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京都地方裁判所 昭和50年(行ウ)16号 判決 1977年9月16日

原告 今井正己

被告 農林大臣

訴訟代理人 高須要子 柳昌仁 曽我謙慎 森野満夫 ほか二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和四三年一一月八日付で別紙目録(一)ないし(六)記載の山林につきなした保安林の指定処分は無効であることを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は昭和四三年一一月八日、原告の所有にかかる別紙目録(一)ないし(六)記載の山林(以下本件山林という)につき、森林法(以下法という)二五条一項二号に掲げる目的を達成するための保安林指定処分(以下本件指定処分という)をなした。

2  本件指定処分には以下に列記する重大な手続上の瑕疵が存する。

(一) 被告は本件指定処分に先立ち昭和四三年七月四日本件山林を保安林に指定する予定である旨及びその他法二九条に掲げる事項を京都府知事(以下知事という)に通知(以下法二九条の通知という)したが、この通知に基づき知事がその通知内容について

なすべき左記の(1)ないし(3)の手続がなされていない。

(1) 告示(以下法三〇条の告示という)

(2) 本件山林の所在する市町村の事務所である京都府相楽郡南山城村役場における掲示(以下法三〇条の掲示という)

(3) 本件山林に関し登記した所有者たる原告に対する通知(以下法三〇条の通知という)

(二) 本件指定処分に関しては左記の(1)、(2)の手続がなされていない。

(1) 被告のなすべき、本件指定処分をなす旨及びその他法三三条一項に定める事項の告示(以下法三三条の告示という)

(2) 知事のなすべき、本件指定処分に係る本件山林の所有者たる原告に対する通知(以下法三三条の通知という)

(三) 本件山林の区域内には、保安林であることを示す法三九条に定める標識(以下法三九条の標識という)が設置されていない。

3  前項に列記した瑕疵はいずれも本件指定処分を無効ならしめるに足る重大かつ明白な違法というべきである。すなわち、右瑕疵の明白なことは、原告において昭和四九年三月末日まで、仮に保安林の指定処分があれば賦課されないはずの固定資産税を納付していることからして明らかである。よつて本件指定処分の無効であることの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1項は認める。

2  同2項中、法二九条に基づき被告から知事への予定の通知があつたことは認めるが、その余は否認する。

3  同3項中、原告が本件山林について昭和四八年一二月末日までの固定資産税を納付していたことは認めるが、その余は争う。

三  被告の主張

本件指定処分の手続には原告主張の瑕疵はない。

すなわち、本件山林を含む一帯については従来から治山事業が実施されてきたが、昭和四一年に知事が保安林整備事業の一環として新生崩壊地保安林指定調査を行い、その結果を保安林指定に必要な指定調書等にまとめて昭和四二年六月二七日林野庁長官に提出したので、被告は右指定調書等に基づき、本件山林について土砂流出防備の目的を達成するため、法二五条一項二号の規定により、土砂流出防備保安林に指定することを相当と認め、昭和四三年七月四日府知事に法二九条所定の保安林予定の通知をなした。知事は、右通知を受け、同年八月二〇日京都府告示第四二三号(京都府公報第四二四九号)により法三〇条の告示を、同年九月二日3南経第六七四号により法三〇条の掲示をそれぞれなしたうえ、同年九月二日発送の普通郵便により法三〇条の通知(同年八月二六日付3林第九九一号)をなした。さらに被告は、昭和四三年一一月八日付農林省告示第一七七二号(官報第一二五七二号)により法三三条の告示をなし、同年一二月四日発送の普通郵便により法三三条の通知(同年同月三日付3林第九九一号)をなし、昭和四四年一〇月頃本件山林の北東一五〇メートルの地点に法三九条の標識を設置ずみである。原告に対する法三〇条、三三条の各通知が返戻された場合には発送郵便物記載帳簿にその旨登載されることになつているところ、そのような帳簿記載がないので、右各通知がなされたことは明らかである。又、保安林予定および保安林指定の効力は告示のみにより効力を生じ(法三〇条、三三条二項)、同各法条所定の森林所有者等への通知の有無は右効力に関係がない。

第三証拠<省略>

理由

一  本件指定処分の存在

請求原因1項の事実については、当事者間に争いがない。

二  本件指定処分の瑕疵の存否

1  請求原因2項のうち、被告が知事に法二九条の通知をなしたことについては当事者間に争いがない。

2  原告主張の本件指定処分の瑕疵のうち、法三〇条の告示については<証拠省略>により、法三〇条の掲示についてはその方式及び趣旨によりいずれも公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき<証拠省略>により、法三三条の告示については<証拠省略>により、法三九条の標識については弁論の全趣旨によつてその成立の認められる<証拠省略>により、それぞれ被告主張のごとく手続がなされていることが認められ、これに反する証拠はない。

