京都地方裁判所 昭和51年(行ウ)7号 判決 1980年9月26日
京都市南区久世中久世三丁目三四番地
原告
辻治之
右訴訟代理人弁護士
村山晃
同
柴田茲行
同
吉田隆行
同
渡辺馨
同
稲村五男
同
川中宏
右訴訟代理人弁護士
高田良爾
同
渡辺哲司
同
加藤英範
同
矢野修
同
森川明
京都市下京区間ノ町五条下ル
被告
下京税務署長
近藤弘
右指定代理人
片岡安夫
同
河本正
同
竹内健治
同
信田尚志
同
窪田開豁
同
山中忠男
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が原告に対して昭和四九年七月五日付でなしに昭和四七年分所得税の総所得金額を二五一万七八五七円と更正した処分のうち、六二万〇九七三円を超える部分を取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の職旨に対する答弁
主文と同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、京都市南区内において家庭用電気器具販売業を営む者であるが、確定申告期日に被告に対し、昭和四七年分(以下「本件係争年分」という。)の総所得金額を四九万一六一二円と申告したところ、被告は、昭和四九年七月五日付で総所得金額を二五一万七八五七円とする更正処分(以下「本件更正処分」という。)を行ない、その旨原告に通知した。原告は、同年九月四日付で被告に対し異議申立をなしたが、同年一一月二七日付異議決定(以下「本件異議決定」という。)で棄却されたので、さらに同年一二月二四日付で国税不服審判所長に対して審査請求をなしたところ、昭和五一年三月一一日付で棄却裁決がなされ、同月二七日原告は右裁決書謄本を受領した。
2 本件更正処分は次の理由により違法であり取消されるべきである。
(理由の不明示)
(一) 国民の財産権を一方的に侵犯する権力行使においてその理由を明示することは不利益を受ける国民に対する基本的な措置であり、権力行使の濫用を防止するうえからも基本的要請であって、いわば適正手続の根幹をなすものであるから、何ら理由を明記しないことは違法である。
(更正理由の不附記)
(1) 被告は原告に対する本件更正処分通知書に理由を附記しなかった。
(異議決定理由の不明記)
(2) 被告は原告に対する本件異議決定通知書に理由を明記せず、「同業種の差益率、経費率」により推計した旨記載しているのみで、その所得率の科学性、正当性については附記するところがない。
(推計移行要件の欠除)
(二) 本件更正処分は次のとおり推計移行要件が欠除しているにもかかわらず推計の方法によったものであるから違法である。
(実額計算可能による違法)
(1) 原告には現金出納帳、売上げに関する各種伝票類が揃っており、これに基づき実額計算が可能であったもので、被告もこの点についてよく知っているところである。このような場合、実額の把握について最大限の努力を払う必要があるにもかかわらず、被告においてそのような努力が払われたとはいえない。
(質問検査権行使の違法)
(2) 被告方職員は、臨店し調査をする理由も必然性もないのに、違法に質問検査権を行使した。原告は、被告方職員が臨店した際、その具体的理由を明らかにするよう要求したが、全くその理由を明らかにせず、一方的に帳簿の提示を求めた被告方職員の措置は質問検査権の濫用であり、違法である。
(所得の過大認定)
(三) 原告が帳簿等に基づき計算したところ、原告の総所得金額は別表一のAのとおり六二万〇九七三円であるから、本件更正処分中右総所得金額を超える部分については原告の所得を過大に認定しており、違法である。
(四) 原告は全国商工団体連合会傘下の京都府民主商工会の南民主商工会の会員であるが、本件更正処分は右組織の破壊を目的としたものであり、また、原告は右会員であるため本件更正処分にあたり被告により差別と不利益な取扱いを受けたものであって、これは憲法一四条、一九条、二一条、三一条、八四条に違反する。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1は認める。
2 同2(一)のうち、(1)は認め、その余は争う。
3 同2(二)、(三)はいずれも争う。
4 同2(四)のうち、原告が南民主商工会の会員であることは不知、その余は争う。
三 被告の主張
1 更正処分の理由不附記について
原告は本件係争処分の所得税確定申告につき、青色申告書を提出する旨の承認を受けていないいわゆる白色申告者であり、白色申告について更正する場合には所得別の金額を附記するだけで足りる(所得税法一五四条二項)から、本件更正処分の通知書に処分理由が附記されていなくても何ら違法ではない。
2 異議決定の附記理由不明記について
本件異議決定通知書には、原告の所得金額について、被告認定の計算の根拠を具体的に記載して、原処分を維持する理由を明記しており、この点の原告の主張は事実に反する。のみならず、異議決定の附記理由については、異議決定の取消しの訴えであれば格別、更正処分の取消しを求める本訴においては取消事由とはならない。
3 課税根拠について
(一) 総所得金額について
原告の本件係争年分の総所得金額は次のとおり算定した三三二万一八一三円であり、その範囲内でなされた本件更正処分には原告の所得を過大に認定した違法はない(別表一のB参照)。
(1) 総収入金額
(2)の売上原価と別表二の同業者九名の平均的差益率一四・七三パーセントにより次のとおり算出した四四七四万六二三〇円である。なお右には売上高のほかリベート(仕入割戻)収入も雑収入として含まれる
(売上原価) (平均差益率) (総収入金額)
3815万5111(円)÷(1-0.1473)=4474万6230(円)
(2) 売上原価
原告の本件係争年分の京都南東芝商品販売株式会社(以下「京都南東芝」という。)からの仕入金額三五四〇万九五〇四円に、原告主張にかかる京滋シャープ電機株式会社その他からの仕入金額二七四万五六〇七円を加えた三八一五万五一一一円である。
(3) 特別経費控除前の所得金額
総収入金額と別表二の同業者九名の平均的所得率九・八六パーセントにより次のとおり算出した四四一万一九七八円である。
(総収入金額) (平均所得率) (特別経費控除前の所得金額)
4474万6230(円)×0.0986=441万1978(円)
(4) 特別経費
次の(ア)、(イ)、(ウ)の合計一〇九万〇一六五円である。
