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京都地方裁判所 昭和55年(ワ)426号 判決 1981年12月14日

原告 辻茂

右訴訟代理人弁護士 上西裕久

同 谷五佐夫

被告 協和産業株式会社

右代表者代表取締役 杉山公甫

被告 一岡真一

右両名訴訟代理人弁護士 梅谷亨

主文

被告らは原告に対し各自金五五万三三四四円及び内金四九万三三四四円に対する昭和五四年一二月一五日から、内金六万円に対する昭和五六年一二月一五日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告の、その一を被告らの各負担とする。

この判決第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

被告らは原告に対し各自七四一万四二五〇円及びこれに対する昭和五四年一二月一五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

仮執行宣言

二  被告ら

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は肩書住所地において、被告協和産業株式会社(被告会社という。)からプロパンガスの供給を継続して受けていた。

原告は昭和五四年一二月一四日午後二時前頃ガスコンロに点火したところ突然大爆発が起った。

2  従来、戸外にプロパンガスボンベがありそこからガスコンロ付近の柱に固定された二口付元コックまでガス管で締結され、元コックの一つはガスコンロとの間をゴムホースで繋いで平常使用しており、元コックの他の一つは元栓を「閉」の状態にして凧糸で緊縛してあった。

3  事故当日午前一一時頃被告会社から派遣された被告一岡は原告宅のガスの各種点検をした際凧糸を切断して平素使用していない元コックのガス圧の測定を終り元栓を「閉」にした後従前のように凧糸で緊縛せず、更にゴムキャップの装着その他ガス漏洩の危険防止措置をしないまま放置した。その後原告は自ら未使用元栓を麻糸で縛り直した。

4  前記爆発は室内に滞留していたガスがスイッチの火に反応して発生したものであり、被告一岡には職務上元コック未使用部分の検査後排出したガスを室外に排除しコックからのガス漏れがないよう確認し、かつゴムキャップを装着しこれを装着しない場合はガス洩れの危険があることを通知すべきであったのにこれをなさず安全確保すべき義務を著しく怠った過失がある。

仮に、原告が麻糸で縛り直す際に誤って元コックを「開」にしたとしても原告は八二才の老令であって被告一岡がこのような原告に任せて放置したことに重大な過失があり、いずれにしても民法七〇九条の責任がある。

被告会社は、原告とのガス供給契約に基づくガス機器の点検、安全配慮義務を負い、その履行として被告一岡をして点検業務を実施させたところ被告一岡に前記のとおりの過失があったから債務不履行責任がある。

5  右事故による原告の損害は七四一万四二五〇円でありその内訳は次のとおりである。

(一) 家屋の改修費 一四二万四四〇円

(二) 原告の負傷による損害

(1) 治療費 一九万三八一〇円。昭和五四年一二月一四日から同五五年一月三一日までの曽根病院の入院費。

(2) 慰藉料 入院によるもの五〇万円。顔面、前頸部、両前腕手及両下腿の火傷によりケロイド状態になったことによる後遺症慰藉料五〇〇万円。

(三) 弁護士費用 三〇万円。

6  よって、原告は、被告会社に対し債務不履行により、被告一岡に対しては不法行為により、それぞれ右損害合計額七四一万四二五〇円及びこれに対する事故後である昭和五四年一二月一五日から支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告らの認否及び主張

1  請求原因1の事実のうち、突然大爆発が起ったことは不知、その余は認める。同2の事実のうち、元コックが柱に固定されていたこと、使用しない元コックが凧糸で緊縛されていたことは否認し、その余は認める。同3の事実のうち、被告一岡が被告会社から派遣され原告宅のガス漏洩検査をしその際未使用の元コックの紐を切断したことを認め、その余は否認する。同4は争う。同5の事実は否認する。同6は争う。

2  被告一岡は、被告会社において保安点検を委任している京和燃料協同組合の従業員であり、事故当日午前一一時五〇分頃ガス漏れやガス管ガス器具等に異常のないことを確認して保安点検を完了している。被告一岡が未使用元コックの元栓を従来通り紐で縛らなかったのは、紐で縛ることによりグリスが乾燥し好ましくないこと、保安点検上要請されてもいないことと、原告から自分でするからそのままにしておくよう指示があったからである。

