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京都地方裁判所 昭和49年(ワ)678号 1977年2月28日

原告

井本初蔵

被告

宮甚組

増田組

主文

1  被告宮田耕吉は原告に対し二一四万八三〇二円及びその内金一九六万八三〇二円に対しては昭和四七年六月三〇日より、同一八万円に対しては本裁判確定日の翌日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告の被告宮田耕吉に対するその余の請求及び被告株式会社増田組に対する請求を各棄却する。

3  訴訟費用中原告と被告宮田耕吉との間で生じた分の二〇%を被告宮田耕吉の負担としその余は全部原告の負担とする。

4  本判決中原告勝訴の部分は原告に於て金六〇万円の担保を供するときは被告宮田耕吉に対し仮に執行できる。

事実

(請求の趣旨)

被告らは各自、原告に対し一〇七六万八五二〇円及び内金九三六万八五二〇円に対しては昭和(以下に於て略す)四七年六月三〇日より、内金一四〇万円に対しては本判決言渡日の翌日より各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

仮執行の宣言。

(右に対する答弁)

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

仮執行の免脱宣言……但し増田組のみ

(請求の原因)

一  亡井本美義は次の事故で死亡した。

1  発生時 四七年六月二九日午後三時一五分頃

2  発生場所 京都市南区吉祥院中島町二番地、木村ビル建築現場

3  態様 亡美義が亜鉛鋼管の足場解体の作業中、解体して所持していた一本の鋼管の先端がビル屋上の裸高圧線にふれ感電墜落し、四〇分後明石病院で死亡した。

二  原告は亡美義の父で相続人である。

三  責任原因

事故当時亡美義は被告宮甚組こと宮田の従業員であり、宮甚組は被告増田組より解体工事を下請して業務に従事中本件事故に遭ったものであるが被告らには次のような過失があるので被告両名は第一次的に労働契約に内在する安全保証義務に違反する債務不履行として第二次的には被告らの不法行為、被告増田組については現場主任者たる本間の不法行為の使用者責任により本件事故による損害を賠償する責任がある。

被告らの過失

1  本件ビル建設現場の近くには裸の高圧線が通っていたので被告らは電力会社に対し高圧線の被覆を請求するか、自ら高圧線と建設現場とを絶縁体で遮断するか足場に絶縁体を使う等してから作業にかゝるべき注意義務があったのにこれを怠り漫然と労働者に作業をさせた過失がある。

2  労働安全衛生規則一〇八条の四によると高さ五米以上の構造の足場解体を行う場合は作業主任者の直接指揮のもとに作業させること、足場材の取外しには幅二〇糎以上の足場材を設け労働者に命綱を使用させる等労働者の墜落による危害を防止する措置を講ずること、材料を下す場合はつり綱、つり袋を使用させること等を定め、同一〇八条の七は高さ五米以上の構造の足場の解体の作業主任者は労働者の危害を防止するため作業の方法、労働者の配置を決定し、作業の進行状況を看視すること、命綱、保護帽の使用状況を看視すること等を定め、同一一一条二項は高さ二米以上の作業床の端で墜落により労働者が危害を受ける虞のある個所には圍い、手すり、覆い等を設けねばならない、又は防網を張り、労働者に命綱を使用させる等墜落による労働者の危害防止の措置を講ずべきことを定めているところ、本件現場は五米以上の構造の足場の解体作業なのに、作業主任者も選任されておらないため作業主任者の直接指揮もなされず、作業主任者が行うべき作業の進行状況や命綱の使用状況の看視もなされず、又命綱の使用を命ぜられたこともなければ足場の端で作業していたのに圍い等の設置もなかった。作業主任者が直接現場で指揮し労働者の配置等の作業を絶えず看視し、命綱の使用状況を看視していたら又は労働者の墜落防止のため圍い等が設けられていたら本件墜落事故は発生しなかったのであるからこの点で被告らに過失がある。

