京都地方裁判所 昭和48年(モ)571号 決定 1973年10月22日
申立人
岩田由喜子
外六七名
代理人
古家野泰也
外三名
相手方
国
右代表者
田中伊三次
同
日本チバガイギー株式会社
右代表者
エツチ・エツチ・クノップ
同
武田薬品工業株式会社
右代表者
武田長兵衛
同
田辺製薬株式会社
右代表者
平林忠雄
主文
当裁判所昭和四六年(ワ)第三五六号損害賠償請求事件について、申立人らに対し、いずれも訴訟上の救助を付与する。
理由
一申立人らの本件訴訟救助申立の趣旨および理由は、別紙のとおりである。
二当裁判所の判断
(一) 本件疎明資料によると、申立人らは、いずれも、本案訴訟である当裁判所昭和四六年(ワ)第三五六号事件について、勝訴の見込がないとはいえないものであることが一応認められる。
(二) 民訴法一一八条にいう「訴訟費用ヲ支払フ資力ナキ者」とは、自己とその家族の必要な生活を危くしないでは訴訟費用を支払うことができないものを指称すると解するのが相当である。
訴訟救助制度は、経済的な理由により、自己とその家族の生活を維持しようとすれば、訴訟制度の利用を断念せざるをえない者に対しても、裁判による正当な権利実現の機会を与えようとする趣旨の制度ある。したがつて、この制度を運用するには、右趣旨をよく実現しうるものでなければならないし、基本的人権のひとつとして、国民に対し裁判所で裁判を受ける権利を保障している憲法三二条のもとでは、同条にも応えうるような解釈運用がなされなければならない。
そうすると、訴訟救助制度上の貧困者(「訴訟費用ヲ支払フ資力ナキ者」)は、いわゆる生活扶助受給者や俗にいう貧困者よりも広い概念であり、その一般的な基準を考えるにあたつては、訴提起当時の国民の一般的生活水準がひとつの重要な目安になる。
ところで、現行の訴訟救助制度は、訴訟救助を付与された者に対し、単に訴訟に必要な裁判費用の支払いを猶予するにとどめている。しかし、訴訟を維持追行するにあたつては、多くの場合、それ以外にも、弁護士費用や調査費用などの出費を要し、この費用は、訴訟救助を付与された者も、必要に応じてその都度負担しなければならないものである。もとよりその費用の程度は、具体的な訴訟の性質内容に応じて区々であり、それが多額にのぼるときにはそれだけ当事者の経済生活を圧迫し、訴訟係属中その者の生活水準を低下させる要因となるものであるから、訴訟救助の要否をきめるにあたつては、当該訴訟の具体的な性質内容も併せて考慮する必要がある。
(三) 全産業全労働者の平均年収額は、昭和四三年度は金一〇二万六、九〇〇円、昭和四五年度は金一一七万二、二〇〇円である(各年度の賃金センサスによる)。そして、仮に、昭和四六年から昭和四八年にかけての右平均年収額の物価の変動に伴う伸び率が昭和四五年から昭和四六年にかけてのそれにほぼ匹敵するものとして計算すると(現実には、それ以上の伸び率が見込まれる)、本件申立人らがその本案訴訟を提起した昭和四八年当時における右平均年収額は、ほぼ金一五〇万円になる。
なお、昭和四八年度における給与所得者の課税最低限は、夫婦と子供二人で金九八万円、夫婦と子供三人で金一一五万円である。もつとも、これは、国家の財政力や祖税政策にも関連するもので、近く課税最低限金一五〇万円以上に改定が予定されている。
(四) 本件申立人らの本案訴訟は、原告である申立人らが相手方の国や製薬会社を被告に相手どり、相手方らのキノホルムなどを含む薬品の製造許可ないし製造販売行為に過失があり、そのため同薬品を服用した申立人らがいわゆるスモン病に罹患して甚大な損害を被つたことを理由に、金銭賠償を求めるものであり、その訴訟活動は法律的にも科学的にも多くの未開拓の分野におよぶ性質のものである。そして、本件疎明資料によると、申立人らは右訴訟で、被告らの責任因果関係、損害のすべてにわたつて、弁護士である訴訟代理人に、通常の訴訟活動のほか、科学的な立証資料を得るための調査研究活動を求める必要があるところから、既にその訴訟提起の準備段階で相当多額の費用を支出し、今後右訴訟を維持するためにさらに右出費が増大することが予想される状況にあること、申立人らは、いずれも、現にスモン病に罹患し、その収入の相当部分をその治療費などに費していることが認められる。
(五) 以上の事実を総合すると、本件申立人らについては、訴訟救助を付与すべき資力の基準は、本案訴訟の特殊性を加味し、国民の一般的生活水準を維持するにたる所得水準よりも高い所得額に求めなければならず、その額は年収金二五〇万円未満とするのが相当である。そして、本件疎明資料によると、申立人らの年収額はいずれも金二五〇万円未満であることが認められるので、申立人らは、いずれも、民訴法一一八条にいう「訴訟費用ヲ支払フ資力ナキ者」にあたるとしなければならない。
そこで、申立人らの本件申立をいずれも相当と認め、主文のとおり決定する。
(古崎慶長 谷村允裕 高橋文仲)
申立の趣旨および理由<省略>