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京都地方裁判所 昭和48年(ヨ)504号 決定 1973年9月21日

申請人

浅井敬太郎

外三名

右四名代理人

谷口義弘

外二名

被申請人

学校法人池坊学園

右代表

池坊静子

外一名

右両名代理人

田辺哲崖

外一名

主文

一、本件申請はいずれもこれを却下する。

二、申請費用は申請人らの負担とする。

理由

第一当事者双方の求めた裁判および主張

一申請人ら訴訟代理人は「本案判決確定に至るまで被申請人内田英二は池坊短期大学(申請書に被申請人学校法人池坊学園とあるのは誤記と認める。)の学長事務取扱の職務を執行してはならない。右停止期間中裁判所の選任する者をしてこの職務代行を命ずる。」との裁判を求め、被申請人ら訴訟代理人は主文第一項と同旨の裁判を求めた。

二当事者双方の主張は別紙記載のとおりである。

第二当裁判所の判断

一被保全権利について

(一)  本件各疎明資料によると次の事実が一応認められる。

1 被申請人学校法人池坊学園(以下学園という)は、昭和二七年三月二四日、教育基本法、学校教育法および私立学校法に従い私立学校を設置することを目的として設立された学校法人(池坊短期大学、池坊文化学院、池坊お茶の水学院、池坊華道文化研究所等で構成)であり、同内田英二は池坊短期大学(以下大学という)の学長事務取扱であつて、申請人らは大学の教授あるいは助教授であること。

2 大学教授会(以下教授会という。)は昭和四七年一一月八日、前学長申請外今木喬の後任学長候補者として申請外松本米治を決定する旨の決議をしたこと、その際右松本以外の者は誰からも推せんされず、もつぱら松本を信任するかどうかが討議されたこと。右結果に基づいて同日被申請人池坊学園の理事会(以下理事会という。)に、右松本を学長に任命するように要望したこと。

3 理事会は、昭和四七年一一月一四日、同月一九日の二回にわたり教授会選出の学長候補者右松本について審議したが、結論を得るに至らず、その決定を留保したこと。

4 理事会は、昭和四八年四月一七日、前学長今木喬の学長任期の終了する翌日である同月二三日付で被申請人内田英二を学長事務取扱に選任する旨の決議をなし、同月二三日学園理事長池坊静子がその旨任命したこと。

(二)  右の事実関係によれば、理事会は、被申請人内田英二を学長事務取扱に選任するについて事前に教授会の審議を経ることなくその旨の決議をしたことが明らかである。

(三)  そこで、右のような理事会の選任決議が有効か無効かについて判断する。

学園の寄附行為や学内の諸規程によるも、大学学長(事務取扱を含む。以下同じ。)この選任に関する直接の規定はない。しかし、右寄附行為六条によれば「この法人の業務の決定は理事をもつて組織する理事会によつて行う。」「理事会の議事は法令に特別の規定ある場合及びこの寄附行為に別段の定めがある場合を除くほか理事の過半数で決し、可否同数のときは議長の決するところによる。」と定められており、右の同趣旨は私立学校法三六条にも規定されている。

そして、学校法人において学長の選任が当該学校法人の業務であることはいうまでもないから、学校法人の理事会が右法人の一業務として学長を選任する権限を有するものであることも論をまたないところである。

ところで、学校教育法五九条一項は「大学には、重要な事項を審議するため、教授会を置かなければならない。」と規定しており、学長の選任が学校教育法五九条一項の「重要な事項」に該当することは明らかであるから、学園においても、その設置にかかる大学の学長を選任するには必ず右大学の教授会において審議することを要するというべきである。

