京都地方裁判所 昭和55年(わ)1081号 判決 1986年5月23日
主文
被告人三名をそれぞれ罰金五万円に処する。
被告人らにおいてその罰金を完納することができないときは、各被告人について金五〇〇〇円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。
訴訟費用<省略>
理由
(罪となるべき事実)
被告人Aは昭和五五年六月当時上京民主商工会事務局長、被告人Bは右当時同会事務局員、被告人Cは右当時漬物小売商を営む同会会員であつたものであるが
第一 被告人三名は、上京税務署国税調査官Mらが同署統轄国税調査官Sに命ぜられて同年五月二〇日以降行つた被告人Cに対する昭和五二年ないし五四年分の所得税に関する税務調査の方法が、事前通知もなく開店準備中の忙しい時間に臨店したり、調査理由開示要求には一切応じないまま、早々に本人調査を断念して取引先に対する反面調査を開始したりするなど違法、不当なものであるとして、同署総務課長に抗議し、併せて右Mに対しても右調査方法の是正方を申し入れる目的で、昭和五五年六月四日午前一〇時すぎころまでに上京民主商工会事務局員、同会会員ら約二〇名の者とともに京都市上京区一条通西洞院東入る元真如堂町三五八番地所在の上京税務署正門付近に集結していたところ、まもなく同署国税調査官Y、同U及び右Mが、税務調査のため、右YにおいてはP方に、右UにおいてはQ方に、右MにおいてはR方に、それぞれ赴こうと、右Yが運転する普通乗用自動車に同乗して出発し、同日午前一〇時一五分ころ、同署正門から同署前の一条通に出ようとして安全確認のため一時停止した際、被告人Aがいきなり同車前面に立ちふさがつてその発進を阻止するや、これを見た被告人B、同C及び前記約二〇名の者も被告人Aに加勢しようと考え、ここにおいて被告人三名は右約二〇名の者と意思を相通じて、右時刻ころから同日午前一〇時二〇分ころまでの間、同車を取り囲んだうえ、被告人Aが同所に座り込んだのに続き、同車の進行方向に右のうち約六名、後部に約二名の者が座り込み、さらにこもごも「M、出て来い。」、「M、降りて来い。」、「話があるんや。」、「降りて来て話し合え。」などと怒号しながら車体の窓ガラスを叩くなどして同車の発進を妨げ、右Mら三名がそれぞれ税務調査のため出張する業務をいずれも不能ならしめ、もつて、威力を用いて同人らの各業務を妨害し
第二 被告人B及び同Cは、同日午前一〇時二〇分ころ、前記Mが前記上京税務署正門付近に停止した前記自動車から降車して同署庁舎内に引き返そうとするのを認めるや、前記約二〇名の者のうち七、八名と意思を相通じ
一 右正門付近から同署庁舎玄関付近に至る間の同署前庭内で、そのうち氏名不詳者数名において、右Mに対し、取り囲み、こもごもその頭髪、両腕及びネクタイなどをつかんで引つ張り、被告人Cにおいて、両手や肩で右Mの胸部を三、四回突き、さらにそのうち氏名不詳者一名において、両手で右Mの胸部を一回突いてそれぞれ暴行を加え、よつて、同人に全治まで約二週間を要する右手手背擦過傷、左手関節部擦過傷、左肘部擦過傷、左肘部打撲症の傷害を負わせ
二 前記玄関前付近の前庭で、被告人Bにおいて、前記のMに対する暴行を阻止するため同人の近くにいた前記Sに対し、両手でその左手首をつかんで左斜後方に強く引く暴行を加え、よつて、同人に全治まで約一週間を要する左肩関節捻挫の傷害を負わせ
三 右同所付近で、被告人Bにおいて、前記のMに対する暴行を阻止するため同人の近くにいた同署国税調査官Kに対し、左肘を前に出して身体ごと同人の身体を押す暴行を加え
たものである。
(証拠の標目)<省略>
(争点に対する判断)
第一判示第一の事実について
一弁護人は、私人の経済活動の自由を保護法益とする威力業務妨害罪の「業務」の中に公務が含まれるとしても、それは非権力的民営類似業務に限られると解すべきところ、国税調査官の行う税務調査は、権力的公務であつて、これに類似する民間業務はなく、また税務調査のため出張する行為も右調査と不可分一体のものであるから、本件国税調査官の税務調査のための出張行為は、威力業務妨害罪における「業務」にはあたらず、同罪による保護の対象にならない旨主張する。
