京都地方裁判所 昭和53年(ワ)1362号 判決 1979年11月28日
原告
中村哲雄
被告
京都府
宮津市
ほか一名
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは各自原告に対し金八二〇万五三四九円及びこれに対する昭和五〇年六月二二日以降完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 主文同旨
2 仮執行免税宣言(被告京都府のみ)
第二当事者の主張
一 請求原因
(一) 事故の発生
1 日時 昭和五〇年六月二二日
2 場所 宮津市文珠四九二国道一七八号線上
3 加害車 被告李運転普通乗用自動車(京五れ九四二九号)
4 態様 事故当時右国道上には路面より陥没して止水栓が存在し、直径二〇センチメートル深さ五センチメートルの穴があいていた。原告は足踏式自転車に搭乗し、加悦谷方面に進行中、右の穴にハンドルをとられて右によろめき、折からセンターラインを越えて対向して来た李運転の車に衝突させられたものである。
(二) 責任原因
1 被告李は加害車の所有者であり、自動車損害賠償保障法三条により責任を負う。
2 被告京都府は右国道の管理費用の負担者であり(道路法一三条一項、四九条)、国家賠償法二条一項、三条一項により賠償責任を負う。
3 被告宮津市は、右止水栓の管理者であり、国家賠償法二条一項により賠償責任を負う。
(三) 損害
1 傷害の程度
イ 病名 左大腿骨々幹部骨折
左臼蓋骨々折
骨盤骨折
ロ 加療経過
(1) 京都府立与謝の海病院入院
昭和五〇年六月二二日~同年八月二〇日
〃 八月二六日~同年九月三〇日
同 五一年三月二五日~同年四月九日
〃 五月二五日~同年六月二八日
同 五三年八月一九日迄に九日間同病院通院
(2) 京都府立医大付属病院への入院
昭和五三年九月四日~同五四年二月一七日
ハ 後遺症 左下肢短縮二センチメートル
跛行、正坐不能により一三級八号相当
2 損害
イ 治療費 一一六万一四一四円
ロ 入院雑費 一三万五〇〇〇円
ハ 付添看護費 六七万五〇〇〇円
ニ 留年による就職が一年おくれた損害金 一二八万一五〇〇円
97,500×12+111,500=1,281,500
ホ 逸失利益 二五〇万二四三五円
原告は本件事故がなかつたら一年留年後の一九歳から六七歳迄の四八年間完全に働けたから一三級八号による労働能力率九%の逸失利益を計算すると次のとおりとなる。
1,281,500×0.09×(252,614-35,643)=2,502,435
ヘ 慰藉料 三一七万円
(入通院分 二五〇万円
後遺症分 六七万円)
ト 弁護士費用 七五万円
以上の合計九六七万五三四九円
(四) 損害の填補
原告は被告李より八〇万円、自動車損害賠償責任保険より六七万円の合計一四七万円の支払を受けた。
(五) よつて末だ支払を受けない損害額八二〇万五三四九円及びこれに対する交通事故発生の日である昭和五〇年六月二二日以降完済に至る迄民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
(一) 被告李
1 請求原因(一)のうち、1、2、3は認める。4のうち止水栓の存在、状況については不知。被告李は右道路を宮津方面に時速約一〇キロメートルで進行中、対向して来た原告運転の足踏自転車が被告車の直前で急に進路を右にとり被告車の前方に飛び出して来たため被告は直ちに急停車したが、ほとんど停車と同時に原告の自転車と衝突したものである。
2 請求原因(二)の1の内、賠償責任については争うがその余は認める。
3 同(三)のうち1はいずれも不知。2は不知。額については否認。なお昭和五一年五月二五日以降の治療は、本件事故による骨折が治癒した後、遊んでいる時に別の箇所に生じた骨折についてのものであり、本件事故と因果関係はない。またその後の骨の変形は二度目の骨折が原因と考えられ、原告主張の後遺症は本件事故と因果関係はない。
4 同(四)は認める。
5 同(五)は争う。
(二) 被告京都府
1 請求原因(一)のうち1、2は認める。3は不知。4は否認。
2 2のうち、賠償責任については否認するがその余は認める。
3 同(三)、(四)については不知
4 同(五)については争う。
(三) 被告宮津市
請求原因(二)の3のうち、宮津市が止水栓の管理者であることは認める。その余はすべて否認。
三 抗弁
(一) 被告李
1 無過失
被告李は本件道路を宮津方面へ進行していたが、本件事故当時宮津方向の車は多く交通渋滞の状況であつた。
被告李が本件事故現場西側手前に差しかかつた時、前車が道路左側に停車したため、同被告は時速約一〇キロメートルに減速し、ハンドルを右に切り前車の右側方を通過しようとした。しかるところ被告車が甲第一号証添付図面<2>地点を進行中、右前方<イ>地点を走行中の原告の自転車が突如進路を約四五度右に向け被告車の進路前方に飛び出しノーブレーキの状態で突込んで来たため、同被告は直ちに急ブレーキを踏んだが、ほとんど停車寸前に原告の自転車が被告車前部に衝突したものである。
