京都地方裁判所 昭和56年(ワ)1698号 判決 1982年3月26日
原告 目川重治
被告 国
代理人 古城毅 村田巧一
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 原告
1 被告は原告に対し、金三〇〇万円を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 被告
1 主文同旨
2 仮執行宣言付被告敗訴判決の場合、担保を条件とする仮執行免脱宣言
第二主張及び認否
一 原告(請求の原因)
1 原告は探偵業を営む者であるが、昭和五五年七月七日京都地方裁判所において、公衆電気通信法違反の罪により懲役七月執行猶予三年の判決(以下「本件判決」という。)を受けた。
2 京都地方裁判所長齋藤平伍は、訴外日本電信電話公社(以下「公社」という。)賀茂電話局長岡野定の要請を受け、昭和五五年七月一八日同電話局長に対し、原告に対する本件判決の判決書写し一通(以下「本件判決書写し」という。)を送付した。
3 右電話局長は、本件判決書写しを近畿電気通信局に送付したほか、その内容を多数の者に公表した。
4 原告は、前記刑事事件の公判中から、公社幹部職員により、深夜を選んだ嫌がらせ電話で、毎日数十回にも及ぶ苦情を受けたり金品の要求をされ、公判の終了間際からは、金額も三〇〇万円と明示して公社職員幹部に寄付せよと強要されていたところ、本件判決後は、公社の電電近畿内第一営業部のある人物より「原告に対する決定的な判決書を持つているから、電電近畿に三〇〇万円を寄付せよ。」と、恐喝まがいの強要を再三電話等で受けている。
5 原告は、本件判決以来、公社の発行する電話帳に探偵業の広告を掲載することを拒否されているのであるが、公社が本件判決書写しを有している以上、右広告は掲載されない。
電話広告の不掲載は、原告にとつて死活問題であつて、原告の営業はもとより生活も相当苦しくなつている。
6 昭和五六年一〇月二七日付け毎日新聞朝刊社会面の記事によれば、京都地裁は「判決書写しは慣例として公務所間の共助義務に基づき発行した」と反論しているが、すべての刑事事件は法律や規則に従つて行われており、その中に右のような共助の規定などはないし、慣例として許される事項でもない。
7 結局、京都地裁所長が軽率に本件判決書写しを発行したこと自体違法であり、その行為によつて、前記のとおり、判決内容が多数の者に知れ、恐喝・強要とも思われる金品の請求並びに電話広告の不掲載という結果が発生し、原告は憲法で保障されている基本的人権を侵害された。
8 よつて、国家賠償法に基づき、慰謝料三〇〇万円の支払を求めるため、本訴に及んだ。
二 被告(認否)
1 請求原因1、2の事実は認めるが、3ないし5の事実は不知。その余の主張はすべて争う。
2 本件判決書写しの送付は、京都地方裁判所長が公務所間の共助に基づき司法行政事務として送付したもので、何らの違法性もない。
裁判事務そのものの共助に関しては裁判所法七九条に規定しているところであるし、分立した行政機関が相互に緊密な補助・連絡を保つべきことは国家行政組織法二条二項が規定しており、これらのことから、直接の明文の規定はないが、司法行政事務についても、裁判所から他の裁判所や官公署等に対して補助を求めることができるのみでなく、更に他の官公署等からその所管行政事務について裁判所が補助を求められた場合、地方裁判所長の司法行政事務に関するものであるときは、その判断により、必要のある場合はこれに応じることができると解され、本件判決書の送付は右場合に当たるものである。
したがつて、仮に原告がその後何らかの人権侵害を受けた事実があつたとしても、京都地方裁判所長には何ら責められるべき違法な点は存しない。
第三証拠<略>
理由
一 請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。
二 <証拠略>によれば、京都地方裁判所長は、本件判決書写しを、公務所間の共助に基づき司法行政事務として送付したことを認めることができる。
三 ところで、司法行政事務とは、裁判所の事務のうち裁判事務を除くすべての事務を指し、司法裁判権の行使や裁判制度の運営を適正かつ円滑に行わせるとともに、裁判所の職員を監督するために必要な一切の行政作用をいうのであり、地方裁判所の司法行政事務は、本来裁判官会議の議によるものとされ、地方裁判所長がこれを総括する旨定められているのであるが(裁判所法二九条二項)、裁判官会議の議により、その一部を当該裁判官会議を組織する一人又は二人以上の裁判官に委任することができるものとされている(下級裁判所事務処理規則二〇条一項)ところ、京都地方裁判所において、裁判官会議の議に付すこととして留保された裁判事務分配等その他の内部的な最重要事項及び常任委員会に委任された右に次ぐ内部的な重要事項以外の事項についての司法行政事務の処理は、すべて総括者たる同裁判所長に委任されていて、本件のように他の公務所から要請された事項に関する処理が同裁判所長の職務権限に属することは、当裁判所に顕著な事実である。