そこで検討するに、威力業務妨害罪の保護法益は、単に私人の経済的活動の自由に止まらず、広く人の社会的行動の自由をも含むと解すべきであり、公務もまたこれを行う公務員等にとつては、人がその社会生活上の地位に基づいて継続して行う事務即ち「業務」に外ならないのであるから、公務であるというだけで「業務」から除外すべきいわれはないというべきである。しかし、公務は別に公務執行妨害罪によつて保護を受け、同罪が暴行、脅迫による場合のみを処罰の対象とし、暴行、脅迫に至らない威力等による場合を処罰の対象としていないことからすると、法は、警察官のように職務の性質上その執行を妨げる者を排除する実力を有する公務員に対する暴行、脅迫に至らない威力等による抵抗については、その公務員による実力排除をもつてすれば足り、刑罰を科するまでの必要はないとしたものと考え、右のような公務員の公務については、公務執行妨害罪による保護を受けるに止まり、威力業務妨害罪によつては、そのいう「業務」にあたらないとして保護されないと解する余地がある。これに対し、その職務の性質上、暴行、脅迫に至らない威力等による妨害を排除できる実力を有しない公務員等の公務については、なお威力業務妨害罪における「業務」にあたるとして同罪による保護を与える必要性があり、そう解するのが合理的である。そして、以上の理解は、昭和四一年一一月三〇日最高裁判所大法廷判決(刑集二〇巻九号一〇七六頁以下)、昭和五〇年三月二五日東京高等裁判所判決(刑裁月報七巻三号一六二頁以下)及び昭和五九年三月二九日同裁判所判決(刑裁月報一六巻三、四号一七一頁以下)が、権力的作用を伴う職務とそうでないものとを区別して、威力業務妨害罪における「業務」にあたるか否かを論じる趣旨にも合致するものと考えられる。
そこで、以上の観点から、本件国税調査官の税務調査のための出張行為が、威力業務妨害罪における「業務」にあたるか否かについて検討するに、国税調査官の税務調査は国家統治権に基づく行政作用の一としての租税賦課徴収権を実行するための公務にあたり、国税調査官には税務調査のための質問検査権が法定され(所得税法二三四条一項ほか)、質問検査を拒んだり妨げたりした者に対しては刑罰が科せられることにはなつている(同法二四二条八号ほか)けれども、国税調査官はその職務の性質上被調査者に対してはもちろん、それ以外の者の暴行、脅迫に至らない威力等による妨害を排除する実力を有しない公務員であるから、税務調査の職務は、威力業務妨害罪における「業務」にあたると解すべきであるし、ことに本件では税務調査のための出張行為自体を第三者らが妨害したことが問題となつているのであつて、これに対する妨害をもつて先の質問検査妨害罪にあたるとは解し難い(昭和四五年一二月二二日最高裁判所第三小法廷判決・刑集二四巻一三号一八一二頁以下参照、なお弁護人は、税務調査のための出張行為を税務調査と不可分一体のものと主張するが、その論拠として引用する昭和五三年六月二九日最高裁判所第一小法廷判決・刑集三二巻四号八一六頁以下は、性質上一体性ないし継続性を有するものと認められる電報局長及び次長の統轄的な職務に関するものであり、本件とは同列には論じられない。)ことからすると、この税務調査のための出張行為自体は、民間企業における出張業務と何ら別異に扱う理由もないことになるのであるから、威力業務妨害罪における「業務」にあたることは明らかであり、同罪による保護の対象になるものということができる。
してみると、弁護人のこの点に関する主張には左袒できない。
二弁護人は、被告人三名らには、威力を用いた事実も業務を妨害した事実もなく、その犯意はもちろん現場共謀も存しないから、本件は威力業務妨害罪に該当せず無罪であるというので、以下検討を加える。
1 威力を用いた事実はないとの主張について
弁護人は、被告人Aが進行中のY国税調査官運転の普通乗用自動車の前に回り込んで、同車の停止を余儀なくさせたような事実はないし、同車の前に座り込んだ上京民主商工会(以下「民商」という)の会員らは三名だけで、その時間も約二分程度であり、被告人らがMらに対して言つた口調は怒号といえるような激しいものではなく、また車体の窓ガラスを叩くなどした事実もないから、被告人らは威力を用いたことにはならない旨主張する。
