京都地方裁判所 昭和54年(行ウ)16号 判決 1987年7月13日
原告 加名田光三 外一名
被告 山中末治
補助参加人 八幡市職員互助会
主文
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一原告らの求める裁判
一 被告は京都府八幡市に対し、金三〇一二万五〇〇〇円、及びこれに対する昭和五四年一二月五日より支払いまで年五パーセントの割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
第二被告の求める裁判
主文と同旨
第三原告らの請求原因
一 原告らは京都府八幡市の住民であり、被告は昭和五三年当時、八幡市長であつた。
二 昭和五三年一二月二七日八幡市より補助参加人に対し、元気回復レクレーシヨン事業補助金(職員厚生費)名目で、一般会計予算のうち負担金、補助金及び交付金の項より、金三〇一二万五〇〇〇円が支払われた(以下これを本件支出という。)。
三 被告は八幡市長として右につき支出を命じた。
四 (右が認められないとしても)、被告は、その監督にかかる助役西村正男が右支出を命じるのを阻止しなかつた。
五 本件支出は、その実質においては給与の支払である。したがつて、この支出は次の二点において違法である。
1 右給与の支出については、法律、条例の根拠がない。これは地方自治法二〇四条の二、地方公務員法二五条に違反する。
2 右支出は予算上、給与としての根拠なくして支出されたものである。これは地方自治法二二〇条二項に違反する。
六 被告は本件支出当時、これが違法であることを知つていたか、知り得る事情があつた。
七 八幡市は違法な本件支出により支出金額相当の三〇一二万五〇〇〇円の損害を受けた。
八 原告らは、昭和五四年八月二七日本件支出につき八幡市監査委員に対し監査請求をし、監査委員は同年一〇月二四日請求は理由がない旨の通知を原告らにした。
九 よつて、原告らは、地方自治法二四二条の二第一項四号により、八幡市に代位して、被告に対し、損害金三〇一二万五〇〇〇円、及びこれに対する本件訴状送達の翌日の昭和五四年一二月五日から支払いまで年五パーセントの割合による遅延損害金を八幡市に支払うように求める。
第四被告と補助参加人の答弁、主張
一 請求原因一、二、八の事実は認める。
二 本件支出についての支出命令は、助役が専決処分として為したもので、被告はこれを為していない。
三 本件訴えは当初八幡市長を被告として提起されたもので、被告個人に訴えを変更する旨を主張した時点では、出訴期間が経過していたから、本件訴えは不適法である。
四 被告は本件支出を命令していないから、地方自治法二四二条の二第一項四号の「当該職員」に対する訴えとしては、本件訴えは不適法である。
五 本件支出は、その実質においても、給与ではなく、補助金として支出されたものである。補助金として公益上の必要性があり、予算上の根拠もあるから適法である。
六 請求原因六の主張は争う。本件支出が違法であるとしても、被告においてこれが適法であると信じるべき事情があつた。
七 請求原因七の主張は争う。
第五証拠<省略>
理由
一 本件訴えの適法性
請求原因一、二、八の事実は当事者間に争いがない。
本件訴状の当事者欄には、「京都府八幡市八幡園内七五番地被告八幡市長山中末治」との記載があるが、その請求の趣旨及び原因によると、原告らは地方自治法二四二条の二により、被告が市長として八幡市に与えた損害の賠償を求めていることが明らかであるから、本件訴えの被告は当初より個人である山中末治と解すべきである(大阪高裁昭和五四年(行コ)第七一号昭和五六年四月一六日判決、その上告審最高裁昭和五六年(行ツ)第一二八号昭和五七年九月二八日第三小法廷判決)。
本件支出を命じたのは市長の被告ではなく、助役であつたことは後記認定のとおりであるが、市長は地方自治法上、本来、支出命令の権限と責任を有するものであるから、この場合でも市長個人は地方自治法二四二条の二第一項四号の「当該職員」に該当するものと解される(最高裁昭和五五年(行ツ)第一五七号昭和六二年四月一〇日第二小法廷判決)。
他に、本件訴えを不適法とすべき理由はない。
二 本件支出
請求原因二のとおり、八幡市より補助参加人に元気回復レクレーシヨン事業補助金名目で三〇一二万五〇〇〇円の支出がされたことは、当事者間に争いがない。
成立に争いのない乙七号証、丙一四号証によれば、八幡市財務規則四条一項は右の支出につき、支出命令を助役に委任していること、本件支出については、助役西村正男が右委任に基づき専決処分として支出を命じ、これに基づき本件支出がされたこと、が認められる。
三 本件支出についての事実関係
