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京都地方裁判所 昭和51年(わ)773号 判決 1976年10月15日

主文

被告人を懲役三年に処する。

未決勾留日数中五〇日を右刑に算入する。

この裁判の確定した日から五年間右刑の執行を猶予する。

被告人を右猶予の期間中保護観察に付する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一、昭和五〇年一二月二六日午後〇時三〇分ころ、京都市山科区音羽沢町(当時東山区山科音羽沢町)一二の一番地小村寮内宮本裕二(当二三年)居室において、同人の所有管理する現金三万八、〇〇〇円を窃取し、

第二、同五一年二月一四日午後〇時三〇分ころ、前記小村寮内宮本裕二居室において、同人の所有管理する現金三万六、〇〇〇円を窃取し、

第三、同年二月一八日午後一一時三〇分ころ、前記小村寮内宮本裕二居室の入口ドアから同室内に故なく侵入し、同室内の状差しに差し込んであつた封筒から同人の所有管理する現金を抜き取り窃取しようとしたが、同人に発見、逮捕されてその目的を遂げず、

第四、同月一九日午前〇時四〇分ころ、前記宮本に同行されて京都市山科区竹鼻四丁野町(当時東山区山科竹鼻四丁野町)三四番地京都府山科警察署へ赴く途中、同市山科区竹鼻堂ノ前町(当時東山区山科竹鼻堂ノ前町)外環状線四ノ宮川橋に差しかかかつた際、やにわに逃走を企て、同人の後頸部を手拳で一回殴打し、更に後頸部、後頭部を刃体の長さ約七センチメートルの果物ナイフ(昭和五一年(押)第二四四号の一)で数回突き刺す暴行を加え、よつて同人に対し入院加療二三日間を含む加療約五週間を要する頸部刺創、頭部外傷Ⅲ型の傷害を負わせ

たものである。

(証拠の標目)<略>

(事後強盗致傷罪を認めなかつた理由)

事後強盗致傷罪が成立するためには、その手段たる暴行、脅迫が窃盗の現場或はその機会継続中になされたことを要する。と解すべきであるが、これを本件についてみると、当公判廷において取調べた各証拠によれば、宮本裕二は被告人の窃盗行為を発見すると同時にその腹部及び左頬を手拳で殴打し、よつて被告人の反抗を不能ならしめてこれを逮捕したが、その後は自室において被告人に対し自分と共に警察へ行くよう約一時間にわたつて説得を続け、被告人もようやくこれに応じて二人で山科警察署へ赴く途中、被告人が逃走するため宮本に対して暴行を加えたこと、被告人は右のように一応警察へ行くことを承諾したものの全く逃走の意思を放棄したものではなく、又終始宮本は被告人のそばに居て同人のもとから逃走することは必ずしも容易でない状況であつたことが認められる。

しかしながら、他方宮本は被告人を、その意に反して警察へ連行しようとする意思はなく、そのため前記のような長時間にわたる説得に努めたのであつて、その間、以前の窃盗について被告人を問い詰めるようなことはあつたものの前記暴行以外は被告人に対してその反抗或は逃走を防止するような行動をとることはなく、ことに一旦被告人が警察へ行くことを承諾した後は、同人が自室へ着替えをしに行くことにも快諾し、その後再び宮本の部屋へ戻つた際、被告人の気を落ち着かせる為ウイスキーや煙草を勧め、被告人もこれに応じて宮本と共にウイスキーを飲んだり煙草を喫つたりしていたこと、宮本方を出て山科警察署へ赴く際も、宮本は被告人の腕を掴む等その逃走を防止することもせず二人で並んで歩いて行つており、宮本の友人の水野が二人を見ながらバイクで追い越して行つた際も、同人は二人の行動に何の異常をも認めなかつたこと、途中からはむしろ宮本の方が被告人の数歩先を歩いて、これを先導するような状況であつたこと、被告人が宮本に暴行を加えた時は窃盗行為から約七〇分経過し、その現場も窃盗現場から約二〇〇メートル離れた地点であつたことが認めらる。

以上の事実に照らせば、宮本の当初の逮捕行為が本件暴行時まで継続していたとみるのは困難であつて、被告人が宮本の説得に応諾した段階で逮捕状態は消滅したものとみられ、宮本の警察への被告人の同行は有形力を用いないいわば任意の同行というべきものであり、しかも本件暴行が行われるまでに相当の時間的、場所的に隔たりがあるから、かかる状況のもとでは、たとい窃盗行為後警察への同行中に逃走のため暴行が加えられたとしても、その暴行はもはや窃盗の現場若しくは窃盗の機会継続中になされたものと解することは出来ず、従つて窃盗犯人が逮捕を免れるため暴行を加えた場合に当らないから、本件につき事後強盗致傷罪は成立しないものといわなければならない。結局判示第三および第四のように窃盗未遂並びに傷害罪の成立が認められるに過ぎない。

(法令の適用)

被告人の判示第一および第二の所為はいずれも刑法二三五条に該当し、判示第三の住居侵入の所為は同法一三〇条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、窃盗未遂の所為は刑法二四三条、二三五条にそれぞれ該当するが、右の住居侵入と窃盗未遂との間には手段結果の関係があるので同法五四条一項後段、一〇条により一罪として重い窃盗未遂罪の刑で処断することとし、判示第四の所為は同法二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、以上判示第一ないし第四の罪は同法四五条前段の併合罪なので、同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第四の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人の量刑を按ずるに、判示第一ないし第三の犯行は、被告人と同じ下宿に居住し、昼間働き、夜は大学へ進学している、いわゆる苦学生である宮本の生活資金を窃取せんとしたものであつてその被害金額も少くなく、右第三の犯行は未遂に終つたものの、これは宮本に発見、逮捕されたことによるものであり、又判示第四の犯行については、宮本が被告人を無理矢理警察へ連行しようとはせず、親切に説得したうえ、ようやく被告人も納得したのでこれを信頼して同人より数歩先に歩いていた、その隙に乗じて、これに暴行を加えて傷害を負わせたものであつて、いわば事後強盗致傷罪にも比肩すべきものであり、しかも傷害の部位も後頸部、後頭部という極めて生命に危険の大きい個所であつて、その程度も重く、犯情は決して軽くないのであるが、他面被告人は幼少の頃からぜん息を煩つていて身体は余り丈夫ではなく、又未だ若年であつてさしたる前科前歴もなく、本件犯行を深く反省し、改悛の情も認められること、窃取した金銭は返済され、受傷による治療費、休業補償費も賠償されているばかりでなく、被害者も傷害が完治して寛大な処分を望んでいること、又、被告人の父親も今後指導監督を誓つていること等諸般の事情を考慮して被告人を懲役三年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数五〇日を右刑に算入し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から五年間右刑の執行を猶予し、なお同法二五条の二の一項前段により右の猶予の期間中保護観察に付することとし、主文のとおり判決する。

(村上保之助 隅田景一 安原清蔵)

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