大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 昭和49年(ヨ)397号 判決 1975年10月07日

申請人

森勝也

右訴訟代理人

古家野泰也

外一名

被申請人

津田電線株式会社

右代表者

津田武雄

右訴訟代理人

村田敏行

主文

本件申請をいずれも却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

事実

第一  当事者の申立

一、申請人

(一)  被申請人が申請人に対して昭和四九年四月一日付でなした大阪営業所課長を命ずる(課長代理待遇)との辞令は、本案判決確定に至るまで仮にその効力を停止する。

(二)  被申請人は、申請人を従業員として扱い、同年六月一五日以降本案判決確定に至るまで毎月二五日限り金一二万三四七〇円を支払え。

二、被申請人

主文同旨

第二  当事者の主張

一、申請人

(被保全権利)

(一) 当事者

1 被申請人(以下、会社という)は、肩書地に本社を置き、大阪・東京・広島・福岡に各営業所を、京都府久世郡久御山町に工場を有し、従業員約四二〇名を擁して各種電線・電纜ゴム・合成樹脂・金属製品の製造販売などを主たる業務としている株式会社である。

2 申請人は昭和四一年四月一〇日会社にその従業員として雇傭され、同年七月に会社が当時有していた八幡工場の労務課に、昭和四五年八月本社購買課に各配属されたのち、翌四六年六月大阪営業所に配転された。

(二) 本件辞令とその無効事由

1 会社は昭和四九年四月一三日申請人に対し、同月一日付で大阪営業所課長(課長代理待遇)に昇進を命ずる旨の意思表示(以下、本件辞令という)をなした。

2 しかし、左記(イ)ないし(ニ)の事実から明らかな如く、本件辞令は会社が申請人の組合活動を嫌悪して今後これを不可能にするためになした不利益取扱であるから無効であり、また本件辞令は所定の事前通知を欠き、更に申請人の同意を得ていない点でも無効である。

(イ) 申請人の組合活動

(1) 申請人は昭和四一年四月会社に雇傭されると同時に津田電線労働組合(以下、組合という)に加入し、昭和四二年八月から一年間その執行委員を、昭和四三年八月から二年間組合の上部団体である中立労連傘下の全日本電線工業労働組合の中央執行委員兼同組合関西支部専従役員を、更に昭和四五年八月から一年間組合の書記長を務めた。<以下略>

理由

一当事者

(被保全権利)

(一)のうち、申請人が会社に雇傭された日、労務課に配属された月及び大阪営業所に配転された年を除くその余の事実については当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、雇傭の日は四月一日、大阪営業所配転の年は昭和四七年、そして<証拠>を併せ考えると労務課配属の月は昭和四一年七月であることが疎明される。

二本件辞令の効力

会社が昭和四九年四月一三日申請人に対し同月一日付で大阪営業所課長(課長代理待遇)を命ずる旨の辞令を発したことは当事者間に争いがない。申請人は右辞令は不当労働行為であるから無効であると主張するので、まずこの点につき判断する。

(一)  申請人の組合活動

1  (津田電線労働組合の性格)

<証拠>によれば、組合の役員はこれまで少数の特定の者が反覆歴任し、これらの役員はやがて会社の管理職に昇進するので、会社の管理職の大多数が組合役員の経験者であること、組合役員への就任は組合員による選挙によるが、その候補者になるのは役員選考委員会から推篤される場合とこれとは別に独自に立候補する場合とがあるが、これまでは例外なく前者であり、後者の方法をとり、そのため選挙ビラの配布をして選挙運動をしたのは、申請人が組合批判の立場から昭和四八年六月立候補したときが初めてであること、争議行為についても全面ストライキはこれまで行なわれたことはなく、時間外就労の拒否が最も強力なものであつたこと、しかるに右斗争手段にもかかわる労働時間短縮問題について組合の時間外規制委員会は会社の時間外就労申入に対し、一応抵抗の姿勢をとるものの結局妥協して同意を与えることが多かつたこと、更に執行部は昭和四八年八月会社の提示する交替制勤務の協約化に同調していることが疎明され、これらの事実を総合すると、組合員の労働者としての階級的意識は低調であり、組合は会社といわゆる労使協調路線を歩んできたものと認められる。