(ア) 雇入費
原告主張の使用人の給与とアルバイト代との合計九七万三六〇〇円である。
(イ) 建物減価償却費
別表三により算出した一一万三四〇〇円である。
(ウ) 支払利子
久世農業協同組合に支払った三一六五円である。
(5) 総所得金額
特別経費控除前の所得金額((3))から特別経費((4))を差し引いた三三二万一八一三円である。
(二) 推計の必要性について
被告が原告の本件係争年分の所得金額につき推計計算をせざるを得ない事情は次のとおりである。
(1) 被告職員植田寛重(以下「被告職員」ともいう。)は、原告の本件係争年分の所得税調査のため、昭和四八年一〇月四日、原告の店舗に臨場したところ、原告が不在であったので、原告の妻と面接し、所得税の調査をする旨を伝えるとともに、次回面接時までに事業の収支を明らかにする帳簿書類等を準備しておくよう指示したうえ、同月一一日臨場し、身分証明書を提示して原告と面接し、改めて調査をする旨を伝えるとともに、帳簿書類の提示を求めたが、原告は帳簿書類を提示せず、事業に関する質問にも応じないため、その妻から、原告が昭和四六年一一月から従前の勤務先である京都南東芝を仕入先として、東芝製品の東芝ストアー「辻電化」を開業し、取引銀行は京都中央信用金庫向日町支店で、店舗兼住宅は昭和四六年一〇月に五〇〇万円程度の費用で新築し、昭和四七年四月から月額六万五〇〇〇円程度の給料で雇人一名を雇い、備付帳簿は現金出納帳、売掛帳、手形帳である旨の回答を得て、再度原告に帳簿書類の提示を求めたが、原告はこれに応じなかった。
(2) そこで、被告職員は昭和四八年一〇月二二日及び同年一一月二七日に京都中央信用金庫向日町支店において、原告名義の普通預金及び当座預金、定期積立預金を調査した。
(3) さらに、被告職員は、昭和四八年一〇月三〇日原告の店舗に臨場して原告と面接し、収支計算書の提示を求めたが、原告はこれに応じず、同年一一月三〇日電話で原告方に調査結果を説明する旨事前連絡したが、原告から連絡がないので、再び同年一二月八日に同月一三日に臨場する旨事前連絡をなしたうえ右期日に臨場したところ、原告から「次回臨場時に資料を全部揃えて提示する。ただし、年内は年末売出しで多忙なため、越年にしてほしい。」旨申し立てがあったため、昭和四九年七月三日原告の店舗に臨場して原告と面接して資料の提示を求めたが、「帳簿はない。」などと申し立て帳簿書類はもちろんのこと、伝票も提示しなかった。
(4) 以上のように、被告は所得税調査において原告の協力を得るべく努力したにもかかわらず、原告は正当な理由がないのに右調査に協力しなかったので、被告は原告の本件係争年分の所得金額につき実額による所得計算ができず、推計により本件更正処分をしたものである。
(5) なお、本件更正処分調査当時、実額計算が可能であったといえるためには、それを可能にする帳簿書類等の存在と調査に対する当該納税者の協力の両方を欠かせないところ、本件の場合、右に述べたとおり原告は調査に協力しなかったのみならず、正確な帳簿書類等も存在しなかった。すなわち、所得金額を実額により計算するには、すべての取引を記録した伝票等の諸資料とそれをもとに記載された帳簿が存在し、そして、右により計算された各計数を正しく決算処理することが必要であり、右各手順等を踏んだうえではじめて実額といえる計算が可能となるのであるが、本件の場合、原告がしたという実額計算には正確な帳簿等の存在がなく、正確な決算処理もされていない。したがって、原告の主張する所得金額は、実額により導き出されたものではなく、原告の実際の所得金額とは何ら関係がない。
(三) 同業者の平均的差益率及び平均的所得率による推計の合理性について
(1) 大阪国税局長は、昭和五一年一二月一五日付通達により、京都府下の中京・下京・右京・東山・伏見及び宇治の各税務署長に対し、次の(ア)ないし(オ)の各条件のいずれにも該当する者の全部につき、それらの者の提出にかかる「所得税青色申告決算書」に基づいて、昭和四七年分の各売上(収入)金額、売上原価、差益金額、一般経費、算出所得金額、差益率及び所得率を報告するよう求めた。
(ア) 昭和四七年中に京都府下の中京・下京・右京・東山・伏見及び宇治の各税務署管内において、家庭用電気器具小売業を営み、かつ、京都南東芝と取引があり、さらに昭和四七年一二月三一日現在において「東芝ストアー」を営んでいた「個人」であること
(イ) 昭和四七年分所得税につき青色申告書を提出していること
(ウ) 電気工事業等の他の業種目を兼業していないこと
(エ) 昭和四七年一年間を通じ営業していたこと
(オ) 昭和四七年分につき、不服申立、若しくは訴訟の係属していなかったこと
そして、下京・右京・東山及び伏見の各税務署長からは、別表二記載のとおりの報告を受け、その余の中京及び宇治の各税務署長からは、該当者のない旨の報告を受けた。
右別表二記載の九名の同業者の各差益率の平均値は一四・七三パーセントであり、同じく各所得率の平均値は九・八六パーセントであった(いずれも小数第三位以下は切捨)ので、原告の本件係争年分の差益率及び所得率について、右同業者の平均的差益率及び平均的所得率を適用して、その所得金額を推計計算したものである。
(2) 平均的差益率及び平均的所得率算定の基礎となる同業者の選定は、前記(ア)ないし(オ)の各条件のいずれにも該当する者の全部を抽出したものであるから、その選定の過程において被告の恣意が介在する余地はなく、同業者の差益率及び所得率を求めるための前提数値たる収入金額、売上原価及び必要経費等は、帳簿書類等に基づいて申告をしている青色申色申告者の決算書によることがより正確であると認められるところから、選定同業者を青色申告者から抽出したものであり、また、原告と類似の同業者を選定するため、原告と同じく個人営業として、京都府下の税務署管内において、電気器具の販売を営み、かつ、京都南東芝からの商品の仕入をなし、昭和四七年一二月三一日現在において東芝製品を取扱ういわゆる「東芝ストアー」を営んでいた者を抽出している。したがって右同業者の平均的差益率及び平均的所得率を原告の差益率及び所得率とみなして推計計算をすることは合理的である。
四 被告の主張に対する認否
1 被告の主張1のうち、原告が白色申告者であることは認め、その余は争う。
2 同2は争う。
3 同3の(一)のうち冒頭の主張は争う。
同3の(一)の(1)は否認する。総収入金額は、現金出納帳をはじめ各種の伝票類より導き出された売上げ額三九五六万三六九一円である。