3  そこで残る法三〇条、同三三条の各通知の存否について検討する。

(一)  まず保安林指定手続の構成の特質をみるに、保安林指定制度はいわゆる公用制限の一種で法二五条に掲げる公益上の必要のために、森林を対象とする権利に対し法三四条、同条の二等に定める制限を課して当該森林の現状を事実的に維持することを目的とする制度であつて、保安林の指定は右の現状を事実的に維持されるべき森林の範囲を決定する行政行為であり、この森林を対象とする個別的権利を直接に制限する行政行為ではない。当該森林に対する権利の制限は、前記法三四条、同条の二等から直接に生じるものである。したがつて保安林指定にあたつては、法二五条の目的達成のためにいかなる場所において、いかなる範囲の森林を選択するかが重要であつて、かつ、指定した範囲の森林全域につき時間的にも一律に指定の効果が発生するものでないと前記保安林制度の目的を達することができない。

このように、保安林指定処分は、公益上の目的からなされるものであり、対象とされる森林に対する個別的権利を直接制限するものではないが、その指定処分により法三四条等を介して指定森林を目的とする権利の制限を生来するものであるから、指定森林に対する個別的権利者の権利、利益の保護も無視すべきでなく、法三三条の通知もこの考慮に出たものと解される(法三五条の損失補償も同様である)。しかしながら、個別的権利者の保護も、保安林指定制度が前記のように公益を目的とし、かつ当該地域の森林全域について一律に効力の発生することが必要であることからして、この公益に優先するものとはいえない。法三三条において、保安林指定処分は、被告の保安林指定の告示によつてその効力を生じるものとし(一項、二項)、被告は右告示とともに関係都道府県知事に通知し、この通知をうけた知事が森林所有者等に通知する(一項、三項)旨定め、他方森林所有者等の利害関係者からの不服の申立について特に定めていない(法三二条の意見書の提出については後述する)のも右の趣旨に出たものと解することができる。

右のようなところからして、仮に本件山林所有者である原告に対し法三三条の通知を欠いていたとしても、前記のように同条による告示の適法になされている点をも考慮すれば、右通知の欠缺の一事をもつて、本件指定処分を無効ならしめるような重大な瑕疵があつたとは到底いいえないところである。

(二)  次に法三〇条の通知についてみるに、この通知は、前記の同条の告示、掲示ないしは法三二条の意見書の提出、公の聴聞会の開催の手続とともに、保安林指定処分の事前における準備的手続である。右通知も当該森林に対する個別的権利者の利益保護の考慮からなされるものと解しうるが、右通知に特段の効果を与えた規定もないのであるから、これは右の事前の準備的手続のなされていることを通知するに止まるものと解すべきである。本件においては、右の事前の準備的手続は終了し、かつ、右手続中における法三〇条の告示、掲示が適法になされていること前記のとおりであるから、仮に原告主張のように右通知を欠いたとしても、この一事をもつて右事前の準備的手続ひいては本件指定処分を無効ならしめるような重大な瑕疵ということは相当でない。

もつとも、法三二条によると、保安林指定に直接の利害関係を有する者で保安林指定(予定)の内容に異議ある場合は、法三〇条の告示の日から三〇日以内に被告に対し意見書を提出することができ、意見書の提出があつたときは、公の聴聞会を開くことになつていることからして、森林の所有者等が右の通知を受けなかつたときは、意見書の提出の機会を奪われる恐れなしとしないが、意見書の提出や聴聞会も前記のようにもともと保安林指定制度が公益を目的とするものであり、その制度の趣旨からして、いずれも公益を主たる目的とするものであり、また、右意見書は、保安林指定に直接利害関係を有する地方公共団体の長その他の利害関係者においてもなしうるのであり(法二七条、三二条)、また聴聞会においては傍聴者の発言も認められている(法施行規則二一条の二、六項)のである。したがつてこのような点からして、森林所有者等の個別的権利者において意見書提出の機会が無かつたとしても、保安林指定の公共性が害されるとはいえない。

(三)  法三〇条、三三条の通知の性質が前示のようなものであること、本件においては前認定のように右通知以外の告示、掲示ないしは標識の設置等はいずれも適法に行われている点をも考え合せると、仮に右の各通知がいずれもなされなかつたとしても、これをもつて本件保安林指定処分を無効ならしめるよ

うな重大な瑕疵とすることは相当でないと解する。

三  以上説明したとおり、本件指定処分については、原告主張の瑕疵なるものは、仮に存在したとしても無効事由とはなし難いものであるから、その余について判断するまでもなく、原告の主張はいずれも理由がなく、原告の本訴請求は失当として棄却すべきである。よつて訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

京都地方裁判所第三民事部

(裁判官 石井玄 杉本昭一 岡原剛)

別紙物件目録(一)ないし(六)<省略>

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