亡美義と被告増田組との間に雇傭契約はないが下請人の従業員が元請人の支配管理する施設内で元請人の指揮監督の下に労務を提供する場合はそこに使用従属の関係にある労務関係が生じ元請人は下請人の従業員の生命健康を損うことのないよう危険から保護しその安全を保証すべき義務を信義則上負っているところ被告増田組はその義務を怠った過失があるので同被告も債務不履行の責任がある。

四  損害

1  逸失利益 六八六万〇五二〇円

亡美義は独身で三二才、事故当時日当四〇〇〇円、一ケ月七万六〇〇〇円の基本給を得ていたところ生活費を半額控除し五五才迄の二三年間働けるとしてホフマン方式により計算すると次のとおりとなる。

76,000×1/2×12×15.045=6,860,520

2  慰藉料 五〇〇万円

以上の合計一一八六万〇五二〇円

五  損害の補填 二四九万二〇〇〇円

労災保険より遺族補償金として右金額が支払われた。

六  弁護士費用 一四〇万円

原告は原告代理人と一四〇万円を報酬として支払う契約をなし、着手金一一万円を支払い、残りは本判決後支払うことを約した。

七  結論

よって原告は被告らに対し以上の損害金合計一〇七六万八五二〇円及びその内金九三六万八五二〇円に対しては本件事故の翌日より内金一四〇万円に対しては本判決日の翌日から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める。

(被告らの答弁、抗弁)

被告宮田

一  請求原因一の1、2、同二の事実、同三の中亡美義が被告宮田の従業員であったこと被告宮田が同増田組よりトビ工事、土工事を下請していたこと、同四の亡美義の収入の点、同五の事実は認めるが他は争う。亡美義は感電墜落したのではない。

二  亡美義は午後の休憩時間に他の者は休んでいるのに作業を始め一人で工事の足場材料たる約四米のビデーを取外し下方を一人で持っていたためこのビデーにふられて身体が動揺し転落したものでこれは同人の過失によって生じたものである。現場では被告宮田の選任した作業主任者の八木準三が作業を看視し、現場には安全綱も覆いもあったし、被告宮田は専門家たる関西電力株式会社に依頼し高圧線に絶縁管を被覆してもらった。しかるに関西電力が絶縁管の東端から九二号電柱よりに約三米の間裸線を残したためそこへ亡美義のもっていたビデーの先端がふれて本件事故になったもので責任はむしろ関西電力にあり被告宮田にはない。被告宮田としては専門家に依頼して被覆をしてもらった以上それを信ずる外ないから被告宮田に過失はない。

三  仮に被告宮田に過失があるなら以上のごとく亡美義に過失があるから過失相殺すべきである。

四  被告宮田は本件事故のため死体検案書交付費用として一万円を、葬儀費用として二四万九二〇〇円を支弁した。

被告増田組

一  請求原因一の1、2、同二の事実、同三の中被告増田組が被告宮田に下請させたこと、同五は認めるが他は争う。亡美義の死体に感電の跡はなく感電墜落したのではない。パイプが高圧線に接触するまでに亡美義の身体がよろめき墜落体勢に入っていたのであって感電したから墜落したのではない。

二  本件事故は亡美義が休憩時間終了間際に他の作業員との協同体勢を待たず単独で高いところに上り、足場材たる鉄製パイプを最上部から一本宛取外す作業を始めたため起ったものであるが、かゝる作業をなすには作業員がパイプの上の方を一人がもち、傾かないようにし他の一人がそのパイプの下方の緊結金具の繋ぎ目を外し二人共同してパイプを提げ地上に降すよう平素から傭主の被告宮田から言渡されそれを守るよう訓練を受けていた、特に亡美義は宮田方に就職して数年を経た熟練工であり雇主が現場にいない時は最古参者として後輩を指導しルール遵守を励行督励する立場にあったに拘らず他の作業員が作業態勢に入らずパイプの上の方をもつ者が傍にいないまゝ単独で直立した四米のパイプの下端の緊結金具の留ネジを外し片手でパイプの下端を持ったためネジが外れると同時にパイプが傾き持ちこたえられず身体がよろめき約八・五米の高さから顛落したもので亡美義自身の過失によって起ったものである。高圧線の被覆は被告らのなしうるところでないから安全管理義務と関係はないが高圧線はビルより離れたところにあるから亡美義が平素のルールを遵守しておればこの事故はなかったのである。