成立に争いのない甲三ないし六号証、甲七号証の一、二、甲九号証、甲一五号証、甲二二、二三号証、甲二六号証、乙五ないし七号証、乙九号証、乙一〇号証の一ないし三五、乙一一号証の一ないし八一、乙一二号証の一ないし四七、乙一三号証の一ないし五五、乙一四号証の一ないし三九四、乙一五号証の一ないし一〇九、乙一六号証の一ないし一三八、乙一七号証の一ないし七九、乙一八号証の一ないし三九、乙一九号証の一ないし七九、乙二〇号証の一ないし二一五、乙二一号証の一ないし二七、乙二二号証の一ないし一六一、乙三一、三二号証、乙三八、三九号証、乙四四号証、及び丙一三、一四号証、証人橋本宗之、松本伍男、西村正男及び野田雄一の各証言、被告本人尋問の結果、並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができ、この認定を覆すに足る証拠はない。次の各項の最後に括弧内に引用の書証は、その項の事実認定に特に関連するものであるが、これのみでその項の事実を認定したものではない。
1 八幡町は昭和五二年一一月一日市制施行により八幡市となつた。被告は昭和三一年八月八日より昭和五五年三月三一日まで引続き、八幡町長、八幡市長の職にあつた。
2 従前、八幡町では、町で費用を負担して、職員の一泊旅行を行なつていた。しかし、職員が同時に、又は二回に分けて週末に旅行することは公務に差し支えるおそれがあること、職員自体が団体旅行を希望しなくなつて来たことを考慮して、旅行を廃止し、その代りに各職員に、毎年夏と冬のボーナス時期に、元気回復レクレーシヨン事業補助金との名目で、金銭を支給することが昭和四〇年ころより行われるようになつた。
3 右元気回復レクレーシヨン事業補助金の総額は、昭和五一年度約三一二〇万円、昭和五二年度約三七六二万円であり、職員一人当りの平均支給額は、昭和五一年度約五万五〇〇〇円、昭和五二年度約六万円であつたが、各職員への支給額は一律部分(昭和五一年では三万四〇〇〇円)と、給与額に対応する部分とを加えて算出されていた。(甲三号証)
4 後記7、8に認定の事実によれば、八幡町で昭和五二年度以前に行われて来た元気回復レクレーシヨン事業補助金名目金員の職員への交付について、後記19、20以上の手続きが採られたものとは考えられない。
5 昭和五三年度予算でも、八幡市では、このような元気回復レクレーシヨン事業補助金のための予算合計三三三〇万円が、各款の負担金補助金及び交付金の節に、福利厚生費として計上されており、被告もこれを右元気回復レクレーシヨン事業補助金として職員に直接交付するつもりであつた。この三三三〇万円の額は職員一人平均五万円(嘱託職員は半額)の前提で算出されていた。(甲二二、二三号証、二六号証)
6 原告加名田光三は、昭和五三年七月三日、八幡市監査委員に対し、昭和五二年度に職員厚生費(元気回復レクレーシヨン事業補助金)として職員各自にされた支給は、その実質において給与であつて、地方自治法二〇四条の二、地方公務員法二五条に違反するとして、監査請求をした。(甲六号証)
7 八幡市監査委員は、昭和五三年八月三〇日、右監査請求は理由がないと判断して原告加名田光三に通知した。その判断の理由として、右職員厚生費の支給は違法ではないが、その事務手続上にまぎらわしい点は指摘できるとした。八幡市監査委員は同日八幡市長の被告に対し、「職員厚生費の支給に付いては、その本質は法の趣旨に適合していると考えられるが、その支給の事務手続きにまぎらわしい点があるので、今後、地方公務員法四二条による厚生制度については、他市町村の例を参考として適切な制度を確立の上、実施されるよう留意されたい。」との意見を送付した。(甲七号証の一、二)
8 被告は、元気回復レクレーシヨン事業補助金は、職員に直接交付した点において、監査委員が「まぎらわしい点がある。」と指摘したものと理解し、職員互助会を設立しこれに補助金を交付し、職員互助会が職員に前同様の支給を行なえば、この監査意見に沿うことになり、違法でもないと考えた。(甲二六号証)
9 被告は昭和五三年一二月一四日議会に昭和五三年度一般会計補正予算を提出した。ここでは、各所属職員毎に、各款項目の負担金補助金及び交付金の節に含まれ、元気回復レクレーシヨン事業補助金として支出する予定であつた当初予算を、原則として全て、款 総務費、項 総務管理費、目 一般管理費、節 負担金補助金及び交付金の福利厚生費に組み替える内容が含まれていた。(甲二一、二二号証)
10 八幡市では右8、9の趣旨で職員団体と協議し、職員互助会の設立を進めた。(甲二六号証)
11 被告は昭和五三年一二月一八日の八幡市議会において、予算組み替えの理由を右6ないし10のとおり説明した。議員からはこのような支出の合法性、相当性についての討論があつた。(甲二六号証)
12 右の予算は同日の八幡市議会において、賛成一六、反対三で可決された。(乙四四号証)
13 八幡市職員互助会は昭和五三年一二月二二日設立された。その規約の第一条は、「本会は、八幡市職員の保健、元気回復、その他厚生に関する事項について計画を樹立し、これを実施することを目的とする。」とし、第三条は、「本会は、八幡市の一般職に属する職員(会長の指定する者を除く。)をもつて組織する。嘱託職員のうち、その勤務の態様により会長の指定する者は準会員として本会に加入することができる。」とし、第六条、八条、一〇条は、その役員は基本的には、市長及び職員組合執行委員長が、同数ずつ会員の中から指名することとしている。(甲四号証、乙三一号証、三八号証)
