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京都地方裁判所 昭和53年(ワ)735号 判決 1979年11月08日

原告 桧山正男

右訴訟代理人弁護士 東浦菊夫

被告 甲野花子こと 乙花子

被告 平和株式会社

右代表者代表取締役 甲野花子

右両名訴訟代理人弁護士 柴田耕次

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告

求めた裁判

一  訴外甲野太郎こと丙一男(以下訴外太郎という)が、被告乙花子に対して昭和五一年一一月六日、別紙物件目録記載の土地建物(以下本件不動産という)を贈与した行為はこれを取消す。

二  被告乙花子は、本件不動産につきいずれも昭和五一年一一月八日京都地方法務局左京出張所受付第二八九四二号をもってした所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。

三  被告乙花子と被告平和株式会社間における本件不動産についての昭和五三年四月二五日売買を取消す。

四  被告平和株式会社は、本件不動産につきいずれも昭和五三年五月一日京都地方法務局受付第一〇九八〇号をもってした所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。

五  訴訟費用は、被告らの負担とする。

請求原因

一  原告は、訴外太郎に対し、弁済期を昭和四九年一一月一九日とする貸金債権金三九、一八二、七一三円及び昭和四九年一二月二八日を弁済期とする貸金債権金六三、七八六、五一七円、計一〇二、九六九、二三〇円の貸金債権を有する。

二  訴外太郎は、昭和五一年一一月八日前項記載の原告の債権を害する意思で妻である被告乙とはかり、本件不動産を同被告に贈与し、いずれも同月八日京都地方法務局左京出張所受付第二八九四二号をもって右贈与を原因とする所有権移転登記手続をなした。

三  右贈与により、訴外太郎は無資力となり、原告は右債権の支払を得られなくなった。

四  更に、被告乙は自己が代表取締役をしている被告平和株式会社(以下被告会社という)に対して、前項一、二、三の事実を熟知しながら本件不動産を昭和五三年四月二五日売買し、その旨の所有権移転を昭和五三年五月一日になした。

よって、原告は被告らに対し、右詐害行為の取消及び所有権移転登記の抹消登記手続を求める。

被告らの主張に対する答弁

一  被告ら主張一項の事実は認める。

二  同二項のうち、訴外太郎が昭和四五年三月に甲野観光開発株式会社を設立したこと○○観光株式会社、○○○○○株式会社と共に三社が休業状況にあることは認めるが、その余の事実は不知。

三  同三項のうち、被告が本件不動産の贈与を受けた点を除き、その余の事実は不知。

四  同四項のうち、訴外福徳相互銀行が本件不動産につき競売の申立をしたこと、同銀行が競売を取下げ、根抵当権を抹消したことは認めるが、その余の事実は不知。

五  同五項の事実は不知。

六  同六項につき、訴外杉本より金六二八〇万円の支払いを受けたことは認めるが原告は訴外甲野観光並びに同太郎に対して金六三、七八六、五一七円とこれに対する昭和四九年一二月二九日から支払済まで年一割五分の割合による損害金(昭和五三年一二月二八日で満四年となり六割であるから損害金は金三八、二七一、九一〇円となる)を有している。

七  同七項の(一)につき、訴外甲野観光に資産があるならば、支払いをなすべきであるが、これをしないのは無資力であるからにほかならず、被告らの主張する財産はすべて実現不可能のものである。

同(二)および(三)の事実を否認する。

被告乙は、原告の訴外甲野観光、同太郎に対する債権を熟知し、それが裁判中であることをも知っていたもので敗訴の場合を考慮して訴外太郎と被告乙は共謀の上本件不動産の所有名義を対価なくして無償にて移転したものであって、これが詐害行為であることは明白である。仮りに、財産分与、養育費、慰謝料の一部であるとするも、それは非常に高価にすぎる。

証拠《省略》

被告ら

求めた裁判

一  原告の各請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

答弁

一  請求原因一項は不知。

二  請求原因二項のうち訴外太郎が「前項記載の原告の債権を害する意思」とする点は不知、「妻である被告甲郎花子こと乙花子とはかり」とする点を否認、その余の事実は認める。