被告増田組は関西電力に依頼し足場南側の高圧線に絶縁管を取付けてもらい、足場の外側には金網を張り作業者の落下防止方法を講じ現場には命綱を用意していたのであり、工事監督者は平素又は作業開始前に作業員に危険防止の注意はするが作業開始後は一人につききりで刻々看視するのではないから作業員自身が注意する外はない。亡美義が落下時にいた足場五階の東南角の金網は亡美義が作業上外したものと思われる。足場取外しの場合、何処の作業員も命綱を引掛ける場所がないのと刻々身体を移動させる作業であるから命綱を使用している暇がなく使用しないのが通例であるが最高の注意をするなら亡美義が命綱を借りて足場に引掛けるべきであった。以上のごとく本件事故は亡美義自身の過失によるものであって被告増田組の責に帰すべきものではない。

三  仮に被告らに幾ばくかの過失があるとしても原因の九分九厘は亡美義の過失によるからそれを相殺すると残余は労災給付により補償されている。

(抗弁に対する答弁)

一 亡美義は被告らと従属関係にあり対等な立場になく、危険な作業方法に異議を述べる立場になかったので損害の公平な負担、信義則の具体的顕現として過失相殺すべきではない。

二 被告宮田が同人主張の金員を支出したことは認める。

(証拠)…略

理由

一  原告の子である亡美義が四七年六月二九日午後三時一五分頃、原告主張のビル建築現場で作業に従事中墜落し、四〇分後に死亡したこと、亡美義は被告宮田の従業員であったこと、被告宮田と被告増田組が下請と元請の関係にあったこと(但し全工事の下請ということではない)は全当事者間に争いがない。

(証拠略)によると次のとおり認められる。

1  被告宮田は宮甚組と称し、創業一六〇余年の歴史をもち鳶と土木工事の下請を行い、常傭の労働者は平均して五〇人、外に二、三〇人の臨時労働者を用い、年間約二億円の業務を行っている労基法八条適用事業場である。亡美義は一五年三月二八日生で約一〇年前から被告宮田に傭われ山田としをと名乗り事故当時は日当四〇〇〇円の鳶職人であった。但し事故の一、二ケ月前より遡って約一年間拘置所に入っていた。その間被告宮田の方では差入れなども行って世話をみていた。尚被告宮田は宮甚組の主宰者であるが、現場の采配労働者の指導等実際の仕事は弟の宮田芳彦が中心となって活動していた。

2  被告増田組は本件事故のあった現場の木村ビル建設工事を請負い施行したが当時工事が大部分完成し、被告宮田に足場の解体作業を請負わせたので、宮田芳彦は事故の前日の六月二八日は鳶職人の伊賀與一、阿比留皎と亡美義の三人及び手元と称し解体した物等を運ぶ作業員五人を現場に出し、事故当日は鳶職人として八木準三、伊賀與一、亡美義の三人と手元の作業員五人を現場に出しビルの足場の解体作業に従事させた。右三人の中八木が一番年長で先輩であったが明確に作業主任者と指名されていたのではなかった。

3  足場解体工事というのはビル工事のためビルの周圍に組まれてあった鉄製パイプの足場を順次外して解体する作業でありパイプ一本の重さは一〇瓩近くあるのでこれを外すには二人で一人が上をもち他の一人が下の緊結器を解きそれを縄にゆわえて下におろしており増田組の現場監督本間俊男や宮甚組の宮田芳彦は平素より作業員にその様に指導していた。事故当日午後三時休憩時間となり鳶職人はビル一階の増田組の事務所内で手元の作業員はその付近で休憩をとった。普通は三〇分程休憩するのであるが当日美義は一〇分位しか休まないで一人で作業を始めるため階段を登って行ったので伊賀與一が「もう一寸一服せよ」といったが美義は「早く仕事をして早く帰るんだ」といって登って行った。そして上の足場から美義の「上から物が落ちるからどいとけ」という趣旨の大声が聞えて間もなく美義はビルの東南角から両手を広げて逆さまに地上に落ち頭を打ち直ちに明石病院に運ばれたが間もなく頭蓋底骨折が直接原因で死亡した。明石病院の医師明石朗の診断では美義の身体の電撃創は明確でなく落下がなければ助かったろうといっている。尚落下当時美義が一人で外したパイプが足場の南側を東西に走っている高圧線に接触してバシバシという音がし美義が載っていた足場パイプには電流が通った跡があった。この接触で停電した。

