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京都地方裁判所 昭和56年(ワ)1661号 判決 1986年5月07日

原告

西京タクシー株式会社

右代表者代表取締役

兼元吉男

右訴訟代理人弁護士

福井啓介

被告

佐々木昭満

右訴訟代理人弁護士

桑島一

前田進

置田文夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者双方の求めた裁判

一  原告

1  被告は、原告に対し、金三二〇万二六二一円及びこれに対する昭和五六年一〇月一五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決、並びに仮執行宣言。

二  被告

主文と同旨の判決。

第二  当事者双方の主張

一  原告の請求の原因

1  原告は、タクシー運送業を営む株式会社である。

被告は、昭和四七年五月三一日原告の取締役に就任し、昭和五六年三月二〇日辞任するまでの間、原告の専務取締役として原告の代表取締役の兼元吉男(以下「兼元」という)に代わり、原告会社の経営全般を取りしきつて来たものである。

2  しかるに、被告は、右取締役在任中、その地位を利用し、自己又は第三者の利益を計るため次の(一)ないし(三)のとおり、原告の資金を流用する不法行為をなし、これにより、原告に合計金三二〇万二六二一円の損害を与えた。

(一) 被告は、昭和五五年三月三日日野ゴルフ場のゴルフ会員権(訴外観光日本株式会社経営)を買受けたが、その代金の支払いのため、勝手に、権原なく、原告振出名義の約束手形一二枚(一枚の金額は金一〇万円で、その合計金額は金一二〇万円、満期は昭和五五年三月から同五六年二月までの毎月二四日)を振出し、さらに、原告の現金三〇万円を支出して、右支払いにあてた。その後、右各手形は右各満期の頃決済された。

(二) 被告は、昭和五三年三月一四日、訴外京都トヨペット株式会社から自動車一台を代金一二一万九六〇〇円で買い受けたが、その内金八〇万四〇〇〇円の支払いのため、勝手に、権原なく、原告振出名義の約束手形一五枚(一枚の金額は五万三六〇〇円で、その合計金額は金八〇万四〇〇〇円、満期は昭和五三年五月から同五四年七月まで毎月末日)を振出した。その後右各手形は、右各満期の頃決済された。

(三) 被告は昭和五四年二月一六日、訴外株式会社日光社から自動車一台を代金二五〇万円で買い受けたが、その内金八九万八六二一円の支払いのため、勝手に、権原なく、原告振出名義の約束手形一〇枚(金額金九万円のもの九枚と金額金八万八六二一円のもの一枚で、その合計金額は金八九万八六二一円、満期は昭和五四年四月から同五五年一月まで毎月二四日)を振出した。その後、右各手形は右各満期の頃決済された。

3  なお、被告が、右権原を有しないことについては、次の(一)ないし(四)の事由からも明らかである。

(一) 昭和四八年一一月一七日兼元が個人で被告と原告会社の経営を委託する趣旨の契約(乙第一号証)を締結しているが、これは、原告会社の経営方針に関する個人的な打ち合せの約定であつて、原告そのものとは何ら法的な関係を持たないものである。そもそも、原告のような株式会社は、代表取締役ないし取締役により運営されるものであつて、右会社経営を第三者に委任するなどということは法的には認められないものである。

(二) 仮に、右契約が、原告会社の営業委任契約であるとしても、右契約の締結について商法(同法二四五条等)上定められた手続(取締役会、株主総会の各決議)が一切なされていないので、右契約は無効である。

(三) 仮に、右契約が有効であり、右契約において、被告が原告会社の利益を取得できる旨約定されているとしても、これは、被告に対する給与ないし賞与としての帳簿上の処置を経過したもののみについて、被告の利得とすることができる旨約定されているものである。すなわち、前記契約(乙第一号証)の第二項において、被告は会計報告の義務を負つており、利益のうち、右処理をしたものについてのみ被告の利得とすることが当然の前提であつた。そうでなければ、原告会社の資産と被告の財産とが混同され、原告会社の経済的立場が失われてしまうのである。原告会社の毎日の売上金(利益)が即、被告の所有となるものでないことは、被告も認めるところであり、右会計処理が絶対の要件である。現に、被告も給与ないし賞与以外で、原告から所得を受けたことはなく、前記2のような方法で所得を受けたのは極めて例外的である。