同3の(一)の(2)のうち、京都南東芝からの仕入金額は否認し、右以外からの仕入金額は認める。京都南東芝からの仕入金額については割戻金二八六万九八七六円を控除しなければならず、これによれば売上原価は三五二八万五二三五円である。
同3の(一)の(3)は否認する。一般経費は現金出納帳によれば二五六万七三一八円であり、これと右売上原価を右総収入金額から控除した一七一万一一三八円が特別経費控除前の所得金額である。
同3の(一)の(4)はいずれも認める。
同3の(一)の(5)は否認する。
同3の(二)の(1)のうち、被告職員が原告方に被告主張の日時頃臨場したことは認め、原告の妻が被告職員に語ったということは不知、原告の各応待については争う。
同3の(二)の(2)は不知
同3の(二)の(3)のうち、被告職員が原告方に被告主張の日時頃臨場したことは認めるが、原告の各応待については争う。
同3の(二)の(4)及び(5)はいずれも争う。
同3の(三)の(1)は争う。被告職員小森事務官が昭和四九年一一月七日「再調」で臨店した時には差益率を一二・八五パーセントと説明していたが、異議決定によれば一三・五パーセント、本訴においては一四・七三パーセントと区々であり、被告主張の差益率は全く根拠がない。
同3の(三)の(2)は争う。推計による場合でも十分合理的でなければならず、立地条件、営業活動の年数など比較の対象が適切である必要があるが、本件では右要件を具備していない。
五 原告の反論
1 被告は本訴において、従前、原告主張にかかる売上金額三九五六万三六九一円を認めると自白していながら、これを撤回して新たな主張をすることは許されない。
2 被告方職員は、昭和四八年三月初旬久世農業協同組合(以下「久世農協」という。)で開かれた税務相談において、当時税務申告についての知識の全くないままこれに臨んだ原告に対し、所得を約五〇〇万円として申告するようにとの誤った指導をしたため、原告は即日申告書を提出したが、後に民主商工会での相談によって右指導が不当極りないものであることが判明した。そこで、原告は、被告職員が臨店した際、右税務相談において誤った申告を一且させられたことについて説明を求めたが、被告職員はこれに対し全く応じようとしないまま「調査にきた。」という実績をつくろうとする態度に終始した。このため原告は帳簿の提示を拒んだのであるが、被告職員の対応が改められていれば、原告としてはこれに応じていたものであって、このような経過に照せば、原告の帳簿不開示には十分理由のあるところであり、したがって推計移行要件を欠いている。
3 被告が主張する別表二の同業者は具体的に店名が明らかにされていないため、原告において反証をあげようがなく、また、適正な同業者の適正な計数であるか検証のしようのないものであって、証拠価値はない。
4 原告は次のような条件下におかれており、これを一切無視した形式的な推計は許されない。
(一) 原告は昭和四六年一〇月に開業したばかりで、それまでは一サラリーマンにすぎなく商売の経験は皆無であった。このため開店直後である本件係争年分においては、顧客をつかむため利益を度外視し、安売りするなど必要以上のサービスをすることを余儀なくされた。
(二) 原告の店舗は農業地帯の中にあり、田畑や工場はあるが、一般住宅はあまりみられない辺ぴなところに位置している。また、周辺に出来つつある住宅街もアパートが多いため購買力が低く、しかも人口の割には電気屋の多い地域である。さらに原告の店舗は大手スーパーマーケット「ニチイ」とそれ程離れておらず、その安売りに影響されて荒利益率が低くなっている。
(三) 当時おおむねどこの家にも一とおり電化製品が揃い、しかも買い替えるにはまだ早いという情況下で、売りにくい側面があり、開店直後であることや右の立地条件と相俟って必要以上のサービスをして販路を拡げる必要性があった。
5 原告の主張額により差益率を計算すると一〇・八パーセントとなるが、被告主張の別表二の同業者の中にも原告と同じ程度のところ(同業者C)が現存している。原告の場合も右同業者Cと同様「ニチイ」との競合関係にあり、原告は開店直後であることからも二重に安売りを要求された。また、青色申告か白色申告かだけで差別することは、白色制度を持つ現行の自主申告制度を根底から覆すものであり許されない。
六 被告の再反論
1 原告の反論1について
被告が、従前、原告の売上金額三九五六万三六九一円を認めると主張した経緯は次のとおりである。
被告は、仕入金額について、右売上金額の認否前に、原告が主張する京滋シャープ電機株式会社その他の取引先に対し文書でもって、原告との取引金額を照会したところ、右取引先らはいずれも原告と取引(原告の仕入れ)がない旨回答を寄せたため、原告には京都南東芝以外からの仕入れはないものと思慮していた。そして、原告は、仕入金額について、京都南東芝からの仕入れ分だけを原告のすべての仕入れとして主張したので、被告は、原告は仕入れをしていない商品を販売することはないと考えて、原告主張の前記売上金額及び売上原価(京都南東芝からの仕入金額三五四〇万九五〇四円)をもって差益率を試算したところ(総収入金額は右売上金額に雑収入として京都南東芝からの割戻し額二八六万九八七六円を加算した四二四三万三五六七円)、右差益率が被告主張の同業者平均差益率一四・七三パーセントを上回るとともに、原告の差益実態を反映したものと判断されたので、原告主張の売上金額を一応認めたものである。
しかるに、その後、原告が売上原価を京都南東芝以外からの仕入金額二七四万五六〇七円であると主張変更することにより、右売上金額等から計算される差益率が原告の差益実態を反映しないものになって、被告の原告主張にかかる右売上金額を認める根拠が失われたのであるから、右を「認める。」とする被告の答弁は、真実に反し、かつ、錯誤に基づくことは明らかであるので、これを撤回することは理の当然である。
2 同2について
原告の、帳簿不開示に正当な理由があるとの主張は、次のとおり調査担当者にはできないことを要求して調査をさせまいとする単なる口実にすぎず、何ら理由がない。
(一) 本来、原告が税務相談において「申告させられた。」という事実は存しない。そもそも申告とは、国民が法律上の義務として、行政官庁に一定の事実の陳述をすることである。また、原告のいう税務相談においては、納税者が相談の主体であり、相談員はあくまで納税者の相談相手であって、税法等の分かりにくい点について解説し、納税者が正しく申告できるよう指導しているものであり、決して申告を強制するようなことはしていない。したがって、申告はあくまで納税者の責任において自主的になされるもので、原告の場合も自ら申告書に署名押印して(自己の責任でもって)、これを任意に提出している。
