京都地方裁判所 昭和54年(ワ)1830号 判決 1985年4月26日
原告
本願寺
右代表者役員
古賀制二
右訴訟代理人
表権七
三宅一夫
入江正信
坂本秀文
山下孝之
被告
株式会社裕光
右代表者
鈴木泰一
被告
松本裕天
右両名訴訟代理人
服部光行
鈴木辰行
村元健眞
被告
近畿土地株式会社
右代表者
小森新次郎
右訴訟代理人
佐賀義人
佐賀小里
酒見哲郎
中村利雄
石川良一
主文
一 被告株式会社裕光は別紙物件目録記載の不動産の共有持分三分の二について京都地方法務局下京出張所昭和五三年一一月一六日受付第二二八九六号の所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
二 被告松本裕夫は同不動産の共有持分三分の一について同出張所同日受付第二二八九六号の所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
三 被告近畿土地株式会社は同不動産の共有持分三分の一について同出張所昭和五四年一一月二二日受付第二五四五六号所有権持分移転登記の抹消登記手続をせよ。
四 訴訟費用は被告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文同旨
二 被告らの本案前の申立
1 原告の訴を却下する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
三 被告らの本案についての申立
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 別紙物件目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)は、原告所有の境内地である。
2 本件不動産につき、京都地方法務局下京出張所昭和五三年一一月一六日受付二二八九六号をもつて、被告株式会社裕光(以下「被告裕光」という。)に対し共有持分三分の二、被告松本に対し同持分三分の一として所有権移転登記がなされている。
3 そして、被告松本名義の右持分につき、前同出張所昭和五四年一一月二二日受付第二五四五六号をもつて、被告近畿土地株式会社(以下「被告近畿土地」という。)に移転登記されている。
4 よつて、原告は、本件不動産所有権に基づく妨害排除として、被告らに対し右各関係登記の抹消手続を求める。
5 本件訴えの適法性
(一) 前記2の各登記の原因行為は、原告の当時の代表役員大谷光暢により、原告内部の所要手続を経ることなく行われたものであるところ、このような行為に基く契約の有効・無効が訴訟の重要な争点となる場合は、代表役員としての大谷光暢の善管忠実義務の履行は期待し難いから、原告との関係において利益が相反する。
従つて、宗教法人法二一条、本願寺規則一二条に基づき、代表役員大谷光暢を除く責任役員六名が出席して、昭和五四年一二月一三日、責任役員会を開催し、嶺藤亮を仮代表役員に選定し、同人がその就任を承諾したので、同人を本件に関する原告の代表者として本訴を提起した。
(二) 仮代表役員による本件訴えに何らかの瑕疵があるとしても、五辻實誠は、昭和五五年一二月八日、原告の代表役員に就任し、大谷光暢は代表役員でなくなつた。そして、右五辻は、従来嶺藤亮代表役員名で行つた本件訴えないし訴訟行為を追認し、これにより瑕疵は補正された。
(三) 仮に、右の各主張が容れられないとしても、古賀制二は、昭和五九年六月二二日、原告の代表役員に就任し、前記仮代表役員嶺藤名で行つた本件訴えないし訴訟行為を追認した。
よつて、原告の本件訴えの提起及び追行に何らの瑕疵もない。
二 被告らの答弁
1 本案前の主張
(被告全員)
原告は、その代表役員大谷光暢と原告の利益が相反するとして、嶺藤仮代表役員名で本訴を提起しているが、本件請求の趣旨及び請求の原因は、ともに原告に不利益なものを含んでおらず、被告らを相手として本訴提起追行すること自体原告にとつて利益となるものである。又、訴訟上大谷光暢は、原告の代表者として被告らと対立関係に立つだけであつて、原告に対する関係で対立関係に立つわけではない。
従つて、原告代表役員大谷光暢が本訴を提起追行することは、原告との間で利益相反せず、宗教法人法二一条、本願寺規則一二条に基づき嶺藤亮を仮代表役員に選定した行為は無効であるから、右仮代表役員嶺藤名でなされた本訴の提起は不適法である。
(被告裕光、同松本)
(一) 嶺藤亮を仮代表役員に選定した行為は、以下の意味においても無効であり、その名義でなされた本訴の提起は不適法である。
(1) 嶺藤亮を仮代表役員に選定した昭和五四年一二月一三日開催の責任役員会は、招集権者たる代表役員大谷光暢によつて招集されていない。すなわち、宗教法人法一九条を受けた本願寺規則八条四項は、「責任役員は、この法人の事務を決定する。この場合においては、その議決権は、各々平等とし、その定数の過半数で決する」と定めており、意思決定機関としての責任役員の意思決定は議決を経て行われなければならない。そして、右責任役員会は、責任役員の合議体を指すが、原告には他に異なる定めもないことから、この招集権は代表役員に帰属する。しかしながら、代表役員大谷光暢が右責任役員会を招集していないのであるから、仮代表役員選定は無効である。
なお、右招集行為は、宗教法人法二一条、本願寺規則一二条にいう利益相反行為に該当しない。
(2) 嶺藤亮は、以下のとおり、右責任役員会開催当時、責任役員ではなかつたのであるから、責任役員会の一員ではなく、右嶺藤をも加えた責任役員会は、その構成において不適法である。