右<イ>地点は、通常自転車が文珠堂方面へ右折することが予想されない場所であり、右<イ><2>間の距離は八・四メートルときわめて接近していたから、被告李としては、道路端をまつすぐに対向して来た自転車がこのような地点から何の合図もなく急に右に方向を変え、被告車の直前に飛び出して来るということは予測できない状況にあつた。また、同被告はきわめて低速で進行していたにもかかわらず本件事故を回避することができなかつた。同被告には何ら運転上の過失はない。
2 原告の過失
原告は友人二人とともに自転車で宮津から岩滝方面に向つていたものであるが、友人二人からかなり遅れたためこれに追いつくべく五段変速のギアをハイトツプに入れかなり速い速度で進行していた。本件事故当時はかなりの雨で、路面はきわめてスリツプしやすい状態であつた。原告は右図面<イ>点に至つた時被告車が右前方八・四メートルの近接した<2>点を対向走行していたにもかかわらず、右折の合図をすることなくそのままの速度で突如右へ約四五度方向に進行し、被告車の進路直前に飛び出し、ブレーキをかける間もなく被告車前部に衝突したものである。
したがつて本件事故は原告の右のような無謀運転によるもので原告の一方的過失に基く。
仮に原告主張のように道路陥没部にハンドルをとられ右によろめいたとしても、本件道路の陥没部は通常の走行でハンドルをとられるほど大きくはなく、結局本件事故は原告がかなりの降雨にかかわらず高速で走行したため右陥没部をさけられず、スリツプのためハンドルをとられ、ブレーキもかけられずに発生したものである。
3 被告車に構造上の欠陥および機能の障害はない。
被告李の車は購入後四年を経過し、五、六万キロメートル走行しているが、何ら構造上の欠陥はなく、エンジン、ブレーキ等は正常に作動しており機能上の障害はない。
(二) 被告京都府
仮に原告の請求権の発生が認められるとしても、本件事故発生は昭和五〇年六月二二日であり、本訴提起は昭和五三年一〇月二〇日であるから、被告は消滅時効を援用する。
(三) 被告宮津市
仮に原告の主張どおりとするも原告の請求権の全部又は後遺症以外の分は昭和五三年六月二二日の経過とともに時効により消滅するから消滅時効を援用する。
四 抗弁に対する認否
(一) 抗弁(一)については争う。
(二) 抗弁(二)、(三)についてはこれを争う。原告の後遺症について時効は完成していない。
五 再抗弁
原告の父中村幸雄は昭和五二年六月中旬に口頭で被告京都府に対し損害賠償を請求し、それから六ケ月以内に本訴を提起した。
第三証拠 〔略〕
理由
一 請求原因(一)について
原告と被告李との間では請求原因(一)の1、2、3の事実は争いがなく、その余の被告との間では弁論の全趣旨により右の事実を認めることができ又被告車が被告李の所有であることは原告と同被告との間で争いがない。
成立について争いのない甲第一号証、現場の写真であることについて争いのない検甲第一~第九号証、検乙第一号証、証人三宅寿一の証言、原告本人、被告李本人尋問の結果によると次のとおり認められる。
(1) 本件現場は国道一七六号線路上で、東は宮津市街地方面へ、西北は文珠堂方向へ南西は岩滝町方面に通ずる三叉路の東詰の場所で、被害者の原告が進行して来た道路の左端より約七〇糎内側に入り、衝突場所から直線で南に下つた線から三~四米東の方に直径約二十糎の止水栓があるのでそこが数糎くぼんでいる状況にあつた。事故当時は雨が降り道路はすべり易い状態にあつた。道路中央の追い越し禁止の黄色いペイントはほとんど消えていた。
(2) 本件事故発生当時、本件道路の宮津市街地方向は交通渋滞になつており、被告李が南西の岩滝町方面から宮津方面に向つて本件事故現場手前に来たところ、前にいた自動車が道路左側に停車したため時速約一〇粁で前車の右側を通過しようとした。ところが被告車が衝突地点より約四・七米手前の地点を進行中、その右前方八・四米のところを少くとも時速一〇粁を越えるスピードで来た原告の自転車が何ら合図することもなく四五度斜めに向いいきなり被告車進路前方に飛び出して来たため同被告は直ちに急ブレーキをかけたが停止寸前にノーブレーキの原告の自転車が被告車前部に衝突した。事故当時は雨のため路面はスリツプしやすい状態であつた。原告は友人二人と自転車で下校中であつたが、先に離れてしまつた二人に追いつきたいためもあつて五段変速のギアをハイトツプに入れ先を急いでいた。さらに被告車は購入後四年を経て四、五万粁走行していたが構造上の欠陥および機能の障害はなかつた。原告は宮津市街地方面から西南の岩滝町方面に向つていたのに急に斜め右前方に進んだのであつた。