(二) 久世農協における税務相談は、原告の申し立てた事実に基づいて、その相談が行なわれたものであり、調査担当者たる被告職員は、右相談に関与せず、その相談の経緯、内容について全く知らなかったため、右税務相談における事情について原告から聴取することはできても、自らは説明できない状況にあったので、原告の「最初の申告内容を詳しく説明してくれ。」という要求は、無理難題であったといえる。そして、被告職員が、原告の「自分が示す資料をみてほしい。」との要求に応じて、昭和四九年七月に原告に面談したとき、原告は「計算書類はない。確定申告の書類は捨ててない。見せる気持は毛頭ない。」と申し立てており、原告の資料をみてほしい旨の右要求も、単に調査を引き延ばす口実であったとみられるところから、原告にもともと調査協力の意思がなかったことは明らかである。
(三) また、原告の「調査担当者が原告の要求に応じていれば、帳簿等を提示したであろう。」とか「間違った指導を受けた」という各主張を裏付ける客観的証拠は何もない。
(四) しかも、原告が税務相談に基づいて提出した確定申告書は、その後期限内において、これを訂正する同申告書が被告に対し提出されたことにより失効しているので、右の最初の申告書提出の際の事情は原告の調査に対する協力拒否の正当事由にはなり得ない。
3 同3について
税務職員等は、国家公務員法、所得税法等により自己が職務上知り得た秘密を洩らしてはならない法律上の義務を負っており、本件では、推計資料として同業者の売上(収入)金額、売上原価、差益金額等の決算金額を使用しているから、その同業者の各住所、氏名を明らかにするときは、同人らの申告内容が一目瞭然となるので、このように申告内容と名義人との結び付きのことは、まさに右にいう職務上知り得た秘密に該当するものである。また、実質的にみても前記同業者はいずれも青色申告者であって、その秘密が税務署の調査に非協力なために推計課税を受けた他人(原告)の税務訴訟の便宣のため犠牲に供されなければならない理由はない。したがって、同業者名を具体的に明らかにしないことは適法である。
4 同4について
原告は、原告の特殊事情を一切無視した形式的な推計は許されない旨主張するが、各同業者の営業状況に差があるのは当然のことであって、その平均値を求めるのが本件推計方法の目的なのであるから、同業者の平均率による推計の場合には、業者間の通常存する程度の営業状況の差違は無視し得るし、また、納税者の個別的営業条件のいかんは、それが当該平均値による推計自体を全く不合理ならしめる程度の顕著なものでない限り、これを斟酌することを要しないものと解すべきである。したがって、原告の営業条件が、次のとおり同業者の平均よりもはるかに悪いものであるといえない以上、原告の右主張は失当である。
(一) 開店当初の平常及び荒利益が稼げないとみられる期間は一年という長いものではなく、開業年数の長い同業者でも顧客を確保し増大するため値引販売、景品付販売など時機に応じてサービスを行なっていることは経験則上明らかである。しかも、原告は京都南東芝勤務中既に小売店の応援業務に従事し、家庭電器小売店の知識及び営業経験を得ていた。
(二) 原告が開店した当初、個人の電化製品を販売する店は一〇〇〇メートル離れたところに東芝系列店はあったが、他の系列店はなく、付近に電器店がない状況にあって、原告は余裕をもって売込みをしていた。また、原告の売上金額は、原告の主張においても三九五六万三六九一円で、被告が別表二で主張する同業者九名の上位から三番目の者に次ぐものであり、原告の主張する特殊性は、売上金額を含め、総収入金額に関して、本件係争年分の事業成績に大きな影響を与えていないものといえる。なお、「ニチイ」までの距離は二キロメートルであり、これは決して近いものではなく、原告において採算を度外視したものとも思われないこと、このほかに割戻し収入があることを考慮すると、「ニチイ」の安売りの影響は大きいものとはいえない。
(三) 当時電化製品が普及し買い替えの時期でなかったとの事情は何ら原告の特有の事情でなく、その主張は失当である。
5 同5について
同業者Cは青色申告者であるが、青色申告制度は、納税者が一定の帳簿書類を備え付け所定の事項を記録し、その結果によって申告を行なう場合には、一般の納税者の用いる申告書と違う青色の申告書を使用させ、青色申告書を提出した者のその提出を認められている事業所得等の所得についてはその帳簿書類の調査を行なわない限り原則として更正を行なわないことを保障することとし、調査によりその所得の計算に誤りがあると認められる場合に限り、更正することができることとされている。したがって、たとえ右同業者の差益率が低くても、帳簿書類を調査して、その所得計算に誤りがあると認められない限り更正や再更正を行なうことは許されない。一方原告は、いわゆる白色申告者であるから、その営業条件が、同業者のそれと比較して、その違いが同業者の平均率による推計自体を全く不合理ならしめる程度の顕著なものでない限り、所得推計において同業者率を適用できる。
第三証拠
一 原告
1 甲第一号証
2 検甲第一及び第二号証(いずれも辻道子が昭和五二年一二月二三日原告店舗付近を撮影した写真)、第三号証(原告訴訟代理人村山晃が昭和五五年二月二八日原告の昭和四七年度の帳簿、伝票類を撮影した写真)、第四号証(同人が同日現金出納帳を撮影した写真)、第五号証(同人が同日毎日の店頭売りの日計表を撮影した写真)、第六号証(同人が同日東芝クレジットによる販売台帳を撮影した写真)、第七号証(同人が同日販売伝票を撮影した写真)、第八及び第九号証(いずれも日本板硝子株式会社に対する販売台帳)
3 証人今堀隆次、同呉屋宏、原告本人(第一、二、三回)
4 乙第一〇号証の一ないし三、第一一号証、第一二号証の一、第一三号証の成立は認め、その余の乙号各証の成立は知らない。
二 被告
1 乙第一、第二号証、第三号証の一ないし六、第四ないし第九号証、第一〇号証の一ないし三、第一一号証、第一二号証の一ないし二八、第一三、第一四号証
2 証人高橋孝志、同今江修、同植田寛重、同西村敏昭
3 甲第一号証の成立は知らない。