法主から得度を受け僧籍簿に記載された者が真宗大谷派(以下「大谷派」という。)の僧侶とされるのであり(宗憲七七条)、得度が取消されれば僧侶たる前提条件を欠きその身分を失うものである。得度の取消については別段の定めはないが、得度を与えるのが法主であるから(宗憲一三条、二条、八条)、当然法主のなしうるところである。又、宗務総長は、宗議会により推挙され(宗憲三〇条)、管長から任命されるのであり(宗憲一八条)、その資格について明文の定めはないけれども、宗議会議員は、教師であり、住職及び教会主管者であるとの被選挙資格を要するが、(宗議会議員選挙条例二条、一条)、この資格を失うと宗議会議員はその身分を失う(宗議会議員選挙条例二六条)。そして、教師たるには僧侶であることがその前提であり(宗憲七九条、教師条例一条)、住職、教会主管者が僧侶たることを要することも同様である。他方、宗務役員は教師の中から任命され(宗務職制二二条)、宗務総長も宗務役員であるから、条理上はもちろんのこと、前記諸規定を総合すると、教師たること、少くとも僧侶たることを要する。
しかるところ、前記嶺藤は、昭和五三年三月一七日付で、大谷派管長及び本願寺住職であつて師主かつ法主である(宗憲一一条)大谷光暢から、得度を取消され僧侶たる身分を喪失したのであるから、その時点からもはや宗務総長の地位を失い、責任役員会の構成員でなくなつた。
(3) 次に、大谷派の宗務総長及び参務の任命権は管長にあるが(宗憲一八条、四三条二項)、竹内良恵が管長として、昭和五三年四月一日、嶺藤亮を宗務総長に、本多敬虔、千葉昌丸、笠原保寿、大森忍を参務に、同五四年七月三日、龍山亨を参務にそれぞれ任命した行為は以下のとおり無効であるから、これらの者による責任役員会はその構成において不適法である。
管長は、宗議会及び門徒評議員会において推戴されるところ(宗憲一六条)、同五三年三月二六日開催の宗議会及び門徒評議員会において、大谷光暢管長を解任し、竹内良恵を新管長に推戴する旨の決議がなされたが、右門徒評議員会の決議では委任状による出席が許されないのであるから、議決をなすに必要な出席定足数(評議員の四分の三、管長推戴条例二条)が不足し、又、議決に必要な定足数(出席者の四分の三、同条例二条)が充足されているか否か判明しないまま議決がなされている。従つて、竹内良恵を管長とした右門徒評議員会の決議は、右手続上の瑕疵により無効であり、竹内良恵は管長でなかつたことになり、ひいては前記宗務総長及び参務の任命行為も無効となる。
(二) 原告は、本願寺規則を「代表役員は、大分派の宗務総長の職にある者をもつて充てる」と改正し、昭和五五年一二月八日、同派宗務総長五辻實誠が代表役員となり、前記嶺藤亮名で行つた本件訴え及び訴訟行為を追認したと主張するが、以下のとおり、右規則改正は無効であり、又五辻實誠は大谷派の宗務総長ではなく、同人による追認は無効であつて、本件訴え及び訴訟行為は不適法である。
(1) 宗憲によれば、大谷派は本山本願寺を中心とする宗門であり(一条)、同派において浄土真宗の法統を伝承するものを師主とし、同派の師主は法主と称して本山本願寺の住職がこれにあたり(一一条)、同派の教義は宗祖見真大師親鸞が浄土の教旨を顕彰し、累代の師主がこれを相承し(四条)又同派には管長を一人置き、管長は同派を主管し代表する(一五条)とされている。そして、本山寺法は、本山本願寺の住職を門跡といい、宗祖の系統に属する嫡出の男子が継承するとし(七条)、改正前の本願寺規則は、代表役員はこの寺院の住職の職にある者をもつて充て、住職は本山寺法の定めるところにより就任するととしてい(七条)。すなわち、宗憲は、宗祖の系統に属する嫡出の男子が本山本願寺の住職であること、宗祖親鸞の法統を伝承する者が宗祖の系統に属する嫡出の男子であることを当然の前提とし、この前提において本願寺住職が代表者たりえたのである。
従つて、前記本願寺規則の改正は、右宗憲に違反し無効である。そして、右改正規定が大谷光暢と五辻實誠との話合いによつて認められ、又京都府知事によつて認証されたとしても無効であることに変りがない。
もつとも原告は、昭和五六年五月二七日開催の宗議会において新宗憲が制定されたと主張するが、右宗議会の招集及び決議の公布は違法であり、右新宗憲は不存在ないし無効なものである。その理由は以下のとおりである。
宗議会は管長が招集するとされているところ(宗憲一九条一項二号)、同五一年開催の宗議会は、嶺藤亮が管長代務者として招集したものであるが、当時の管長は大谷光暢であり、同人には改正前の管長推戴条例八条及び大谷派規則七条所定の代務者を充てる事由が存しなかつた。又、右嶺藤は同年五月二五日付で管長、代表役員代務者としての職務執行停止の仮処分命令を受けていた。従つて、右宗議会の招集、開催、右嶺藤による決議の公布はすべて無効であり、右宗議会においてなされた宗憲及び管長推戴条例等の改正は不存在ないし無効である。
そして、同五五年一一月の和解についても、それは大谷光暢個人としての承認であり、原告主張のように瑕疵を治癒しうるものではない。
又、同月一九日開催の臨時宗議会についても、その決議内容は議案として不特定であり、かつ宗務総長の提案したものに限られているのに(宗憲二四条二項)、宗議会議員の提案したものである。さらに、右臨時宗議会は同月九日付宗達第三号をもつて招集されているが、宗憲一九条によると、管長の発する達令には宗務総長及び参務の副者を必要とするところ、右宗達第三号には宗務総長として五辻實誠、参務として細川信元、古川智徳、藤原俊、木越樹、本間義博の名副署がある。しかし、右五辻は後記のとおり、宗務総長ではなく、その選定にかかる右細川らも参務ではないことになるから、右宗議会の招集も違法となり、その宗議会による決議は不存在ないし無効となる。又、宗議会は大谷派の意思決定機関であり、宗議会の招集権者、宗憲ないし管長推戴条例の公布権者でもないのであるから、前記五一年開催の宗議会における瑕疵を追認し、有効たらしめることはできない。
