大判例

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京都地方裁判所 昭和52年(ワ)419号 判決 1978年7月18日

原告

中村清二

被告

滋賀県

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(請求の趣旨)

被告は原告に対し三三三万二五六〇円及び内金三〇三二五六〇円については昭和四九年八月一三日より内金三〇万円については昭和五二年七月一九日から各支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決と仮執行の宣言。

(請求の趣旨に対する答弁)

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決と担保を条件とする仮執行免脱宣言。

(請求の原因)

一  事故の発生

原告は、次の交通事故によつて傷害を受けた。

なお、この際原告はその所有に属する乗用車を損壊された。

(一)  発生時 昭和(以下に於て略す)四九年八月一二日午前一時三〇分頃

(二)  発生地 滋賀県高島郡マキノ町大沼国道一号線上

(三)  加害車 パトロール車(事故処理車)――以下乙車という

運転者 訴外沢井友昭

(四)  被害車 乗用車(京五五ま六四四五号)――以下甲車という

運転者 原告

被害者 原告

(五)  態様 甲車が事故にあつたので乙車により牽引させるべく連結したところ何の前ぶれもなく乙車が発進したため甲車はハンドル操作が出来ず、近くの樹木に激突し原告に傷害を与えた。

(六)  原告の傷害 原告は頭部、右前腕部、背腰部打撲傷、頸椎捻挫等の傷害を負つた。

二  責任原因

沢井は滋賀県警の警察官なるところ乙車を牽引するに当りその状況を十分確認せずして牽引したため本件事故が起つたから被告は国家賠償法一条により本件の損害賠償責任がある。

三  損害

(一)  乙車の修理費 七〇万円

(二)  治療費(マキノ救急病院) 一〇万円

(三)  診断書料 三万円

(四)  五一年一二月一一日迄の通院交通費 二〇万二五六〇円

(五)  慰藉料 二〇〇万円

原告は本件事故で肉体的苦痛を味わい、一年間の欠勤のため昇給が一号俸おくれ、外傷性頸部症候群の後遺症が残つたので慰藉料は右金額を下ることはない。

(六)  弁護士費用 三〇万円

四  よつて原告は被告に右の損害金の合計三三三万二五六〇円及びその内金三〇三万二五六〇円については事故の翌日より、同三〇万円については本判決宣告日の翌日より完済迄年五分の割合による金員の支払を求める。

(被告の答弁)

一  原告主張の日時、場所に於て沢井友昭の運転する乙車が甲車を牽引したことは認めるがそのため原告が受傷したのではない。

当日午前一時四〇分頃滋賀県今津警察署は国道一六一号線上で乗用車同士の追突事故発生の通報を受けたので乙車が現場に急行したところ同線北進車線の左側車線上に前部バンパー、フエンダー、ラジエーター等を破損した原告の甲車が駐車しており、その前方左側車線約一〇米の所に、同方向に向け後部バンパー、トランク等を破損した被追突車、訴外遠藤弘毅所有の乗用車(大阪五一な八三〇三号以下丙車という)が駐車していた。

二  追突事故当事者等は、いずれも外見上は流血等負傷が認められなかつたので、見分に先だち各人に負傷状況を聴取した。その結果追突事故により遠藤は「頭を打つたが今のところ大丈夫」ということであり、原告は腕や首筋等を痛そうに手で押えたりしていたので、怪我の程度を聞くと「大したことはない」とのことであつたので、状況判断により後日争う要因はないものと認めた。

三  事故原因は見分の結果と両者の供述により、被追突車の後輪がパンクしたため、道路左側に停車した直後原告の過失により追突したことが判明したので、両車の破損状況を写真に撮影した。

原告は見分時においても時々首筋や腕に手をやり、或いは前かがみになつて吐息をする等の仕草をしたので、堤田巡査が負傷の程度がひどいのではないかと思い、「どうもないか」と声をかけ、念のため「今後ひどくなるようだつたら医者に診察して貰つて診断書を提出するよう」いつたところ、近くの医者の所在を聞いたので、マキノ病院を教示した。しかしその後受診の事実について申告がないため物件事故として処理した。

