決書謄本を原告に送達した。

2  しかし、原告には本件決定処分にかかる贈与を受けた事実はなく、被告のなした本件決定処分は全部違法であるから、その取消を求める。

二、 請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実はすべて認める。

2  請求原因2の主張は争う。

三、 抗弁(本件決定処分の適法性)

1  原告が本件七〇〇万円を取得した経緯

(一) 訴外加藤稔(以下、訴外稔という)は訴外黒田夘一郎からその所有にかかる別紙目録記載の建物(以下、本件建物という)を賃借し、これに居住していたが、訴外稔の長男である訴外加藤孟(以下、訴外孟という)は昭和三九年七月二一日本件建物所在地に本店を置く有限会社カトウ写真工房(以下、訴外会社という)を設立してその代表取締役となり、本件建物の一部を店舗として営業していた。

原告は昭和四三年六月一一日訴外稔と婚姻し、同人と本件建物に同居した。

(二) 訴外株式会社滋賀銀行(以下、訴外銀行という)は昭和四三年一二月二四日右黒田から本件建物の所有権を右現状のまま譲受けてその賃貸人たる地位を承継したので、同日京都簡易裁判所に対し、訴外稔と同会社を相手方とする建物明渡和解の申立(同庁昭和四三年(イ)第三七二号)をしたところ、相手方両名は本件建物を明渡し、訴外銀行は右両名に対し移転料として一五〇〇万円を支払うことなどの条項で即日、起訴前の和解(以下、本件和解という)が成立した。

(三) ところが、右相手方両名は右和解成立の日に訴外銀行に対し、一五〇〇万円の受領者は右両名と原告の三名であり、訴外稔と原告が各七〇〇万円を、訴外会社が一〇〇万円をそれぞれ受領することとし、いずれも昭和四四年一月四日にその支払を受けたいことなどを記載した依頼書(以下、本件依頼書という)を提出したので、訴外銀行はこれに従つて支払をなし、原告は右依頼の日に本件七〇〇万円を取得した。

2  右取得を訴外稔の贈与によるものと認定した根拠

訴外銀行が支払つた一五〇〇万円は本件建物の賃借権の放棄とその明渡の対価であるところ、本件建物の適法な賃借権者は訴外稔だけであり、原告はその世帯に属する妻にすぎないから、原告の本件建物の占有は訴外稔の占有権限にのみ依拠し、これに附従するものであつて、原告は訴外銀行に対し対価を要求しうるような財産的利益をなんら有していなかつた。

従つて、原告は本件和解の当事者とされなかつたのみならず、本件和解の条項中にも訴外銀行が原告に対し七〇〇万円の支払債務を負うと定めたものはない。

また、本件依頼書(甲第二号証)も、本件和解成立後に、原告らの間で「金一五〇〇万円の受領者及び受領額について示談が成立」したところに基づき内部的な配分および支払の方法を一方的に訴外銀行に依頼したものであり、訴外銀行も円満に明渡を完了するためこれに応じたにすぎないのであつて、これにより訴外銀行が原告に対し七〇〇万円の支払債務を負つたわけではなく、しかも右支払方法の依頼は「和解の効力に何等影響なきこと」であつた。

従つて、原告は昭和四四年一月四日訴外稔から七〇〇万円の贈与を受けたものというべきである。

四、抗弁に対する認否と反論

1  抗弁1の事実はすべて認める。

2  同2の主張は争う。

即ち、立退料は賃借権者だけではなく、建物居住者に対してもその事情に応じて支払われるべきものであつて、このことは、訴外孟が本件建物の賃借権者でないのに本件和解の当事者となつていることからも明らかであり、また、建物明渡に関する紛争は賃貸人と建物居住者全員との間に生ずべきものであるから、これを和解で解決するときは、合意により賃借権者以外の建物居住者に立退料を支払うことにするのも右和解当事者の自由であり、原告が取得した七〇〇万円もかかる契約に基づくものである。

なお、訴外稔の後妻である原告は、先妻の子であり既に中年に達している訴外孟と折合が悪く、本件七〇〇万円についても訴外稔が原告に贈与するという形をとれば、訴外孟が異議を唱えることは必定であつたので、これを避けるため、原告に対してその立退の代償として直接支払われるようにすることが原告と訴外稔の意思であり、訴外銀行もこれを了承していた。

