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京都地方裁判所 昭和55年(ワ)1391号 判決 1984年10月12日

原告

有限会社大菱金型製作所

右代表者

銅子好信

原告

銅子好信

右両名訴訟代理人

川越庸吉

戸倉晴美

被告

藤井英一

右訴訟代理人

福井秀夫

被告

株式会社油忠

右代表者

石塚正徳

右訴訟代理人

塚本誠一

被告

京都市

右代表者市長

今川正彦

右訴訟代理人

納富義光

主文

一  被告らは、原告有限会社大菱金型製作所に対し、連帯して金四〇六万六八〇九円及びこれに対する昭和五二年九月一一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告有限会社大菱金型製作所の被告らに対するその余の請求及び原告銅子好信の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用中、原告有限会社大菱金型製作所と被告らとの間に生じた分はこれを六分し、その一を右被告らの連帯負担とし、その余を右原告の負担とし、原告銅子好信と被告らとの間に生じた分は原告銅子好信の各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告有限会社大菱金型製作所(以下「原告会社」という。)に対し、連帯して金二四四七万五〇五九円、原告銅子好信に対し、連帯して金二四四七万五〇五九円、原告銅子好信に対し、連帯して金二二〇万円及び右各金員に対する昭和五二年九月一一日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告会社は、京都市伏見区竹田向代町川町二二の二に約三〇坪の工場を所有し、金型の請負製作を業としていた。そして、原告銅子は、原告会社の代表取締役である。

2  昭和五二年九月一〇日午前二時三〇分頃、原告会社の右工場付近を普通乗用車を運転走行中の五十棲高三が、ハンドル操作を誤り、右工場北側の被告藤井方東北隅道路上に設置されていた液化石油ガス(プロパンガス)二〇キログラムボンベ二本(以下「本件ボンベ」という。)に衝突した。その衝突で本件ボンベが転倒してそのバルブと圧力調整器を折損し、元バルブが開放されたままになつていたため、本件ボンベからプロパンガスが漏洩し、右車輛のエンジン回転時の点火系統などの高圧火花などが引火して燃え拡がつて炎上し、被告藤井の建物に燃え移り、該建物内に持ち込んでいたボンベのプロパンガスが燃え上つたことと相まつて、原告会社の工場を全焼した。

3  右火災の発生につき、被告らには、次のとおり責任がある。

(一) 被告藤井

(1) 被告藤井は、当時、府道中山稲荷線と市道四〇号線の交差する両道路上にはみ出して、その所有建物を建築したうえ、同建物外側で府道中山稲荷線上に本件ボンベを設置していた。元来、右交差点付近は、交通が頻繁であるから、何人も車輛の運行に危険を与えるような行為をしてはならない義務があるにも拘らず、被告藤井は、その義務に違反して、昭和四三年頃までに二度に亘り、右所有建物を不法に道路上に拡張して、該道路を狭くし、監督官庁からの撤収の勧告にも応じなかつた。のみならず、被告藤井は、被告株式会社油忠より本件ボンベの容器を借り受けて、前記のとおり設置したから、右交差点付近が車輛の運行にとつて非常に危険な地形になつた。その結果、同地点では、乗用車が脱輪したり、建物に衝突するなどの事故が相い次いだ。

従つて、被告藤井は、同被告の所為により本件ボンベへの車輛の衝突ひいてはボンベの爆発の危険があることを知悉しながら、しかも消防署からの再三の注意にもかかわらず、本件ボンベを置き続けて占有したのみならず、本件ボンベに対して、固定も外部からの直接的な衝突を避けるための工作物を設置するなどの処置をとらなかつただけでなく、車輛の通行の激しい場所に置かれているのであるから、夜間は元バルブを閉塞する義務があるにもかかわらず、本件ボンベのうち一本については、元バルブを開放したままであつた。又、プロパンガスボンベは、室内へ持ち込むことが禁止されているにもかかわらず、室内へ持ち込んで使用していた。

以上の違反に五十棲の行為が競合して、前記のとおり原告会社の工場を全焼させたのであるから、被告藤井は、民法七〇九条の規定に基づき、原告らが右火災によつて被つた損害を賠償する責任がある。