そこで遠藤所有の丙車は自走可能であつたため、タイヤ交換後国道から付近空地に同人に運転させ移動した。

原告の甲車は追突によりラジエーターが破損、水洩れし、エンジン始動不能の状態となつていた。当時は深夜で、折柄小雨も降つていて視認困難な状況で、かつ国道のため通過車両も多く、甲車をこのまま放置するときは、通行車両の妨害となり、また、交通事故発生の危険も予想されるため、甲車を国道上から空地等に移動させる必要があつた。しかし、深夜のため、レツカー車を要請しても到着が相当遅れることが予想され、原告負担のレツカー代金も嵩むところから、原告に対し「近くの空地までパトカーで牽引しようか」と聞くと原告もこれに同意をした。

原告の甲車を沢井巡査部長が見分すると、自走不能であつたが、ブレーキはオイル洩れもなく、ドアをあけて二、三回踏んでも踏み代が十分あり、正常に作動した。

前部フエンダーは破揃していたが、前車輪の方向はやや左に切れている状況で、直進は十分可能の状況であつた。牽引作業は沢井巡査部長が乙車を運転して原告の甲車の前方に停め、乙車とう載の牽引用ワイヤーロープ(長さ五米)により沢井巡査部長が甲車の前方フツクと、乙車の後輪板ばねにくくりつけた。原告もロープ連結後運転席に乗車し牽引を待つていたので、堤田巡査は原告に対し、「ハンドルやブレーキは大丈夫か」と確かめると、原告はブレーキを二、三回踏む等の操作をして運転に支障のない旨答えた。これをもつて牽引準備が完了したので、堤田巡査は道路左側からたるんでいる牽引用ワイヤーロープの中央を手で持ち、乙車運転の沢井巡査部長に合図して少しずつ前進させ同ロープがびんと張つた時点で両車の運転者に手に持つた照明灯で牽引開始の合図をした。牽引はローギヤーで行い徐々に速度をあげて時速約一〇粁で敦賀方向に向けセンターライン寄りで進行した。牽引中は原告の甲車の動向をルームミラーで確認しつつ約四〇米進行したとき、原告の甲車がセンターラインを越え右方に出て行くのに気付いたが、追突される危険をさけるため急停車することなく減速しながら約一〇米進行して停車した。原告の甲車は乙車右後方をかすめるようにして、惰力で右方に進行を続け、ゆつくりと同町中庄地先の道路右側溝に右前輪を落し、牽引ロープを張つた状態で停車した。両車の停止状況は、乙車は進路左側センターライン寄りで停車し、甲車の前部は乙車後部よりやや前方に出た状況で斜に停車し、ロープで進行が停つた状態で右前輪のみ脱輪し車軸部分を路面に接して停止していた。

原告に対し「何故ブレーキを踏まなかつたか」と尋ねると「慌てていてブレーキはよう踏まなんだ」といい、原告は脱輪するまでの間、ハンドル操作、制動措置、警音器の吹鳴等運転者としての措置を何らとつていなかつた。

脱輪現場には原告主張のような電柱、樹木は存在せず、このとき同乗していた原告家族も「ああびつくりした」という程度で、原告主張のように電柱や樹木に激突した事実はなく負傷をすることはあり得ない状況であつた。

四  過失について

原告は牽引するについては、牽引される車両の状況を十分に確認して為すべきが当然のところ、これを為さなかつたために事故が発生したものであつて、沢井の責任は明白であると主張している。

(1)  しかし、牽引については、道交法五九条(自動車の牽引制限)、同法施行令二五条(故障自動車の牽引)によつて、前輪もしくは後輪を吊り上げて牽引する場合を除き、故障自動車に係る運転免許を受けた者を、故障自動車に乗車させて、ハンドルその他の装置を操作させるとあり、本来原動機を用いないで走行する故障自動車は、軽車両とみなされるが、交通の安全を図るためにあえて運転免許所持者に運転させる規定であり、原告は自動車運転者として、法令に定められた運転者としての、ハンドル、ブレーキ等の操作が義務づけられている。

本件の場合、牽引側の沢井巡査部長は牽引に際し充分車両の状況を確認し、堤田巡査とともに前述の如く適切な措置を行つており、脱輪に至つた原因は、運転者としての安全運転注意義務を果さなかつた原告の責任であつて、警察官の過失とする原告の主張は失当である。

(2)  沢井巡査部長は滋賀県警察の警察官であり道交法七二条(交通事故の場合の措置)三項により、道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図るため必要な指示をなしたもので、加えてこれに原告が同意したので牽引したものであつて、本件事故については何ら過失はなく、従つて被告滋賀県に賠償責任はない。