以上のとおり、同五一年開催の宗議会における管長推戴条例の改正は不存在ないし無効であり、その改正された管長推戴条例を根拠として竹内良恵を管長代務者に選任したことは違法である。又、同条例九条、一条によれば、管長代務者の就任についての認定にあたつては、宗務総長が参与会及び常務委員会に諮問し、その決定については宗務総長が期日を定め参与会及び常務委員会を招集してこれをなすことを要するとされ、竹内良恵を管長代務者に選任する際、五辻實誠によつて右手続がなされている。しかし、右五辻は後記のとおり宗務総長ではないのであるから、この点でも違法である。従つて、右竹内による同五六年五月開催の宗議会の招集、その宗議会における新宗憲の制定、右竹内によるその公布も不存在ないし無効ということになる。
(2) 宗憲によれば、宗議会は宗務総長を推挙するとされ(三〇条)、これを受けた宗教法人「真宗大谷派」規則(以下「大谷派規則」という。)は、宗務総長は宗議会において推挙した者について管長が任命するとしている(一三条一項)。
しかるに、五辻實誠は、招集権者たる管長大谷光暢の招集した宗議会において宗務総長に推挙されていない。すなわち、五辻實誠を宗務総長に推挙した昭和五五年六月一八日開催の宗議会は、当時管長ではなかつた竹内良恵によつて招集されたものであつた。又、右宗議会の開催は、京都地方裁判所昭和五五年(ヨ)第三四〇号仮処分申請事件の宗議会開催禁止の決定に違反して行なわれたものであるから、右推挙決議も法律上不存在である。又、右五辻實誠は、同月二四日、管長と称する竹内良恵により任命されているが、同人は京都地方裁判所昭和五三年(ヨ)第三〇三号、同第五六二号、同第四九九号仮処分申請事件の決定により代表役員としての職務執行を停止されているので右任命行為も無効である。
原告は、同年一一月一九日開催の宗議会による承認決議により、右瑕疵は全て治癒されたと主張するが、右宗議会決議が不存在ないし無効であることは前記(1)のとおりであり、宗議会は招集権者、宗務総長の任命権者ではないことから、右瑕疵を治癒することはできない。
従つて、五辻實誠は宗務総長ではなかつたということになる。
又、原告は、五辻實誠が昭和五七年一月二〇日開催の宗議会において宗務総長に再任されたと主張するが、それは新宗憲及び改正本願寺規則が効力を生じていることを前提とするものであり、前記(1)のとおり、それらは無効であるから、右主張も失当である。
(三) 原告は、古賀制二が、昭和五九年六月二二日、原告の代表役員に就任し、嶺藤亮仮代表役員名で行つた本件訴えないし訴訟行為を追認したと主張するが、右追認も前記(二)と同様に無効であり、本件訴えないし訴訟行為は不適法である。
(被告近畿土地)
原告の主張によれば、大谷光暢は竹内良恵管長の辞任以後管長の職務を行つたとされているが、大谷派では管長は一人であるから(宗憲一五条)、大谷光暢の管長選任が必要となる。しかしながら、大谷光暢を新しく管長に推戴した事実はないのであるから、大谷光暢は管長ではないことになる。
従つて、同人による五辻宗務総長の任命は無意味であるし、原告代表役員の変更に必要な本願寺規則の変更を行うための昭和五五年一一月二〇日の大谷光暢管長の承認を受けたという事実はなかつたことになり、右変更は本願寺規則四二条に違反した無効のものということになる。
以上のとおりであるから、五辻實誠が、原告代表役員に就任し得るはずがなく、同人の追認も何らの効力を生ぜず、本件訴えの提起ないし訴訟行為は不適法なものである。
2 本案の答弁(被告ら全員)
請求原因1ないし3の事実は認める。
三 被告らの抗弁
(被告裕光、同松本)
本件不動産の処分については、次に述べるとおり、原告が主張する被告裕光及び同松本各登記名義に符合する各権利関係を公示するものとして有効である。
1 被告松本は、昭和五三年一〇月二四日、原告との間に本件不動産を同地上物件と共に代金三〇億円で買受ける契約を締結した。そして、同契約では、手付金を二億円と定め、同被告が同年九月二〇日から同年一〇月七日までの間に原告に貸付けていた計二億円をもつてこれに充てること、同手付金の支払によつて本件不動産の所有権を同被告に移転すること、但し、本件不動産のうち石積より北側の部分を同被告、その余を被告裕光に移転登記をする旨の合意が成立した。
2 ところが、右の際、原告代表者大谷光暢から融資名目による処理の申し入れを受けて、被告松本はこれを承諾し、前同日原告と被告松本及び同裕光との間に、右三〇億円を同被告両名の原告に対する貸付限度額、貸金の弁済期を昭和五四年一一月一五日と定め、その担保として本件不動産の持分三分の一(北側部分相当)を被告松本、同三分の二(その余の部分相当)を同裕光に移転登記する旨の譲渡担保契約が締結された。
3 なお、原告と被告裕光及び同松本との間では、右両契約が併存し、その一方が目的を達すれば他方は消滅するが、それまでは両者とも有効とすることが確認された。かくして、右譲渡担保契約に基づき原告主張の登記が経由された次第である。従つて、同契約による権利移転が認められないとしても、右登記は前記売買契約による現在の権利関係を公示するものである。(被告近畿土地)
被告近畿土地は、被告裕光及び同松本が主張する経過により、同松本が取得した本件不動産の持分三分の一を、昭和五四年一一月二二日、同被告に対する貸金一五億円の代物弁済として同被告から移転を受け、それに基づき原告主張の登記を経由した。
四 抗弁の認否と原告の主張
1 被告らの各主張事実を否認する。