2  (申請人の組合に対する意識)申請人の組合役員歴については当事者間に争いがない。<証拠>によれば、申請人は入社当初会社から労務担当者として将来を嘱望され、意識的にそのための指導も受けてきたところ、昭和四三年八月から二年間組合の上部団体である申請外全日本電線工業労働組合の中央執行委員在任中、各単組に企業意識が強く、労使協調的体質のため十分に斗つていないことを痛感し、単組とその基盤である各職場における労働者の組織を強化する必要性を感じるようになつたこと、執行部の性格が労使協調的であつたので、申請人は執行部外からこれを批判し反省を促すべく昭和四六年八月組合役員を辞退したこと、しかしその後、組合員の要求を執行部に反映させる必要性を感じるようになつたことが疎明される。

3  (書記長への立候補)そこで、申請人は昭和四七年六月一二日組合の役員選考委員会から執行委員長候補として推薦を受け、選挙に臨もうとしたところ、その翌々日会社が申請人に対し東京営業所への配転命令を発したため、同委員会から推薦を取消されたこと、次いで、申請人は昭和四八年六月組合書記長に立候補した(同時に同委員会から推薦も受けた)が、その際、申請人は「強い労働組合を建設しよう」との主張を鮮明に打ち出し、真に労働者階級の立場において組合を運営することを提言して従来の執行部の組合運営を批判し、これをビラに印刷して組合員に配布したこと、しかし申請人は組合の役員選挙において不信任され、組合役員になれなかつたことはいずれも当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、立候補宣言と題する右ビラには執行部に対する批判のほか、組合専従として立候補すること及び平和条項の撤廃・交替制勤務の協定化反対等のスローガンも記載されていたことが疎明される。

4  (交替制勤務協約化の反対表明)申請人は更に同年八月、当時会社が企業効率化の一環として提案し、執行部も同調的であつた交替制勤務の協約化(制度化)について、それが労働強化になることを理由に積極的にその反対意見を表明し、これもビラに印刷して組合員に配布したことは当事者間に争いがない。それに<証拠>によれば、会社は交替制勤務について従来その必要のつど組合の同意を得てこれを実施してきたのであるが、同意を与える組合の時間外規制委員会の妥協的態度に組合員の一部も不満を感じていたところ、会社は昭和四七年一二月労使懇談会において、交替制勤務を労働協約に規定して、そのつど組合の同意を得なくても実施できるようにすること(協約化)を提案(第二回は昭和四八年五月)したこと、小川執行委員長はこの提案につき組合機関紙津労第一一九号に、労使確認事項として将来協約化の方向に進むという認識のもとに後日再検討する旨発表したが、右確認事項を執行部として決議したことはなく、まして組合員間で協定化について討議されたこともないこと、ところが協定化に関しその反対意見をビラにして前記のとおり組合員に直接配布したのは申請人が初めてであつたこと、他方、会社は右ビラに対する反論として、昭和四八年一二月社内報津苑ニユースに「交替制勤務制度化の理解のために」と題する記事を掲載したこと、会社が右記事を発表する前に組合三役に対しそれを提示して意見を求めた席(児玉副委員長も出席)で、船山総務部長は「申請人は訳の分らんことばつかり言うている。世の中の常識のない奴や」との趣旨の発言をしたことがそれぞれ疎明される。

5  (申請人の組合活動に対する会社の妨害工作の有無)会社は昭和四七年六月一四日申請人に対し東京営業所配転命令を発したこと及びこれによつて申請人は執行委員長候補の推薦を取消されたことは前記のとおり当事者間に争いがないが、<証拠>を総合すれば、右配転命令が発せられた時の人事異動対象者は全部で三一名(管理職だけでも約二〇名)の多きにのぼり、大学卒業者はほぼ全員これに含まれていたこと、右人事は第四一期の営業成績がその前期に比較して著しく悪化したので営業部門の拡充をはかるため、同年三月下旬頃から立案されていること、申請人の執行委員長候補の決定は同年六月一二日であること、更に、申請人は右配転命令の撤回を会社に要求したが、その理由として専ら家庭の事情を挙げていること、結局会社は申請人を大阪営業所に配転し申請人もこれを受諾したのであるが、大阪に配転先を変更したのは大阪が申請人とその家族の住居地であることを考慮したためであつたこと、当時申請人は組合役員ではなかつたことが疎明され、これらの事実を総合すると、右人事異動の結果、東京営業所の人員数に変化がなかつたこと(<証拠>によりこれを認める)を考慮しても、会社に申請人の執行委員表就任を妨害する意思があつたとは認めることができない。また、申請人が書記長候補として推薦されながら昭和四八年六月の選挙において不信任されたことにつき、会社側が何らかの工作をしたことを疎明しうる証拠はない。もつとも、<証拠>によれば、右不信任については申請人を中傷する風評を組合員に流した者がいたことが疎明されるが、会社がこの者と共謀していたことを疎明しうる証拠はない。

