京都地方裁判所 昭和52年(わ)716号 判決 1978年9月22日
被告人 梅村幸彦 外二名
主文
被告人梅村幸彦を罰金五万円に、
被告人植村常良及び同野村夏男をそれぞれ懲役二年六月に各処する。
被告人野村夏男に対し、未決勾留日数中一五〇日をその刑に算入する。
被告人梅村幸彦においてその罰金を完納することができないときは、金二、〇〇〇円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置する。
被告人植村常良に対し、この裁判の確定した日から三年間その刑の執行を猶予する。
訴訟費用中、証人坂本光子に支給した分は被告人梅村幸彦の単独負担、証人渡辺始明に昭和五二年八月一八日に支給した分及び証人新留ヨシ子、同山沢吉平に支給した分は被告人植村常良及び同野村夏男の連帯負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人三名は、藤井勲、小沼孝久とともに、昭和五二年六月七日午前零時三〇分ころから同日午前二時ころまで京都市中京区蛸薬師通り河原町東入ル北車屋町二二六番地ドミノ会館一階の坂本光子の経営するスナツク「ムゲン」内で飲食していたものであるが、
第一 被告人梅村幸彦は、同日午前二時ころ、たまたま同店に入つてきた酔客広田基良(当時二七年)が同店バーテン渡辺始明と口論をしているのを見、同日午前二時すぎころ、当日の飲食代金を支払うため同店の入口付近に行つた際、同店の入口ガラス越しに外をみると、右広田が同店の向いにある同町二七五番地森脇商店前路上において右渡辺に対しその胸倉をつかむなどしてもみ合つているのを目撃し、同所に行つてこれを仲裁しようとしたところ、右広田がさらに被告人梅村に対し「お前は関係ない。」などと言いながらつかみかかろうとしたのでこれに立腹し、そのころ同所において、右広田の左顔面を右手拳で突くように一回殴打し
第二 被告人植村常良及び同野村夏男は、その後直ちに同店内にもどつた被告人梅村から、「今、外で酔つぱらいに胸倉をつかまれて殴られた。」旨聞き、その後数分後に同店を出たところ、右広田が被告人らに対し攻撃をしかける様子をみせ、被告人植村の足を蹴つたため、ここに被告人植村および同野村は共謀のうえ、そのころ同所において右広田に対し、被告人植村においてその顔面、頭部等を手拳で数回殴打し、腹部、大腿部等を数回足蹴りし、被告人野村において広田の頭部に一回頭突きするなどの暴行を加え、よつて右広田に対し頭部打撲傷等の損害を負わせ、よつて同日午前二時三〇分ころ同所において、同人をして右頭部打撲にもとづくくも膜下出血のため死亡するに至らしめ
たものである。
(証拠の標目)(略)
(事実認定に関する補足的説明等)
一 被告人梅村幸彦の罪責について
本件公訴事実の要旨は
被告人ら三名がほか二名とともに、昭和五二年六月七日午前二時すぎころスナツク「ムゲン」で飲食していたところ、
第一 被告人梅村幸彦は、酔客広田基良が同店付近路上において同店バーテンに対しその胸倉をつかむなどの暴行を加えたので、仲裁しようとして口論となり、即時同所において同人の左顔面を手拳で強打してその場に転倒させ、
第二 被告人植村常良及び同野村夏男は、まもなく同所において右広田の態度に憤激し、共謀のうえ即時同所において、こもごも右広田の顔面、頭部及び腹部等を手拳で殴打し、かつ足蹴りし、又は頭突きし、
よつて同日午前二時三〇分ころ、同所において同人を頭部打撲等の傷害によるくも膜下出血のため死亡するに至らしめたが、前記第一、第二のいずれの暴行により右傷害致死の結果を生ぜしめたものか知ることができないものである
というのである。
なるほど前掲各証拠を総合すれば、判示のとおり被告人梅村が広田の左顔面顎付近を手拳で突くように一回殴打した事実(以下第一暴行という。但し、証人渡辺始明尋問調書その他関係証拠によると、広田は右暴行によろめいて腰を落したのであつて、同人が転倒した事実は認められない。この点に関する被告人梅村の検察官に対する供述調書は措信しない。)、被告人植村、同野村が共謀のうえ、被告人植村において広田の顔面、頭部、背部等を手拳で数回殴打しかつ足蹴りし、さらに被告人野村において広田に対し一回頭突きするなどの暴行を加えた事実(以下第二暴行という)を認めることができ、また、第一五回公判調書中証人山沢吉平の供述部分及び同人作成の鑑定書等によれば、広田は先天的にあるいは少なくとも四、五年前から、左内頸動脈後交通動脈分岐部付近に動脈硬化を伴つた動脈瘤を有していたもので、右動脈瘤が破裂し、脳内にくも膜下出血を生じたため死亡したものである事実が認められる。