以上のごとく認められ、原告が事故後警察官三宅寿一に何かにハンドルをとられて右の方へ行つてしまつたが何にとられたのか判らないといつていること、同警察官も事故と止水栓との因果関係を認識していないこと等によれば多分に疑問ではあるが左折して岩滝町の方へ向うのに右前方に走り出したのは止水栓にハンドルをとられたためではないかと推認する。
右認定事実によると被告李は対抗車線の道路わきを直進していた自転車がそのままの速度で何の合図もなくいきなり自己の運転する車の直前に飛び出して来ることまで予測すべき義務はないから同被告に過失があつたということはできない。なお、被告車が道路左側に停車した前車の右側を通過するため道路の中央線から対向車線にはみ出る状態であつたとしても、そのまま被告車が直進すれば、原告の自転車が進路をかえずに直進しているかぎり十分な間隔ですれちがえる位置関係にあつたから、被告車が対向車線にはみ出ていたことは、右注意義務に影響を与えるものではない。
また、道路左側に停車した前車がある場合、この右側を通過するため道路の中央線から対向車線にはみ出ることは追越し禁止区域でも許されている(道路交通法一六条五項三号)。
次に原告も当時そこが交差点付近であり、雨で路面がスリツプし易い状態にあり、かつ反対車線には自動車も多く走つているところであつたから前方や左右道路の状況に注意し事故を起さぬよう走行速度も十分加減すべきであつたのに止水栓のくぼみにも気づかず時速一〇粁をこえる速度で進行してきてブレーキをかける準備もしていなかつたためハンドルをとられて急に右前方へ飛び出してもこれを制止することができず危険な被告車の前方へ飛出し衝突したものであるから原告に過失があつたといわなければならない。
又被告車に構造上機能上欠陥、障害のなかつたこと前記のとおりであるから被告李の免責の抗弁は理由があり同被告に対する請求は失当である。
二 被告京都府、被告宮津市の責任について
請求原因(二)の2、3のうち、京都府が本件国道一七八号線の維持管理の費用を負担している点については原告と、被告京都府の間で争いがなく被告宮津市が右国道上にある止水栓の管理者であることは原告と被告宮津市との間で争いがない。
国家賠償法二条一項にいう「道路の設置または管理の瑕疵」とは、道路管理の不完全により道路が道路として通常備えるべき安全性を欠いていることを指し本件のように止水栓のために道路に窪みがある場合にその道路が通常備えるべき安全性を有するか否かは、通常の運転技術を身につけた者の操縦する車が、その箇所を通過した場合の凹みのため衝撃によつて転倒したり操縦に危険をもたらすものかどうかにより判断すべきである。
成立について争いのない甲第一号証、現場の写真であることについて争いなく、検甲第一~第九号証、検乙第一号証、証人三宅寿一、同井上蕃行の証言、原告法定代理人本人中村幸雄尋問の結果によると次のとおり認められる。
(1) 検甲第一~第九号証、本件事故後二〇日位して撮影したものである。
(2) 本件事故のあつた道路である国道一七八号線は東西に走る幅員八米、両端に幅〇・四五米づつの溝のあるアスフアルト舗装路で、その南端から約七〇糎のところに本件止水栓がある。
(3) 止水栓の直径は約二〇糎で昭和五三年六月二八日頃は道路の表面に比べて極めて僅かしか低くなつていないが、それはその頃被告宮津市が止水栓の上を埋める等したためで本件事故があつた頃はもつと深く三、四糎位の深さとなつていた。くぼみの周囲は鈍角でなだらかに表面と接している。
(4) 本件道路は元コンクリート舗装であつたがその後その上にアスフアルト舗装を重ねたため、くぼみがアスフアルトの厚さだけ深くなつたものである。
(5) 本件くぼみは約二〇米手前から見ることができる。
以上のごとく認められる。
右に認定した本件くぼみの状況に前記(一)で認定、判断したことを加えて考えるに原告が本件くぼみにハンドルをとられたかということについても疑問があるが、それを肯定するとしても止水栓は水道の設置維持上必要なものであるから道路上にその表面が出ることはさけがたいし、その表面が本件のように数糎くぼみ、そこを通過する車両等に衝撃を与えることがあつたりその上を自転車が漫然と通過すればハンドルをとられることはあるが、この止水栓によるくぼみやその他これに似て数糎程度のくぼみはよく散見できるところであるからその上を通過する者や自転車等を運転する者がこれを避けるなりたとえハンドルをとられても危険の発生しないよう注意をすれば事故の発生を避けることはできるのが通常であるからこの程度のくぼみを以て被告京都府や宮津市に道路の設置又は管理上に瑕疵があるとみることは相当でない。従つてそこに瑕疵があることを理由とする原告の請求は爾余の判断を待つまでもなく理由がない。
三 よつて原告の本訴請求は、理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 菊地博)