2 仮に、被告ら主張の各契約が締結されたとしても、宗教法人たる原告が境内地である本件不動産につき処分行為をするには、責任役員の合議に付し(本願寺規則八条四項)、総代の同意を得ると共に(宗憲八二条、本願寺規則二四条二項)、参与会及び常務委員会の議決を経たうえ、行為の一か月前に要旨を示して公告しなければならないにもかかわらず(宗憲三八条、一〇八条、本願寺規則二四条二項、宗教法人法二三条)、これらの手続を経ていないから、いずれも無効である。
3 被告裕光及び同松本は、原告の代表役員大谷光暢が、その任務に背いて自己又は第三者のために本件不動産を処分することを知り又は重大な過失により知らなかつたのであり、代表者の権限濫用による同処分は無効である。
五 被告らの反論
(被告裕光及び同松本)
1 仮に、原告が指摘する手続を経てないとしても、被告裕光及び同松本としては、原告が本件不動産の処分につい所定の内部手続を経る必要があるということで、契約の締結を待たされ、昭和五四年一〇月初め頃、所要手続を了したというので、被告松本が同月六日原告代表者大谷光暢からその旨を念書で確認した。被告裕光及び同松本としては、これ以上の確認の方法がないのであり、原告主張の手続違反の事実を知らなかつたから、宗教法人法二四条但書の善意の者に該当する。
2 又、原告は被告松本に対し、同年一二月二〇日、自ら右貸借並びに譲渡担保契約を有効なものとして弁済の提供をしながら、本訴においてその無効を主張するのは信義則上許されない。
(被告近畿土地)
仮に、原告の被告松本に対する処分行為につき原告が指摘する手続を経ていなかつたとしても、被告近畿土地にはそのことを知らなかつたから、宗教法人法二四条但書の善意の者に該当する。
六 被告らの反論に対する認否
被告らの宗教法人法二四条但書の善意に関する主張事実を否認する。仮に善意であつたとしても重大な過失が存するから、主張の法条による保護を受けない。
第三 証拠<省略>
理由
第一本件訴えの適法性についての判断
一原告が、宗教法人法に基づく宗教法人であり、大谷光暢は、昭和五三年四月当時、原告の代表役員であつたことは当事者間に争いがない。そして、後記第二、二・三認定のとおり、大谷光暢は、原告所有の境内地である本件不動産の処分につき、責任役員の合議、総代の同意、参与会及び常務員会の議決を経ず、又行為の一か月前の要旨を示した公告もせず、同年一〇月二四日、被告松本及び同裕光に対し売却ないし譲渡担保をなし、右譲渡担保の履行として請求の趣旨記載のとおりの登記を経由した。又、右松本は、同五四年一一月二二日、被告近畿土地に対し、代物弁済契約を締結し、請求の趣旨記載のとおりの登記を経由した。
そこで、<証拠>によれば、嶺藤亮、龍山亨、本多敬虔、千葉昌丸、笠原保寿及び大森忍は、原告の責任役員として、同年一二月一三日、大谷光暢が本件訴えを提起追行することは原告との間で利益相反行為に該当するとして、宗教法人法二一条一項、本願寺規則一二条に基づき、責任役員会を開催し、右嶺藤を仮代表役員に選定し、同人はその就任を承諾したことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。そして、右嶺藤は、原告訴訟代理人らに本件訴えの提起追行を委任し、同代理人らが本件訴えを提起追行してきたことは記録上明らかである。
二ところで、宗教法人法二一条一項前段は、「代表役員は、宗教法人と利益が相反する事項については、代表権を有しない」とし、<証拠>によれば、本願寺規則一二条は、「代表役員は、この法人と利益が相反する事項については、代表権を有しない」としている。
そこで、まず本件訴えの提起追行が代表役員大谷光暢と原告との間で利益が相反する事項に該当するか否かについて検討する。
右宗教法人法二一条一項及び本願寺規則一二条にいう利益相反事項とは、自己契約を典型的な場合とするが、それに限らず、代表役員の個人的利益と宗教法人の利益が実質的に衝突し、代表役員の善管(忠実)義務の履行を期待しがたいような事項ををも含むと解するのが相当というべきところ、大谷光暢の本件処分行為は、後記第二、四認定のとおり、右大谷光暢が個人的な資金に窮し、その資金を得る目的でなされたものであつて、それは大谷光暢役員の個人的利益に帰するものである。従つて、その処分行為の無効を主張し、原告が勝訴した場合に被告らから個人的責任を追及されるおそれのある本件訴えの提起追行は、大谷光暢の個人的利益と衝突し、たとえ後に本件不動産を取戻しにかかつたとしてもその衝突が消失するものとはいえず、もはや同人には本件訴えの提起追行について善管(忠実)義務の履行を期待しえず、本件訴えの提起追行は宗教法人法二一条一項及び本願寺規則一二条の利益相反事項に該当するものというべきである。
被告らは、本件請求の趣旨及び請求原因はともに原告に不利益なものを含んでおらず、被告らを相手として本件訴えを提起追行すること自体原告にとつて利益であり、訴訟上大谷光暢は、原告の代表者として被告らと対立関係に立つだけで、原告に対する関係で対立関係に立たず、大谷光暢が代表者として本訴を提起追行することは原告との間で利益が相反しない旨主張するけれども、前記説示の事情のもとにおいてはなお大谷光暢と原告との利益は衝突し、同人による本件訴えの提起追行は善管(忠実)義務の履行を尽くしえない場合というべきであるから、右主張は採用できない。
三次に、宗教法人法二一条一項後段によれば、代表役員と宗教法人との間で利益が相反する事項については、「規則に定めるところにより、仮代表役員を選ばなければならない」とし、<証拠>によれば、本願寺規則一二条は、右の場合においては「他の責任役員の合議によつて仮代表役員を選定しなければならない」としている。そして、本件においては、前記一認定のとおり、大谷光暢を除く嶺藤亮他五名が、昭和五四年一二月一三日、責任役員会を開催し、右嶺藤を仮代表役員に選定し、同人はその就任を承諾している。