そして、本件で問題になつている学長の選任について、前記私立学校法三六条おるいは寄附行為六条と、学校教育法五九条の各規定を総合的に考察すると、およそ私立学校においては、その特性にかんがみ、自主性を重ずるため、学長の選任は理事の過半数で決するけれども、大学が学問研究と教育の府であり、教授は学問の研究、学生の教育と研究の指導にあたるもので、学長はそのような大学の校務を掌り、教授ら大学職員を統督する重要な地位にあることにかんがみると、理事会としては、学長を選任するについては、まずその候補者が学長たるの適格を有するかどうか等について、教授らをもつて構成する教授会に十分審議させ、その自主的な判断の結果をできるだけ尊重すべきものであつて、右のような教授会の審議を経ずしてなされた理事会の学長選任の決議は右学校教育法の法条に違反するものであり、教授会の審議を経、その結果を尊重することが、学問の自由、大学の自治にもかなう極めて重要な事柄であることを考慮すると、右に違反する選任決議は無効であるといわなければならない。

本件にあつては、叙上認定のとおり、教授会において被申請人内田英二を学長事務取扱に選任するについて、何等の審議を経ていないのであるから、その審議なくしてなされた理事会選任は無効であり、したがつて、それに基づく学長事務取扱の任命もまた無効である。

よつて被保全権利はその疎明があることとなる。

二保全の必要性について

(一)  本件各疎明資料によると、被申請人内田英二が学長事務取扱として職務を行なうことにより次のような支障が生ずることが一応認められる。

1 教授会招集権者である右内田の招集する教授会には、申請人らを含めた教授会構成員の多数が出席しないため、定足数が不足して流会となり、(1)昭和四八年八月三日に開かれるべき教授会において昭和四九年度学生募集要項の決定ができなかつたこと、そのため同月二三日右の事項については右内田が単独でその責任において、昨年通りこれを実施することに決定したこと、(2)昭和四八年度前期試験の受験資格の判定が教授会の専決事項であるところ、いまだに右判定ができないこと、(3)昭和四八年度大学の教育研究予算の分配のための教授会の審議ができないこと。

2 教育職専任者のうち事務職兼任者が、事務職の辞任を申し出ているにかかわらず、その解決が延引していること。

(二)  ところで、学長事務取扱たる地位にない者が、その職務執行を継続すること自体、その地位の重要性にかんがみ、保全の必要性があると考える余地もないではないが、当裁判所はこれを採らない。すなわち、保全の必要性があるというためには右の事情だけでは足りず、被申請人内田英二に学長事務取扱として職務を執行させるにおいては学問の自由、大学の自治の保障を侵害して、大学に回復すべからざる損害を生ずるおそれがある等の事情、換言すれば右内田の職務執行により、大学における研究、教授、管理などその本質的機能がまひするとか、右内田がその地位を利用して大学の運営を恣意にあやつる等して、申請人らの通常の努力をもつては、学問の自由、大学の自治の保障に対する侵害を回避しえないような場合において、はじめて保全の必要性が認められるというべきである。

そうすると、右に疎明された支障ないし障害は、いずれも右内田が学長事務取扱の地位にないということのみから発生しているものであり、また教授会規程三条による臨時教授会等を利用する(本件のような事情の下では、学長の諮問、招集がなくても、教授会規程三条により、教授会構成員の三分の一以上の要求があれば、臨時教授会を開かなければならないものと解せられる)など申請人らを含む教授会構成員の努力いかんによつては回避しうる事情と認めることができる。

なお(一)1(1)中昭和四八年八月二三日右内田の責任において、昭和四九年度学生募集要項を昨年通り実施することを決定した事実については、右のとおり教授会構成員においても教授会に出席せず、教授会が開かれなかつた結果緊急に決定する必要上やむなくなされたもので、右内田の恣意によるものとは認められない。

そうすると、前記のごとき支障があるというだけでは保全の必要性について、疎明があつたものとは認めがたい。また疎明に代る保証を立てさせることにより申請人主張の仮処分決定をすることも相当でない。

三むすび

よつて、本件仮処分申請はいずれもこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(上田次郎 川端敬治 松本信弘)

仮処分命令申請書<略>

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