4 検甲第一及び第二号証が原告主張のとおりの写真であることは認め、第三ないし第七号証が原告主張のような写真であること、第八及び第九号証が原告主張のような販売台帳であることはいずれも知らない。
理由
一 請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
二 本件更正処分の通知書に処分理由が附記されていないことは当事者間に争いがないところであるが、原告はこれをもって違法であると主張するので、この点につき判断する。
原告がいわゆる白色申告者であることは当事者間に争いがない。
ところで、所得税法一五五条二項(本件係争年分当時施行のもの、以下同じ)は青色申告について更正した場合その通知書に更正の理由を附記すべきものと規定するが、白色申告について更正した場合には所得別の金額を附記するだけで足りるとしている(一五四条二項)。
右法条の趣旨は、一方、多量の事案を比較的短期間で処理しなければならない更正処分について、すべて処分理由の附記を要求することは課税の能率、徴税事務の円滑等の見地から不適切であることを考慮し、他方、帳簿備付、記帳、確定申告における明細書添付等の義務を負う青色申告者を優遇し、青色申告の普及を促進する点をも考慮した結果、更正処分の際の理由附記を青色申告に限定して要求したものと解するのが相当である。
したがって、白色申告に対する更正処分に理由を附記しないことはなんら違法となるものではなく、この点についての原告の主張は理由がない。
三 次いで、原告は本件異議決定の通知書に理由が明記されていない旨主張するが、異議決定における理由明記の程度について判断するまでもなく、右は異議決定固有の違法事由を主張するものであって、異議決定の取消しを求める本訴においてその取消事由とはなりえないものであるから、原告の右主張も理由がない。
四 本件更正処分は原告の本件係争年分の総所得金額を推計によって算出しているものであるが、原告は推計移行要件が欠除している旨主張するので、まず、推計の必要性の有無について検討する。
1 およそ、所得課税は可能な限り所得の実額によるべきであるから、所得の推計による課税は納税者が信頼できる帳簿等を備えておらず、課税庁の調査に対して非協力的な態度をとるなどのため、課税庁において所得の実額が把握できないときに、はじめて許容されるものといわなければならない。
2 原告本人尋問の結果(第三回)及びこれによって帳簿伝票類の写真であると認められる検甲第三ないし第七号証によれば、原告の本件係争年分に関する帳簿伝票類として、現金出納帳、店頭売り日計表、販売台帳及び販売伝票が存在することが認められる。
3 しかし、他方、証人植田寛重の証言によれば、下京税務署の調査担当者である植田寛重は、昭和四八年一〇月から昭和四九年七月までの間五回に亘り臨場調査のため原告方店舗に赴き、うち四回は原告に直接会って所得税調査を実施する旨告げたうえ確定申告に関する計算書類、伝票等の提示等、調査への協力を求めたのに対し、原告は、確定申告の計算根拠の説明をせず、帳簿伝票等の提示にも応じなかったこと、なかでも最後の昭和四九年七月の調査の際には、原告は「計算書類はない。帳簿書類は捨ててない。見せる気持は毛頭ない。一等と述べて帳簿等の提示を一切拒んだことが認められ、これを左右するに足りる証拠はない。
4 原告は右帳簿不開示には正当な理由がある旨主張し、証人呉屋宏の証言により真正に成立したと認める甲第一号証、証人植田寛重、同呉屋宏の各証言、原告本人尋問の結果(第二回)によれば、原告は昭和四八年二月、仕入れに関する仕切書を計算した仕入金額をメモして、久世農協で開かれた税務相談に臨んだところ、相談員から総所得金額は三七〇万円余、税額として約五〇万円になるとの説明をうけたこと、原告は右税務相談の最終日を確定申告期限の締切日と誤解し、直ちに自宅に戻って印鑑持参のうえ右税務相談の場で総所得金額を約三七〇万円とする確定申告書を提出したこと、その後原告は南民主商工会に相談し、その指導を受けて本件係争年分に関する収支計算書(甲第一号証)を作成し、総所得金額を四九万一六一二円として申告期限内に申告を訂正したこと、原告は、所得税調査に際し、被告職員に、右久世農協における税務相談で相談員から三七〇万円余と指導を受けたその計算根拠を説明するよう求め、その説明がないとして帳簿等の提示を拒絶したことの各事実が認められる。
しかし、証人植田寛重の証言によれば、原告の所得税調査に赴いた植田寛重はそもそも久世農協における税務相談に一切関与しておらず、また仮に右税務相談が下京税務署員による出張相談であるとしても、税務職員は電気業界の経費率や差益率に関する資料まで持参して相談に応じているものでなく、その場で納税者から仕入金額、荒利益、経費関係等を聴いて所得金額を算出しているため、後にその計算根拠を尋ねられてもその税務相談の担当者ですら答えられない事項であることが認められ、これを左右するに足る証拠はなく、これによれば、原告は久世農協における税務相談の担当者でない植田寛重に対し、本来原告にとって納得しうる説明をうることが不可能な事項の説明を求めていることとなる。しかも、右説明を求めた事項は既に申告の訂正を行なったことにより申告として無意味となった久世農協での申告に関するものであり、したがって、これが原告の帳簿等を提示しない理由として正当なものとは到底認めることができない。
5 以上のとおり、原告は正当な理由がないのに帳簿等の提示を拒絶して調査に非協力的な態度をとったものであり、この点に関する原告の、被告は実額把握のため最大限の努力を払っていないとの主張は採用することができない。
五 次に、原告は、被告職員は臨店し調査する理由も必然性もないのに違法に質問検査権を行使し、原告からのその具体的理由を明らかにするようにとの要求に応じなかったとして、質問検査権の濫用があり違法であると主張する。
しかし、前述したとおり、原告は本件係争年分の所得を大幅に減額する申告の訂正を行なっているものであり、税務調査の理由も必然性もなかったということはできない。
また、所得税法二三四条一項は、国税通則法二四条による更正処分等一定の処分を行なう際になされる所得税の調査について、税務職員は質問検査をなしうる旨規定しているところ、右質問検査の細目については実定法上なんら規定されていないから、質問検査の範囲、程度、時期、場所等実施の細目については、質問検査の必要性と相手方の私的利益との比較衡量において社会通念上相当と認められる範囲内である限り税務職員の合理的な選択に委ねられていると解すべきである。したがって、税務調査の具体的必要性、理由を被調査者に開示しなかったとしても、それらが社会通念上相当な範囲内において実施された場合には、適法な税務調査であるといわなければならない(最高裁判所第三小法廷昭和四八年七月一〇日決定、集二七巻七号一二〇五頁参照)。