ところが、被告松本及び同裕光は、、右仮代表役員選任は無効である旨主張し争うので、以下この点について検討する。
1 被告松本及び同裕光は、嶺藤亮を仮代表役員に選定した昭和五四年一二月一三日開催の責任役員会が、その招集権者たる代表役員大谷光暢によつて招集されていないから、右責任役員会における仮代表選定は無効であると主張する。そして、その根拠を宗教法人法一九条を受けた本願寺規則八条が「本願寺の事務は責任役員で決定する。その議決権は各々平等とし、その定足数の過半数で決する」と定めていることから、意思決定機関としての責任役員の意思決定は議決を経なければならないこと、責任役員会は責任役員の合議体を指すが、原告には異なる定めもないからその招集権は代表役員に帰属するということに置いている。
しかしながら、<証拠>によれば、原告においては規則上責任役員会なる機関及びそれに関する定めは存在せず、本願寺規則八条は事務決定について必ずしも全て会議によれなければならない旨の趣旨の規定とはいえないこと、議事録において責任役員会と名付けているのは責任役員による会議で決定したことを表わすために責任役員会と称しているにすぎないことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
そうだとすると、会議体に通常必要な招集行為は、責任役員会については必ずしも必要でなかつたというべきであるから、被告松本及び同裕光の右主張は採用できない。
2 ところで、<証拠>によれば、大谷派の僧侶は「得度式を受け、僧籍簿に登載された者」をいい(宗憲七七条)、僧侶及びその身分に関する事項は条例でこれを定めることになつている(同七九条二項)。そこで、被告松本及び同裕光は、嶺藤亮は、昭和五三年三月一七日、大谷光暢法主から得度を取消され、僧侶たる身分を喪失したのであるから、右嶺藤は宗務総長の地位を失い、責任役員でなくなつたのであつて、同人をも加えた前記責任役員会はその構成において不適法であり、ひいては仮代表役員の選任は無効である旨主張する。
しかしながら、<証拠>によれば、得度式を受け僧籍簿に登載されて大谷派の僧侶となつた以上僧籍簿から削除されるのは、僧侶条例一九条の「一 死亡した者又は失踪の宣告を受けた者、二 帰俗又は転派を許可された者、三 除名の処分を受けた者、四 大谷派に僧籍ある者が更に他宗派の僧侶となつた者、五 他宗派の僧侶であつて、更に大谷派の得度式を受けた者、六 事実をいつわつて得度式を受けた者」及び同条例二〇条の「一 五年以上その属する寺院又は教会を離れて、その所在を明らかにせず、且つその旨を告示した後六箇月以内にこれを届出ないとき、二 他宗派の寺院又は教会に居住し、若しくは大谷派の僧侶としてその実のないとき」に限られる。そして、これは単に僧籍簿から削除されるという形式的なものだけを意味するものではなく、大谷派の僧侶たる資格を失う場合をも意味するものと解すべきである。従つて、得度の取消によつて僧侶たる資格を失うものではなく(これと抵触する証人曽我敏の証言部分は採用しない)、又弁論の全趣旨によれば、得度の取消についての規定は大谷派の内規上何らの規定もないのであるから、被告松本及び同裕光の前記主張は採用できない。
3 <証拠>によれば、原告の責任役員は七名であり、代表役員(本願寺住職を充てる)以外は、大谷派の宗務総長の職にある者及び同派の職にある者をもつて充てる(本願寺規則八条一項、二項、七条一項)ことになつており、宗務総長及び参務の任命権は管長にある(宗憲一八条、四三条二項)が、竹内良恵は管長として、昭和五三年四月一日、嶺藤亮が宗務総長に、本多敬虔、千葉昌丸、笠原保寿及び大森忍を参務に、同五四年七月三日、龍山亨を参務にそれぞれ任命したことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
しかるところ、被告松本及び同裕光は、管長は宗議会及び門徒評議員会において推戴されるところ(宗憲一六条)、昭和五三年三月二六日開催の宗議会及び門徒評議員会において、大谷光暢管長を解任し、竹内良恵を新管長に推戴する旨の決議がなされたが、右門徒評議員会の決議では委任状による出席が許されないのであるから、議決をなすに必要な出席定足数(評議員の四分の三、管長推戴条例二条)が不足し、又、議決に必要な定足数(出席者の四分の三、同条例二条)が充足されているか否か判明しないまま議決がなされていることから、右竹内を管長とした右門徒評議員会の決議は、右手続上の瑕疵により無効であり、竹内良恵は管長でなかつたことになり、ひいては同人による宗務総長及び参務の任命は無効となつて、嶺藤らが責任役員として仮代表役員を選定したことも無効となると主張する。
しかしながら、仮に右門徒評議員会に手続上の瑕疵が存し、竹内良恵が管長でなかつたとしても、<証拠>によれば、大谷光暢は、昭和五五年一一月初旬、竹内良恵が大谷派の管長名で行つた同派の宗務及び本願寺の宗務上の行為等をすべて瑕疵がなく有効なものとして承認したことが認められるところ、これによつて右任命行為の瑕疵は治癒されたものというべく、従つて。少なくとも同月初旬以降は、前記嶺藤亮他五名は責任役員であることが確定し、同人らによる仮代表役員の選定、仮代表役員名による本件訴えの提起追行も有効なものとなつたものというべきである。
4 以上の次第であるから、その余の点について判断するまでもなく、嶺藤亮仮代表役員の委任に基づいて原告訴訟代理人らが行つた本件訴えの提起追行は適法であるものというべきである。
第二本案についての判断
一本件不動産と原告主張の登記
