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京都地方裁判所 昭和56年(ワ)1539号 判決 1983年6月29日

原告

高山享子こと崔日順

被告

狩野徳二

ほか一名

主文

一  被告らは各自原告に対し金六一一万七二三八円及び内金五五六万七二三八円に対する被告京和タクシー株式会社については昭和五六年九月二七日から、被告狩野徳二については同年一〇月一日から、並びに内金五五万円に対する昭和五八年六月三〇日から各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し各自金二九八六万四〇四五円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

左記交通事故(以下本件事故という。)が発生した。

(一) 事故日時 昭和五三年五月二九日午前七時四〇分ころ

(二) 発生場所 京都市北区寺町通鞍馬口交差点路上

(三) 加害者 被告狩野徳二(以下被告狩野という)

(四) 被害者 原告

(五) 事故の態様 被告狩野が普通乗用自動車(タクシー、以下事故車という)を運転して寺町通を北進し鞍馬口通との前記交差点を右折したところ、鞍馬口通を東より西方向に自転車に乗つて走行してきた原告に衝突した。

2  被告らの責任

(一) 被告狩野は、前記のように右折進行する場合、進路の右方を注視しつつ進行すべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然と運転進行した過失により、進路右側より西進してきた原告自転車を看過し、本件事故を惹起したのであるから、民法七〇九条に基づき本件事故により原告が受けた損害を賠償すべき義務がある。

(二) 被告京和タクシー株式会社(以下被告京和という)は、事故車を所有し、被告狩野を使用しているところ、被告狩野が事故車を運転して被告京和の業務を執行中前記(一)のような過失により本件事故を惹起させたのであるから、自賠法三条に基づきまた民法七一五条に基づき本件事故により原告が受けた損害を賠償すべき義務がある。

3  傷害及び後遺障害

原告は、本件事故により、顔面挫創挫傷、右前腕挫傷、左下腿挫傷の傷害を負つたが、さらに、本件事故の二、三か月後より、左腕に不随意運動を生じ、また昭和五四年から意識障害を伴う大発作を引き起す外傷性てんかんの後遺症が生じ、その症状は昭和五五年一二月三日(原告当時一三歳)固定した。

4  損害

(一) 逸失利益 金一二七八万四〇四五円

原告は本件事故当時満一一歳の女子であつたが、本件事故にあわなければ満一八歳より満六七歳まで稼働でき、この間月九万四七〇〇円(昭和五二年賃金センサス第一巻第一表に基づく一八歳女子の平均賃金)相当の収入を得ることができたものであろうところ、昭和五五年一二月三日(原告当時一三歳)症状固定した前記後遺症があり、右は自賠法施行令第二条別表五級二号に該当し、労働能力喪失率は七九パーセントであるから、ライプニツツ方式により中間利息を控除して、四九年間の逸失利益の本件事故当時における現価を求めると、その金額は金一二七八万四〇四五円となる。

(二) 慰謝料 金二〇〇〇万円

原告は、前記後遺症(外傷性てんかん)のため、肉体的、精神的に絶大な苦痛を受けているので、これを慰謝するためには金二〇〇〇万円を下らない。

(三) 損益相殺

原告は右損害の填補として自賠責保険金三九二万円を受領した。

(四) 弁護士費用 金一〇〇万円

原告は、本件損害賠償を解決するため本訴の提起を余儀なくされ、原告訴訟代理人に右訴訟を委任せざるをえず、弁護士会報酬規定の範囲内で弁護士費用として金一〇〇万円を支払う旨を約し、同額の損害を蒙つた。

5  よつて原告は各被告らに対し以上損害残金二九八六万四〇四五円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日から民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因第1項第2項の各事実はいずれも認める。

同第3項の事実のうちの、原告に本件事故による外傷性てんかんの後遺症があることは否認しその余の事実は不知。原告のてんかんと本件事故との間に因果関係は存しないものである。