これを本件についてみるに、下京税務署の調査担当者である植田寛重は、昭和四八年一〇月から昭和四九年七月までの間五回に亘り臨場調査のため原告方店舗に赴き、うち四回は原告に直接会って所得税調査を実施する旨告げたうえ確定申告に関する計算書類、伝票等の提示等、調査への協力を求めたことは既に認定したとおりであるが、さらに、証人植田寛重の証言によれば、植田寛重は、昭和四八年一〇月、最初に原告方店舗を訪れた時は原告不在で原告の妻がいたものの調査せず署に帰ったが、同月第二回目の調査の際には、前述したとおり、原告に所得税調査を実施する旨告げて原告の協力を求め、傍にいた原告の妻から、従業員の状況、借入利息、車両台数、商品仕入先、開業年月日等の回答を得たことが認められ、これらの事実によれば、調査の具体的必要性や理由を被調査者に開示していなくても、本件調査が社会通念上相当な範囲を逸脱しているものとは認められず、他に右範囲を逸脱しているとの事実を認めるに足りる証拠はない。
したがって、本件更正処分が違法な調査に基づくもので推計移行要件が欠除しているとの原告の主張は理由がない。
六 推計課税が違法であるためには、推計の必要性のほかに、採用した推計方法自体に合理性があり、推計の基礎とした事実の選択が事案にとって適切であること、すなわち推計の合理性を必要とする。
そして、被告は、本件係争年分の総収入金額は売上原価と同業者の平均的差益率により、特別経費控除前の所得金額は右総収入金額と同業者の平均的所得率によりそれぞれ算出した旨主張するので、右推計の合理性について検討する。
1 証人高橋孝志の証言及びこれによって真正に成立したと認める乙第二号証、第三号証の一ないし六、第四ないし第九号証によると、大阪国税局長は、京都南東芝に対する照会により、同社から、<1>同社の取引先で「東芝ストアー」であるすべての業者名について回答を得たうえ、このうち<2>京都府下の各税務署管内において家庭用電気器具小売業を営み、昭和四七年一二月三一日現在「東芝ストアー」である三六名すべてを選出し、昭和五一年一二月一五日付通達により京都府下の中京、下京、右京、東山、伏見及び宇治の各税務署長に対し、右三六名中さらに<3>個人の営業であり、<4>昭和四七年分所得税につき青色申告書を提出し、<5>電気工事業等の他の業種目を兼業しておらず、<6>昭和四七年一年間を通じ継続的に事業を行なっており、<7>昭和四七年分について不服申立または訴訟係属中でないとの各条件のいずれにも該当する者全部につき、それらの者の提出にかかる所得税青色申告決算書の損益計算書に基づいて、昭和四七年分の各売上(収入)金額、売上原価、差益金額、一般経費、算出所得金額、差益率及び所得率の報告を求めたこと、これに対し下京、右京、東山及び伏見の各税務署長から、右<3>ないし<7>の各条件に該当する者は合計九名であり、その各数値は別表二の番号1ないし9記載のとおりである旨の報告をうけ、中京、宇治の各税務署長からは該当者のない旨の報告を受けたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
そこで、右九名の同業者の各差益率の平均値を求めると一四・七三パーセント、同じく各所得率の平均値は九・八六パーセントとなる(別表二参照)。
2 原告は、被告が主張する別表二の同業者は具体的に店名が明らかにされていないため、原告において反証をあげようがなく、また適正な同業者の適正な計数であるか検証のしようがなく、証拠価値はない旨主張する。
しかし、税務職員は国家公務員法一〇〇条、所得税法二四三条により自己が職務上知り得た秘密を洩らしてはならない法律上の義務を負っているところ、本件では、推計資料として同業者の売上(収入)金額、売上原価、差益金額等の決算金額を使用しているが、その同業者の各住所・氏名を明らかにするときは、同人らの申告内容が一目瞭然となるため、右守秘義務との関係上、これを開示しないことはやむを得ないものであり、右開示がないことをもって証拠価値がないものとはいえず、またこれに基づく推計を不合理であるということはできない。
3 原告は、被告の主張する差益率は、被告職員が臨店した際の説明、異議決定時、本訴と区々であり、根拠がない旨主張する。しかし、右平均的差益率及び平均的所得率算定の基礎となる同業者の選定は、前記<1>ないし<7>の各条件のいずれにも該当する者の全部を抽出したものであるから、その選定の過程において被告の恣意が介在する余地はない。また、選定同業者はすべて青色申告者から抽出しているが、青色申告者の場合帳簿書類等に基づいて申告しているため、その決算書による収入金額、売上原価及び一般経費の各数値はより正確であると認められる。さらに、右九名の同業者は、いずれも原告と同じく個人営業として、京都府下の税務署管内において電気器具の販売を営み、かつ京都南東芝から商品の仕入れをなし、昭和四七年一二月三一日現在において東芝商品を扱ういわゆる「東芝ストアー」を営んでいた者であり、この点において原告と類似している。したがって、原告の主張は理由がない。
4 次いで、原告は、右推計につき、原告の特殊事情を一切無視しているとしてその合理性を争うので、この点につき検討する。
(一) 同業者の平均率による推計の場合、その推計の基礎となる各同業者の営業状況に差があるのはむしろ当然のことであって、その平均値を求めるのが本件推計方法の目的なのであるから、推計方法が業種の同一性、営業規模の一応の類似性及び平均値算出過程の整合性等、推計の基礎的要件に欠けるところがない以上、同業者間の通常存する程度の営業状況の差違は無視しうるし、また、納税者の個別的営業条件のいかんは、それが当該平均値による推計自体を全く不合理ならしめる程度の顕著なものでない限り、これを斟酌することを要しないものと解すべきである。
