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京都地方裁判所 昭和52年(行ウ)5号 判決 1977年10月21日

原告 河本流水

被告 京都地方法務局嵯峨出張所登記官

訴訟代理人 曽我謙慎 竹内健治

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

原告が別紙目録記載の建物につき昭和五二年二月二三日受付第四四二三号をもつてした抵当権設定登記抹消登記申請及び同日受付第四四二四号をもつてした所有権移転登記申請に対し、被告がそれぞれ同年三月七日付で却下した処分をいずれも取消す。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五一年一月二五日京都地方裁判所に原本寄託された仲裁人寺下政幸が昭和五〇年一二月二六日付でなした申立人原告、相手方滝宮徹成こと金徹成外一一名及び申立人北村一雄、相手方原告間の詐害行為取消等請求併合仲裁事件についての仲裁判断(以下本件仲裁判断という)に基づき、京都地方法務局嵯峨出張所に対し、別紙目録記載の建物(以下本件建物という)について、昭和五二年二月二三日受付第四四二三号抵当権設定登記抹消登記申請及び同日受付第四四二四号所有権移転登記申請(以下両者を合わせて本件登記申請という)をなしたところ、被告は、同年三月七日付で執行判決の添付を欠き不動産登記法(以下不登法という)四九条八号に該当するものとして、本件登記申請をいずれも却下した。

2  しかしながら、右却下処分(以下本件却下処分という)は以下の理由により、違憲、違法であり取消されるべきである。

(一) 本件却下処分は通達である昭和二九年五月八日付民事甲第九三八号民事局長回答(以下本件通達という)に基づきなされたものであるが、一般に通達は法規でないので国民に対する拘束力を有せず、かつ、本件通達は法務大臣の補助機関にすぎない法務省民事局長により無権限で発せられた無効のものである。

(二) 執行判決は仲裁判断の内容をなす給付義務について、いわゆる狭義の強制執行をなす場合に限り必要とされるにすぎず、本件のように給付義務の内容が登記申請であるときは強制執行は不要とされている(民事訴訟法(以下民訴法という)七三六条)のであるから、執行判決は不必要であつて、仲裁判断のみで登記申請の意思表示があるとみるべきであり、仲裁判断以外に執行判決を要するとしてなされた本件却下処分は違法である。

(三) 仲裁判断は和解調書、調停調書と同じく確定判決と同一の効力を有するものとされている(民訴法八〇〇条)にもかかわらず、仲裁判断にのみ執行判決を要するとして仲裁判断を和解調書、調停調書と区別して取扱うことは不平等な差別であり憲法一四条一項、同九八条一項に違反する。

3  よつて請求の趣旨記載の判決を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1項は認める。

2  同23項は争う。

三  被告の主張

不登法二七条は登記権利者の単独の登記申請を認めており、同条の「判決」には確定判決のみならず、和解調書、認諾調書(民訴法二〇三条)、民事調停法一六条による調停調書、仲裁判断も含まれるが、仲裁判断には確定判決と同一の効力が認められている(民訴法八〇〇条)ものの、仲裁判断の基礎となる仲裁手続には当事者の授権に基づき私人たる仲裁人が行なうもので、その成立と内容の適法性について無条件の保証を供するものではなく、法定の事由があるときは訴により取消される(民訴法八〇一条等)浮動性のあるものである。したがつて、およそ仲裁判断の内容を国家の公権力をもつて実現させるためには執行判決を要すると解すべきであり、このことは、その内容が一定の給付を命じる狭義の強制執行によるか、登記その他の意思の陳述を命じるかにより相違はないものというべきである。

したがつて、仲裁判断は執行判決と合してはじめて民訴法七三六条、不登法二七条の「判決」に準ずる債務名義となり、執行判決の確定によりはじめて登記義務者の登記申請行為があつたものとみなされるから、本件却下処分は適法である。