4  美義の死亡後警察医清水忠郎による死体検案がなされ、美義の左掌の中指から親指よりのところに小指の爪位の大きさで皮膚がめくれているところがあったので同医師は高所から感電して転落したという現場の人の報告と合せこれが電気の射入口と判断したが黒く焦げているとか電撃特有の創があったわけではないので正確ではない。又電気の射出口は見当らなかった。本件の捜査に当った佐々木晃嗣労働基準監督官も感電死とは断定できないと報告した。

5  これより先、被告増田組は四七年二月関西電力に対し、木村ビル南側に走っている六六〇〇Vの高圧線に危険防止のため防護管取付を依頼したので関西電力京都支店は関電阪急株式会社に下請させて足場から一米以上離れている高圧線に約三〇米にわたりポリエチレンの防護管を設置し被告増田組の確認書を受取った。しかしこの防護管は電線に密着しているのでないから重さや風で多少移動することがあったのみならず、足場の東端の線を南へ延長し電線と交わる所より約一・五米東までしか防護管が施されていなかった。従ってこの防護管は更に約三米東にある九二号電柱までは施されていなかった。もしこの防護管が実際より更に東迄施されていたら美義が手にしていたパイプに電流が伝わらなかったことは明らかである。尚被告増田組は防護管を設置した後関西電力に命じ高圧線を更に建物から離させたことがある。

6  被告増田組はこの外危険防止のため足場には全部網を張り、現場の作業主任者として本間俊男を選任し同人は山下一保とともに現場で安全のための指示指導を行い、増田組の現場事務所には命綱を準備し必要に応じて取りに来いといっていた。但し転落当時美義が載っていた足場外側と横側の金網は外されていた。解体作業の一環として美義らが既に取外していたのである。

7  被告宮田は美義らに保護帽は冠らせていたが命綱は増田組の事務所にあっただけで被告らが美義らに直接使用を命じてはいなかった。

8  美義が墜落時に立っていた足場はビルの四階の外側、地上から数えて六段目で、地上から約八・五米の高さのところにあり、同人が外したパイプは長さ約四米で、これは足場の根幹ではない補強用の足場に用いられていたものであった。

9  宮田芳彦と本間俊男は作業員に命綱を使用させていなかったことで罰金刑に処せられた。

以上のごとく認められる。

右認定事実によると本件事故は亡美義が一人で取外した足場材のパイプの下の方を多分片手で持ったところその重みでパイプの先端が東南の方へ斜めに倒れ丁度高圧線の防護管の施していない部分に接触したため美義が載っていた鉄製の足場と美義の身体に電流が伝わり美義の身体が震えて脚が滑りそのまゝ墜落したものと推認される。この場合美義が電流と関係なく先に脚を滑らせて墜落を始めその際手にしていたパイプが高圧線にふれたとみることも不可能ではないが一〇年余もこの種の仕事に従事していた美義が電流と関係なく墜落を始めたとは考えにくく、前記のように持っていたパイプに電流が伝わったため身体が震え脚を滑らせたもので墜落と電流との間に因果関係があるものと当裁判所は判断する。