また、保安点検員にはゴムキャップ未装着の場合にこれを装着するよう通知する義務が課せられているが、自ら装着すべき義務はなく被告一岡は原告にその不備と改善を通知しているから自らこれを装着しなかったからといって過失があったとはいえない。

従って、被告一岡は業務上の注意義務を尽しており何ら過失はないから不法行為責任はなく、これを使用する被告会社にも債務不履行責任はない。

3  被告らは、昭和五五年六月八日原告に対し本件事故による損害金として二〇万五七五〇円を支払済みである。

三  原告の認否

被告らの主張2の事実を否認し、同3の事実を認める。

第三証拠《省略》

理由

一  (事故の発生とその原因) 原告が京都府城陽市寺田北東四五二番地の自宅で被告会社からプロパンガスの継続的供給を受けていたことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》を総合すると次の事実を認めることができる。

昭和五四年一二月一四日午後二時頃原告が右自宅(離れ家)炊事場でガスコンロの栓を開き点火スイッチにより点火しようとした際室内に充満していたプロパン(LP)ガスに引火して爆発が起り、その結果原告は顔面、前頸部、両前腕手及び両下腿に第二度一部第三度熱傷の傷害を負い、前同日から昭和五五年一月三一日まで四九日間京都府宇治市小倉町老の木三一番地、曽根病院に入院して治療を受け、右負傷部位にケロイド状の瘢痕を残し、また居住家屋の一部を損壊した。

被告一岡は、京和燃料協同組合城南営業所に勤務するプロパンガス保安点検員であり被告会社からの依頼を受けて昭和五四年一二月一四日午前一一時三〇分頃プロパンガス設備保安点検のため原告方を訪れ、原告宅に設置されているプロパンガスボンベ、コンロ、風呂ボイラー等燃料器具、調整器の性能試験、配管気密試験を試み、調整器が古くなっていたので原告の了解をえて取替え、閉止弁の状態を調べ、屋内外のゴム管を調査するなどして安全を確認したうえ保安点検表を作成し原告の確認をえて開始後、約二〇分で作業を終了した。

炊事場のガス元栓は二口になっており原告は平素からその一方のみを使用し他方の未使用栓を紐で幾重にも巻いて緊縛していた。被告一岡は検査に際して右元栓の紐を外したが、検査終了後「閉」にしただけで紐で縛り直すことはもとよりゴムキャップを持参していなかったのでその装着もせず、また装着するよう指導もせず原告からの要求もないまま直ちにこれを取寄せて装着することもしなかった。

原告は、被告一岡が帰った約三〇分後未使用元栓を「閉」にしておくつもりで誤って「開」にして麻紐を幾重にも巻くように縛った。原告は当時八二才(明治三〇年九月一九日生)の老女ではあったが、視力、聴力、臭覚ともに著しく衰えていたということはなく右離れ家に一人で起居し食事は母家に住む亡夫の弟夫婦から差入れてもらっていたがお茶を入れたり漢方薬を煎じあるいは副食物をつくるのにガスコンロを使用していた。

以上の事実を認めることができこれを左右するに足りる証拠はない。

これらの事実によると、本件爆発は室内に漏洩していたプロパンガスに原告が点火のため発した火花により引火したことによるものであり、原告の負傷及び建物の損壊は右爆発による火気と爆風によるものであって、ガスの漏洩は原告が被告一岡の去った後使用しない元栓コックを紐で緊縛する際誤って「閉」から「開」に捻ったことによるものであることが認められる。原告自身が開栓した事実は前記各証拠により認められる次の事実、すなわち事故当日正午頃被告会社のガスメーター点検員阪部正勝がガスメーターの指針が一七〇・六七九立方メートルを示して静止していたことを確認していること、ガス漏れがある場合は付着された強烈な悪臭があり排出時に異常音と風圧があって職業的保安点検員がこれを見落すことは考えられないこと、被告の検査終了の約二時間後に爆発していること、事故後ガスボンベになおガスが一六七・五立方メートル残っていたから放出された漏洩量は約三・一七九であり原告建物室内の天井までの体積は約九八・四立方メートル、天井裏を含んでも約一一二・七立方メートルであるから事故当時の同室内のプロパンガスの濃度は三・二三ないし二・八二パーセントであり引火爆発の可能性があったこと、後記のとおりの本件爆発の程度、及び事故直後の消防署による現場調査時には台所のガス二岐コックの両方が「開」の状態となっておりコンロに接続されていない方のコックは麻紐で縛り付けてあったこと、以上の事実によって認めることができる。