しかるに、前記2の行為については、右約定の帳簿上の処置を経過していない。

(四) 仮に、そうでなく、被告が給与ないし賞与という方法をとらなくても原告の利益を取得できるとしても、前記2の当時においては、原告の経営内容は悪く、利益はなかつたので、被告が右利益の分配を受けられる状況にはなかつた。その事由を詳述すると、次の(1)及び(2)のとおりである。

(1)イ 被告は、昭和四八年一一月当時、原告に対し、その借入金債務を四五〇〇万円以上に増加させないことを確約していた。その後、右双方は、昭和五一年になつて、右債務を七五〇〇万円に増額する旨合意された。

ロ しかるに、被告は、原告に無断で、次の(イ)ないし(ホ)のとおり借入金を増額していつた。

(イ) 昭和五一年度残(同五二年三月二〇日現在) 金五一一〇万円

(ロ) 昭和五二年度残(同五三年三月二〇日現在) 金六六五〇万円

(ハ) 昭和五三年度残(同五四年三月二〇日現在) 金九三八六万円

(ニ) 昭和五四年度残(同五五年三月二〇日現在)金一億三八六五万円

(ホ) 昭和五五年度残(同五六年三月二〇日現在)金一億一二〇八万円

ハ 右によれば、昭和五三年度においてすでに前記約定に反した高額の借入をなしており、この点において被告は、従前の給料の減額をも行わなければならない状況であつた。したがつて、被告が前記2の各支払いをなした当時はいずれも約定借入金を超えており、被告が利得する金員はなかつた。

ニ また各年度ごとの原告会社の利益についても、昭和四九年度から昭和五五年度までの間、いずれも赤字であり、被告が分配を受ける利益金はなかつた。

ホ なお、特に注目すべきは、交際費である。すなわち、原告会社における昭和四九年度の交際費は三八三万四二四五円であつたが、順次大幅に増額され、昭和五五年度には一一〇八万二一九二円にまで増額している。本来、原告のようなタクシー会社は、それほど交際費を必要とする業種ではなく、何故にこのような高額の支出がなされたか不明であり、この交際費は真実あり得ないので、この点からも利益はない。

(2)イ 被告は、昭和四八年三月当時と昭和五五年九月当時の原告会社の資産表(乙第九号証)を提出し、負債より資産が増加している旨主張するようであるが、そもそも増額した資産の主たるものは「建物」、「車輛運搬具」である。

ロ ところで、昭和五一年に原告会社の伏見車庫の事務所、ガレージの建設を行うこと、及び営業車の増車を行うことは、被告と兼元の間で話し合われ、借入金を四五〇〇万円から七五〇〇万円に増額する旨決定されたものである。しかるに、建物建設資金については兼元がリース料より支払つてきたものであつて、右資産の増加をもつて、被告の利得分とすることはできない。

ハ なお、借入金を七五〇〇万円以内とすることが原告と被告の約定であるので、資産が増加したか否かは利得分と関係のないことである。

4  よつて、原告は、被告に対し、前記2の損害金三二〇万二六二一円及びこれに対する前記不法行為ののちの本訴状送達日の翌日の昭和五六年一〇月一五日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求の原因に対する被告の認否

1  請求の原因1のうち、原告がタクシー運送業を営む株式会社であり、兼元が原告の代表取締役であること、被告が原告会社の経営全般を取りしきつていたことは認め、その余の事実は否認する。

被告が原告会社の経営全般を取りしきつていたのは、被告が取締役や専務取締役の地位にあつたからではなく、当時の原告会社の全株式の実質上の所有者であり代表者であつた兼元から、原告会社の経営の委任を受けていたからである。右受任時の兼元の申し出は、被告イコール原告会社として経営してくれ、ということで、被告もそれならということで受任したものである。被告の取締役や専務取締役という名称も、便宜上のものに過ぎなかつたものである。また、右経営委任の期間は、昭和四八年三月二一日から同五六年二月二〇日までの間である。