原告所有の本件不動産につき、請求原因2、3の被告ら名義による各持分移転登記がなされていることは、当事者間に争いがないところ、被告らは、被告ら名義の右各登記に符合する権利変動などの主張をするから、項を改めて検討する。
二本件不動産の処分の経緯等
1 <証拠>によれば、以下の事実が認められる。
(一) 原告代表役員大谷光暢は、かねて不動産業者三池新二を介して本件不動産を他に売却処分すべくその斡旋を被告松本に依頼したりしていたが、売買は仲々成立しなかつたところ、昭和五三年八月末頃、被告松本に対し本件不動産買取りの話を持ちかけた。その際、大谷光暢から代金は三〇億円にし、さし当つて五億円を支払つてほしいとの申出があり、被告松本はこれを承諾した(以下「第一合意」という。)が、大谷光暢から本件不動産の処分は原告の所定機関に諮つてしなければならず、その手続を終えるのに一か月位かかるとのことであつたので、契約締結はその手続の終了を待ち、詳細な代金支払条件等を決めたうえでなされることとなつた。
(二) 右第一合意が成立した後の同年九月初め頃から、大谷光暢と被告松本は話を煮つめ、被告松本は購入資金について被告近畿土地とその手当ての話合がついたので、大谷光暢との間で、同月二〇日頃、大要
(1) 本件不動産の売買代金は三〇億円とし、手付金は二〇〇〇万円で代金の内金を兼ねる。この内金は被告松本が原告代表役員大谷光暢に貸与した五〇〇〇万円をもつて充てる。
(2) 本件不動産のうち、その北側九三九八平方メートル(以下、「本件A不動産」という。)の代金額を一〇億円、その余の石積から南側の名勝に指定されている(実際はA不動産も名勝に指定されている)二万五四二〇平方メートル(以下「本件B不動産」という。)の代金額を名勝指定が解除されたときのものとして二〇億円とする。
(3) 原告は、本件不動産を右A、B不動産に分筆し、内金の支払を受けているのでA不動産の所有権移転登記手続に必要な一切の書類を被告松本に交付する。
(4) 被告松本は、原告から右書類の交付を受けたときは、原告に対しA不動産代金額一〇億円のうち五億円につき逐次分割払いをなし、原告の本件不動産処分についての所定の内部手続が終了し、右分筆登記を経てA不動産につき所有権移転登記をしたときは、そのとき現在の前記(1)の貸金及び右五億円を差引いた残代金を支払う。
(5) 原告はB不動産の名勝指定解除に努力し、その解除があつたときは、被告松本は原告からB不動産の所有権移転登記を受けるのと引換えに代金二〇億円を支払う。
との合意(以下「第二合意」という。)が成立した。
(三) そして、右合意に基づき所有権移転登記手続に必要な書類の交付、五億円と逐次分割支払いが行われる一方、原告の本件不動産処分についての所定内部手続の履践については昭和五三年一〇月初め頃、大谷光暢から被告松本に対し、これを了したとの知らせがあつた。そこで、被告松本は、同月六日、念書をもつて大谷光暢から本件A不動産が名勝地でないこと及び原告の本件不動産につき所定の内部手続が完了したことの確認を受けると共に、同月七日頃までの間に、前記五億円のうち一億五〇〇〇万円を支払い、本件A、B不動産の分筆に取りかかつたが、公図不存在のため分筆登記が不可能であることが判明した。
(四) そこで、大谷光暢及び被告松本は、その頃第二合意を検討し、これに左のとおり変更ないし新たな合意を加えることとした。
(1) 本件A、B不動産の分筆はしない。
(2) 手付金の支払いをもつて本件不動産の所有権を原告から被告松本に移転する。手付金は二億円とし、前記(二)(1)の五〇〇〇万円と前記(三)の一億五〇〇〇万円の合計二億円をもつてこれに充てる。
(3) 被告松本が右手付金の他に代金八億円の支払いをしたときは、同被告は本件A不動産を他に転売できる。
(4) 本件B不動産については、代金は第二合意と同様二〇億円とするが、名勝指定解除のその支払方法を協議決定する。この二〇億円の支払いを担保するため、被告松本は原告に対し、本件B不動産につき抵当権を設定する。
(5) (4)の協議がなくても、被告松本が(3)により一〇億円を支払つたときは、本件B不動産の売買は完結する。
(6) (2)の所有権移転を出資の配分に応じて本件A不動産は被告松本への、本件B不動産は同被告が代表する被告裕光への移転とし、所有権移転登記についてはA不動産の所有名義を被告松本に、B不動産の所有名義を被告裕光として差支えない。
(五) そして、右合意がなされた後の昭和五三年一〇月二四日、大谷光暢と被告松本は右合意を文書化し、同日付売買契約書をもつて次のとおり売買契約(以下、「甲契約」という。)を締結した。
(1) 被告松本は、原告から本件不動産をその地上物件とともに代金三〇億円で買受ける。
(2) 手付金は二億円とし、被告松本が昭和五三年九月二〇日から同年一〇月七日までの間に原告に貸与した二億円をこれに当てる。
(3) 原告は、被告松本が本件A不動産を第三者に転売することを承諾し、その転売の時点で同被告は代金内金八億円を支払う。
(4) 本件B不動産については、名勝の指定が解除せられた後に原告と被告松本との間で残代金二〇億円の支払方法を協議決定する。
(5) 被告松本は、右二〇億円の支払義務について、本件B不動産に原告を権利者とする抵当権設定仮登記をすることを承諾する。
(6) 右二〇億円の支払方法について協議不調の場合にも、手付金二億円と本件A不動産転売の時点で原告に支払われる代金内金八億円の合計一〇億円の支払いをもつて、A不動産の売買は完結する。
(7) 原告は被告松本に対し、右手付金の支払いをもつて本件不動産の所有権を移転し、本件B不動産については被告裕光名義で、A不動産については被告松本名義でそれぞれ所有権移転登記を経由することを承諾する。