(2) 本件ボンベを前記の場所に置くこと自体が許されないことは、前記のとおりであるが、少なくともそれを設置した以上、これが土地の工作物に該当することはいうまでもないところ、前記のとおり車輛との接触、衝突により、爆発の危険が存したのであるから、それを回避するための処置がなされていない限り、本件ボンベは、通常有すべき安全性を欠いていたもので、設置保存に瑕疵があつたものというべきである。

従つて、被告藤井は、本件ボンベの占有者として、右瑕疵により原告両名が被つた損害を賠償すべき責任がある。

(二) 被告株式会社油忠

(1) 被告株式会社油忠(以下「被告油忠」という。)は、本件ボンベを所有し、充填されたプロパンガスを被告藤井に販売した業者であるところ、その販売については、液化石油ガスの保安の確保及び取引の適正化に関する法律、その他の法令を遵守して、火災などの危険を防止すべき注意義務を負担しているのに、これに違反した。即ち、右法律三六条、同施行令二〇条によると、被告油忠は、本件ボンベを置いた位置から二メートル以内に火気を遮ぎり、転落、転倒などによる衝撃を防止する措置を講ずべき義務があつたのに、これに違反した。又、本件ボンベのうち一本について、夜間元バルブを開放したままにし、プロパンガスボンベを室内に持ち込み、使用させていた。従つて、民法七〇九条に基づき、原告両名が本件火災によつて被つた損害を賠償すべき責任がある。

(2) 被告油忠は、設置保存の瑕疵が存した本件ボンベの所有者として、民法七一七条に基づく責任がある。

(三) 被告京都市

被告藤井の建物は、昭和四〇年頃、前記(一)(1)のとおり、府道中山稲荷線と市道四〇号線の交差する両道路上にはみ出して建てられたものであるが、被告京都市(以下「被告市」という。)は、両道路の維持管理の責任を負うものであるところ、右両道路の車輛の運行について、事故などの危険を防止すべき注意義務があるにも拘らず、右建物の建築の中止又は撤去させるなどにより、従来の道路部分を確保しなかつた。次いで、前記(一)(1)のとおり、昭和四三年頃までに、被告藤井がさらに府道中山稲荷線の方向と市道四〇号線の方向に二度に亘り、右建物を拡張して、該道路を狭くし、道路の交通を阻害したにもかかわらず、同被告に対して、右両道路の交差点角部分に「すみきり」をするように一度勧告しただけで、同被告がこれに応じないのに、何らの措置もとらなかつた。さらには、前記(一)(1)のとおり、藤井が、交通頻繁な府道中山稲荷線上に、何ら防禦壁などの設備を施さずに本件ボンベを置くようになり、右交差点付近の車輛の通行、近隣への火災発生に非常な危険があるようになつたにも拘らず、防護措置、遮蔽物の設置、他の安全な場所への移転などの指導監督をせず、道路の適切な管理をなさずにこれを放置した。又、右交差点の南には、市道四〇号線東側に幅員約1.5メートルの農業用水路が、昭和五二年九月当時はこの水路を示すためのガードレールや照明が何ら施されていなかつたため、市道四〇号線を北から南へ直進する車輛にとつては、一見、水路の存在が判明せず、道路が直線に続いているように見え、運転者においては直近になつて初めてそれと気付き、慌てて右方向(被告藤井の建物方向)にハンドルを切らねばならない危険な場所であつた。その結果、同地点では、車輛が右水路に飛び込んだり、被告藤井の建物に衝突するなどの事故が相次いだ。そこで、原告銅子は、被告市に対し、たびたび適切な管理をなすべき旨要請していた。しかるに、被告市は、本件ボンベに車輛が衝突し、その爆発の危険があることを知悉しながら、右危険性を除くための用水路上を暗渠にしたり、ガードレールの設置、照明、付近道路の整備などの処置も講じず、道路の十分な維持管理をしなかつた。

従つて、被告市は、本件道路管理上の瑕疵により、本件火災を惹起させたのであるから、国家賠償法二条一項、民法七一七条により、原告らが右火災によつて被つた損害を賠償する責任がある。