しかしながら、以下に述べるとおり、被告人梅村の第一暴行は右の広田の動脈瘤の破裂に対し何らの寄与もしておらず、右動脈瘤は第二暴行によつて破裂したものである(この点については、二で述べる)。すなわち、右に述べたような動脈瘤を有する者がその頭部に破裂の原因となり得る外力を受けた場合には、前掲証人山沢の供述部分にも述べられているように、通常、その外力を受けた直後に右動脈瘤が破裂し(例外な場合でも長くて四、五分内に)、これにより出血が開始してから三〇秒ないし一分くらいで意識障害・行動障害等のくも膜下出血の症状が発現するものであるから、結局外力を受けてから約一分くらいで右の症状が発現するものである(例外的な場合でも五分くらいで)。ところが、前掲証人渡辺の尋問調書等によれば、被告人梅村が広田に加えた暴行は、近距離からその顎付近を手拳で突くように一回殴つたという比較的軽度のものであることが認められ、さらに、前掲各証拠を総合すれば、被告人梅村は第一暴行を加えすぐ「ムゲン」店内に入り、数分後にほか四人とともに同店を出たものであること、ひき続き被告人植村、同野村による第二暴行がなされたが、被告人野村が頭突きを加えた直後に広田は頭をかかえて坐り込みそのまま意識を失つて死亡したこと、広田は第一暴行後第二暴行までの間興奮して元気な様子をしており、店から出てきた被告人らに対しさらに攻撃をしかける様子をみせたことなどが認められ、したがつて、くも膜下出血の症状が広田に発現したのは第二暴行の直後であつて、それまでは第一暴行の後にあつても何らの症状も発現していないことが認められる。以上の暴行の程度及び時間的経過からすれば、被告人梅村の第一暴行によつては、広田の有した動脈瘤は破裂していなかつたものと考えられる。
次に、証人山沢は、同人の前掲供述部分によれば、被害者広田基良の解剖の結果の所見として、第一暴行によつて広田の動脈瘤が打撃を受け破裂し易い状態になつていたところに第二暴行が加わつてその動脈瘤が破裂したという可能性につき明確には肯定も否定もしていない。かりに右可能性が否定されなければ、同時傷害致死罪の解釈上、被告人梅村の第一暴行と広田の死亡の結果との因果関係は否定できず、第一、第二の暴行があいまつて動脈瘤を破裂させて広田を死亡させる結果が生じたものと認定せざるを得ない。しかしながら山沢証人は、同人の前掲供述部分によれば、右の如き場合は「考えられないこともないが、非常に、比較的少ないだろう、外力が加えられたことによりいきなり破れてしまうことが多いと思う」旨述べているのであつて、右供述からも解るように、動脈瘤が外力を受けた場合、通常、その外力が一定限度以上の影響を与えれば一時に破裂してしまうものであり、第一の暴行によつて血管が弱くなり第二の暴行によつて破裂するというような場合は非常に特殊な例外的場合というべきであるが、前掲各証拠によつて認められる本件事件経過を精査しても、かかる特殊な例外的場合であるとすべき何らの事情も認められない。かえつて、前述したとおり、第一暴行は打撃力において比較的軽度のものであり、かつ第二暴行と対比するとその回数及び程度において比較にならぬ程度のものであること、広田は第二暴行を受けた直後に頭をかかえて坐り込んだまま意識を失い、短時間のうちに死亡したこと、右の症状の発現のしかたからみて、動脈瘤の破裂による出血が急激に起つたものと推定されること等の事実からすれば本件動脈瘤の破裂は第二暴行のみによつて生じたと考えるのが相当である。
以上述べたとおり、被告人梅村の第一暴行は広田の動脈瘤の破裂に対し何らの寄与もしておらず、したがつて右暴行と同人の死亡の結果との間には因果関係がないと認められるから、被告人梅村に対し傷害致死の責を負わせることはできない。
二 被告人植村、同野村の第二暴行と広田の死亡の結果との因果関係について
弁護人らは、右被告人両名の第二暴行と広田の死亡の結果との因果関係につき、証明が不十分である旨主張するのでこの点につき付言する。