2(一)  請求の原因2の冒頭の事実は否認する。

(二)  請求の原因2の(一)ないし(三)のうち、被告が勝手に権原がなかつた点は否認し、その余の事実は認める。

(三)  被告が原告主張の手形を振出してその決済を受け、また原告の現金の支出を受けたことについては、次の(1)ないし(5)の事由があり、被告は、勝手になしたものではなく、その権原があつたものである。

(1) 被告は、昭和四五年八月ころより、原告会社代表者の兼元に頼まれて、原告会社の非常勤の顧問に就任することとなり、一か月に一、二度の割合で出勤して原告会社の労務管理を担当していた。その後、兼元に「名前を貸してくれ」と請われて、被告は、昭和四七年五月ころ名目上の取締役に就任している。右名前を貸してくれというのも、組合対策のため、という程度のことであつた。原告は、当時、「株式会社」とはいうものの、中小企業の例にもれず、その代表者の兼元が実質上全株式を所有していて、兼元個人が完全に原告会社を支配しており、原告会社は兼元個人の所有物という色彩が強い会社で、株主総会や取締役会・取締役というのも名目的なものにすぎなかつた。

(2) ところが、原告会社の経営が悪化していた昭和四七年六月ころ、原告会社の全株式の所有者であり原告会社の代表者である兼元から、被告は、原告会社の経営を全面的に委したい、との申出を受けた。兼元の言うことには、「自分はいろんな事業を持つていて多忙なうえ、人を使うのが下手だ。経営方針には口出ししないから、佐々木(被告)=原告会社として経営してくれ。ただし、原告会社の代表取締役社長としての名前は自分に残してくれ。」ということであつた。結局、被告は、諸々の交渉の後、右申出を受けることとし、一方で、兼元を原告会社の代表取締役として温存し、一方で被告が原告会社の経営にあたることとなり、被告は、昭和四八年三月二一日から、右委任にかかる原告会社の経営を開始し出した。他方、原告会社の経営委任の内容については、右同日以降も平行的に交渉を継続し、その結果、昭和四八年一一月一七日に覚書(乙第一号証)が成立した。

なお、兼元は、右経営委任の申出時以降右覚書成立に至るまでの間を通じて、常時、原告会社の社長(代表取締役)、それも、原告会社の全株式を所有し原告会社の完全な支配権を有する社長としての立場で関与している。

(3) 右覚書(乙第一号証)の一方の当事者は、原告、及びそのオーナーとしての兼元であり、他方の当事者は被告である。右覚書上は、単に原、被告間の関係に止まらず、原告会社のオーナー(=全株式所有者)としての兼元と被告の関係も規律されている。そのため、通常の経営委任契約に比して複雑となつているに過ぎない。ちなみに、右覚書上、兼元は、純粋に個人としての立場で関与しているものではない。兼元は、原告会社の代表者としての立場と、原告会社の最終かつ最高の意思決定機関(=全株式の所有者)としての立場で関与しているものである。右両立場を前提として、右覚書は成立しているものであり、それだからこそ、昭和四八年三月二一日から昭和五六年二月二〇日までの長期間にわたつて、被告が原告会社の経営を行なえたものである。なお、右期間中も、原告会社の代表権を有するものは、兼元一人である。

しかして、右覚書の骨子は、被告が、原告会社及びその最高意思決定機関であり全株式の所有者である兼元から、覚書の各条項記載の約旨で、原告会社の経営を受託した、ということである。そこで、被告は、昭和四八年三月二一日以降原告会社の名で原告会社の経営に当り、右覚書の取り決めどおりに運営した。正しく、右覚書は原告会社を当事者として始めて法的意味を有するものであり、原告会社の主体的立場を離れては、何らの法的意味を有しないものである。

なお、被告の原告会社における取締役ないし専務取締役としての地位は名目的なものにすぎず、被告が原告会社の経営に当つたのは、前記経営委任契約に基づくものである。事実、被告は、昭和四八年三月以降原告会社の代表権を有したことはないし、また、兼元から専務なる名称を付与されたのも昭和五四、五年になつてからである。