同第4項(一)、(四)の各事実はいずれも否認する。

同第4項(二)の主張は争う。

同第4項(三)の事実は認める。

三  抗弁

本件事故現場は見通しの悪い三差路であつて、原告には前記交差点に進入するに際し、一旦停止ないし徐行して左方道路の安全を確認して進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、漫然と交差点に進入したのであり、原告にも本件事故発生につき過失があるものというべきであるから、原告の損害を算定するに当たつては、この点を斟酌すべきであり、損害額から五割を減額するのが相当である。

四  抗弁に対する認否

否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  事故の発生及び被告らの責任

請求原因第1項第2項の事実は当事者間に争いがない。

そうすると被告狩野は民法七〇九条により、被告京和は自賠法三条によりそれぞれ本件事故による損害を賠償すべき義務があるといわなければならない。

二  傷害及び後遺症について

いずれも成立に争いのない甲第二ないし第一〇号証、乙第七号証原本の成立と存在に争いのない乙第一三号証並びに証人山田伸彦の証言、原告法定代理人高山淑子こと季淑子及び原告本人各尋問の結果によれば、原告は、本件事故により顔面挫創挫傷、右前腕挫傷、左下腿挫傷等の傷害を受け、本件事故当日根本病院に収容されたが、右病名で昭和五三年六月七日まで通院治療(実日数五日)を受けただけであつたこと、ところが原告は本件事故の半年位後よりしばしば左腕を中心に不随意的運動が起り持物を落したり放り出したり、あるいは左腕が背中の方に回つて動かなくなつたりし、また昭和五五年ころからは、意識喪失を伴う大発作が数回起るようになつたため、昭和五五年九月五日加茂川診療所を受診し同所の紹介で同年一〇月二五日より上京病院神経内科で右症状を主訴として診察治療を受けたところ、外傷性てんかん(昭和五五年一二月三日症状固定)との診断を受けたこと(症状固定時原告満一三歳、これまで治療実日数八日)

ところで原告にはコンピユータ断層撮影(C、T)では脳実質内に特異な異常は認められなかつたものの、脳波検査において先天性てんかんには通常みられない右頭頂部付近に焦点を有する棘徐波結合の脳波異常(発作性の異常波)が窺れたうえ原告に生じる不随意運動の発作は概ね左腕を中心として発生する部分運動発作とみれるところ、原告の大脳皮質の右部分付近に損傷が存在するものと考えられるが、これは本件事故当時原告が左前額部付近を負傷したことと受傷のメカニズム(カウンター・クープ)上も外傷性てんかんの起る時間的関係でもよく符合するのみならず原告の前記発作は本件事故前にはなく、その遺伝歴もないことなどからみて先天性でない本件事故を原因とする外傷性てんかんと診断されていること、原告は上京病院に初診以来通院して診療を受けつつ抗痙れん剤の服用を続けているが、意識喪失を伴う大発作は治まりつつあるも殊に左上肢を中心とする不随意的筋収縮運動はなおしばしば起り、発作を完全に止めることができず、社会生活を営むに当つてかなりの支障がある一方、今後も相当の期間脳波検査を受けるとともに抗痙れん剤の服用を続ける必要があることが認められ、原告本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は措信し難く、他に認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実によると原告の右症状は本件事故による外傷性てんかんであつて、昭和五五年一二月三日症状固定したものと認めるのが相当である。