そして、他の公務所から、その事務について、裁判所が補助を求められた場合に、それが司法行政事務に関するときは、その職務権限ある者の判断により、公益上必要があると認められる限り、国家行政組織法二条二項、刑事訴訟法二七九条、民事訴訟法二六二条等の規定が設けられている趣旨に鑑み、行政共助として補助の要請に応ずることができるものと解される。
三 そこで、京都地方裁判所長が本件判決書写しを賀茂電話局長に送付したこと自体が違法であるか否かについて判断する。
裁判の対審及び判決公開の原則は、違法において、被告人の権利である(三七条一項)と同時に、国民の権利として規定されている(八二条)。したがつて、被告人が希望しても非公開とすることは許されない。そして、何人も、被告事件の終結後、訴訟記録を閲覧することができる(刑訴法五三条一項)し、人の名誉をき損する行為があつても、それが公共の利害に関する事実にかかり、その目的が専ら公益を図るためのものと認められ、かつ、それが真実であることの証明があつたときは罰せられない(刑法二三〇条ノ二)のであつて、公訴提起にかかる犯罪事実が右公共の利害に関する事実に当たることはいうまでもないから、一般には犯罪事実の公開そのものに違法性は認められない。
もつとも、裁判所において有罪判決を受けた事実であつても、その内容をわきまえず、手段・方法を選ばず、みだりに公開するときは、場合により違法性を帯びることも考えられる。けだし、犯罪者といえども、公開の法廷で刑罰を科せられ、そのことが正当な情報機関によつて周知された結果、事実上、内容相応の社会的・道義的制裁を受けて名誉・信用を害されることは、公益的見地からやむを得ないところであるけれども、公益の名の下に、相応でない、一般に許容されないような情報の伝達・公開が行われるときは、もはや公益を図るためというよりは私的制裁を容認する結果を招くのであつて、このような場合にはむしろ、犯罪者の名誉・信用を法律上保護すべきであると解されるからである。
四 本件についてこれを見るに、(<証拠略>)によれば、本件判決により罪となるべき事実とされたうち原告に関する部分の要旨は、別紙犯罪事実(要旨)記載のとおりであり、各所為につき適用された法令は、刑法六〇条、公衆電気通信法一一二条一項、五条一項であること、及び右判決は、原告が控訴しなかつたことから、昭和五六年七月二二日確定したことを認めることができる。
右事実関係の下では、京都地方裁判所長が賀茂電話局長の要請を受け、判決宣告後確定前に、本件判決書写しを、司法行政事務として、同電話局長に送付したこと自体に違法性は認められない。
かえつて、本件判決による前記犯罪事実が、加入電話による通信の秘密を侵したという内容であること、公社が電気通信による国民の利便を確保することによつて公共の福祉を増進することを使命とするものであること(日本電信電話公社法一条)、電話局がその業務として、電話の通話のそ通を図り、電気通信に関する設備、機械及び器具の保全並びに電話の加入者開通工事その他の工事を実施するとともに、それらに附帯する業務をなすものであること(日本電信電話公社職制四五条)に照らせば、公社の電話局長からの要請で、地方裁判所長が本件判決書を送付することには、公益上の必要性が十分認められる。
五 してみると、本件判決書写しの発行(送付)自体が違法であるとする原告の主張は理由がないので、その余の判断をするまでもなく原告の請求は失当である。
よつて、原告の請求を棄却することとし、民訴法八九条に従つて、主文のとおり判決する。
(裁判官 堀口武彦)
犯罪事実 (要旨)
被告人目川(原告)は、興信業を営む目川探偵局の局長であるが、
第一 渋谷浩一、桑原美枝子と共謀の上、渋谷の妻衣代の金銭浪費先等同女の素行調査のため、同人方に架設している日本電信電話公社の加入電話による衣代と他人との通話内容を盗聴録音することを企て、昭和五二年九月七日ころ、被告人目川と桑原において、京都市西京区桂木ノ下町四〇番地の一一所在の渋谷方軒下に設置されていた同人方の右公社に対する加入電話の三号加入者保安器内にマイクロ発信器を取り付け、同発信器から発信される電波をラジオカセツトコーダーにより受信して盗聴録音する装置を完成した上、同年同月一一日、右渋谷方付近路上に駐車させていた普通乗用自動車内において、右加入電話を利用して衣代が他人と通話した内容を盗聴録音し、これをそのころ被告人らにおいて再生聴取し、もつて右公社の取扱中にかかる通信の秘密を侵し、
第二 国府光雄、渋谷浩一に依頼され、同人ら及び桑原美枝子と共謀の上、被告人目川及び桑原において、昭和五二年一二月三日ころ、京都市北区上賀茂松本町七五番地の三所在の今堀幸一方軒下に設置されていた同人方の前記公社に対する加入電話の三号加入者保安器内にマイクロ発信器を取り付け、前同様の方法により加入電話の通話内容を盗聴録音する装置を完成した上、昭和五二年一二月四日ころから同五三年三月二九日ころまでの間、前後八七回にわたり、右今堀方付近路上に駐車させていた普通乗用自動車内及び村上恒吉方において、右今堀方における加入電話を利用して、今堀幸一らが他人と通話した内容を逐一盗聴録音し、これをそのころ被告人らにおいて再生聴取し、もつて右公社の取扱中にかかる通信の秘密を侵し
たものである。