(4) 請求の原因2記載のゴルフ会員権及び自動車二台の購入費用は右覚書(乙第一号証)の第五項の被告に帰属すべき利益中より処理されたものである。

被告が原告会社の経営を始めた当時、原告には自家用車がなく、原告は営業車を自家用車として使用していた。このような事態は経営上不都合であるから、被告は被告名義の自動車二台を原告会社に持ち込み、右二台の自動車を原告の自家用車(タクシー業務以外の業務用車)として常時利用した。本件二台の自動車は、被告の持ち込んだ自動車二台を何回か乗り換えた後のものである。最初の車が二台とも被告名義だつた関係で本件二台の車両も被告名義になつているものであり、右経過からすれば、本件二台の車両購入費用は、本来、原告会社の負担となるべきものである。

本件ゴルフ会員権は、原告会社経営上の各種交際の必要上購入したものである。法人名義の場合は、購入費用は金五〇〇万円、個人名義であれば金一五〇万円であつたため、個人名義で購入したものである。したがつて、右会員権の利用は、すべて原告会社の交際関係での利用である。

(5) 以上の次第で、請求の原因2記載の手形の振出、決済を受けたこと、及び現金の支出は、いずれも前記覚書の原告会社の経営委任に基づくものであつて、被告においてその権原を有していたものである。

3(一)  請求の原因3の(一)の事実は否認する。

乙第一号証の覚書は、兼元が個人、原告会社の代表取締役、及び原告会社の最終、かつ最高の意思決定機関(全株主)としての各立場で締結した契約であり、その内容は前記2の(三)に記載のとおりである。なお、株式会社の経営の第三者への委任は当然法的に認められている。したがつて、右覚書は、原告に対しても法的関係を有し、拘束力がある。

(二)  請求の原因3の(二)の事実は否認する。

右覚書の契約締結については、原告は、商法上必要な手続をとつており、手続上の瑕疵はない。なお、兼元は原告会社の全株式の取得者であり、原告は兼元の一人会社である。兼元の意思、即ち全株主の意思となるものであるから、仮に兼元が原告会社の株主総会の招集手続をとつていなかつたとしても、同人の一人の決定により決議となり得るものであるので、有効である。また、右決議に瑕疵があつたとしても、すでに右契約締結から一〇年余も経過しているので、取引の安全、信義則に照しても、原告においてその瑕疵を主張できないものである。

(三)  請求の原因3の(三)の事実は否認する。

被告が取得するのは、給与や賞与でなく、前記覚書(乙第一号証)の経営委任契約による原告の一定の利益である。なお、被告は、毎年、貸借対照表、損益計算書、試算表、決算書等を作成し、原告に会計報告をなしているところ、原告会社代表取締役の兼元は、これを計理士等と検討をしたうえ税金の申告を行つており、このことからも会計報告が行われていたことは明白である。したがつて、原告会社の資産と被告の資産とが混同した事実はない。

(四)  請求の原因3の(四)の事実は否認する。

原告の経営内容は悪くなく、原告は常に利益をあげていた。被告が原告との間で原告の借入債務の増減に関し確約や合意をしたことは一切ない。原告において、昭和五一年度から同五五年度にかけて借入れをしたことはあるが、原告主張の借入れ残額については、不明である。なお、交際費については、その金額が増加したことはあるが、交際費の中には、兼元が使つたもの、自動車運転手確保のための支度金として支払つたもの等が多額に含まれており、その大半は被告が使用したものではない。原告会社の資産表(乙第九号証)の中に、建物、車輛運搬具の項目があり、それが増加資産の主たるものであるが、借入金等は負債の項目に記載してあり、資産から負債を引いたものが利益となることは自明の理である。

本件の経営委任においては、原告会社の収支はすべて、原告会社の名においてなされる。そのため、被告に帰属する前記覚書(乙第一号証)の第五項の利益も原告会社の経理(帳簿)上、表面的には、原告会社の利点として計上されることになる。当初より、被告に帰属する利益と原告会社の経理が厳然と区別されているわけではない。一旦原告会社の利益としてその会計帳簿に記載されたものが、右覚書(乙第一号証)の第四項及び第五項の約旨に従い、被告の利益として被告に帰属することになる。かようにして、被告に帰属した利益は被告の所有として、被告が自由に処分し得るものである〔覚書(乙第一号証)の第五項〕。しかして、被告に帰属するべき利益の判別基準は右覚書(乙第一号証)の第一項の昭和四八年三月二一日時点の原告会社の財産であり、これを超えるもののうち、右覚書の第三項の金員を控除したものが、被告に帰属する利益となる(乙第九号証参照)。原告会社の経営の主体―云い換えると損益の帰属者―は被告であり、原告会社の株主には経営委任の対価(乙第一号証第三項)を支払つている以上、当然のことである。以上の次第で、原告が本件で問題にしているゴルフ会員権及び自動車二台についても、本来被告に帰属すべき利益により賄われたものである。