一般に、動脈瘤を有する者が外力を受けた機会に右動脈瘤の破裂によるくも膜下出血が起つた場合、その破裂が外力の作用によるものか、自然に発生したものであるかにつき慎重な検討を要することは弁護人主張のとおりである。しかしながら、本件においては第二暴行の直後に広田にくも膜下出血の症状が発現していることは前述したとおりである。そして前掲各証拠によれば、被告人両名のなした第二暴行は判示のとおりの態様であり、また山沢吉平作成の鑑定書によれば、広田の頭部、顔面、背部等には骨折を伴う程ではないが右第二暴行により生じたと認められる皮下出血、挫傷等が存在することが認められ、以上によれば第二暴行はある程度強力なものであつたと考えられる。また、前掲鑑定書によれば、広田の動脈瘤は二ミリの裂口を残しており、右裂口からみてさほど大きいものでなかつたことが認められ、前掲各証拠によれば同人が本件に至るまで、正常に稼働し、飲酒もし、その日常生活において特に異常は認められず、本件当夜においても、第二暴行を受けるまでは、飲酒や口論のため相当興奮してはいるが元気な様子でいたことが認められ、以上によれば、広田の動脈瘤は普通の生活条件では破れない程度のものであつたと考えられる。以上説示のような時間的経過、暴行の程度及び動脈瘤の状態を総合すれば、広田の動脈瘤は、自然破綻ではなく外力によつて、すなわち被告人両名の加えた第二暴行によつて破裂したものであり、これによるくも膜下出血のため広田を死亡させたものと認められるのであつて、被告人両名の第二暴行と広田の死亡の結果との因果関係は充分に認定できるものである。
三 弁護人若松芳也は、被告人梅村の判示第一の所為は、広田基良が被告人梅村に対しその胸倉をつかみ首をしめる暴行を加えたため、その暴行を排除すべくなしたものであつて刑法三六条一項の正当防衛に該当する旨主張するが、被告人梅村の犯行状況は前記認定のとおりであり、広田が被告人梅村の胸倉をつかみ首をしめた事実は認められない(この点の被告人梅村の供述は措信できない)から、弁護人の右主張は採用できない。
(累犯前科)
被告人野村夏男は、(1)昭和四六年二月二六日京都地方裁判所で窃盗、恐喝未遂罪により懲役二年(四年間執行猶予、昭和四七年六月三〇日右猶予取消)に、(2)昭和四七年五月一九日静岡地方裁判所浜松支部で窃盗、詐欺、有印公文書偽造、同行使、道路運送車両法違反、道路交通法違反、銃砲刀剣類所持等取締法違反の各罪により懲役二年六月に各処せられ、前者は後者に引き続いて刑の執行を受け、後者は昭和四九年六月二一日、前者は昭和五一年三月一三日、いずれもその刑の執行を受け終わつたものであつて、右事実は、同被告人の検察官に対する供述調書及び検察事務官作成の同被告人に関する前科調書によつてこれを認める。
(法令の適用)
被告人梅村幸彦の判示第一の所為は刑法二〇八条、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するところ所定刑中罰金刑を選択し、その所定金額の範囲内で同被告人を罰金五万円に処し、右罰金を完納することができないときは、刑法一八条により、金二、〇〇〇円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置することとし、被告人植村常良及び同野村夏男の判示第二の所為はいずれも同法六〇条、二〇五条一項に該当するところ、被告人野村夏男には前記(1)、(2)の前科があるので同法五六条一項、五七条により同法一四条の制限内で再犯の加重をした各刑期の範囲内で、被告人両名をそれぞれ懲役二年六月に処し、被告人野村夏男につき同法二一条を適用して未決勾留日数中一五〇日をその刑に算入し、被告人植村常良につき情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から三年間その刑の執行を猶予することとし、訴訟費用のうち、証人坂本光子に支給した分は刑事訴訟法一八一条一項本文により被告人梅村幸彦に負担させ、証人渡辺始明に昭和五二年八月一八日に支給した分及び証人新留ヨシ子、同山沢吉平に支給した分は同条同項本文、一八二条により被告人植村常良及び同野村夏男に連帯して負担させる。
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判官 川口公隆 木下順太郎 末継順子)