4  原告らの損害<省略>

二  請求原因に対する被告らの認否及び主張

(被告藤井)

1 請求原因(3)(一)(1)の事実のうち、被告藤井が、昭和三九年頃、その所有建物の東北側で、北方向に面して1.42メートル空け、その西側から北方向へ約1.1メートル増築し、その増築した部分の一部が市道に含まれるとして、被告市から撤去を求められたことは認め、主張は争う。

2 同4の事実のうち、(一)(2)を認める。

3 本件ボンベは、被告油忠がその責任において設置、置替えなど一切を行なつていたものである。又、通常は、被告藤井の建物の東北角で、東西約1.42メートル、南北約1.1メートルの長方形の空地の南側の壁に沿つてボンベを二個東西に並べて置いていたのであるが、本件事故の二日前、原告油忠がボンベを取換えた際、一個のボンベを東側の道路へ多少はみ出して置いたため、五十棲高三運転の車輛が右はみ出したボンベに衝突し、それに連結していた他のボンベも転倒し、本件事故に至つたものである。

従つて、本件事故は、右五十棲の過失と被告油忠の過失によるものであつて、被告藤井には責任はない。

(被告油忠)

1 請求原因1、2の各事実は不知。

2 同3(二)の事実のうち、被告油忠がプロパンガス販売業者であること及び本件ボンベの所有者であることは認め、被告油忠が本件事故について液化石油ガスの保安の確保及び取引の適正化に関する法律、その他法令に基づく注意義務があること及びプロパンガスボンベを室内に持ち込み、使用させていたとの点を否認し、主張は争う。

3 同4の事実のうち、(一)(1)は否認し、同(2)は認め、その余は不知。

4 本件火災は、昭和五二年九月一〇日午前二時二五分ころ、五十棲高三が、普通乗用車を運転し、本件現場付近の府道中山稲荷線の交通整理の行なわれていない交差点を北から南へ直進するにあたり、当時降雨中であるのにワイパーが故障で操作できず、かつ、南側の幅員が狭い道路であるにも拘らず、徐行せずに時速四〇キロメートルの速度で進行したため、運転を誤り、被告藤井方空地に置かれていた電気洗濯機に自動車右前部を衝突させ、更に同所南側に設置してあつた家庭用二〇キログラム入りプロパンガスボンベに衝突して転倒し、これによりボンベから放出したガスに引火させて車輛火災を起し、もつて右藤井方及び原告会社の工場を延焼させたものである。右五十棲の通行方法は、暴走に等しいものであり、従つて、仮に本件ボンベに転倒防止の鎖等の設備をしていたとしても、ボンベの転倒を防止することができず、本件火災は、被告油忠にとつては不可抗力によるものであつて賠償責任はない。

5 本件ボンベによる火災については、「失火ノ責任ニ関スル法律」の適用があり、本件ボソベ付近には火花、火気設備等は全くないから、液化石油ガスの保安の確保及び取引の適正化に関する法律等により、火花等を防止する設備をなす義務はなく、又、転倒防止については、洗濯機、空ビン入箱等がその役割を果していたのであり、著しく注意義務を欠いたものではない。

(被告市)

1 請求原因1の事実は不知。

2 同2の事実のうち、火災の発生は認め、その余は不知。

3 同3の(三)及び同4の主張は争う。

4 被告市は、再三にわたり不法占拠地の明渡を督促し、昭和四二年五月六日付で、建物所有者石塚正二に対し、道路法四三条二号、七一条一項に基づき、原状回復命令を出した。従つて、理論上は行政代執行(行政代執行法二条)により除去し得るのではあるが、建物の僅かな一部を切取ることは至難のことであり、全体の建物の取壊しにつながる虞れもあるので、自発的明渡を引続き督促し期待していたところ、昭和五二年九月一〇日、本件事故が発生するに至つた。以上のように、被告市としては、なすべき措置をとつていたのであつて、本件火災に対し過失はない。

三  被告らの主張に対する原告らの認否及び反論

(被告油忠の主張に対して)