二  被告らの責任と被害者の過失

(1)  亡美義が被告宮田の従業員であったことは前記のとおりであるから被告宮田は雇傭契約に基づき従業員の安全を守るため労働基準法等の各法規により要請される措置をとるべき義務がある(労働基準法、労働安全衛生規則は国に対する関係で使用者等が守るべき安全保護義務を定めているがそれは一面使用者と労働者間の雇傭契約の内容を補完するものと解すべきである)というべきところ、当時施行されていた労働安全規則一〇八条の四によると使用者は高さ五米以上の構造の足場の解体を行うには(1)作業主任者の直接指揮のもとに作業を行わせること、(2)足場材の緊結、取外し、受渡し等の作業にあっては幅二〇糎以上の足場板を設け、労働者に命綱を使用させる等労働者の墜落による危害を防止するための措置を講ずることとなっており又同規則一〇八条の七は高さ五米以上の足場の解体作業主任者は労働者の危害防止のため(1)器具、工具、命綱、保護帽の機能を点検し不良品を取除き、(2)作業の方法及び労働者の配置を決定し作業の進行状況を看視し、(3)命綱及び保護帽の使用状況を看視することとなっており、本件のような鋼管足場については同規則一〇九条の二の六号で架空電路(送、配電線)に近接して鋼管足場を設ける場合はそれとの接触防止の措置を講ずべきこととされているところ被告宮田は当時現場に於て労働者を指揮監督すべき明確な作業主任者を定めていなかったので亡美義は他の従業員と協力して解体作業を行わなかったのみならず、命綱の使用が解体作業のような労働者の場所的移動を伴う作業に使用することは煩雑であり平常はその必要を認めないことがあることは想像に難くないが前記規則一〇八条の四が高さ五米以上の構造の足場の解体を行うには労働者に命綱を使用させることと定めていることは過去の経験等よりして命綱を使用させることが労働者の安全保護に十分役立つことを意味しているに拘らず被告宮田に於て自らその命綱を準備し、亡美義に使用を命じた形跡がないことは労働者の安全保護に欠くるところがありその点でその責に帰すべき過失があったといえるし(人証略)は本件の場合足場に親綱を張りそこから命綱をつないで作業しておれば本件事故は発生しなかったと証言し、当裁判所もこの見解に同調できるので亡美義の直接の使用者である被告宮田が現場の作業主任者を明確に定めず美義に命綱を使用させていなかったことに過失があると判断する。

(2)  次に高圧線の防護管について考えるに前記のように高圧線の電流と美義の死亡との間に因果関係があり、防護管が更に東の方に延びて設置されていたら本件事故はなかったのであるからもしこの防護管の設置に欠陥があるなら被告らに過失があるといわねばならないが前記規則一〇九条の二の六号の近接とは電路と足場の距離が上下左右いずれの方向においても三〇〇V以上七〇〇〇V未満の場合は一・二米あれば足るように行政指導しているようであり(労働安全衛生解釈総覧参照)、四米もあるパイプが倒れて接触することは通常予想されず、かつ被告増田組は専門家の関西電力に防護管の設置を依頼し防護管を設置しているのであるからこの点で被告らに過失があったとは認めがたい。

(3)  又原告は被告らが美義が作業していた足場の端に圍い、手すり、覆い等を設けなかった点に過失があるというが前記一で認定したように被告増田組は足場に全部網を張って危険防止に努めていたが、亡美義らの仕事がこの足場を解体することであり、たまたまその一環として美義らが網を外したのであるからこの点に被告らに過失があったとみることはできない。

(4)  以上のごとく当裁判所は被告宮田が現場の作業主任者を明確に定めず亡美義に対し、積極的に命綱の使用を命じていなかったことは同被告の責に帰すべき事由があって本件事故が発生したもので債務不履行として亡美義の死亡に伴う損害を賠償すべき義務があると判断する。