まず、の点であるが、本件公訴事実は、「本件自動車の前面に立ちふさがつて停止させた」ことも威力の内容とするものであるところ、第二六回ないし第二九回各公判調書中の証人Yの各供述部分(以下「Y証言」という)は、「前庭内から本件自動車を運転して正門のところにさしかかり、安全確認のために一時停止する前に被告人Aが同車の前に飛び出して来たので急ブレーキをかけた。」旨いい、第一一回ないし第二五回各公判調書中の証人Mの各供述部分(以下「M証言」という)も、「被告人Aが自動車の前に出て来たため、本来の一時停止する位置より手前で止まつた。」旨いうものであるが、Y証言自体は、押収してある写真一枚(昭和五八年押第二八九号の1、以下「写真1」という)を示されると、これによつて認められる本件自動車の停止位置は、同人が通常安全確認のため一時停止する位置とほぼ同じか、むしろそれより進んでいたことを認めているうえ、第三〇回及び第三一回各公判調書中の証人Uの各供述部分(以下「U証言」という)も、「必ずしも前後関係にはつきりした記憶があるわけではないが、本件自動車の助手席から見ていると、安全確認のために一時停止をしたと思つた直後に被告人Aがハンドマイクを持つてパッと前面に飛び出して来た。」旨いうのであつて、これらのことからすると、被告人Aが本件自動車の前面に立ちふさがつて停止させた旨いうY証言やM証言をそのまま採用することには躊躇せざるをえないが、少なくとも本件自動車が安全確認のために一時停止した直後に、被告人Aが同車前面に立ちふさがつてその発進を阻止したことは優に認定できる。
次に、の点のうち、本件自動車の前に座り込んだ人数は、前記写真1によると、本件自動車の直前に三名(被告人Aを含む)、その前端部西側にも少なくとも四名が座り込んでいたことが認められ、後者の四名も本件自動車が左折西進しようとしていたことからすると、その発進の妨害になることが明らかであるから、同車の進行方向に約七名の民商会員ら(「ら」の中に事務局員を含む、以下同じ)が座り込んで同車の発進を妨げたということができる。なお、本件自動車の後に座り込んだ民商会員らの存在について、U証言、第三二回ないし第三四回各公判調書中の証人Kの各供述部分(以下「K証言」という)及び第三五回ないし第三七回各公判調書中の証人Sの各供述部分(以下「S証言」という)はいずれも、「本件自動車の後にも二名の女性が座り込んでいた。」旨いい、Y証言も、「後にも人が座り込んでいた。」旨いうところ、これらの証言は内容が矛盾せず具体的であつて、しかもYが本件自動車を後退させることなく、Mらとともに降車したことも考え併せると合理的であるので、充分信用でき、本件自動車の後部にも二名の女性民商会員らが座り込んでいた事実を認めることができる。
の点のうち、座り込んでいた時間をみるに、被告人Aは当公判廷における供述(以下「A供述」という)において、「本件自動車の前に座り込むと、Yがクラクションを鳴らし続け、すぐⅠ総務課長らが出て来たので、座り込んだままI課長と一分余りやりとりをした。」旨いうので、それによると座り込んでいた時間は約二分程度ということになるが、このような経過時間についての感覚はその時の人の行動の如何や立場等によつて異なる性質のものであつて、例えば第四二回ないし第四四回各公判調書中の証人Zの各供述部分(以下「Z証言」という)は、本件自動車が停止してからYが降車するまでの時間について、「クラクションが大分長い間鳴つていましたから三分位は経つていたんじやないかと思う。」と、また第四六回公判調書中の証人Oの供述部分(以下「O証言」という)は、「被告人Aが座り込んで、しばらくしてYがクラクションを鳴らし出した。クラクションは三分位鳴つていたと思う。」旨いうのであつて、これらの証言によると、被告人Aらの座り込んでいた時間は三分以上はあつたことになるし、Y証言は、「本件自動車が被告人らに取り囲まれてからN上席国税徴収官が来るまで五分位たつていたと思う。」旨、またU証言は右の時間を「二、三分位だつたと思う。」