6 しかしながら、申請人の前記のような組合活動、及び前記2で疎明されている、会社が昭和四八年一二月社内報津苑ニユースに申請人の交替制勤務の協約化反対のビヲに対する反論を載せたり、船山総務部長が「申請人は訳の分らんことばつかり言うている。世の中の常識のない奴や。」との趣旨の発言をしたことに徴せば、会社は入社当初労務担当者としての活躍を嘱望し、その指導もしていた申請人が、かえつて会社の方針に強硬に反対する組合活動をなすことに対し、不快の感情を抱いていたことを推知するに難くはない。<証拠判断省略>

(二)  会社の人事(昇進)制度

ところで、<証拠>を総合すれば、会社は一〇数年前から昇進人事についていわゆるキヤリア・システムを実施してきているのであつて、中途採用者を除く大学卒業者はすべて、勤務評定等に特に問題のない限り、入社後勤続年数五年で係長に同八年で課長代理に例外なく昇進していること、申請人は本件辞令の時、入社後八年を経過し昇進の時期にあり、勤務評定等に問題のないこと及び申請人と同時に入社した新規採用の大学卒業者五名全員に対して課長代理昇進命令が発せられていることが疎明される。

(三)  不当労働行為の成否

会社が申請人の組合活動に対し不快の念を抱いていたことは前記(一)の6のとおりであり、本件辞令によつて申請人が組合員資格を喪失することも当事者間に争いのないところであるが、右(二)の事実を併せ考えると、会社が申請人の前記組合活動の故をもつてこれを封殺するために本件辞令を発したものとは認め難く、かえつて右昇進制度の適用によるものと認めるのが相当である。この点につき申請人は、課長代理と係長の職務内容に差異はなく、従つて申請人が課長代理に昇進する業務上の必要性がないと主張し、<証拠>によれば、本件辞令が発せられた当時大阪営業所において、課長代理と係長の職務内容に顕著な差異はなく、また申請人が課長代理に昇進すべき具体的な業務上の必要性はなかつたことが認められるが、大学卒業者は平均して毎年数名しか入社せず、(<証拠>によつてこれを認める)、右のとおりの昇進制度を実施している会社においては、昇進辞令に具体的な業務上の必要性がない事実は会社の不当労働行為意思を推認させるものではないと解する。従つて、本件辞令は不当労働行為の故をもつて無効であるとの主張が理由のないことは明らかである。

(四)  事前通知と同意の要否

申請人は、本件辞令は発令の前に申請人に対して通知がなく、また申請人の同意がないから無効であると主張するので、次にこの点につき考えてみる。

1  (事前通知の要否)<証拠>によれば、組合と会社間に締結された労働協約八条に「組合員の雇入、異動、休職、解雇及び賞罰については、会社はあらかじめ組合に文書をもつて通知した後行なう。」との規定があり、これに関し昭和四三年一一月一日締結の労働協約に関する覚書中八条関係として「異動については次の各号による。1発令の少くとも五労働日前までに当該組合員および組合に通知する。2当該組合員又は組合に異議のある場合は前号通知後三労働日以内に申立することができる。3異動の解決は会社組合誠意をもつて速やかに行なう。4組合役員の異動については事前に組合と協議する。」との規定があること、他方、右労働協約二六条(異動)三項に「住居の移転を必要とする異動については事前に本人(当該組合員)及び組合に通知し、本人及び組合の意見を尊重するが、正当の理由なくして異動を拒むことはできない」との規定も存することが疎明される。しかし、<証拠>によると、昭和二七年に初めて組合と会社間に労働協約が締結されており、その中に現在の協約の前記八条の骨格が規定されていたが、当時「異動」には配転を伴なわないものは含まないという趣旨で労使双方が合意しており、その後協約は数次改訂され、同旨の規定が置かれ、現在の八条となつたが、その間依然同様の了解のもとに、今日まで配転を伴なわない単なる昇進の場合には当該組合員に事前通知をしたことはなく、そのことについて異議が出たことはなかつたことが疎明される。そうだとすると、八条の異動には配転を伴なわない昇進が含まれないことは明らかであるから、これと反対の見解を前提とする申請人の前記主張は失当である。