五  原告の主張する傷害は前の追突事故によつて生じたもので牽引の際に生じたものではない。

(証拠)〔略〕

理由

一  四九年八月一二日午前一時三〇分ないし四〇分頃沢井友昭の運転する乙車が原告の乗用していた甲車を牽引した事実は当事者間に争いがない。

二  成立に争いのない乙三ないし六号証、検乙、一ないし四号証、同五、六号証の各一、二、証人沢井友昭、同堤田和幸の証言、原告本人尋問の結果の一部によると次のとおり認められる。

(1)  前記八月一二日の午前一時三〇分頃、訴外遠藤弘毅は丙車に妻子三人を乗せ石川県に向うべく滋賀県高島郡マキノ町大字中庄七〇一番地の三の藤田義夫方近くを西北方に向つて進行中後輪がパンクしたので丙車を道路左側によせて停車し、一息いれて車から降りようとした時原告が妻子を乗せて運転して来た甲車が追突して来た。丙車は前に押し出された。この追突で遠藤やその妻は頸部等に傷害を受け後日これが痛み出し、丙車の後部バンパー、トランク等がかなり大きく凹み甲車も前部バンパー、ラジエーター、ボンネツト前照燈等がいたみラジエーターから水がもれていた。又エンジンはかからず、左側のタイヤのところにフエンダーが食込み左へのハンドルは十分きかなかつた。

(2)  遠藤が今津警察署に連絡したので同署の沢井友昭巡査部長と堤田和幸巡査がライトパン二〇〇〇CCの乙車で現場に来て甲車丙車の写真撮影を行う等の捜査を行い原告や遠藤から事情をきいたところ遠藤はありのままを喋つたが原告の説明は支離滅裂でそのため四、五〇分の時間を要した。当時原告は遠藤に対しても「追突がひどかつたように工作した」とか「道に止つているのが悪い」とかの難癖をつけていた。

(3)  道路上に自動車をいつまでもおくのは危険なので丙車は附近の空地に入れ両警察官は乙車が甲車を牽引して空地へ持つて行く方針を立て乙車備付の五米のロープで引張ることとした。原告もそれを承知した。フエンダーが左側のタイヤに食込んでいたので堤田巡査がフエンダーを引張りハンドルが左の方へもきくようにしブレーキの踏みしろもありハンドルがぶらぶらすることもなかつた。甲車は原告が運転し家族も乗つたままであつた。

堤田は原告の免許証と車検証を確認した。

(4)  沢井がロープを両車に結びつけ乙車をゆるく前進させ、ロープをぴんと張らせた。堤田はそのロープを手にもちぴんと張るのを待ち原告と沢井に発進よしの合図をなし左路肩に後続車を停止させていた。乙車は前後左右の安全を確認し道路の中央よりを時速一〇粁位でゆつくりと前進を始め、二、三〇米進んだところ甲車が道路の右斜めの方へ出だしたので沢井は乙車のブレーキを踏んで停止させたが甲車はそのまま道路の右の方へ進み前後輪を右側道路に沿う溝の中に落して停車した。原告がブレーキを踏んだ形跡はなかつた。沢井や堤田が原告になぜブレーキを踏まなんだのだときいたがあわてていたのでという返事だけであつた。原告の妻は怪我はないがびつくりしたといつていた。

(5)  甲車が落輪した時電柱や樹木に衝突した事実はなく溝の幅は約三〇糎深さは五〇糎位であつた。落輪後皆で甲車を持上げようとしたが重くて上らなかつた。沢井らは甲車の前に三角形の標示を立て署に帰つた。

(6)  後日原告は遠藤に丙車の修理代一六万円余と帰りのタクシー代と最初の治療代のみを払つた。遠藤は負傷で休んだ補償も請求したかつたが原告が不穏な態度を示すので我慢した。

以上のごとく認められ以上の認定に反する原告本人尋問の結果は不合理なところが多く措信できない。

右の認定事実によると当時の状況からして沢井、堤田両警察官が乙車により甲車を牽引して空地へ運ぼうとし原告の承諾を得て運転免許のある原告に甲車を運転させたことも相当であるから警察官の措置に非難すべきものがないのみならず原告がなぜ乙車に従つて直進せず、又甲車はブレーキがきかないのでもないのに、それが右側へ出て落ちそうになるのに原告がブレーキをかけずそのままにして落輪させたのかということも理解できず前記認定程度の速度で片側の車輪が落ちた程度で原告主張のような傷害が生じたと認めることもできない。

以上のごとく警察官の措置に非難すべきものはなく原告の本訴請求はこれを容るるに由ないのでこれを棄却し訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 菊地博)

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