京都地方裁判所 昭和53年(レ)15号 判決 1979年3月27日
控訴人 甲野花子
右訴訟代理人弁護士 川越庸吉
同 戸倉晴美
被控訴人 和田萬治郎
右訴訟代理人弁護士 坪野米男
同 堀和幸
主文
一 原判決を取消す。
二 被控訴人の請求を棄却する。
三 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
主文同旨の判決。
二 被控訴人
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二当事者の主張
一 被控訴人
(請求原因)
1 被控訴人は別紙目録記載の建物(以下、本件建物という。)を所有している。
2 控訴人は本件建物に居住し占有している。
3 本件建物の賃料は一か月金一万五、〇〇〇円が相当である。
4 よって、被控訴人は控訴人に対し、所有権に基づき本件建物の明渡と本訴状送達の日の翌日である昭和五一年八月二八日から右明渡済みまで一か月金一万五、〇〇〇円の割合による賃料相当損害金の支払を求める。
(抗弁に対する認否並びに主張)
1 抗弁1の事実中、被控訴人が以前から本件建物を乙山太郎に賃貸していたことは認めるが、その余の事実は否認する。
2 同2の事実は否認する。大杉は被控訴人の代理人ではないし、仮に賃料受領の代理権があったとしても賃借権譲渡の承諾をする権限はない。
3 同3の事実は否認し、同4は争う。
4 被控訴人は乙山太郎との間で、昭和五〇年七月四日本件賃貸借契約を合意解除した。
二 控訴人
(請求原因に対する認否)
請求原因12の事実は認め、同3の事実は否認する。
(抗弁)
1 本件建物は以前から被控訴人が訴外乙山太郎に賃貸していたものであるが、控訴人は昭和三〇年一〇月頃右乙山から本件建物の賃借権を譲り受け、昭和三一年四月頃被控訴人から文書をもって右譲渡についての承諾を得た。
2 仮に右譲渡についての被控訴人の明示の承諾がなかったとしても、被控訴人の代理人訴外大杉冬は控訴人から本件建物の賃料を昭和四九年四月分まで受領していたのであるから、前項の賃借権の譲渡について右大杉が明示もしくは黙示の承諾を与えたものというべきである。
仮に右大杉に右承諾の権限がなかったとしても、表見代理が成立する。すなわち、右大杉は家賃受領の代理権を与えられており、同人は従来本件賃貸借については自己が被控訴人の代理人であることを身をもって示しており、控訴人はいわゆる家代として右大杉に永年接してきたのであるから、控訴人が右大杉に右賃借権譲渡の承諾の権限があると信ずるにつき正当の理由がある。
3 仮に以上が認められないとしても、昭和四六年九月前記乙山太郎が本件建物を出た時点で控訴人に対して賃借権の譲渡があり、被控訴人は右事実を知った上でその後も異議なく賃料を受領していたから、被控訴人は右賃借権譲渡について黙示の承諾をしている。
4 仮にそうでないとしても、本件のように、内縁の夫婦が夫名儀の賃借家屋で同棲中、夫婦別れをすることになり夫がその家を出、妻が従前通りその家に居住することとなった場合は、夫から妻へ賃借権が譲渡されたものとみるべきで、賃貸人がその譲渡を拒否するのは権利の濫用であって許されない。
5 従って、控訴人は適法な賃借権の譲受人であるから、被控訴人主張の合意解除は既に賃借権のない者となしたものであって無効である。
第三証拠関係《省略》
理由
一 請求原因12の事実は当事者間に争いがない。