(六) 以上のように、甲契約が成立したが、その際、大谷光暢がさし当つては原告において被告松本から融資を受けた形にして処理して欲しいと申出たので、同被告はこれを了承し、同日、同被告と大谷光暢間で、「被告松本及び裕光が、同日までに被告松本の原告に貸与交付した合計二億円を含め、同日以降限度額三〇億円を原告に貸与する。弁済期は特に定めない。原告は右債務につき、本件不動産を担保として、同日、持分三分の一を被告松本に、同三分の二を被告裕光に譲渡する」旨の約束がなされ「以下「乙契約」という。)、同日付でその旨の譲渡担保契約書が作成せられた。そして、右両者間で、甲、乙いずれの契約も併存して存在し、その一方が目的を達すれば他方が消滅し、それまでの間は両者とも有効とすることが確認され、乙契約に基づいて本件不動産につき、同年一一月一六日付で、原告から被告松本及び裕光に対して同年一〇月二四日譲渡担保を原因とする請求の趣旨記載のとおりの所有権移転登記が経由された(登記が経由された事実は前記のとおり当事者間で争いがない)。
なお、本件不動産は国土利用計画法二三条一項所定の土地であつたため、同条所定の条件を具備せしめ改めて乙契約の締結日を同月一六日とし、同五四年一月八日付をもつて、その原因を同五三年一一月一六日譲渡担保とする更生登記を経由した。但し、その際、更正登記の原因証書をもつて、乙契約につき弁済期が同五四年一一月一五日と定められたが、それは、大谷光暢と被告松本との間で、乙契約につき弁済期を同日と合意したのを、同五三年一一月一六日、さらに文書をもつて確認合意したものである。
以上の事実が認められ<る。>
2 被告松本から同近畿土地への処分の経緯等
<証拠>によれば、以下の事実が認められる。
被告近畿土地は、被告松本と昭和四八年頃から商取引があり、同被告が取得する不動産を被告近畿土地において購入してきた。同五三年頃、被告松本から被告近畿土地に対し、本圀(ママ)寺跡地を取得したときは買取つて欲しい旨の申入れがあり、被告近畿土地はこれに応ずることにして、被告松本のいう資金を仮払いの形で、同年九月一二日から同五四年一一月一八日までの間に別紙のとおり支払つた。ところが、被告近畿土地は、国税局から松本に対する仮払い金の計上について適正処理を求められたので、被告松本と交渉したところ、同被告は五億円を支出してもらえれば本件不動産の三分の一を被告近畿土地に売却し、その所有権移転を実行するということであつた。そこで、被告近畿土地は、被告松本のいう五億円を同五四年一一月二〇日、同被告に交付し、既にこれを含めて一七億円を仮払いしていることとなるため、同年一一月二二日、被告松本と交渉の結果、右内金一五億円について本件不動産に対する被告松本自身の持分全部を代物弁済として取得し、これを原因とする請求の趣旨記載のとおりの登記を経由した(登記が経由された事実は前記のとおり当事者間で争いがない)。
以上の事実が認められ<る。>
三原告から被告松本及び同裕光への処分の有効性の存否
本件不動産は原告の境内地であるから、これを処分し、又は担保に供するについては、原告が規則で定めるところによる外、その行為の少くとも一月前に、信者その他の利害関係人に対し、その行為の要旨を示して公告しなければならないことは、宗教法人法二三条の明定するところである。そして、<証拠>によると、原告の定める規則では、原告が主張するとおり、責任役員の合議に付し、総代の同意を得ると共に、参与会及び常務委員会の議決を経たうえ、前記法所定の公告をしなければならないところ、前記各契約について所定の手続が履践されたことを認めるに足る証拠がないのであるから、前記各契約は右の諸規定に違反し、有効要件を欠くものとして無効と解するほかない(宗教法人法二四条本文)。
従つて、前記各契約の有効を前提とする被告ら主張の本件不動産の権利変動は、生ずるに由なく、それらの主張は失当として排斥を免れない。
四右諸規程違反と被告らの善意性の有無
もつとも、宗教法人法二四条但書によれば、右諸規程違反につき「善意の相手方又は第三者に対しては、その無効をもつて対抗することができない。」と規定しているところ、被告らは、原告の右諸規程違反につき、それぞれ善意であつたと主張する。ところで、同但書の規定は同条本文に記載する物件が宗教法人の存続の基礎となるでき重要な財産であり、特殊な利害関係人を多数擁する宗教法人の特性に鑑みると、善意であつても重大な過失のある相手方又は第三者までも保護する趣旨のものではないと解するのを相当とする(最判昭和四五年(オ)第一二三九号同四七年一一月二八日三小廷・民集二六巻九号一六八六頁)。
そこで、右の見地から本件について以下検討する。
1 被告松本及び同裕光について
<証拠>によれば、被告松本(本件不動産処分当時、被告裕光の代表取締役であつた)は、京都に在住し、大谷光暢に対して本件売買ないし譲渡担保の各契約以前にも融資を行い、大谷光暢名の振出手形を受領していたこと、大谷派及び原告の内紛については、昭和五一年頃から新聞等のマスコミによつて大きく報道されており、殊に大谷光暢が原告の内部手続を経ずに独断で手形を発行したり、不動産を処分したりしていることは報道等を通じて広く知られていたこと、被告松本は同五三年初め頃本願寺の登記簿謄本を見、原告が本件不動産を処分するについては総代の同意や参与会及び常務員(ママ)会の議決を経る必要があることを了知していたこと、被告松本は大谷光暢が個人的に資金に窮していたことを承知していて、本件処分もその資金を得る目的でなされたことを窺知していたことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