2  (同意の要否)申請人は昭和四九年四月一〇日中田所長から本件辞令の発せられることを知らされたが、管理職として労働者を管理する立場に立ちたくないこと及び会社に在籍する限りいつまででも組合活動を続けたいので一生昇進しないことを述べて、その受諾拒否の意思表示をしたこと、しかし会社は拒否の理由がないものと認めて本件辞令を発したことは当事者間に争いがない。しかし、元来企業人事権は、労働契約によつて労働者から企業に委ねられた労働力の管理処分権にほかならず、労働契約ないしは労働契約によつて制約されている場合を除き、労働諸法の違背または濫用にわたらない限り、企業の一方的意思によつて自由に行使できるものであつて、その行使に当つてあらためて労働者の同意を要するものではない。従つて、人事権の行使によつて労働者の組合活動が不能もしくは著しく困難になる場合であつても、それが不当労働行為とならない以上、その効力に影響はない、と解される。そして、本件辞令が不当労働行為に該らないことは前記のとおりであるから、申請人のこの主張も失当である、というべきである。

(五)  以上いずれの点からも本件辞令は無効とはいえない。

三本件解雇の効力

会社が昭和四九年六月一四日申請人に対し本件解雇(本質は懲戒解雇である諭旨退職処分)の意思表示をなしたことは当事者間に争いがない。

(一)  本件解雇に至る経緯

<証拠>を総合すれば、次の事実が疎明される。

1(1)  申請人は昭和四九年四月一三日(以下、日付はすべて同年のものである)京都本社において会社に対し、前記二(四)2の理由を述べて本件辞令の受諾を拒否したが、辞令書は組合に見せるため受領したこと、同月一九日右辞令書を小川執行委員長に見せたのち会社に返送したが、会社はこれを申請人に送付し、申請人は同月三〇日これを会社に再返送したこと

(2)  船山総務部長は、五月六日大阪営業所を訪れ、また同月一〇日本社にて津田専務取締役と津田常務取締役の立合のもとに、それぞれ申請人に対し翻意するよう説得したが、申請人は同一理由を述べて固辞したこと、同月二一日中田所長は申請人を呼び出して説得を試みたが、右と同一結果であつたこと

(3)  同月二三日会社は申請人に対し、会社は本件辞令撤回の意思はないこと及び課長代理として就労しないときは会社は相当の処置をとらざるをえない旨通告したが、その頃申請人は、会社から渡された課長の肩書入りの名刺を返還し、同月分賃金中の課長代理手当を返送するとともに組合費を組合に郵送したこと

2(1)  四月一六日組合執行委員会において本件辞令問題が討議されたが、組合員として認めて欲しいとの申請人の主張に対して、児玉副委員長を除き消極的意見が圧倒的であつたこと

(2)  同月二二日春斗集約大会が開かれたが、申請人は私用の名目で有給休暇をとつてこれに出席(中田所長から組合要務許可申請は許可されず、組合大会出席の名目では有給休暇も与えられない旨告げられたためである)したところ、小川執行委員長と斉藤書記長から、組合員ではないとの理由により大会会場からの退去を求められたこと、

(3)  同日大会開始前、小川執行委員長は本社を訪れ、会社(船山総務部長等)と本件辞令問題について話し合い、会社から「辞令は絶対撤回しない。組合の見解を明示したらどうか。」との意向を示されたので、同月二五日委員長名で組合員に対し、本件辞令は申請人に不利益でなく、組合として介入すべきではない旨決定されたとの「告」と題する文書を掲示したこと

(4)  申請人は五月二日右文書の掲示に関して執行部に対する公開質問状(ビラ)を配布し、同月九日その回答とともに申請人を組合員として認めることをビラで要求したが、同月一一日の組合代議員会も執行部の見解に対し異議を述べなかつたこと、そこで申請人は翌一二日組合に対し、組合員たる地位確認の仮処分申請をする意思のあることを示して右回答を要求したので、執行部は同月二一日執行部決定として、本件辞令は不利益ではなく、団結権の侵害もないから異議申立も取り上げない旨の回答を出したこと、同月二五日申請人はあくまで斗う決意を表明したビラを配布したのち、組合大会に出席したが、小川執行委員長から再び退去を求められたこと、

(5)  申請人は六月三日から児玉副委員長とともに、申請人を組合員として認める趣旨の署名を組合員に求めてその職場及び家庭を廻つたこと

(6)  申請人は同月八日執行委員長(専従)立候補の届出書を組合選挙管理委員会に提出し、同月一一日右署名活動の結果(全組合員数約三〇〇名中一三三名署名)及び右立候補の趣旨を記載したビラを組合員に配布したが、翌一二日同委員会から右届出不受理の通知があつたこと(この点は前記のとおり当事者間に争いがない。)