旨いい、M証言は「二分ちよつとくらい。」というのであつて(なお、弁護人はM証言のこの部分をYが車外に出るまでの時間として引用し、前記A供述を、補強するものとして挙げるが、Nが来てからYが車外に出るまでにはある程度の時間の経過が認められるので、右引用は不適切である)、これらの証言によれば、Nが来てからの時間をも含めると、被告人Aらが座り込んでいた時間は五分を超えることにもなりかねないのである。ところで、本件自動車の発進を妨害していた時間については、単に被告人Aらの座り込んでいた時間だけでなく、被告人Aが同車の前面に立ちふさがつてから、Mらが出張に行くのを断念して同車から降車するまでの時間ということになるが、右のような供述や証言と本件各証拠によつて認められるその間の被告人らとM、Y、Uさらには庁舎内から出て来たI総務課長ら等とのやりとりの事実、各人の行動内容、前記写真1と押収してある写真一枚(前押号の2、以下「写真2」という)とに写されている内容の異同等を総合考察すると、右の時間はおよそ五分程度であつたと認めるのが相当である。
さらにの点についてみるに、M証言は、「マイクロホンを持つた被告人Aや皆んなが、『M、出て来い。Mを出せ。M、降りて来い。降りて来て話し合え。話があるんや。』などとわあわあと叫びながら車体のボンネットに手をかけたり、後部助手席側の窓ガラスを手のひらで叩いたりしていた。」旨、またY証言は、「本件自動車を取り囲んだ民商会員らは興奮して、『M、お前に用事がある。出て来い。』などと叫び、窓を叩いたり、後や横から本件自動車を揺らしたりしていた。」旨、S証言も、「民商会員らは車の窓を叩いたり、『M、出て来い。』と言つたりしていた。」旨いうのである。これに対し、Z証言、O証言及び第四四回及び第四五回各公判調書中の証人Hの各供述部分(以下「H証言」という)等は、いずれも、Mに対して「話し合いに応じろ。」と言つていた民商会員らもいたが、その者らも怒号していたわけではなく、また車体を叩いたり、揺らしたりしていたような者はいなかつた旨いうのであるが、被告人C自身当公判廷における供述(以下「C供述」という)で、「M、出て来て話し合え。」と言つていた者のいたことを認めているので、民商会員らの発言内容については前記M証言等税務署員の述べる方が信用でき、そして本件のような状況下において、右のように多数の人間が口々に人の名前を呼びつけにするなど乱暴な口調で叫んでいたものである以上、これを怒号といつて過言ではない。ことに本件自動車が正門に向かう前にも、民商会員らのひとりが運転席のYに火のついた煙草を近づけるような行為をもしていたことはH証言も認めるところであつて、このようなことを含め被告人らが本件自動車を取り囲むに至るまでの経緯や、後述のMらが降車した後の被告人C、同Bらの行動に照らすと、民商会員らが車体を叩いたりなどしたことをいう前記M証言等の方が、格段に迫真力のあることが明らかであつて、M証言等のいうところが真実と認められる。なお、弁護人はこの点に関し、U証言の、「車体を叩かれたということも記憶には特にない。」との部分や前記写真1、2の情景をもつて前記Z証言等が信用できるというが、U証言は、その全体の趣旨をみると、「非常に気が動転し、早くこの場を逃れたい気持で、自分の後でどんなことが起つたか記憶になかつた。」というものであるし、前記写真1、2は約五分間に亘る出来事の二つの場面を瞬間的にとらえたものにすぎないから、右写真に写つていないからといつて、直ちに車体を叩くなどというごく短時間ですむ行為が存在しなかつたとはいえない。してみると、これらの証拠をもつて、右のM証言等の信用性に合理的な疑いを入れる余地はない。
以上みてきたところ及び関係各証拠を総合すると、結局、外形的な事実としては、先に罪となるべき事実第一において認定したとおりであつて、これがMら三名の出張をなそうとする業務執行の自由な意思を制圧するに足りる勢力、即ち威力を用いたことになることは明らかであり、弁護人の主張は理由がない。
2 業務を妨害したことはないとの主張について