第三証拠<省略>

理由

一  本件却下処分の存在

請求原因1項については当事者間に争いがない。

二  本件通達と本件却下処分の適否について

本件通達は、法務省民事局長が法務大臣の補助機関として、関係機関に権限行使の指針を示したもので、その内容とする事項は、不登法の解釈基準に関するものであるが、右のような通達は、その性質上単に行政庁間の事務取扱についての指針ないし基準を示すものであり、法規として国民を直接拘束することはないから、本件却下処分の適否はもつぱら法律の規定及びその趣旨に適合しているかどうかによつて判断されなければならない。(最判昭和二八年一〇月二七日民集七巻一一四一頁参照)。

従つて以下本件通達と無関係に仲裁判断による登記申請に執行判決を要するかどうかについて判断することとする。

三  仲裁判断による登記申請と執行判決の要否

1  不登法二七条にいう「判決」の意義

不登法二七条は同二六条の登記の共同申請主義を基礎として、判決による登記義務者の登記所に対する登記申請という公法上の意思表示と登記権利者の現実の登記申請とをあわせて、不登法二六条の法意を発展させる制度であるから、不登法二七条にいう「判決」は、まず右登記申請の意思表示を命じる給付判決及び法令上(例えば民訴法二〇三条、八〇〇条等)確定判決と同一の効力を有するもののうち、右意思表示を命じ又は意思表示の給付を約する条項を含むもの(以下「判決」等という)に限ると解せられる。つぎに、不登法二六条の趣旨より右意思表示は登記官へ到達することが必要であるところ、民訴法七三六条は給付判決の狭義の執行力に基づく執行完了擬制を定めるが、右登記官への到達まで擬制するものでないので、特に不登法二七条は、右執行完了擬制という実体法上の効果の登記官への到達手続(広義の執行)を定め、これを「判決」等の当事者のうち登記申請の意思表示を求むべき立場の者(多くは原告)で、不登法上の登記権利者に当る者をしてなさしめることを許容することにしたものというべく、これが不登法二七条の構造というべきである。したがつて不登法二七条の「判決」等による登記申請の不可欠の前提要件として、「判決」等が狭義の執行力を有し、これに基づき民訴法七三六条による執行擬制が発生済であることが必要というべきである。

2  仲裁判断と不登法二七条

仲裁判断についての現行民訴法の規定をみれば、その強制執行については執行判決を必要としており(八〇二条一項)、仲裁判断に狭義の執行力が認められないことは明らかである。その理由は、仲裁判断は私人たる仲裁人が当事者の仲裁手続違法の主張にもかかわらずなしうるもので(民訴法七九七条)、その成立と内容の適法性につき無条件の保証を供するものでなく、仲裁判断取消の訴が認められ(民訴法八〇一条)、浮動性の強いものであるから、裁判所による判断を経ることにより、仲裁判断の成立と内容の適法性を担保することにあるものというべきである。

そうすると、仲裁判断のみでは、不登法二七条の「判決」等の共通要件である狭義の執行力が認められないから、仲裁判断に基づく登記申請には、その前提としてこれに狭義の執行力を付与するための執行判決を必要とするというべきである。よつて本件却下処分はこの点において適法である。

四  仲裁判断の取扱と憲法一四条、九八条について

確定判決と同一の効力が認められる和解調書、調停調書と仲裁判断を仲裁判断に基づく強制執行には執行判決を要するとして狭義の執行力の点で区別する現行民訴法の取扱いが憲法一四条に違反するかどうかについてみるに、およそ私人間の生活関係において生じた紛争(私的紛争)の解決には種々の手段が考えられ、仲裁判断も私的紛争の自治的解決手段の一つとして民事訴訟と相まち国家の民事紛争解決の実効性を高める役割を果たすが、個々の民事紛争の解決手段を如何なる手続内容のものとするかは特段の事情のない限り、立法府の裁量権の範囲内にあるものというべく、仲裁判断が和解調書、調停調書と同じく確定判決と同一の効力を認められながらその強制執行に執行判決を要するとして区別する現行民訴法の手続は立法政策上の当否問題にとどまり、憲法一四条の差別の問題は生じないというべきである。よつてこの点に関する原告の主張にも理由がない。

五  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は理由がなく失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行訴法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石井玄 杉本昭一 岡原剛)

別紙目録<省略>

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