京都地方裁判所 昭和53年(わ)457号 判決 1978年11月30日
主文
被告人を懲役六月に処する。
訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は昭和五三年三月二七日午後五時五五分頃、京都市右京区蜂岡町所在京都府太秦警察署刑事課取調室において、同署勤務の警部補渡辺善隆が被告人の使用していた乗用自動車につき盗難被害届が出されていたことに関して事情を聴取のうえ録取した参考人調書を読み聞かせていた際、約六時間にわたる長時間の取調で腹立ちまぎれに右調書を掴みざま引き裂き、以て公務所の用に供する文書を毀棄したものである。
(証拠の標目)(省略)
(弁護人及び被告人の主張に対する判断)
弁護人及び被告人は、警察官の被告人に対する取調がむしろ違法であり被告人の所為には違法性がなく正当行為というべきである旨主張する。しかしながら、前掲証拠によると、被告人は本件犯行の前夜来京都市右京区太秦のモーテル「広沢」に覚せい剤の常習的使用者である多田マリ子と宿泊し被告人自ら明らかにいわゆるシヤブ呆けと認められる幻覚症状を呈したことから警察署に連絡がなされ、同モーテルに赴いた太秦署員が被告人使用の乗用自動車マツダルーチエ京五五り一八四四号につき秋田貴美子こと玉貴順から三月六日頃に盗まれた旨の盗難被害届が同月一八日付で九条署に出されていることを知り、被告人を正午前に太秦署に任意同行して事情聴取を始めたこと、被告人はモーテル広沢に来た太秦署員に「馬鹿野郎帰れ」などと大声で喚き、同時に太秦署に任意同行された多田マリ子の尿中からは覚せい剤が検出されたものの被告人からは尿が採取出来ず、右盗難車両の入手経過についてもはかばかしい弁明が無く、ようやく素姓も所在も明らかでない「ばんどう」と称する男から被告人が譲り受けたことが判明するまでに約三時間もかかるという有様で、被告人自らがまともな説明もしないで「こんな車要らん、返したら済むことやろ」などと不逞腐れた言辞を弄しつつ任意提出を拒み或は狸寝入りの素振りを示したり等したこと、大綱以上の経緯が認められるのであつて、捜査の始まつたばかりの時点において、たとえ被告人に対する盗犯の嫌疑が薄らいだとしても尚賍物犯の疑が解消し去つたとは思われず少なくとも右自動車に関する犯罪の重要な参考人であつたことは明白であつて、太秦署員が殊更に被告人の退去を阻止した形跡の存しない以上午後六時近くまで裏付捜査と併行しつつ被告人に対する事情聴取を続けたことは当然の成行で何等適法な任意捜査の域を逸脱したものとは認められず、叙上のいきさつに鑑みると被告人が腹立ちまぎれに本件調書を引き裂いた所為は如何なる意味においても正当な行為ということはできず、弁護人及び被告人の右主張は採用できない。
(法令の適用)
判示所為は刑法二五八条に該当するので所定刑期範囲内で被告人を懲役六月に処し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文により全部被告人の負担とする。
よつて主文のとおり判決する。