ちなみに、被告は、昭和五六年二月二〇日、原告会社の経営委任を終了するに先立ち、本件ゴルフ会員権及び、右車両二台に関し、賞与処理をすべき旨、当時の原告会社の経理担当者の江崎部長に指示している。なお、この時点では、原告会社の経営主体は被告である。

したがつて、本件ゴルフ会員権及び自動車二台については、被告が取得できる原告の利益の中から、その代金が支払われているものであるから、被告は、その支出につき権原を有し、勝手になしたものではない。

4  請求の原因4は争う。

第三  証拠<省略>

理由

一原告がタクシー運送業を営む株式会社で、兼元がその代表取締役であり、請求の原因1の(一)ないし(三)記載のとおり、被告がゴルフ会員権及び自動車二台を買受け、その代金の支払いのため、原告振出名義の約束手形を振出し、さらに現金を支出した(その後、右手形は満期の頃決裁された)ことは当事者間に争いがない。

二原告は、右手形の振出(その決裁)、及び現金の支出は、被告が原告に勝手に、権原なくなした原告に対する不法行為を構成するものである旨主張するので、この主張につき検討を加える。

1  <証拠>を総合すれば、被告は、昭和四六年頃、勤務していたエムケイタクシーを退職して、原告会社に雇用され、営業部長の役名のもとに労務管理の仕事に従事するようになつたが、昭和四七年頃取締役に就任したこと、当時、原告会社の代表取締役の兼元は、原告会社の全株式を保有し(昭和五六年頃までこの状態を維持)、他にも各種の会社を経営して忙殺されていたので、原告会社の経営に関与することが困難であつたこと、そこで、昭和四七年六月頃、兼元と被告は、兼元が被告に原告会社の経営を委任(その始期は昭和四八年三月二一日)する合意をなしたこと、右合意に基づき、被告は、原告会社の経営全般を取りしきることになつたが、右委任の内容につき、兼元と被告が折衝した結果、昭和四八年一一月一七日、兼元と被告は、所有と経営の分離の精神に則り原告会社の経営を被告に委任し、兼元は被告の経営に干渉せず、その委託の始期は昭和四八年三月二一日で、契約期間は三か年単位とし、その間、被告は、兼元に、毎月運営委託料金二四〇万円を支払い(但し、増車のあつたときは一両当り四万円の割合で増額する)、兼元は、代表取締役として給与を金二〇万円、交際費を最高金一〇万円までを保証され、原告会社の土地購入、建物建設費等の負債は、右運営委託料の中から支払い、その残金は兼元に支払われるが、兼元は、これを車庫の確保資金に使用する、被告は、原告会社の収支決算をなし、その決算書の毎月分を翌月一三日に兼元に提出し、決算により利益が生じた場合は、これを被告の所有として処理する旨を約定し、その旨記載した覚書(乙第一号証)を作成したこと、右経営委任は昭和五六年二月二〇日まで継続されたこと、ところで、前記判示の支払いの現金は、原告会社の現金から支出されたことが認められ、この認定を覆すに足る証拠はない。

2  原告は、右経営委任契約は、兼元個人と被告が締結したものであるから、原告に対しては拘束力がない旨主張する。しかし、右認定の右契約締結の経過、実情(原告会社は、その代表取締役の兼元が全株式を保有している実質上同人の個人企業とも目すべきものであるところ、同人がその経営の関与に困難な事情のため、被告に委託した等)や、契約の内容によると、右契約は、兼元個人と原告会社(その代表取締役の兼元が代表)、及び被告の三者が締結したものと認めるを相当とするので、原告の右主張は採用できない。