弁護人は、被告人らが本件自動車を取り囲んでいた時間が短かかつたことや、被告人らの行為によりMらが畏怖してはいなかつたこと、正門付近には一〇数名の税務署員がいたことなどを挙げて、被告人らの行為はMらの出張業務を妨害したとは評価できない旨主張するのであるが、前叙のとおり、被告人Aが、税務調査のため出発しようとしているMら国税調査官乗車の本件自動車の前面に立ちふさがつてその発進を阻止し、約五分間に亘り同車の発進を妨げ、そのためMらは予定していた被調査者方への出張を一時断念せざるをえなくなつて降車したのであるから、被告人らの行為がMらの出張業務を妨害する結果をもたらしたことは明らかであり、弁護人の主張は失当である。
3 犯意や現場共謀が存しないとの主張について
弁護人は、Mが当日予定していたRに対する税務調査には、当時上京民商会長であつたTが立会することになつていたのであつて、被告人らにはその税務調査を妨害する意図はなく、I総務課長との話し合いとMに対して一言抗議と申し入れをするため上京税務署に赴いたにすぎなかつたところ、たまたまYの危険な運転から偶発的に被告人Aがこれに抗議するため座り込むに至つたものであるから、業務妨害の犯意もまたその現場共謀もなかつた旨主張する。しかし、の点は、事前に被告人らに妨害の意図がなかつたことをいうに止まり、その後被告人Aが本件自動車の前面に立ちふさがつた時以降の、その行動に照らすと、被告人らに威力業務妨害の犯意があつたことが明らかであるし、またの点についても、関係各証拠によると、被告人ら民商会員らが上京税務署に赴いた当初の目的は、主張のとおりであるが、被告人Aが本件自動車の前面に立ちふさがつたり、座り込んだのは、被告人AにおいてYの危険な運転方法に抗議することにあつたという点については、その後の被告人Aの発言内容の重点がYの運転方法にではなくMの税務調査にあつたことからしてとうてい信用できず、そして、むしろ先に認定した外形的な事実からすれば、被告人Aをはじめこれに加わつた民商会員らは、いずれも自己らの行為がMらの出張業務を妨害するものであることを知りながら互いに意思を相通じて行為に及んでいたことが容易に推認しうるばかりか、関係各証拠によれば、被告人C、同Bも本件自動車を取り囲み、「M、出て来い。」などと怒号するなどの行為をしていたことが認められるのであるから、結局、被告人三名には、威力を用い、右Mらの出張業務を妨害することの犯意も、これに加わつた約二〇名の民商会員らとの現場共謀もあつたことが明らかである。この点に関する弁護人の主張もまた採用できない。
以上のとおりであつて、被告人三名らの行為が威力業務妨害罪に該当することは明らかである。
三弁護人は、本件当日被告人らが上京税務署に赴いたのは、Mによる被告人Cに対する違法、不当な税務調査方法の是正方を同署の総務課長に申し入れ、併せて担当者であつたMに対しても一言抗議する目的であつたし、被告人Aが本件自動車の前に立ちふさがり座り込んだのはYの危険な運転方法に対して抗議するためのものであつたから、これらの目的は正当であるし、またその行為もせいぜい数名が本件自動車の前後に座り込んで長くてもわずか五分間ほどの時間車両の発進を妨げたにすぎないものであつたから、手段、方法とも社会的にみて相当なものであるので、被告人らの行為は正当行為として違法性がないと主張する。
最初に右主張の目的の点についてみるに、被告人らが上京税務署に赴いた当初の目的は弁護人所論のとおりであるが、被告人Aが本件自動車の前に立ちふさがり座り込んだ以降は、先に認定したとおり、被告人ら民商会員らの発言内容やその行動その他証拠に顕れた諸般の事情を総合して考察すると、被告人三名及び民商会員ら約二〇名においては、主としてMに対して、被告人Cに対する税務調査が違法、不当なものとして抗議し、あわせて調査方法の是正を求めるためであつたと認められるので、まずその目的が社会共同生活上是認しうるかについて検討することとする。
まず本件に至るまでの経緯をみるに、関係各証拠によれば、以下の事実が認められる。即ち