三  請求原因三項の事実は不知。

四  請求原因四項のうち、「前項一、二、三の事実を熟知しながら」とする点を否認し、その余の事実は認める。

被告らの主張

一  被告乙は、昭和二九年四月に訴外太郎と結婚し、昭和三〇年四月一〇日に長女甲野春子こと丙春子を、昭和三三年八月二五日に二女甲野夏子こと丙夏子を、昭和三六年二月一四日に長男甲野秋男こと丙秋男を、昭和四四年九月二二日に二男甲野冬男こと丙冬男をそれぞれもうけた。

二  しかして、被告乙は、右四人の子供の養育につとめるかたわら、夫である訴外太郎が、遊技場○○○センター等を、次々と開設して事業の拡張することに、全面的に扶助し、且つ協力していった。しかして、訴外太郎は、昭和四五年三月に甲野観光開発株式会社を設立して、それまでに蓄積した個人資産をすべて右会社に投入し、更に、○○観光株式会社をおこして、ゴルフ場を建設するべく計画し、ついで○○○○○株式会社を買い取り、北海道の土地を買収し、ここでスキー場、ゴルフ場、ホテル経営等の事業の計画を樹てるにいたった。しかし結局三社とも計画を中止し、現に休業の状況にあるものである。

三  ところで、訴外太郎は、右事業が順調に拡張をつづけていた昭和四二、三年ごろより、訴外丁田松子との間で肉体関係をもつようになり、昭和四四年一月二三日には丁田梅男を、昭和四五年一〇月一〇日には丁田竹男を、更に昭和四九年一二月二八日には丁田星子の三名をもうけ、丁田梅男には昭和四四年七月二四日認知届出をなすにいたった。訴外太郎の丁田との関係が、被告乙に知れるようになった昭和四五年ごろからは、夫婦の仲にひびが入りはじめ、昭和五〇年には決定的に破綻することとなって、訴外太郎は丁田方に同棲生活をなし、被告乙方にはまったくよりつかなくなってしまった。

そこで、被告乙は、人を介し、訴外太郎と交渉し、従来の財産蓄積に対する貢献度を配慮しての財産分与、子供の養育費、慰藉料等にかわるものとして、本件不動産の贈与をうけるものとするが、本件不動産には抵当権が設定されているので、前記会社の財産を整理した段階で、訴外太郎において抹消することの合意ができ、所有権移転登記手続をなしたものである。ただ、正式の離婚届については、右の抵当権抹消に日時を要することと、親戚筋に対する思惑もあって、しばらく見合わすこととしていた。

四  ところが、訴外太郎の会社の整理も進展しない間に、抵当権者である訴外株式会社福徳相互銀行より、本件物件について競売の申立がなされ、被告乙は、やむなく競売期日延期のために昭和五二年一二月に金五〇〇万円、更に、昭和五三年四月二五日に金六、〇〇〇万円を支払って競売取下げと根抵当権の抹消を得た。

五  しかし、その後三年有余経過するも前記会社の整理も進展せず、且つ、被告乙と訴外太郎との関係を不自然なまま放置するのは子供に対する関係で非常に不都合であるので、昭和五三年五月一六日福井家庭裁判所に夫婦関係事件(離婚)調停事件(昭和五三年家(イ)第一五七号)の申立をなし、同年六月一日に夫婦間の離婚と、未成年の子三名の養育責任者を被告乙と定め、同人において養育監護する旨の調停が成立した。

六  ところで、原告が主張する債権は、もともと原告が訴外甲野観光開発株式会社に対し有する債権であって、訴外太郎は、右訴外会社の債務の連帯保証をなしたものである。ところが、右判決後同じ連帯保証人である訴外杉本寿延は、原告に対し、昭和五三年四月七日に金参千萬円、同年六月六日に金参千弐百八拾萬円の合計金六千弐百八拾萬円の支払いを完了している。よって、原告の債権は、右杉本によって弁済された金額だけ、減額されているものである。