(二) これを本件についてみるに、証人今堀隆次の証言及び原告本人尋問の結果(第一、二回)によれば、原告は昭和四六年一〇月二三日開業したこと、原告の店舗は農業地域の中にあり、田畑、工場はあるが、一般住宅は余りない京都市内でも相当辺ぴなところにあり、付近に同和地区もあること、原告の店舗の面する道路は人通りも少なく、前を通りかかっても購買欲をそそる雰囲気に乏しいこと、原告の営業における訪問販売の割合は開業当初より徐々に高くなり、約九〇パーセントを占めること、京都南東芝の計算によれば、普通原告の店舗程度の小売店の荒利(差益率)は、本件係争年分当時、平均して一五パーセント位で、メーカーからの希望価格(MP)を守ればこれを達成できるものであり、京都南東芝は、原告店開店前、その事前調査の結果をもとに、当初六か月位は荒利一〇パーセント、その後は健全な荒利を定着させることを目標におき、それが達成可能とみていたが、原告は開店当初MPから値段を相当下げ荒利一〇パーセント(割戻高をいれて一二ないし一三パーセント)位で販売し、昭和四六年年末までこのままの状態が続き、年が明けてからも荒利が一〇・五ないし一一パーセントであったため、京都南東芝では売価を上げるよう言ったが、充分これを達せられなかったこと、原告においても、差益率は開店当初の一年とその後では相当開きがあること、向日町に「ニチイ」が開店し、原告もこれを意識して値段を定めたことの各事実が認められる。
他方、右各証拠によれば、原告は昭和四六年八月まで約一二年間京都南東芝に勤務し、その退職前には販売店に応援に行き、販売店の知識を有すること、新規開店による平常の荒利が稼げないとみられる期間は一年も続くものでないこと、原告が開店した当初、原告店から約一〇〇〇メートル離れたところに東芝の系列店が一店あるのみで、他系列店もなかったこと、原告はアパートの住人はルーズな点があるとして積極的に販売していないこと、立地条件が悪くても荒利一〇パーセントで売るのは型式の古いもので、新製品はMPを割ることはないこと、原告はアンテナなどの附属品を京都南東芝よりも安い他の取引先から仕入れ、附属品のみの販売による荒利は普通二五ないし三〇パーセントであること、「ニチイ」は原告店から約二キロメートルの距離にあることの各事実が認められる。
また、前掲甲第一号証、証人呉屋宏の証言によれば、原告店の商品の棚卸しは本件係争年分の期首期末において大差ないことが認められる。
さらに本件係争年分における原告の売上金額は、原告の主張においても別表二の同業者九名中上位から三番目の者に次ぐものであり、また、原告が主張する京都南東芝からの割戻金は本件係争年分において二八六万九八七六円に及ぶものであるが、被告の主張によれば、その総収入金額四四七四万六二三〇円には雑収入として割戻金を含むものであり、これを右二八六万九八七六円とすれば、売上金額は四一八七万六三五四円となり、割戻金を除外した差益率を計算すると、次のとおり八・八八パーセントとなって、これは前記認定の原告の開店当初値引して販売したことによる荒利一〇パーセントを下廻ることになる。
(売上金額) (仕入金額) (売上金額)
(4187万6354円-3815万5111円)÷4187万6354円=0.088(小数3位以下切捨)
(三) このようにみてくると、原告は本件係争年分期首においては開業後三か月に満たない状態であり、本件係争年分後の状況に比べ廉価で販売したとはいえ、原告は開店にあたり販売に関する知識経験を充分に有し、また、家庭用電気器具小売業の性質上特に多量の在庫品を必要とするものとは考えられないところ、本件係争年分の期首期末における棚卸しが大差あるもの、すなわち売上数量に比して多量の仕入れをしたものとはいえず、さらに割戻しによる雑収入も相当額にのぼり、これを無視できないものであり、原告の主張する開店直後であるとの特殊事情は、本件同業者の平均率による推計自体を全く不合理ならしめる程度の顕著なものということはできない。
また、原告は悪い立地条件にあった旨主張するが、付近に特に過当競争を強いられる販売店も見出せず、その売上金額も相当額にのぼることから、同様に、本件推計を全く不合理ならしめる程度の顕著なものということはできない。
なお、原告は、しかも買替えるにはまだ早いという情況下で、売り難い側面があった旨主張するが、これはなにも原告一人に限るものでなく、同業者すべてに共通する事情であり、これをもって原告の特殊事情ということはできない。
(四) 以上のとおり、本件推計が原告の特殊事情を無視した不合理なものであるとする原告の主張は理由がない。
5 また、原告は、自己の主張する売上金額、仕入金額による差益率が一〇・八パーセントとなるとし、別表二の同業者Cの差益率に近似することをもって被告主張の差益率が不合理であると主張するが、同業者Cは前述したとおり青色申告者であり、青色申告者に対する更正は、その帳簿書類を調査し、その調査により所得金額の計算に誤りがあると認められる場合に限ってすることができる(所得税法一五五条一項)として優遇措置が与えられていて、いわゆる白色申告者である原告とは帳簿書類に対、する正確性の度合を異にするものであり、また、原告との共通性の判断を抜きにして原告の差益率を同業者Cのそれと同様とすることはできない。そして、証人西村敏昭の証言及びこれによって真正に成立したものと認める乙第一四号証によると、同業者Cの差益率が低いのは、「ニチイ」の影響のほか、約二〇〇万円の業者卸が存したことも要因となっていることが認められ、このような事情が存しない原告とに差違があるもので、同業者Cの差益率をもって原告の主張を根拠づけることはできない。
6 以上検討したところによれば、本件推計が不合理であるとの原告の主張はいずれも理由がなく、他に合理性を疑うべき特段の事情も認められない。
七 そこで、進んで本件係争年分における原告の総所得金額を判断する。
1 売上原価
売上原価について、京都南東芝以外からの仕入金額が二七四万五六〇七円であることは当事者間に争いがない。
京都南東芝からの仕入金額について、被告は三五四〇万九五〇四円であると主張するのに対し、原告はこれから割戻金二八六万九八七六円を控除すべきであると主張する。
ところで、証人今江修の証言及びこれにより真正に成立したと認める乙第一二号証の一ないし二八によると、原告の本件係争年分における京都南東芝からの仕入金額は被告主張のとおり三五四〇万九五〇四円、割戻金は原告主張のとおり二八六万九八三六円であることが認められる。