三  損害

(1)  逸失利益

前記認定の事実によると、原告は後遺症として昭和五五年一二月三日(原告当時一三歳)をもつて症状固定した外傷性てんかんを残し、その後遺症の内容、程度等からすると右は自賠法施行令第二条別表七級四号に該当するものと認められ、右症状の労働能力喪失率は労働基準監督局長通牒(昭和三二年七月二日基発第五五一号)によると五六パーセントであるところ、右状態は症状固定日の翌日以降一五年間は継続するものと認めるのが相当である。そして原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、原告は本件事故当時満一一歳の健康な女子であつたことが認められるところ、本件事故にあわなければ原告は満一八歳に達したころから稼働して少くとも賃金センサス昭和五五年第一巻第一表、産業計、女子労働者学歴計(一八ないし一九歳)のきまつて支給する現金給与額月九万九二〇〇円、年間賞与その他特別給与額年一二万九〇〇円を下らない収入を得ることができたであろうと考えられるので、原告が得たであろう年間収益は金一三一万一三〇〇円であるから、右金額を基礎にしてホフマン式計算法(複式)に従い中間利息を控除して一〇年間(一八歳から二八歳まで)の原告の得べかりし利益の現在の価額を求めると金四八五万九〇四八円(一円未満切捨)となる。

一三一万一三〇〇×〇・五六ホフマン係数×六・六一七=四八五万九〇四八

一〇・九八一(労働能力喪失期間一五年の係数)-四・三六四(症状固定時一三歳から一八歳まで五年の係数)=六・六一七

(2)  慰謝料

原告本人尋問の結果によると原告が本件事故により多大の精神的苦痛を受けたことが認められるところ、前記認定の後遺障害の内容、程度、継続期間その他本件に顕れた諸般の事情を勘案すれば、原告が本件事故の後遺症(外傷性てんかん)によつて受けた精神的苦痛に対する慰謝料は金七〇〇万円が相当である。

(3)  過失相殺

いずれも成立に争いのない乙第二、第五、第六、第一〇号証及び原告本人尋問の結果によれば、本件事故現場は、東西に通じる鞍馬口通と南北に通じる寺町通とが交差する信号機がなく相互の通の見通しが悪い三差路交差点(鞍馬口通は東行一方通行((自転車を除く)))であるが、被告狩野は事故車を運転し寺町通を北方に進行し、前記交差点手前で一時停止の標識に従い一時停止後、鞍馬口通に右折進入する際、一方通行入口側である左側に気をとられ右側の安全を十分確認することなく右折を開始したため折から鞍馬口通を西進してきた原告運転の自転車と衝突したこと、一方原告は自転車を運転し鞍馬口通道路左側を緩かな速度で西進し前記交差点に差しかかり、寺町通西入る方面に行くに際し、寺町通方面の安全を十分に確認することなくそのまま前記交差点に進入しようとして事故車と衝突したことが認められ、原告本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実によると本件事故の発生について原告にも見通しの悪い信号機による交通整理の行われていない交差点を通過するに際し左方道路の安全を十分に確認すべきであつたのにこれを怠りそのまま漫然と進行した過失があり、被告狩野が前記の如く右方道路の安全確認を怠つて進行したことその他諸般の状況を考慮すると、原告の過失割合を二割とするのが相当である。

そうすると前記損害合計額一一八五万九〇四八円を右割合で過失相殺すると、金九四八万七二三八円となる(一円未満切捨)。

(4)  損益相殺

原告が本件事故につき自賠責保険より金三九二万円を受領したことは当事者間に争いがないので、右金額を前記原告の損害額より控除すると、その残額は金五五六万七二三八円となる。

(5)  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告は本件損害賠償事件解決のため原告訴訟代理人に本件訴訟の提起追行を委任し、相当額の着手金、報酬の支払を約したことが認められるところ、そのうち被告らに負担させるべき弁護士費用は金五五万円が本件事故と相当因果関係ある損害と認める。

なお弁護士費用についての遅延損害金の起算日は本件判決言渡日の翌日である昭和五八年六月三〇日とするのが相当である。

四  よつて、原告の本訴請求は、被告ら各自に対し金六一一万七二三八円及び弁護士費用を除く内金五五六万七二三八円に対する本件訴状の送達された日の翌日であることが記録上明らかな、被告京和については昭和五六年九月二七日から、被告狩野については同年一〇月一日から、並びに内金弁護士費用金五五万円に対する本件判決言渡日の翌日である昭和五八年六月三〇日から各民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小山邦和)

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