二 そこでまず抗弁1の事実について検討するに、被控訴人が以前から本件家屋を乙山太郎に賃貸していたことは当事者間に争いがなく、右事実と《証拠省略》を総合すれば、乙山太郎は昭和初期より被控訴人から本件建物を賃借し、同所に居住するとともに同所において鉄工所を経営していたこと、控訴人は昭和二九年頃右乙山と内縁関係に入り本件建物に同居し始めたこと、しかし同居後の両者の関係は、右乙山が約束に反して控訴人の子供を引き取らなかったことなどにより不和が絶えなかったこと、右同居については被控訴人もその頃から知っていたこと、一方控訴人は乙山の経営する鉄工所の経営を補助していたが、昭和三〇年一一月頃右鉄工所は倒産し、控訴人が乙山からその経営権を譲り受けたこと、その後控訴人は右鉄工所の経営のため控訴人名義で融資を受ける必要が生じ、債権者から担保として本件建物の借家権を差入れることを求められたため、被控訴人よりその譲渡承諾書を得たこと、本件建物の賃料は控訴人が乙山の鉄工所の経営権を譲り受けてから控訴人が支払っていること、事実上の夫婦関係はその後一時好転したが、昭和三八年頃控訴人所有の土地の所有権移転登記をめぐって両者の関係は一層険悪になり、昭和四六年九月頃右乙山は息子一郎を連れて本件建物を退去して現住所の南区上鳥羽に転居したこと、その後は控訴人が乙山の娘春子とともに本件家屋に残り、被控訴人に対し賃料を支払ってきたこと、以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》
右認定事実によれば、昭和三〇年一〇月頃に乙山太郎が控訴人に対し、自己の経営にかかる鉄工所の経営権を譲渡したことは認められるが、これから進んで右譲渡に際し、本件建物の賃借権まで控訴人に譲渡したことは本件全証拠をもってしてもこれを認めることができないし、また、控訴人主張の、被控訴人作成の賃借権譲渡承諾書の趣旨も、右認定事実によれば、控訴人が第三者から融資を受けるに際しての担保にすぎないのであるから、控訴人主張のような、右乙山から控訴人に対してなされた賃借権譲渡(この事実自体認め難いこと前記認定のとおり)の事後承認ではないのであって、抗弁1は、賃借権譲渡の事実、被控訴人の承諾の事実いずれもこれを認めることができず到底採用することができない。
三 従って、昭和三〇年一〇月頃の賃借権譲渡を前提とする抗弁2もまた失当たるを免れない。
四 そこで次に、抗弁3ないし4について検討するに、本件のように、一〇数年という長期にわたり事実上の夫婦として夫の賃借家屋に同棲していたが、両者間の不和により内縁関係が解消となり、借家名義人たる夫が賃借家屋を出て、妻はその後も右家屋で夫の子とともに居住を継続した場合には、夫から妻に対し、右家屋についての賃借権の譲渡があったものと解するのが相当である。
そして、《証拠省略》によれば、右乙山が本件建物を出た直後の昭和四六年一〇月頃、控訴人は被控訴人の息子である和田秀一に対し、右乙山と別れ乙山は本件家屋を出て行った旨を伝えたところ、右秀一は控訴人に対し、家賃は滞納しないようにと注意し、被控訴人側はその後昭和四九年四月まで賃料の支払や賃料増額交渉等の点で、控訴人を本件家屋の賃借人として応待していたことが認められる(これに反する証拠はない。)から、これによれば、被控訴人は乙山の本件建物退去に伴なう控訴人への賃借権の譲渡を黙示的に承諾していたものと認めるのが相当である。
仮に右のごとき黙示的承諾が認められないとしても、前記二認定のような事実関係の下においては、乙山から控訴人への賃借権の譲渡には賃貸人との信頼関係を破壊するほどの背信性はないものというべきであるから、右承継を認めず残留家族たる控訴人に対し本件建物の明渡を求めるのは権利の濫用というべきである。
また、右によれば、乙山は昭和四六年九月頃本件建物を退去した時点で控訴人に賃借権を譲渡し、自らは賃借人の地位を失っているのであるから、被控訴人主張の被控訴人と乙山との本件賃貸借の合意解除は、もはや賃借権のない者となしたもので無効というほかはない。
五 以上の次第であってみれば、控訴人には本件建物についての賃借権が存するものというべきであるから、被控訴人の本訴請求は失当として棄却すべきである。よって、原判決は不当であって本件控訴は理由があるから、民事訴訟法第三八六条により原判決を取消し、本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 野田栄一 裁判官 山野井勇作 荒井勉)
<以下省略>