(5)  被告増田組は元請主で亡美義の直接の雇主ではなく同人と雇傭契約はなかったから被告増田組については債務不履行の責任はなく不法行為の責任を考えれば足りるところ元請主と雖も現場で労働者と一しょに作業に当り、それにより利益を受ける立場にあるのであるから労働者の安全を守る労働基準法以下の各法規は元請主にも適用があるばかりでなくかゝる場合に信義則上要求される安全保護義務に欠くるものがあるなら不法行為を構成するが増田組は前記認定のように作業主任者として本間俊男を選任して現場の監督に当らしめ事務所には命綱を備え高圧線については関西電力に注文して防護管を施設し、又落下防止の網を張る等法規の要求していることを実施し特に欠陥があったとは認められないので同被告に過失があるとみるのは相当でない。

尤も被告増田組が命綱を事務所に備えていても当時亡美義にその使用を勧めたことのないことは被告宮田と同様であり、検察庁はその故を以て本間俊男を起訴し罰金を科したものと思われるが、その不作為を以て亡美義の直接の雇主でない被告増田組又は本間俊男に不法行為を構成する程の違法性ありと解することは相当でない。かゝることの作為義務は直接の雇主である被告宮田とは差があってもやむを得ないものと解する。

従って原告の被告増田に対する請求は理由がない。

(6)  過失相殺について

足場の解体作業のような仕事はいくら使用者が注意を促し作業主任者がいても作業員個人々々が命綱を用うるなりその他危険防止に必要な配慮、措置をとらぬ限り事故の発生を未然に防止することは困難なるところ、美義は同僚の伊賀與一の勧告を斥け早々一人で仕事を始め、平素教えられているとおり二人で共同して行えばよいのに一人で長いパイプを取外したためパイプの重さでこれが防護管の及んでいない高圧線上に倒れて事故の発生となったものであるから被害者たる美義の過失は大きいといわざるを得ないので過失相殺の対象とせねばならない。この点につき原告は亡美義は被告らに使われている従属関係にあった者であるから過失相殺理論を適用すべきでないというがいかに従属関係にある者といえども被害者自身の過失による損害まで被告らの負担とする理由、根拠はない(それを主張するなら労災保険の補償で足りるとしなければならない)ので原告のこの主張は採用できない。

而して当裁判所は以上のような事情を勘案し本件事故に対する過失割合は被害者美義に六〇%被告宮田に四〇%と評価するので被告宮田の主張する過失相殺の主張はこの限度で理由がある。

三  損害について

(1)  逸失利益 六一五万〇七五六円

(収入) 月額七万六〇〇〇円

亡美義が生前月額七万六〇〇〇円の収入を得ていたことは原告と被告宮田との間では争いがない。

(生活費控除) 二分の一

(残存就労可能年数) 二三年

亡美義は事故当時三二才であったから経験則により右程度の就労は可能であったと認める。

(ライプニッツ係数) 一三・四八八五

76,000×1/2×12×13.4885=6,150,756

(2)  慰藉料 五〇〇万円

一切の事情を考え右金額を以て基本金額とする。

(3)  右(1)(2)の合計 一一一五万〇七五六円

(4)  被害者美義の過失相殺の金額 四四六万〇三〇二円

11,150,756×(1-0.6)=4,460,302

(5)  損害の補填 二四九万二〇〇〇円

労災保険より原告に右金額の填補があったことは当事者間に争いがない。尚被告宮田が支出した葬儀費用等は請求もないので考慮しないこととする。

(6)  (4)より(5)を控除した金額 一九六万八三〇二円

(7)  弁護士費用 一八万円

これに対する遅延損害金は委任契約の性質上本裁判確定日の翌日より付するのが相当である。

四  原告が亡美義の唯一の相続人であることは当事者間に争いがないので原告は亡美義の前記三の(6)の請求権を承継したといえる。

五  結び

以上のごとく原告の本訴請求は被告宮田に対し前記三の(6)(7)の合計二一四万八三〇二円及びこの内金一九六万八三〇二円に対しては本件事故の翌日である四七年六月三〇日より、同一八万円に対しては本裁判確定日の翌日より完済まで民法所定の年五分の割合の遅延損害金の支払を命ずる限度で理由があり同被告に対するその余の請求、被告増田組に対する請求は理由がないので、これを棄却し訴訟費用の負担等に民訴法八九条九二条本文、一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 菊地博)

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