3  以上のような事態のもとで、会社は六月一日組合に対しその見解と申請人に対する態度の報告を求め、同月三日これを得たうえ、同月八日開催の労働協議会において賞罰委員会の開催を決定し、直ちに同委員会(就業規則三五条により会社と組合のそれぞれから選出された委員をもつて構成された)を開催し、本件辞令問題について討議した結果、申請人の辞令拒否には正当な理由がなく、その辞令撤回要求行為は就業規則三七条(懲戒基準)三号に該当するので、申請人を今一度説得した後、申請人が六月一三日までに辞令を受諾した場合は辞令拒否期間である二か月間の減給処分に、同日まで受諾しないかその拒否の意思を表明した場合は同月一四日付で論旨退職処分に付する旨決定し、同月一〇日申請人及び会社従業員に告知したこと、同月一二日本社において、右決定に基づき労使双方が最後の説得を試みたが、申請人は翻意しなかつたので、会社は本件解雇をなしたこと

以上の事実が疎明される。

(二)  懲戒事由の該当性

本件辞令の有効性は前記のとおりであるから、申請人は会社の従業員としてこれに従うべきであつたにも拘らず、会社の再三にわたる説得をも排して、約二か月の間これを固辞したばかりか、その撤回を要求して執拗に前記認定の行為に及んだことは、会社の人事管理を妨げ、その秩序を乱すものとして、会社の従業員に対する懲戒事由を定めた就業規則三七条三号の「業務上の指示命令に不当に対抗し、職場の秩序を乱し、乱そうとしたとき」に該当することは明らかであり、前記賞罰委員会の認定は相当であつたといわなければならない。

(三)  解雇の相当性

また、企業の人事権は企業秩序の根幹をなすものであるから、その行使として発せられた本件辞令の約二か月にわたる拒否は企業秩序の重大な違反であることは疑いなく、まして前記のような昇進制度を実施し、かつ大学卒業者が全従業員に対して占める割合が僅少である会社においては、大学卒業者の昇進命令拒否は人事秩序のみならず人事計画をも破壊するところが大きいのであつて、会社としてに到底これを容認(即ち辞令の撤回)できない性質のものである。

ところで、<証拠>によれば、右就業規則三八条には懲戒の種類として、戒告・減給・出勤停止・役位剥奪・諭旨退職・懲戒解雇の六処分が定められていることが疎明されるところ、前記懲戒事由の重大性に照し、かつ、申請人は将来にわたり課長代理昇進拒否を続けることを宣言していることに鑑み、懲戒として諭旨退職処分もやむをえないものと認められる。

(四)  不当労働行為の成否

前記(一)認定の事実を総合すれば、申請人の辞令撤回要求行為は激しく執拗であつて、会社がこれを嫌悪したことは十分推認できるところであるが、右要求行為は有効な本件辞令に対するものであるから、結局辞令拒否という不当な行為にほかならず(前記(二)のとおりである)、会社はこの不当な行為を嫌悪して、まさにこれを終息させる意図をもつて本件解雇をなしたのであるが、この意図を不当労働行為意思と解する余地はない。従つて、申請人の不当労働行為の主張は理由がない。

なお、管理職として非組合員である者のなす正当な組合批判も労働組合法七条一号の組合活動に該ると解すべきであるとしても、そして四月二二日の組合大会における申請人(本件辞令により既に非組合員である)の執行部を批判する発言(<証拠>によりこれを認める)のように右組合活動に該るものもあるが、これも結局は右辞令撤回要求行為に付随するものであり、この行為と一体をなすものとしてこれと同一の評価に服すると解するのが相当である。

(五)  権利濫用の成否

本件辞令の発令当時大阪営業所において、課長代理と係長の職務内容に顕著な差異がなく、また申請人が課長代理に昇進すべき具体的な業務上の必要性がなかつたことは前記二(三)のとおりであるが、それにもかかわらず会社全体の人事秩序保持のためこれを実施する必要のあつたことは前記三(三)のとおりであつて、前記懲戒事由の重大性に照し、申請人の本件辞令拒否の理由が組合活動を続けたいためであり、その撤回要求行為が組合の強化という一貫した主張に基づくものであつたとしても、企業に労働組合の保護育成義務はなく、従つて会社がその人事権もしくは懲戒権の行使にあたり右のような拒否理由ないし主張を参酌すべきいわれもない以上、本件解雇を権利の濫用ということはできない。

四結論

以上のとおりであつて、本件辞令及び本件解雇はいずれも有効であるから、その無効を前提とする申請人の本件仮処分申請は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも失当であり却下を免れない。

よつて、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(野田栄一 大淵武男 松永眞明)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例