1 被告油忠主張事実のうち、本件ボンベ付近には火花、火気設備等は全くなかつたとの点は否認する。

2 自動車の通行は火気と同視されるべきであり、又、本件ボンベから二メートル余離れた距離に強制排気口があり、その熱気はその付近に積まれていたダンボールを焦す程であつたのであるから、火気を遮る措置が必要であつた。

(被告市の主張に対して)

1 被告市主張事実のうち、被告市が昭和四二年五月六日付で原状回復命令を出したことは認める。

2 被告藤井の不法占拠地部分の建物取毀しは容易であつたのに被告市はこれを放置していたものである。

第三 証拠<省略>

理由

一本件火災の発生

<証拠>を総合すると、以下の事実が認められる。

1  原告会社は、昭和五二年九月当時、京都市伏見区竹田向代町二二番地の二に木造瓦葺一部トタン葺平家建(延81.29平方メートル)を所有し、金型の請負製作を業としていた会社であり、原告銅子はその代表取締役である。

2  昭和五二年九月一〇日午前二時二五分頃、右原告会社工場付近の府道中山稲荷線の交通整備の行なわれていない交差点を、北から南へ普通乗用自動車を運転走行中の五十棲高三が、当時降雨中であるのにワイパーが故障で十分作動せず、かつ、南側の幅員が3.5メートルと狭い道路であるにも拘らず、時速四〇キロメートルの速度で徐行せずに進行したため、ハンドル操作を誤り、右工場北側の被告藤井方東北隅道路上に置かれていた電気洗濯機に自動車右前部を衝突させ、さらに、その南側軒先に東西に並べて設置されていた本件ボンベに衝突した。その衝撃で本件ボンベが転倒して、そのうち一方のボンベのバルブと圧力調整器を折損し、元バルブが開放されたままになつていたため、プロパンガスが漏洩し、右車輛のエンジン回転時の点火系統などの高圧火花などが引火して燃え拡がつて炎上し、他方のボンベもその熱により安全弁が作動してガスが漏洩して炎上し、被告藤井が居住する京都市伏見区竹田向代町川町二一番地の四木造瓦葺二階建店舗兼住宅(延69.47平方メートル)に燃え移り、さらに同住宅南側に隣接する原告会社の工場に延焼して全焼させた。

以上の事実が認められ、被告藤井英一本人尋問の結果中、右認定に反する部分は採用せず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

原告は、被告藤井ないし同油忠が、藤井の建物内にプロパンガスボンベを持ち込んで使用し、それが原告会社工場への延焼の一因をなした旨主張し、前掲甲第一号証の三八、甲第五号証、同第七号証、同第一五号証及び原告銅子好信本人尋問の結果中に、これに副う部分も存在するけれども、被告会社代表者尋問の結果中には、当時は右ボンベは使用していず空であつた旨の供述があり、又、<証拠>によつて認められる警察や消防署の現場検証では右ボンベは発見されていない事実と比較して容易く採用できないうえ、仮にプロパンガスボンベが二階に存在していたとしても、それが本件火災を増大させたものということはできず、右原告らの主張は失当である。

二ところで、本件ボンベは高度の危険を内包しているうえ、土地に設置して使用する仕組みになつていることに鑑みると、民法七一七条にいう「土地ノ工作物」と解するのが相当であるところ、原告らは、被告藤井が本件ボンベを占有していたと主張するので、検討する。

<証拠>を総合すると、プロパンガスは扱い方如何によつては極めて危険なものであり、本件ボンベは直径三〇センチメートル、全長八九センチメートル、本体の長さ六八センチメートルのものと、直径三一センチメートル、全長八二センチメートル、本件の長さ六三センチメートルのもので、右設置に当つては専らプロパンガス販売業者が、法令の基準に合うよう危険のない場所を選定してこれを設置し、需要者は一旦これを設置されれば、自分で動かすことは想定されておらず、容器の故障等で点検を要する場合も、販売業者に連絡して係員にその点検をしてもらうことが通常とされている。需要者としてはガスを消費する前後にバルブのハンドルを開閉することだけが、プロパンガス容器を扱うについてなし得る唯一の行為であり、販売業者としての被告油忠と需要者としての被告藤井の関係も以上のような関係の例外をなすものではなかつたことが認められる。

