京都地方裁判所 昭和55年(ワ)1625号 判決
一 請求原因一、三、四、六の事実は当事者間に争いがなく、請求原因五の事実は被告において明らかに争わないから自白したものと見做す。被告のスクロールチヤツクの構成は被告主張のとおりであることは、検甲一号証の一、二及び弁論の全趣旨により認められる。
以下、被告製品の製造、販売が本件特許権を侵害するかを判断する。
二 本件発明においては、「チヤツク爪の先端部に二つの山形部分より成る爪先」が存することとなつている。この山形部分の形状を示す文言を、特許請求の範囲よりみると、チヤツク「爪先により被加工物を正中位置に保持した」状態で、・・・チヤツク「爪先の一方の山形部分を他方の山形部分に対してより深く被加工物中に喰い込ませて、被加工物を強固に締め付けておくことができるようにしたことを特徴とするチヤツク機構。」とされている。
これよりすると本件発明では、チヤツク爪の先端部に二つの山形部分が存すること、チヤツク爪先により被加工物を正中位置に保持した状態では爪先の二つの山形部分は共に被加工物に接している構造であること、爪先の二つの山形部分はいずれも被加工物に喰い込むことのできる形態であることを要件としていることが明らかである。
これを被告製品に見ると、チヤツク爪先は別紙被告製品第二図面のとおりであつて、片側の突起部は山形と言えるが、他方は先端が尖つて居らず、これは山形と言うよりは丘形と呼ぶのが適切である。被告製品において、一方の丘形の突起部における爪先はどの部分かが問題となるが、やはり「先」というからには最先端に存する部分を指すものという他はない。ところがこれは平面であり、その両側に存する角はいずれも約一二〇度であるから、これが被加工物に喰い込むことができる形態を示しているとは言えない。更に、被告製品においては、被加工物を正中位置に保持した状態では、二つの突起部が被加工物に常に接する構造とはなつていない(次の三参照)。
これらの点において被告製品のチヤツク爪の先端部は本件発明と異なつている。
三 本件発明においては、回転本体の前面部に穿設した一方のガイド面が「半径方向に平行に延び、チヤツク爪は前記半径方向に平行なガイド面に沿つて進出する」とされており、ここにいう「半径」とは回転本体の半径を言うものと解される。ところで、回転本体について半径方向は無数に存在し、それに平行な線も無数に存在して、平面上の全ての線はこれに当たるから、この文言をそのままに解したのでは何らの方向も示されていないことになる。しかし、特許請求の範囲としてわざわざ記載された文言が、全く無意味なものと解するのは不相当であるから、その意味内容を、特許請求の範囲の他の文言と、本件発明の作用効果から特定することとする。
特許請求の範囲によれば、被加工物を正中位置に保持した際、チヤツク爪の爪先が二つとも常に被加工物に接した状態にあることは前記判断の通りであり、これが被加工物の外径の大小により差異がある旨の記載はない。
更に、発明の詳細な説明の項(特許公報四欄二七行以下、この部分は実施例の説明ではない。には、「チヤツク爪を進出させるときは、これを半径方向に平行なガイド面に沿わせて、被加工物の外径の大小に拘らず、その外周上に正確にあてがうことができる。としている。そして、本件発明では被加工物は断面が円形の物を前提としていることは特許公報により明らかである。
このことからすると、本件発明においては、被加工物の外径の大小に拘らず、換言するとチヤツク爪の位置、進退に拘らず、常に、チヤツク先端の二つの爪は被加工物の外周上に正確にあてがうことができるもの、つまり被加工物の正中位置における中心点から爪の二つの先端部への距離は等しい状態にあり、本件発明における「半径方向に平行なガイド面」とは、このような状態が保持されるようにチヤツク爪を案内するガイド面を意味するものと解される。
これを被告製品に見ると、被加工物の正中位置における中心点から、先端の山形突起部迄の距離は、丘形の突起部のどの位置よりも近く、そのため被加工物を正中位置に保持した状態ではチヤツク先端の二つの爪のうち丘形の突起部は被加工物に接しておらず、そのガイド面も本件発明におけるとは明らかに異なつている。
この点において被告製品のガイド面は本件発明とは異なつている。
四 当業者ならば本件発明から被告製品を当然に想到しうるとか、被告製品の効果は本件発明と全く差異がないとかは解されないし、そのように認めるに足る証拠もない。
五 そうすると、被告製品の製造、販売は、本件特許権を侵害するものとは言えないから、原告らの請求は全て理由がなく棄却すべきものである。
〔編註〕 本件における特許権は左のとおりである。
一 原告は次の特許権(以下本件特許権といい、その特許発明を本件発明という。)を有していた。
発明の名称 スクロールチヤツクのチヤツク機構
出願日 昭和三八年九月二〇日
出願番号 特願昭三八―五〇二五六
出願公告日 昭和四九年二月二一日
出願公告番号 特公昭四九―七五四七
特許日 昭和五〇年三月五日
特許番号 特許第七五九六六四号
(中略)
四 本件発明を構成要件的に分説すると、次のとおりである。
1 回転本体の前面部に複数のチヤツク爪を半径方向に進退可能に装着するとともに、前記回転本体に回動可能に嵌着したスクロール盤のスクロール歯を前記チヤツク爪の裏面部に形成している弧状歯に噛み合わせて前記スクロール盤を回動することにより前記チヤツク爪の進退を行なわせるように構成したスクロールチヤツクのチヤツク機構であること、
2 前記チヤツク爪の先端部に二つの山形部より成る爪先を形成したこと、
3 このようにしたチヤツク爪を前記回転本体の前面部に穿設したガイド溝内に装着したこと、
4 前記ガイド溝は、一方のガイド面が半径方向に平行に延び、他方のガイド面が半径方向が対向する前記チヤツク爪の側面に対して内方に拡開するように延びていること、
5 前記チヤツク爪を前記半径方向に平行なガイド面に対して、その反対側から適宜の弾圧手段を以て直角方向に弾圧したこと、
6 前記スクロール盤の回動により、前記チヤツク爪を前記半径方向に平行なガイド面に沿つて進出させて、前記爪先により被加工物を正中位置に保持すること、
7 その後に、被加工物の切削トルクによつて前記チヤツク爪を傾動させ、前記弧状歯と前記スクロール歯との噛み合い位置を進めて、前記チヤツク爪を若干進出させることにより、前記爪先の一方の山形部分を他方の山形部分に対してより深く被加工物中に喰い込ませて、被加工物を強固に締め付けておくことができるようにしたこと。