14 八幡市職員互助会は昭和五三年一二月二三日、元気回復レクレーシヨン事業三三〇〇万円他の事業を行なうとして、計三四八〇万円の補助金交付申請を行なつた。(乙五号証)
15 被告は、この補助金三四八〇万円交付を内定し、これを通知をして良いとの支出負担行為決定を行ない、これは八幡市職員互助会に通知された。(乙六号証)
16 八幡市助役西村正男は、八幡市財務規則による専決として、昭和五三年一二月二六日、右予算より、元気回復レクレーシヨン事業分として各職員に支給される分計三三三〇万円(うち、一般会計予算からの支出は三〇一二万五〇〇〇円)を支出する支出命令を出し、これは翌二七日八幡市職員互助会に支払われた。被告は従前の経緯からこのような支出命令がされることは当然わかつていたが、それを阻止はしなかつた。(乙七号証、丙一四号証)
17 八幡市職員互助会は、即日、同会会員の職員全員に、元気回復レクレーシヨン事業助成前渡金の名目で、総計三三〇六万八三七三円を支払つた。(乙九、一〇号証)
18 各人に対する支払額は、一般職員で、その給与月額の一〇パーセントの額に二万二〇〇〇円及び一万三〇〇〇円を加えた額とされ、各人当たりの支給額は、多い者で六万六〇五六円、少ない者で四万四六〇〇円であつた。
19 八幡市職員互助会は、支払に先立ち、各人から、元気回復レクレーシヨン事業実施計画書を提出させた。それには、個人として、昭和五三年四月以降既に行なつた、又は予定しているという、遠くはヨーロツパ、ソ連、ハワイ、北海道、沖縄、近くは近畿地方、京都府内への、観光、海水浴、避暑、里帰り、親族訪問、保養、登山、スキーなどの目的の旅行、宴会、外食などが、簡単な行先と、その費用と共に記載されていた。記載された旅行等は、昭和五三年四月以降既に行われたものが、今後行なう予定のものよりも、圧倒的に多かつた。記載の所要金額は職員分だけではなく家族分も念んで記載されているものが多くあつた。(乙一一ないし二二号証の枝番全部)
20 八幡市職員互助会は、支払に当たり、これらの旅行が実際に行なわれたのか、それだけの費用が現に支出されたのかについては、積極的には、領収書などの資料の提出を求めるなどの調査をしなかつた。ただ、その後実施がされなかつたとして一一人から計二万二八〇〇円の返還がされている。(乙三二号証、丙一三号証)
21 八幡市職員互助会の設立後昭和五四年三月三一日までの決算では、収入金三五四七万円余のうち、八幡市からの補助金が三四八〇万円を占め、支出三四八七万円余のうち、元気回復レクレーシヨン事業が三三〇〇万円余を占めていた。(甲五号証、乙三九号証)
22 自治省行政局公務員部長は昭和五四年八月三一日付自治給第三一号「違法な給与の支給等の是正について」との通知を都道府県知事宛てに発した。これには、「地方公務員の給与は、地方自治法及び地方公務員法の定めるところにより、法律又は条例に基づいて支給されるべきものである。従つて、……実質的に給与とみなされるような研修費、福利厚生費などはいずれも法律又は条例に基づかない給与等であり、これらの支給を禁止する法律の規定に照らし違法となるものであること。」としていた。この通知は京都府総務部長より昭和五四年九月七日付で八幡市長に通知された。(甲九号証)
四 被告の責任
右三認定の事実、特に各人への支給金額、その算定方法、使途、使途の確認手続き等を考慮すると、昭和五二年度以前の元気回復レクレーシヨン事業補助金名目の金員の職員への交付、そして昭和五三年度において従前と同一の目的を達成しようとした本件支出は、給与の支給としての性格が極めて強く、その適法性には疑いがあると言わねばならない。
しかしながら、被告においてこれが違法なものとは認識していなかつたことは前認定のとおりであり、次の各事情を考慮すると、被告においてこれを違法と認識すべき事情があつたとは言えず、従つて被告に過失があつたものとすることはできない。右認定以外に、被告に過失があつたと判断させるに足る事実は認められない。
1 被告において、補助金の職員への直接交付を取り止め、職員互助会への交付としたのは、監査委員の意見に従つたものであること、
2 八幡市議会において、本件支出の適法性についての議論がされたが、議会においてはこれを適法と判断したからこそ、そのための補正予算が可決されたこと、
3 元気回復レクレーシヨン事業補助金名目金員の職員への交付は従前からされており、本件支出当時には、前記三22の自治省行政局公務員部長通知も存していなかつたこと。
五 結論
そうすると、被告には本件支出が違法であることについての過失はないから、原告らの本件損害賠償請求は理由がなく棄却すべきものである。よつて、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条、九三条一項本文九四条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 井関正裕 田中恭介 榎戸道也)