二  (責任) ところで、原告は、本件事故は被告一岡が検査後使用しない元栓口にゴムキャップをせず、その指導もしなかったことによる旨主張するので検討する。前記のとおり被告一岡が事故当日検査終了後使用していない元栓口にゴムキャップを装着せずまた原告にこれを装着するようこれまで指示していなかったことが認められるけれども、右事故日までもゴムキャップのないまま事故なく経過してきたのであり、本件事故は原告により開栓し放置されたことが直接の原因であったことは前記のとおりである。しかしながら、被告会社はプロパンガス供給契約に伴う義務として受給者に対して安全を確保すべき義務があり被告一岡は被告会社から委託された者として、また自らも保安点検員としてより確実にプロパンガス使用者の使用状況を実地に点検し安全を確保すべき義務があり、昭和五三年四月の通産省立地公害局による液化石油ガス設備の保全総点検事業の実施要綱では業者に対し自主的な調査点検設備改善として、安全装置付き以外の未使用閉止弁へのキャップ等の装置を求めており、このような保全設備を施していた場合本件事故が避けられたものと考えられるから、これを装着せずまた少くともこれを予め装着するよう指導していなかったことによる被告らの責任もまた否定することはできない。もっとも、前記のとおり事故の直接の原因が原告の重大な過失にあり使用場所に近い場所にある元栓の開閉は専門検査員でなくとも容易に確認し操作しうるところであって直接には原告自らの不注意で本件危険の発生を惹起したものであること、その後も原告は室内にありながら危険状態にあることに気付かず自ら結果発生を回避しえたのにその措置をとらなかったこと、原告が当時八二才であったことを考慮すると、被告らが本件事故により生じた損害に対し負担すべき割合は三割とするのが相当である。

三  (損害) 《証拠省略》を総合すると、本件事故と相当因果関係ある損害を次のとおり認めることができる。

1  原告家屋の修繕費 原告は井上工務店(経営者井上寛)による修復工事にその費用として一四二万〇四四〇円を要し同額を負担したことが認められるけれども、修繕により新装された現在の家屋が従前家屋の状態を上回って改装されていること、城陽市消防本部調査員らの報告書では損害額を五六万二〇〇〇円と見積っていること等が同時に認められるからこれらを総合考慮すると右工事費の八割である一一三万六三五二円をもって原告の請求しうべき損害額と認めるのが相当である。

2  治療費 曽根病院に入院中の費用一九万三八一〇円。

3  慰藉料 前記原告の負傷の部位程度、入院期間、後遺症の内容程度、原告が明治三〇年九月一九日生れの老令婦人であることその他一切の事情を勘案すると一〇〇万円をもって相当と認める。

4  右1ないし3の合計額二三三万〇一六二円について前記過失割合により按分すると原告の請求しうべき損害額は右の三割に当る六九万九〇四九円となる。

5  被告らが昭和五五年六月八日原告に対し本件事故による損害金として二〇万五七五〇円を支払っていることは当事者間に争いがないから、これを前項の六九万九〇九四円から控除すると残額は四九万三三四四円となる。

6  原告が本件訴訟の遂行を弁護士に委任しており、本件訴訟の内容、経過、認容額等を考慮すると原告の損害として被告らに請求しうべき額は六万円をもって相当と認める。この損害に対する遅延損害金の起算日は本判決言渡の日の翌日である昭和五六年一二月一五日とするのが相当である。

四  よって、原告らの本訴請求のうち、被告会社に対し債務不履行により、被告一岡に対し不法行為により各自五五万三三四四円及びうち四九万三三四四円に対する本件損害発生後である昭和五四年一二月一五日から、うち六万円については同五六年一二月一五日から各支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項、仮執行宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉田秀文)

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