以上の事実からすれば、本件ボンベを管理ないし支配しその瑕疵を修補しえて損害の発生を防止しうる地位にあつたものは被告油忠であるから、本件ボンベの占有者は被告油忠というべきである。

三被告らの責任

1  被告藤井

<証拠>を総合すれば、以下の事実が認められる。

被告藤井は、昭和三八年六月頃、交通が頻繁な府道中山稲荷線と市道四〇号線の交差する両道路上にはみ出して、建築確認も受けずに建築された建物を、元雇傭関係にあつた被告油忠の代表取締役石塚正徳の実父石塚正二から贈与を受け住み始めたのであるが、昭和四三年頃までに数回に亘つて、右建物を前記両道路上に拡張して該道路を狭くし、再三に亘る被告市からの撤収の勧告を受け、昭和四一年一一月一日に道路にはみ出している部分を取除く旨の誓約書を出したがそれを履行せず、同四二年五月六日付で当時の建物所有名義人石塚正二名義で、道路法四三条二項、七一条一項に基づき、原状回復命令を受けたがそれについても従わなかつた。その結果、右交差点付近は車輛の運行にとつて非常に危険な場所となり、同地点では乗用自動車が脱輪したりする事故が起きた、又、被告油忠は、右建物東北角の長方形の空地の南側の壁に沿つて、府道中山稲荷線上に本件ボンベを前記一2認定の如く東西に並べて設備しただけであり、右ボンベは固定されてもいず、また付近に洗濯機及びコーラの空瓶入箱が存したものの、車輛の衝突等による圧力からの転倒を避けるための工作物もなかつた。しかし、被告藤井は、消防署からの再三の注意にもかかわらず、その処置をとるよう被告油忠に要請もせず放置し、しかも、そのような危険があるにも拘らず、本件ボンベのうち一本について夜間元バルブを開放したままであつた。以上の事実が認められ<る。>

右事実によれば、被告藤井は、道路上にはみ出して建築された建物に居住し、さらに増築して道路を狭くし、監督官庁からのその部分の建物撤収勧告、命令に従わない結果、該道路上に設置された固定等のされていない本件ボンベの車輛衝突等の圧力による転倒ひいては爆発の危険を予見し得たのに、本件ボンベについて被告油忠に適切な処置をとらせたこともせず、放置し、またそのような危険があるにもかかわらず、本件ボンベのうち一本について、夜間元バルブを開放したままにした過失によつて、前記認定の五十棲の過失と相まつて本件火災を発生させたものであるから、被告藤井には民法七〇九条により本件火災による損害を賠償する責任があるというべきである。

2  被告油忠

前記二のとおり、本件ボンベが民法七一七条にいう「土地ノ工作物」に該当し、被告油忠が占有管理を行なつていたのであるが、右ボンベが被告油忠の所有に属することは原告らと被告油忠との間で争いがないのであるから、本件ボンベの設置又は保存に瑕疵がある場合には、被告油忠は民法七一七条一項により責任を負うものというべきである。

そこで、本件ボンベの設置又は保存の瑕疵の有無を検討するに、前記1のとおり、本件ボンベについては車輛の衝突の圧力による転倒により爆発の危険が存したにもかかわらず、それを防止する適切な措置が何らなされていなかつただけでなく、<証拠>によれば、被告会社は本件事故の二日前、本件ボンベのうち一本を市道四〇号線にさらにはみ出して置いたことが認められるから、本件ボンベは、通常有すべき安全性を欠いていたもので、設置、保存に瑕疵が存したものというべきである。

従つて、被告油忠は民法七一七条一項により本件火災による損害を賠償する責任がある。

被告油忠は、本件ボンベによる火災については、被告油忠に重大な過失がないので、「失火ノ責任ニ関スル法律」により賠償責任がない旨主張するが、民法七一七条の責任は、危険な物を占有又は所有する者はその結果たる損害について当然に責任を負うべきであるとするいわゆる危険責任に立脚することに鑑みるときは、「失火ノ責任ニ関スル法律」は本件の場合適用がないものと解するのが相当である。従つて、被告油忠の右主張はこれを採用することができない。