七  しかして、

(一)  本件贈与による所有権移転は、債権者を害する法律行為には該当しないものである。なんとなれば、主たる債務者である訴外甲野観光は、他に債務の弁済をなすに足るべき資産を有するからである。

(二)  本件物件の移転が、原告を害する法律行為になったとしても、被告乙は、本件物件を訴外太郎より贈与を受ける当時は、債権者たる原告を害するべき事実を知らず、詐害の認識は存在しなかったものである。

(三)  もし仮りに、被告の右各主張が認められないとしても、本件物件の贈与による所有権移転は、前記のとおり離婚にともなう財産分与、子供の養育費、慰藉料の一部として受けたものであるから、債権者取消権の対象とはならないものである。

証拠《省略》

理由

一  《証拠省略》によれば、原告が訴外太郎に対して請求原因一項のような貸金債権を有すること、そのうち、三、九一八万二、七一三円の債権につき訴外杉本寿延が連帯保証をしていることが認められ、そのうち、訴外杉本が合計六、二八〇万円を原告に支払ったことは争いがなく、その支払い内訳が昭和五三年四月七日に三、〇〇〇万円、六月六日に三、二八〇万円であることは原告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。そうすると、三、九一八万二、七一三円に対する昭和四九年一一月二〇日から昭和五二年四月六日までの年一割五分の割合による利息金が一、九八五万四、三六二円(円以下切りすて)であるので、四月七日支払いの三、〇〇〇万円を右利息に、つぎに元本に充当すると、元本残は一、〇一四万五、六三八円となるし、これに対する四月七日から六月六日まで右同率の利息は二五万三、六四〇円(円以下切りすて)となり、六月七日支払いの三、二八〇万円をもってすると、右元利金に充て、なお二、二四〇万七二二円が残る。したがって、現在、原告は訴外太郎に対して右債権以外の六、三七八万六、五一七円とこれに対する利息金債権を有しているものということができる。

二  原告主張の各登記がなされていること、被告乙が原告主張の日に訴外太郎から本件不動産の贈与をうけたこと、被告乙が代表者をしている被告会社に対して原告主張の日に本件不動産を売り渡したことは、当事者間に争いがない。

三  訴外太郎が昭和四五年三月に甲野観光開発株式会社を設立したことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、訴外太郎は、本件不動産を妻である被告乙に贈与した当時、本件不動産以外に個人財産はなく、このことを被告乙においても知悉していたこと、被告乙は昭和四九年に甲野観光が原告から七、〇〇〇万円(現在六、三七八万六、五一七円残っている)を借り受ける際、名古屋の原告事務所に右金員を受領のために赴むいており、昭和五一年一〇月当時訴外太郎個人もまた原告に対して債務を負っている事情を認識していること、また、被告乙は原告と訴外太郎との間で本件債権に関し訴訟が提起されていた事実も知っていたことが認められ、この認定に反する証拠はない。

したがって、訴外太郎は本件不動産以外に財産がないのに拘らず、あえて本件不動産を被告乙に対して贈与したものであるから、債権者たる原告を害することを知って本件贈与をしたものと断ずるほかはない。

また、以上認定の事実によれば、被告乙も本件不動産の贈与をうけることによって債権者たる原告を害することを充分に知っていたものと認定せざるを得ない。さらに、被告会社の代表者は被告乙自身であるから、本件不動産の転得者たる被告会社も同様、原告を害することを知っていたものということができる。ほかに、被告らが善意であることを認めるに足りる証拠は存せず、被告らの、善意の主張は失当というほかはない。

四  被告らは、本件債務の主たる債務者たる甲野観光が、債務を弁済するに足りる資産を有するので詐害行為にあたらないと主張するけれども、右主張は採用しない。すなわち、《証拠省略》によれば、甲野観光の本件残債務については、訴外太郎が連帯保証をしていることが認められ、債権者は、債務者または連帯保証人のいずれに対しても債務の履行を求めることが可能であり、これに対して、連帯保証人は保証人の有する催告および検索の抗弁権を有しておらず、かりに甲野観光が充分な資産を有するとしても、本件債務を履行せず遅滞している現状では、被告らの右主張は採用するに由ないものといわなければならない。