Mは、昭和五五年五月二〇日、上京税務署統轄国税調査官Sに命ぜられて、被告人Cに対する昭和五二年ないし五四年分の所得税の調査を開始し、事前通知をしないまま、同日午前一〇時ころ、Uとともに西陣ショッピングセンター内の被告人Cの経営する漬物店に赴き、被告人Cに対し質問検査を実施しようとしたが、被告人Cは具体的な調査理由を明らかにするよう求めるとともに、開店準備に忙しい時間であるからと質問検査に応じなかつたため、Mらはその日の調査を打ち切り、被告人Cの指定した同月二三日午後一時に、今度はM一人で同センターに赴き、被告人Cの案内で同センター二階に至つたところ、同所には民商会員ら一〇数名が同席し、Mの退席要求にも応じなかつたうえ、被告人Cは具体的な調査理由を明らかにするよう求め、明らかにされない以上は調査に応じられないとの姿勢を崩さなかつたことから、結局Mはこの日も調査をすることができなかつた。そこでMは、事前通知をしないまま、翌二四日午前一〇時ころ、Uとともに三たび同センターに赴き、被告人Cに対する質問検査を実施しようとしたが、被告人Cは開店準備に忙しい時間であることや具体的な調査理由が明らかにされないことを理由にやはり調査に応じなかつたことから、この日も調査ができなかつた。そこでMは、被告人Cに対する本人調査を断念し、Sの指示により同月二六日ころから被告人Cの取引先に対する反面調査を実施するに至つたものである。
右の事実関係によると、Mらが被告人Cに対して行つた税務調査の方法は、三度に及ぶ質問検査のための臨店のうち、二度は事前通知をしないままのものであつたし、具体的な調査理由を告知せず、比較的早い段階で本人調査を断念し反面調査を実施するというものではあつたというべきであるが、質問検査の事前通知や具体的な調査理由の告知は質問検査を行ううえでの法律上の要件ではないし、ことに右三度の調査に対し被告人Cがとつた対応をみると、言葉では調査理由の告知を求めるものの、真に調査に応じる意思があると考えられなかつたため、本人調査を断念したうえ、反面調査に及んだMの調査方法そのものには、臨店の時間等の点で無用の軋轢を避けるための配慮に欠けるところがあつたとの批難の余地があるとしても、基本的には違法なものではなかつたことが明らかである。しかし一方、被調査者において税務調査によつて不利益を蒙つたとして、税務署当局にその違法、不当を主張し、その担当者に調査方法等の是正を求めること自体は、それが理由のあるものか否かは別として、憲法が国民に請願権を保障した趣旨等からして許されるというべきであるから、被告人ら民商会員らが、そのための抗議をしようとして本件の行為に出た目的自体は、なおその意味で正当なものであつたということができる。
次に、手段、方法の点についてみるに、その具体的態様はすでに詳述したとおりであるところ、弁護人は、被告人Cは反面調査開始後の昭和五五年五月二七日に他の民商会員らとともに上京税務署に赴き、D係長に反面調査をやめるよう申し入れをし、同係長は、「検討して返事します。」と答えたのに、何の連絡もしないまま、反面調査がなおも続行されたのであつて、税務署の対応は極めて不誠実であつたと主張するが、仮に右に主張するような事実があつたとしても、すでに本件に至るまでの経緯として認定した調査経過の下では、右の税務署の対応をもつて不誠実であるとして批難することは適当でない。そうすると、被告人ら民商会員らが、Mに対して、被告人Cに対する税務調査を違法、不当なものとして抗議し、調査方法の是正につき話し合いを求めることは、なお平穏な手段、方法をとる場合に限り許されていたと考えるべきであるから、前認定のような手段、方法がそれを逸脱していたことは明らかである。
してみると、被告人らの行為は、もはや全体としてみて法秩序の是認する範囲内にあるとはいい難く、正当行為としてその違法性が阻却されるべきものではない。
第二判示第二の事実について
<省略>
第三公訴棄却の主張に対する判断
弁護人は、本件起訴は、民商弾圧の政治的意図をもつてなされたものであり、また違法、不当な捜査を前提としてなされたものであつて、公訴権を濫用した違法なものであるから、公訴を棄却されるべきであると主張する。