3  被告市

前記1認定の事実及び<証拠>を総合すると、被告藤井の建物は、昭和三八年頃、府道中山稲荷線と市道四〇号線の交差する両道路上にはみ出して建てられたもので、昭和四三年頃までに、さらに府道中山稲荷線の方向と市道四〇号線の方向に、数回に亘り右建物を拡張して該道路を狭くしたのに対し、被告市は、被告藤井に対し、右両道路の交差点角部分にいわゆる「すみきり」をするよう勧告し、原状回復命令を出したが、右藤井がこれに応じなかつたのに対し、強制撤去などの措置をとらなかつた。さらに、被告油忠が、交通頻繁な府道中山稲荷線上に何ら防禦壁などの設備を施さずに本件ボンベを置くようになつたが、防護措置、遮蔽物の設置、他の安全な場所への移転などの指導監督もしなかつた。又、右交差点の南には、市道四〇号線東側に幅員約1.5メートルの農業用水路があり、昭和五二年九月当時、この水路を示すためのガードレールもなく、街灯も切れたままであつたため、市道四〇号線を北から南へ直進する車輛にとつては、一見水路の存在が判然とせず、道路が直線に続いているように見え、同地点では車輛が右水路に飛び込む事故が起きていたが、被告市は、右危険性を除くための用水路上を暗渠にしたり、ガードレールの設置、照明、付近道路の整備などの措置を講じなかつた。

以上の事実を認めることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

ところで、国家賠償法二条一項にいう「道路の設置又は管理の瑕疵」とは、道路の設定、その後の維持管理に通常備えるべき安全性を欠くことをいうが、前記事実によれば、被告市は、被告藤井の違法建築部分の撤去、本件ボンベに対する安全確保の指導監督、農業用水路に対する安全施設の設置など道路の安全保持のために必要な措置を講じなかつたのであるから、右の状況のもとでは道路の維持管理に通常備えるべき安全性を欠いていたものといえ、結局道路の管理に瑕疵が存したものというべきである。

従つて、被告市は国家賠償法二条一項により本件火災による損害を賠償する責任がある。

四原告らの損害

1  原告会社

(一)  <証拠>によれば、原告会社は本件火災により、その所有工場と工場内に備え付けた別紙(三)記載の機械、器具等について損害を受けた。

なお、原告会社は、右の他に罹災跡搬出費用の損害を受けた旨主張し、いずれも成立に争いのない甲第一七号証、乙第四号証には、それに副う部分も存在するが、乙第四号証は、原告銅子好信本人作成の書面であつてにわかに採用できず、本件損害物には後記のとおり全損でないものもあり、実際に支出される確定的な費用の立証もなされておらず、これを損害と認めることはできない。

又、前掲乙第二号証及び証人樫原喜太夫の証言によれば、右機械についての損害率は、別紙(三)記載のとおりであることが認められる。原告会社は、フライス盤マキノライスベッド型KGJP、グラインダーについても全損である旨主張し、前掲甲第一七号証、原告銅子好信本人尋問(第二回)の結果により真正に成立したものと認められる甲第九号証の一及び右本人尋問の結果には、これに副う部分もあるけれども、前掲証人樫原喜太夫の証言と対比し、かつ右各機械が金属製であり、比較的熱に強いものであることに照らすと、全損とまでは評価できず、原告会社の右主張は採用することができない。

(二)  そこで、本件火災当時の原告会社の損害額を検討する。

一般に損害額算定は、建物の場合には、建物完成時の再取得価格に建築費用の上昇率を乗じて火災当時の再取得価格を確定し、これから建物完成時から火災までの期間の減価償却費を控除して、これを算出するのが相当である。又、動産についても、本件機械以外のものについては再取得価格により、市場価格が形成されていることを認めるに足りる資料がない本件各機械のような場合には、右建物と同様の方法によつて算出するのが相当である。