五  被告らは、被告乙が離婚による財産分与として本件不動産の贈与をうけたものであるから、詐害行為にあたらないと主張するので、この点につき判断する。

被告ら主張一項の事実は当事者間に争いがない。

《証拠省略》によれば、

訴外太郎は、被告乙と結婚した当時、兄のパチンコ店の手伝いをしていたが、その後独立してパチンコ店を七店まで開業経営し、被告乙も従業員の食事をつくったり、店の集金をするなどしてこれを助ける一方、子供の世話をしてこれを養育してきた。訴外太郎はこれまでの個人資産をつぎこみ、ボーリング、レストランなどをするため甲野観光を設立し、つづいて、昭和四八年にゴルフ場の土地買収のため○○観光株式会社を、北海道に別荘およびスキー場建設のため○○○○○株式会社を設立したが、一方、昭和四二年頃、丁田松子と知り合い、同女との間に昭和四四年一月二八日に梅男(認知)を、昭和四五年一〇月一日に竹男を、昭和四九年一二月二八日に星子をもうけ、被告乙は二男の生れた昭和四四年九月に右丁田と訴外太郎の関係を知るに至り、以後夫婦仲もうまく行かず、訴外太郎は、男の甲斐性だ、あるいは、子供はやらん、出て行けと言う始末であった。折しも、被告乙と訴外太郎の間の長女の素行が悪くなり、被告乙も昭和四五年には離婚を決意するに至り、訴外甲野朝一郎が仲に入って離婚話をすすめ、訴外太郎も昭和五〇年頃以降もっぱら丁田と同居し、被告乙の許に帰らなくなったけれども、被告乙が四子とともに住居としている本件不動産の贈与をうけ、訴外太郎との間の四子を養育するとの合意ができ、訴外太郎はこの趣旨を昭和五一年一〇月二日に念書にして被告乙に手交し、その後、昭和五三年六月一日に、福井家庭裁判所で、被告乙と訴外太郎が離婚し、未成年の三子の養育責任者を被告乙とし、同被告において養育監護するとの調停が成立した。その頃、長女春子は同志社大学商学部を中退し、二女夏子は京都薬科大学に在学中、長男秋男は高槻高等学校に在学中、二男冬男は小学校に在学中である。本件不動産が昭和五一年一一月二二日に京都地方裁判所で競売に付されたとき、最低価格が一億二、二八〇万五、〇〇〇円とされた。

ことが認められ、この認定に反する証拠はない。

この事実によると、訴外太郎は本件不動産を離婚にともなう財産分与として贈与したものであり、また、被告乙と訴外太郎の婚姻期間が二〇年を超えること、被告乙の財産形成への寄与の度合、本件離婚の原因、被告乙において本件不動産に居住し、未成年の三子らを養育すること、訴外太郎が被告乙とともにつくりあげた他の財産は会社経営に投資したことなどを考慮すると、訴外太郎が、のこされた本件不動産を財産分与として被告乙に贈与したことは、その価額においても相当である。

思うに、離婚にともなう財産分与の制度は夫婦財産の清算であると同時に、他方配偶者の生活保障であり、かつ、慰藉料的な要素を加味することも可能であるから、現存財産につき一切の事情を考慮して分与すべきであり、これがため債権者の共同担保を減少させることになり、かつ、受益者および転得者において債権者を害することを知っていても、右制度の趣旨に則り、不相当の額でない限り、詐害行為に該当しないものというべきである。

以上によれば、本件不動産につき訴外太郎が被告乙に対してなした本件贈与ならびに被告乙が被告会社に対してなした本件売買はいずれも詐害行為に該当せず、これが詐害行為であることを前提とする原告の本訴請求はいずれも失当として棄却を免れない。

六  よって、訴訟費用について民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小北陽三)

<以下省略>

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