ところが、本件和解の申立にあたり訴外銀行の委任を受けた弁護士は原告をその当事者にしない旨一方的に申入れ、原告らもこれに反論できないまま本件和解は成立した。しかし、原告らはこれに不安を感じ、本件依頼書をもつて訴外銀行との右支払に関する合意を確認したものであり、右依頼書はこれに関する契約書としての実質を有するものである。

第三、証拠

一、原告

1  甲第一ないし第五号証を提出。

2  証人梅田孫平の証言および原告本人尋問の結果を援用。

3  乙号各証の成立はすべて認める。

二、被告

1  乙第一ないし第三号証を提出。

2  甲第一ないし第三号証の成立は不知。その余の甲号各証の成立は認める。

理由

一、請求原因1の事実についてはすべて当事者間に争いがない。

二、そこで抗弁(本件決定処分の適法性)について判断するに、同1の事実(原告が本件七〇〇万円を取得した経緯)については当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第二、第三号証、成立につき争いのない乙第二、第三号証、証人梅田孫平の証言および原告本人尋問の結果によれば、訴外梅田孫平は訴外銀行から依頼されて本件建物明渡の交渉にあたつたが、その交渉はすべて訴外稔との間で行なわれ、原告や訴外孟との折衝は行なわれておらず、立退料の金額も訴外稔との間で一五〇〇万円と定められたことと、原告は、訴外稔と結婚する際、同人と先妻との間に生まれた子供である訴外孟らに対し、訴外稔の財産につき分け前を要求しないと誓約していたが、訴外銀行から多額の移転料が入るのであれば自分もその分け前を得ようと考え、訴外稔にその旨要求し、かつ、移転料の一部を原告が訴外稔から受取ることが外形的に明確になれば、右誓約に違反するとして訴外孟に反対され、同人との間に紛争を生ずるおそれがあつたので、原告がこれを訴外銀行から直接受領できるよう依頼したので、訴外稔は右梅田を介して訴外銀行に対し右一五〇〇万円のうち七〇〇万円を原告に支払うよう要請したこと、ところが、本件和解は訴外銀行が本件建物明渡の債務名義を得るためのものであつたので、訴外銀行の委任した弁護士は原告をその当事者に加えなかつたこと、そこで訴外稔および訴外会社代表取締役としての訴外孟が作成した本件依頼書が訴外銀行に提出されたが、同銀行は総額が同じであれば誰に支払つてもかまわないとして右依頼書どおり支払つたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、本件立退料は、訴外銀行が訴外稔に対し、同人の放棄により消滅する本件建物の賃借権に対する補償(対価)として支払うことを約したものとみるべきであり、他方、原告は本件建物の占有について訴外稔のいわゆる占有補助者であつて、独立の占有を認めることはできず、訴外銀行が原告に対して本件七〇〇万円を支払うべき理由は全くないといわざるをえないから、原告が本件七〇〇万円を取得したのは訴外稔からの贈与によるものというほかはなく、また、本件依頼書の作成およびそれに基づく金員の支払も、訴外稔が訴外銀行から受領する金員の事後処理につき訴外孟と原告との間において紛争が生じないように内部的配分方法をあらかじめ明確にしておくために講じられた手段に過ぎないと見るべきであり、その支払方法の如何によつて右判断が左右されるものではない。

なお、訴外銀行が訴外会社に対して一〇〇万円を支払つた(訴外孟個人に支払つたものではない)ことは前示のとおりであるが、訴外会社は訴外稔とは独立の権利主体として本件建物において営業しており、そのため、訴外銀行は本件和解によつて訴外会社に対する建物明渡の債務名義を得る必要があつたのであるから、これを原告と同列に論ずることは失当である。

従つて、被告が、原告の本件七〇〇万円の取得につき、贈与者を訴外稔、贈与財産の価額を七〇〇万円、取得時期を昭和四四年一月四日とそれぞれ認定してなした本件決定処分は適法である。

三、以上の次第で、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 上田次郎 裁判官 孕石孟則 裁判官 松永真明)

目録

京都市上京区今小路御前通東入西今小路町八〇三番地

家屋番号同町二七番

一 木造瓦葺二階建店舗一八坪八合四勺(六二・二八平方メートル)

同市同区同町八〇三番地ノ二

家屋番号同町二六番

一 木造瓦葺二階建店舗一七坪九合(五九・一七平方メートル)

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