もつとも、前掲乙第二号証及び原告銅子好信本人尋問の結果によれば、本件工場は、昭和二七年に住宅として建築され、同三五年に工場に改築、同四〇年と四七年にそれぞれ増築されたもので、取得価格を確定する資料が存しないので、右乙第二号証によつて認められる四四四万八〇〇〇円をもつて、本件火災当時の再取得価格とするのが相当である。これに対して、前掲甲第一七号証は戦前に新築し、昭和四〇年頃増築として再取得価格を算出しているが、同三五年の春、同四七年の増築を考慮に入れておらず、採用することはできない。

次に、減価償却額の算定の方法であるが、控え目な算定方法として減価償却資産の耐用年数に関する省令(昭和四〇年三月三一日大蔵省令第一五号)及び定率法ないし定額法を適用して損害額を算定する方法もあるが、前記のように本件の工場が、建築後二〇年以上も経過し、その後改築、増築されている場合や、前掲乙第二号証によれば、本件の機械についても取得後一〇年以上経過しているものがあり、それが堅固な金属製品である場合には、算定方法として相当でなく、原告銅子好信本人尋問(第一回)の結果によれば、本件工場は改築後工場のみに使用されていて住居に使用されておらず、機械も工業用の堅固な機械であることに鑑みれば、工場については経年減価率を二五パーセント、各機械については別紙(二)記載のとおりとするのが相当である。

以上の結果、原告会社の本件火災による損害は、工場については三三三万六〇〇〇円、その他の機械等については別紙(三)記載のとおり三一五六万八五〇〇円、合計三四九〇万四五〇〇円となり(上昇指数については、他に資料が存しないので、乙第二号証による指数によつて算出する)。右価格に、前掲乙第二号証及び証人樫原喜太夫の証言によつて認められる損益相殺額六三万円を差引いた三四二七万四五〇〇円が、現実に原告会社が被つた損害となる。

(三)  損害の填補

原告会社は、本件損害につき、火災保険から二三五〇万七六九一円、本件車輛所有者常深亮二から一五〇万円、車輛運転者五十棲高三から五〇〇万円、車輛同乗者の父中井春男から五〇万円の支払をそれぞれ受けたことは当事者間に争いがない(以上の事実は原告と被告市との間では弁論の全趣旨により認められる)から、右各金額を前記損害額から控除すると、その残額は三七六万六八〇九円となる。

(四)  弁護士費用

弁論の全趣旨によると原告会社が、本件訴訟の提起遂行を原告会社訴訟代理人に委任し相当額の報酬の支払を約していることが認められるところ、本件訴訟の経過、認容額等を考慮するとそのうち原告会社の損害として請求しうべき弁護士費用の額は三〇万円と認めるのが相当である。

2  原告銅子

<証拠>を総合すれば、原告銅子は、原告会社経営者として長年営業してきた工場、入手不可能な機械を失うとともに、得意先から預つていた高価な金型などを全焼し、又、注文を受けて製造していた金型製品が焼失したことにより、得意先にも多大な損害を与え、注文品が輸出向けのものが多かつたため、得意先からの責任追及に対して謝罪に奔走し、さらに、火災の後始末のため、又、焼失工場の敷地には建蔽率の制限から同規模の工場建築ができず、本件火災の約四か月後に漸く京都市南区吉祥院の土地に工場を建築し、営業を開始したものの、現在も負債に負われている状態であることが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

しかしながら、一般に財産権侵害の場合に慰藉料請求権が認められるためには、目的物が被害者にとつて特別の主観的、精神的価値を有するか加害の方法態様が著しく不法である等の特段の事情が存することを要するものと解するのが相当であるところ、前記認定事実によつては未だ右特段の事情にあたるものとは認め得ず、他に右特段の事情の存在について何等の主張、立証も存しないので、結局原告銅子の慰藉料請求は失当というべきである。

五よつて、原告らの本訴請求は、原告会社が、被告らに対し、連帯して四〇六万六八〇九円及びこれに対する本件不法行為の日の翌日である昭和五二年九月一一日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、原告会社の右被告らに対するその余の請求及び原告銅子の被告らに対する請求はいずれも失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条一項但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(石田眞 小山邦和 中村俊夫)

別紙(一)〜(三)<省略>

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