しかしながら、前記認定の本件各行為の態様、結果、各被告人の果たした役割、その後の態度等を総合して考慮すれば、検察官の公訴提起が裁量権を逸脱したものとは到底いえないし、その他証拠を仔細に検討してみても、本件公訴の提起が政治的目的のため職権を濫用して行われたもので、公訴の提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合であることを疑う事実はなく、また公訴提起を許すべきでないような重大な違法、不当な捜査を前提としたものであるとする余地も見出せないので、本件公訴提起を公訴権を濫用した違法なものということはできない。弁護人の右主張は理由がない。
(法令の適用)
被告人三名の判示第一の所為は各被害者ごとに刑法六〇条、二三四条、二三三条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、被告人B及び同Cの判示第二の一、二の各所為はいずれも刑法六〇条、二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一条に、判示第二の三の所為は刑法六〇条、二〇八条、罰金等臨時措置法三条一項一号にそれぞれ該当するところ、判示第一の各威力業務妨害は一個の行為で三個の罪名に触れる場合であるから、各被告人について刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として犯情の最も重いMに対する罪の刑で処断し、被告人三名につき判示第一の罪について、被告人B及び同Cにつき判示第二の一ないし三の各罪について、いずれも各所定刑中罰金刑を選択し、被告人B及び同Cの判示各罪は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四八条二項により各罪所定の罰金額を合算し、被告人Aについては所定金額の、被告人B及び同Cについてはいずれも右合算した金額の各範囲内で、被告人三名をそれぞれ罰金五万円に処し、被告人らにおいてその罰金を完納することができないときは、同法一八条により、各被告人について金五〇〇〇円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により、そのうち証人Eに支給した分は被告人B及び同Cに、その余の分(但し、第二九回公判期日において証人Uに支給した分を除く)は被告人三名にそれぞれ連帯して負担させることとする。
(量刑の事情)
本件各犯行のうち判示第一の威力業務妨害の点は、被告人三名がほか約二〇名の民商会員らとともに、三名の国税調査官が税務調査のため出張しようとして乗車した普通乗用自動車を取り囲み、同車の前後に座り込み怒号あるいは車体を叩くなどして、同車の発進を妨げて、国税調査官の右出張業務を妨害したものであり、社会に及ぼす影響も大きく、軽視できない事案であり、被告人らの刑責は軽くない。とりわけ民商会員らのリーダーとして率先して同車の前面に立ちふさがるなど本件において大きな役割を果たした被告人Aの責任は重い。
判示第二の暴行、傷害の点は、被告人B及び同Cがほか数名の民商会員らとともに、右出張を断念して庁舎に引き返そうとする国税調査官を取り囲むなどして暴行を加えて傷害を負わせ、さらにこれを救出しようとした税務署員にも暴行を加え、うち一名に傷害を負わせるなどしたものであつて、動機はともあれ暴力による抗議は許しえないものであり、右被告人両名には反省を求める必要がある。
しかし、一方被告人らはとりたてて問題とすべき前科前歴もない善良な市民であり、日頃税務行政について税務署と見解を異にするとはいえ、本件抗議行動に出たことについてはその動機事情をみる限り、必ずしも不当であるとはいい難く、本件各犯行も計画的なものとはいえないし、判示第二の傷害の結果も軽微であり、本件各犯行は同種事案に比してもさほど重大なものとはいえない。
以上の犯情等を総合検討すると、これらの被告人らに対しては必ずしも懲役刑をもつて臨む必要はなく、罰金刑をもつて処断すれば足りると考えられる。
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官西村清治 裁判官森岡安廣 裁判官本多俊雄は転補のため署名押印できない。裁判長裁判官西村清治)