この割戻金の経理処理方式としては、雑収入金額に計上する方式と、仕入金額から減額する方式とがあるが、いずれを採用するかは、原告の総所得金額を推計するにつき、平均的差益率の基礎となった数値がいずれの方式によるものであるかにかかっているところ、前掲乙第三号証の一ないし六、第四ないし第九号証によっては明確でない。しかし、証人西村敏昭の証言によれば、通常、税務署は青色申告者に対し、リベート(割戻金)は仕入れから減額せず、雑収入として売上金額に加算するよう指導していることが認められ、これによれば、別表二の平均的差益率の基礎となった数値は、割戻金を仕入金額から減額せず、雑収入として売上(収入)金額に加算されていると推認することができ、したがって、原告の売上原価は割戻金を減額しない方式が相当である。
そうすると、原告の売上原価は被告主張のとおり京都南東芝からの仕入金額三五四〇万九五〇四円とその他からの仕入金額を合計した三八一五万五一一一円となる。
2 総収入金額
(一) 前記平均的差益率により売上原価から原告の総収入金額を算出すると、次のとおり四四七四万六二三〇円となる(なお、この金額には前記割戻金を雑収入として含まれることになる)。
(売上原価) (平均的差益率)
3815万5111円÷(1-0.01473)=4474万6230円(円未満切捨)
(二) 原告は総収入金額を三九五六万三六九一円と主張し、これは帳簿等による実額であるとする。
ところで、所得課税は可能な限り所得の実額によるべきであるから、更正処分時において所得額等を実額で算定する資料がなかったため、これを推計せざるを得なかったとしても、訴訟において右金額を実額計算するに足る資料が提出されたときには、実額によって算定すべきである。
そこで、原告の主張する帳簿等について検討するに、前述したとおり、前掲検甲第三ないし第七号証及び原告本人尋問の結果(第三回)によれば、原告には本件係争年分に関する現金出納帳、店頭売りの日計表、販売台帳及び販売伝票の存することが認められるものの、右各証拠からは右帳簿等の存在を認定しうるにとどまり、右帳簿等は正確に記帳されたものと認めるに足りる資料ということはできず、原告主張の売上金額、一般経費が正確な実額であるとしてこれを裏づける資料とすることはできない。そして、右検甲第四号証によれば、現金出納帳には現金残高の記帳がなされていないことが認められるため現金有り高との照合が行なわれた正確なものとすることもできず、また、原告本人尋問の結果(第一回)によると、仕入金額については仕入れの記録がなかったため、原告自身が京都南東芝に問合わせて判明した金額をもって確定申告の基礎数値としたことが認められ、しかも割戻金が帳簿等に記帳されたとする証拠もない。その他原告主張の売上金額、一般経費が正確な実額であると認めるに足りる証拠もなく、これら原告の主張する帳簿等は正確性に欠けるものといわざるをえない。
したがって、総収入金額は前記平均的差益率によって算定するのが相当である。
(三) なお、原告は、被告は本訴において原告の主張する売上金額三九五六万三六九一円を一旦認める旨自白していながら、これを撤回することは許されない旨主張する。
しかし、被告は本件において売上原価からの推計により総収入金額を主張しているところ、証人植田寛重の証言によれば、被告は京都南東芝以外についても反面調査を実施し、取引なしとの回答を得たが、部品関係の卸しについては照会していないことが認められ、また前掲甲第一号証によれば、原告が申告の訂正をするに際しても仕入金額を三五四〇万九五〇四円として計算し、京都南東芝からの仕入金額のみを計上していることが認められる。そのようなことから、被告が本訴において原告主張の売上金額を一旦認めると自白したのは、仕入れは京都南東芝からの三五四〇万九五〇四円以外にないと判断し、これと総収入金額(原告の主張する売上金額三九五六万三六九一円と雑収入としての割戻金二八六万九八七六円を合計した四二四三万三五六七円)から差益率を算出、あるいは三五四〇万九五〇四円から割戻金を控除した三二五三万九六二八円と原告主張の売上金額三九五六万三六九一円から差益率を算出しても、いずれも被告の本訴において従来から主張する平均的差益率を上廻るものであり、このため被告は原告の主張する売上金額を認める旨自白したものと認めることができる。
しかる後、原告は仕入れには京都南東芝以外から二七四万五六〇七円が存する旨主張するに至ったが、これによれば売上原価を基礎に総収入金額を推計した被告の主張の基盤が崩れることになり、被告が自白を撤回し、従来主張していた京都南東芝からの仕入金額に原告が新たに主張する右以外の仕入れを加えた金額をもって売上原価とし、これから平均的差益率を用いて総収入金額を推計すると主張を改めたものであるから、右被告の自白の撤回は真実に反し、かつ、錯誤に基づくものというべく、この点に関する原告の主張は失当である。
3 特別経費控除前の所得金額
総収入金額と前記平均的所得率により算出すると次のとおり四四一万一九七八円となる。
(総収入金額) (平均的所得率)
4474万6230円×0.0986=441万1978円(円未満切捨)
なお、原告は一般経費は帳簿等による実額二五六万七三一八円と主張するが、右2(二)で判示したとおり、原告の主張する帳簿等は正確性に欠けるものといわざるを得ず、これを実額と認めることはできない。
4 特別経費
雇入費、建物減価償却費及び支払利子を合計した一〇九万〇一六五円であることは当事者間に争いがない。
5 総所得金額
特別経費控除前の所得金額から右特別経費を差し引いた金額が原告の本件係争年分の総所得金額であり、三三二万一八一三円となる。
6 以上によれば、本件更正処分は右認定の総所得金額の範囲内でなされたものであるから、原告の所得を過大に認定したとの主張は失当である。
八 最後に、原告は、本件更正処分は全国商工団体連合会の組織破壊を目的としたものであり、原告は民主商工会の会員であるため本件更正処分にあたり被告から差別と不利益な取扱いを受けた旨主張し、証人呉屋宏の証言及び原告本人尋問の結果(第一回)によれば、原告は昭和四八年三月以来南民主商工会の会員であることは認められるものの、本件更正処分が右のような目的でなされ、原告が右会員であるため差別と不利益な取扱いを受けたとの点については本件全証拠によるもこれを認めるに足りる証拠はなく、原告の右主張もまた理由がない。
九 よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田坂友男 裁判官 東畑良雄 裁判官 森高重久)
別表一
<省略>
別表二
<省略>
別表三
減価償却費の計算根拠
<省略>
減価償却資産の耐用年数等に関する省令
(昭和40.3.31大蔵省令第15号)