次に、原告は、右経営委任契約については、商法所定の手続が経由されていないので、無効である旨主張する。商法二四五条一項二号によれば、株式会社がその営業全部の経営を委任するときは、同法三四三条所定の株主総会の決議を要するものであるところ、前記認定の経営委任契約について、原告会社において右決議がなされたことを認めるに足る証拠はない(そうすると、右決議がなされていないことが推認できる)。しかし、右規定は株主の保護を図ることを目的とするものと認められるところ、前記認定のとおり、前記経営委任契約締結時及びその後の契約期間中、兼元は原告会社の全株式を保有していたものであり、かかる者が前記経営委任契約を締結している以上、右商法所定の手続を経由していなくても、原告会社の株主の保護につき危惧される点はないので、右手続を経由していなくても、右契約は有効であるものと解するを相当とする。

さらに、原告は、前記経営委任契約で定められた、被告の所有にできる原告会社の利益は、兼元と被告が協議して定めた金額を、被告の給与、又は賞与の名目で取得できるものであり、このようにして定めた金額、及び名目の金よりほかのものを、被告は利益として取得できない旨主張する。ところで、原告代表者はその尋問(第一、第二回)において、右主張にそう供述をしている。しかし、<証拠>によれば、前記経営委任契約の約定内容につき作成された覚書(乙第一号証)には、原告の右主張事項は何ら記載されていないことが認められる(なお、右覚書には、被告において原告会社の決算書の作成を義務づける記載があるが、これのみによつては原告の右主張事項が約定されていると認めることは困難である)こと、<証拠>によれば、兼元と被告は、原告会社の経営を被告に委任する件の約定内容につき交渉していた際、兼元から、原告会社に利益が生じた場合は、兼元と被告が協議の上、余剰金については被告の意志に基づく配分とする旨の提案がなされたが、被告において右協議をする点につき不服で、これを了承しなかつたため、右提案はいれられず、前記覚書(乙第一号証)の約定内容のとおりになつたことが認められること、前記認定の、経営委任契約締結の動機や、約定の内容、及び被告本人尋問の結果(第一回)を総合すれば、右経営委任契約は、実質上、被告が、兼元の個人企業ともいうべき原告会社の企業体を、その所有者の兼元から前記経営委託料(賃料)を支払つて賃借したものであると認め得ないでもないこと、その他、被告本人尋問の結果(第一、第二回)を併せ考えると、原告代表者の前記供述部分はにわかに措信できず、他に原告の前記主張事実を認めるに足る証拠はない。そうすると、原告の前記主張は採用できない。

3 してみれば、前記経営委任契約に基づき、これに約定された原告会社の利益を被告は取得できるものであるところ、原告は、前記一に判示の手形の振出(その決裁)、現金の支出については、被告において取得できる右利益がなかつたにもかかわらず、被告は右行為に及んだものである旨主張する。原告代表者はその尋問(第一、第二回)において右主張にそう供述をしているところ、<証拠>によれば、原告会社の経理の決算上は、昭和四九年ないし同五五年の間は赤字になつていることが認められる。しかし、右決算については、収入と経費の総合的項目を掲記したものにすぎず、その内訳の詳細(収入支出等の適否、負担すべき者の認定等)、及びその正しい裏付資料の存在を明らかにする証拠は提出されていない(甲第四ないし第一三号証はこの資料等として十分でない)から果して、前記振出手形金、及び支出現金(その合計は金三二〇万二六二一円)に相当する利益が当時原告会社になかつたか、右決算上の数値のみではこれを認定するに十分ではないので、右決算上の数値のみによつては原告の前記主張事実を認めることは困難であり、原告代表者の前記供述は、それ自体から、確たる詳細な裏付資料に基づかずに単に自己の意見を開陳したものにすぎないことが窺われること、その他、被告本人尋問の結果(第一、第二回)を併せ考えると、原告代表者の前記供述部分はにわかに措信できない。他に原告の前記主張事実を認めるに足る証拠はない。

4 以上の次第であるから、前記一に判示の被告による手形の振出(その決裁)、及び現金の支出が原告に勝手に権原なくなされた原告に対する不法行為を構成するものであると認めることは困難である。

三よつて、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官山﨑末記)

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