右事実と前記二1(六)認定の大谷光暢が被告松本に対し売買の事実を伏せるべく二重契約を申入れている事実によれば、原告代表者五辻實誠本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によつて認められる大谷派内局と大谷光暢とが対立関係にあり、原告の寺務その他の事務が大谷派内局によつて行われ、住職(代表役員)自らが原告の事務について直接第三者と交渉に当ることがほとんどなかつたこと、被告松本が立会つたとされる総代会、責任役員会及び加談会が、適法な総代、責任役員によるものではなく、又加談会が本件不動産処分について何らの権限もなかつたこと、本件不動産を処分するについては公告が必要であり、その方法として登記簿上(甲第八号証)事務所の掲示板に一〇日間掲示し、大谷派の機関紙「真宗」に一回掲載するとされていること等について容易に知りえたというべきである。
そして前記認定のとおり、被告松本は、原告がその普通財産たる本件不動産を処分するについて、総代の同意を得、参与会及び常務委員会の議決を経なければならないことを登記簿謄本等により知つていた事実、被告松本は、大谷光暢が個人的に資金に窮していて、本件処分もその資金を得る目的でなされることを知つていた事実及び前記二1認定のとおり、被告松本が、本件B不動産が名勝に指定されていることを認識しながら(被告兼被告裕光代表者松本裕夫本人尋問の結果によれば、名勝指定の担当官庁は文化庁であるが、その解除は不可能であること、それは右文化庁に問い合わせれば容易に知りえなにもかかわらず、被告松本はそれを行つていないことが認められる)。本件取引が三〇億円でなされ(<証拠>によれば、時価一〇〇億円ないし二〇〇億円とまでいわれていることが認められる)、しかも手付金二億円支払いの時点で登記手続がなされることとされた事実を合わせ考えると、被告松本は大谷光暢に近い筋の者として、内部手続を履践しえないことを百も承知していたのではないかと推認されなくはないが、それはともかくとして、内部手続履践の可能性について少くとも極めて強い疑問を持つべきであつて、取引の直接の交渉相手である大谷光暢から単に内部手続履践を待つように言われてそれを待ち、その後同人から内部手続を履践した旨の確認書の交付を受けるだけでなく、更に前記各会議の議事録等を要求し、かつ大谷派宗務所に問い合わせをする等内部手続の履践状況の調査、確認をすべきであつた。そして、右調査は議事録の要求、大谷派宗務所への問い合わせ等であつて極めて容易であり、それらを行つていれば、内部手続が履践されていないことを容易に知りえたのであるから、右調査を行わなかつた被告松本及び同裕光には、仮に善意であつたとしても重大な過失があつたものというべきである。
なお、被告松本及び同裕光は、信義則違反の主張をするけれども、右被告らが主張する原告の同被告らへの対応は、本件取引を有効と考えてなしたものではなく、その重要財産である本件不動産を穏便に取戻すための手段としてなされたことが窺えるのであるから、本件取引の無効を主張することが信義則に違反するとはいえず、右被告らの主張は採用しえない。
2 被告近畿土地について
<証拠>によれば、被告近畿土地は、不動産の取引も行つていたこと、右被告代表者は大谷光暢が本件不動産を処分する以前から個人的に窮していたことを知つていたこと、昭和五三年一一月九日付の京都、読売、朝日及び毎日の各新聞で、大谷光暢は本願寺の独立資金の担保として本件不動産を処分したが、これに対し大谷派内局は内部手続を経ていないとして反対し、登記されれば登記無効訴訟を提起すること等法的に対応することを決めたことが報道され、又、同五四年一月九日付の京都、毎日の各新聞で、大谷光暢らが背任罪で告訴され取調べられた事実が報道されまたことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
右事実と前記二2認定の右マスコミ報道の後である昭和五四年一一月二二日に、被告近畿土地は被告松本から本件不動産の同被告の持分を代物弁済によつて取得している事実、被告兼被告裕光代表者松本裕夫及び被告近畿土地代表者各本人尋問の結果によつて認められる同五三年八月末頃、大谷光暢が被告松本に本件不動産の売買の申込みをした場所に被告近畿土地代表者も同席していることや前記四1認定の大谷派及び原告の内紛が、同五一年頃からマスコミで報道され、大谷光暢が原告の内部手続を経ずに独断で手形を発行したり、不動産を処分していることが広く知られていたこと及び右代物弁済価格が一五億円と巨額であることを合わせ考えるならば、被告近畿土地は、大谷光暢の本件不動産処分について、前記三認定の内部手続が必要でこれが経られていない可能性が極めて強かつたから、これを調査し、少くとも原告の登記簿謄本にあたつて、総代の同意、参与会及び常務委員会の議決並びに公告が必要であることを知り、しかも単に不動産登記簿謄本によつて、被告松本に登記があることを確かめ、あるいは被告松本から同被告に完全な所有権があることを聞くだけでなく、更に仔細に被告松本に右各会議の議事録等を要求し、かつ大谷派宗務所に問い合わせをする等内部手続の履践状況の調査、確認をすべきであつた。そして、右調査は議事録の要求、大谷派宗務所への問い合わせ等であつて極めて容易であり、それらを行つていれば、内部手続が履践されていないことを容易に知りえたのであるから、右調査を行わなかつた被告近畿土地には内部手続違反について善意であつたとしても重大な過失があつたというべきである。
第三結論
以上の次第であるから、原告の本訴請求はその余の判断をするまでもなく、すべて理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(石田 眞 小山邦和 中村俊夫)
物件目録<省略>
別紙<省略>